- 作者: 伊藤計劃
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2007/06
- メディア: 単行本
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虚構機関 年刊日本SF傑作選 - Close to the Wall
というわけで読んでみたのだけれど、これが評判通り非常に面白い。十年ちょっとの未来を舞台に案外現実味のある設定を張り巡らせて展開されるストーリーは非常にアクチュアルかつリアリティがあり、そして現代に向けられる批判意識の鋭さは出色だと思う。
舞台は近未来で、アメリカの情報軍で暗殺をも行う部隊の隊員が主人公。未来社会ではテロ対策として、個々人のIDが常に走査されるという監視社会となっていて、どこで何をしたか、何を注文したかなどが逐一記録される。それはテロという危険を予防するための必要な制限ということになっている。
同時に、内戦や紛争が収まり掛けていたような後進諸国ではそれまでの落ち着きを巻き返すように戦争、虐殺等が激増していく。で、そのような突然の暴力がわき起こる場所には常にジョン・ポールという米国人の存在が見え隠れしていて、主人公はまさにその人物を追うことになる。
というのがおおまかな物語で、ここに書いただけでも監視社会、対テロ、民族紛争等々のきわめて現代的な問題が設定されていることがわかる。ここにさらに人間の意識や進化生物学、言語学などなどの知見が鏤められている。読んでいてまさに同時代の人だという感覚がものすごい。この小説の参考文献一覧があったら、見知った名前だらけな感じがする。
「The Indifference Engine」がそうだったように、この小説でも暴力は二重に問題化されている。暴力そのものの問題と、「われわれ」が暴力をどう見ているかという二つのレベルだ。この暴力の問題、セキュリティが浸透した社会における暴力の見方にかんして、伊藤計劃はJ・G・バラードの近作の「殺す」以降の「病理社会の心理学」シリーズと結構似たスタンスをとっている。
そういえば伊藤氏は「バラードの心でスターリングのように書きたい」と言っていたのだけれど、私はスターリングは読んだことがなくて、その発言の半分を理解できない。以前ニューロマンサーを読んだときに、何が書いてあるのか分からなかったという苦い読書体験を味わってから敬遠していたので、ギブスン、スターリングは全然手を出していなかった。そしてラッカーはほとんど読んで、ジャック・ウォマックも既訳長篇は読んだりとちぐはぐなことになっている。
氏が上記発言をしたインタビューでは、以下のようにも言っている。
ニューウェーブやサイバーパンクからSFに入り、スターリングのファンであるわたしにとっては、それこそSFというのは社会とテクノロジーのダイナミクスを扱う唯一の小説ジャンル
著者インタビュー:伊藤計劃先生
その意味で、バラードの名前が出てくるのは当然だろう。テクノロジカルランドスケープ三部作も、病理社会の心理学の諸作も、テクノロジーによって人間はいかなる影響を受けるかという関心が設定の中心にある。
以下の記事では伊藤氏のサイバーパンク観が提示されていて、これに従うならバラードも、そして「虐殺器官」もサイバーパンクに属することになる。
スチームパンク/サイバーパンク - 伊藤計劃:第弐位相
で、さらに以下の記事で引用されているスターリングの発言はとても示唆的だ。
『サイバーパンクの本質というのは、結局ニューウェーブSFとハードSFの統合なんだよ』
yama-gat Tumblr - 再びデジタル・ハードコアへ向けて、あるいは眼差しの科学 ~ハードSFとしてのサイバーパンク~...
「バラードの心でスターリングのように書きたい」という発言はここら辺のことを踏まえてのことなのだろう。とても面白い。
あ、最初のインタビューは後半部分は本を読んでから目を通した方がいいと思うので注意。ここら辺を読んでサイバーパンク読むべきと思ったので、とりあえず伊藤氏がインタビューで推していたスターリングの「ネットの中の島々」を買ってみた。どんなもんだろうか。
話を戻すけれど、今作は2007年のベストSFに選ばれたというのもうなずける出来で、ほんとにこれからが期待されていた作家なのだろうな、と。残念すぎる。
そういえば、作中で主人公がある女性に、カフカがチェコ語で書いていたと言ってみせ、相手にそれを突っ込ませて会話を引き出す、という話術を披露していたけれど、千野栄一によると、カフカのドイツ語はチェコ語訛りだとのこと。カフカはチェコ語も話せたらしいしね。