ジェームズ・ローレンス・パウエル「白亜紀に夜がくる」

白亜紀に夜がくる―恐竜の絶滅と現代地質学

白亜紀に夜がくる―恐竜の絶滅と現代地質学

フォーティの「生命40億年全史」を読んでいてとても興味深かった部分の一つは、恐竜の絶滅が隕石衝突によるものだという現在すでに定説となっている説が、新説として提唱されたときのことを語ったところだった。

この説の登場した79年から後、80年代を通じて大論争となり、応酬は過激になり、ついには個人攻撃をも含んだ熾烈なものにまで発展した。隕石衝突説、というのはそれほどまでに地質学界に衝撃をもたらしたものだった。

いまから考えると、なぜそれほど激越な反応が現れたのか分かりづらい。これを理解するには、近代地質学の成立にかんする事情を考える必要がある。

それまでの地質学では、たとえば聖書による創造の記述通りに地球の歴史を解釈しようとするものであるとか、様々な地質学的イベントを、ご都合主義的な天変地異によって説明したりするなど、恣意性を免れていないものが多かったという。そうした状況を是正するために、チャールズ・ライエルは過去の地質学的現象は、現在観察できる地質学的現象と同一であり、変化は漸進的に起こった、という斉一説を唱えた。ライエルは近代地質学の父とも呼ばれ、この原理は地質学が科学として成立するための要諦となった。

つまり、天変地異によって地質学的現象を解釈することを禁じることが、近代地質学のそもそもの前提だったので、隕石衝突、という地球外の現象で恐竜の絶滅を説明する、ということは、地質学的には考えられないものだった。

しかも、それを提唱したのは、ルイス・アルヴァレスというノーベル賞を受賞した物理学者と、その息子の地質学者ウォルターだった。専門外の人間による地質学そのものの前提に挑戦するかのごとき新説の登場は、当然のごとく賛否両論を巻き起こした。


そもそもの発端は、息子ウォルターが地球の地磁気逆転現象の調査のために行っていた研究から派生した。地層の時間経過を正確に測定するため、貴金属を用いた年代決定法を模索していたとき、イリジウムという地球には希な物質を用いてそれを行おうとした。そして、当該地層におけるイリジウム濃度を検出したところ、恐竜の絶滅した白亜紀第三紀の境界、K-T境界において、突然のイリジウム濃度の増大(イリジウム・スパイク)が見つかった。イリジウムは地球には希だが、隕石には多量に含まれている。

アルヴァレス親子は、境界とイリジウム・スパイク(漸進的な増大のピーク、ではなく、突然の増大を指してスパイクと呼ぶ)の一致は偶然ではありえず、このことは恐竜の絶滅の謎を解く鍵になるのではないかと推測した。

で、それが新説となり「サイエンス」に掲載され、かまびすしい論争となるわけだ。発見に至る経緯も興味深いが、地質学はおろか、古生物学、天文学、さまざまな学者たちが、肯定のためであれ、否定のためであれ、綿密な調査を行い、何度も否定派からの批判を受けたために、より詳細かつ厳密な調査をすることとなり、結果としてより確実な研究結果をもたらすことになるという科学的議論の好循環もまた面白い。

著者は、この説がもたらした学際的な動きは、「科学史上きわめてまれ」なものだと言うほど大規模なものだった。

この本は、そうした論争の経緯をまとめつつ、アルヴァレス親子による地質学を革新する新説が、いかにして発想され、それがまたいかにして定説としての確たる土台を築くまでに至ったのかを詳細に述べていて、きわめて興味深い科学的発見のドキュメントとなっている。

できるだけ詳細に、そして一般向けに分かりやすく書かれていて、とても面白い本だ。帯には、「〈たわごと〉はいかにして〈定説〉となったか」と書かれているとおり、学問的には論外とされた説が、みるみる証拠を固めていき、今知られるような定説の地位を得ていく、エキサイティングなサクセスストーリーでもある。

K-T境界以外の絶滅現象にも、ある種の周期性が見られ、これもまた隕石衝突によるものではないかと推測するところや、そうした定期的な隕石衝突に天文学的現象が絡んでいるのではないかと考えていく、未だ未解決の問題についての研究の展望を述べたところも面白い。

また、広島に原爆を落とした爆撃機と一緒に飛んでいた機から、原爆投下を目の当たりにした人物でもあるルイス・アルヴァレスという人物についての記述が興味深い。

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