Isildurs Bane - MIND Vol.1

マインド

マインド

スウェーデンプログレバンド、イシルドゥルス・バーネの97年リリースのアルバム。このバンド、というかプロジェクトは結成そのものは70年代中盤にまで遡り、デビューは80年代中盤という、北欧プログレのわりと古株的存在のようだ。97年のこのアルバムは、これ以降、ライブ、他バンドとのコラボレート、DVDなどの様々に形式を変えつつ、現在第五弾までが発表されているコンセプトシリーズの端緒となる。

初期こそ「指輪物語」をテーマにしたり、Camel系の叙情派ファンタジックプログレ(北欧のキャメル?)だったらしいけれど、この作品に見られる音楽性はより幅広くシリアスな芸術性を追求しており、ロック、ジャズ、クラシック、現代音楽を取り入れた総合音楽の様相を呈している。そもそも、MINDというコンセプトは「Music Investigating New Dimension」の頭文字からきており、新しい音楽をどん欲に取り込み続けることそのものをコンセプトとしたシリーズであることを示している。というか、この人たちはコンセプトアルバムでない作品の方が少ないが。

バンド編成は、ギター、ベース、ドラム、キーボード(ドラムがデビュー前、最初期からのオリジナルメンバーで、キーボードがデビュー以来、音楽的イニシアチブをとっているらしい)に、ヴァイオリン、そしてヴィブラフォンマリンバ、コンガ、トライアングル、チューブラーベルズ等々のパーカッション担当で計六人が基本メンバーで、それ以外に多数のゲストが参加している。オーボエトロンボーン、ギター、フルート、チェロ、ハーディ・ガーディ等々十人以上を数え、コーラス隊、またチェスのリサイタル(朗読)役(7曲目のナレーション)や、声(The Voices)として、アポリネールブルトンコクトーマヤコフスキージョイスエズラ・パウンドガートルード・スタインボリス・ヴィアンの名が挙げられている。不思議なのは、これらの著名な文学者に交じって、「M.Rabbatet」なる名前があるのだけれど、グーグル検索でも引っかからず、スーダンの地名に似た者がある程度だった。誤植か、架空の人物かだろうか。また、シュルレアリスム一派の名前が多いのは、彼らに理想宮のシュヴァルをテーマにしたコンセプトアルバムがあることを考えると納得できるセレクトではある。

脱線したが、さて、この大編成で演奏される音楽だけれど、これが非常に秀逸。怜悧かつ硬質な雰囲気を湛え、クラシカルな演奏やフルートなどを生かした叙情的な展開を用いながらも、ヴァイブ、マリンバなどを駆使することで、リズミカルで軽快な動きを曲に与えており、冷ややかでありながら躍動的な音を構築している。牧歌的、幻想的、ダークでヘヴィなアンサンブルまでを縦横に行き来する音の幅広さもさることながら、楽器の音それぞれの音色が、他の音によってつぶされることなく明快に聞こえるという絶妙のバランス感覚も素晴らしい。大編成でありながら、それぞれの楽器を使いどころを絞って活用しているおかげで、冷ややかで音の「間」が効果的。

ロック的要素はあくまでも一部分なので、ヘヴィな盛り上がりを期待するにはそういう部分は多くないが、クリムゾン的ヘヴィネスからキャメル的叙情、クラシック的静謐、ジャズ的なムードまでを統合してみせる総合力は出色。プログレリスナーには、プログレプログレッシブということとは違うということを持論とする人がいるけれど、真にプログレッシブな音楽を求める、という求道者的プログレリスナーには一度聴いて欲しい音楽だ。

もちろん、そうでない人にもお勧めではあるのだけれど、かなりシリアスな音楽性なので、ポップさやメロディアスなものを求める人にはあえては勧めない。しかし、北欧プログレシーンにおいてはおそらくフラキンと対照的な位置に立つくらいの存在ではないかと思う。

ちょっと興味があるという人は、Progarchiveのイシバネページから「The Flight Onward」を試聴してみて欲しい。彼らの魅力が凝縮されたこのアルバムのベストトラックだと思う。フルート、ヴァイオリン、ヴィブラフォン等の楽器の活躍が目を瞠る素晴らしい一曲。私はこれを試聴したのをきっかけにアルバムを買った。

ISILDURS BANE discography and reviews


なお、イシルドゥルス・バーネという名前にピンと来る人がいるかも知れない。英語で慣用的に読むと、イシルドゥアズ・ベイン、だろうか。この名前は、トールキンの「指輪物語」の「一つの指輪」の異名らしい。初期には「指輪物語」と題したコンセプトアルバムも作っている。

しかし、プログレジャンルは「指輪物語」関係のバンド、アルバム、曲が結構多い。Camelには「Nimrodel」があるし、MarillionはSilmarillionが元だし、アメリカのGlass Hammerのアルバムも数作指輪ネタだし、指輪物語がそのままアルバムタイトルになっている作品ではイシバネや、またイギリスのMostly Autumnの企画盤があり、他にも多数あるだろう。ファンタジックな音楽性がプログレの一つの特徴だけれど、そのインスピレーション源として、ファンタジーの古典はやはり大きな存在なのだろう。