円城塔 - Self-Reference ENGINE

Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

円城塔、2007年のデビュー作。「虚構機関」での「パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語」に惹かれてこちらを読んでみたけれど、これは「パリンプセスト」をがっちりとアップデートしたような感じで、とても良い。私がSFを読むのは、こういう小説を読みたいからだと思わせる本だ。

構成としては、18ページ程度の短篇が連なっていて、個々の短篇はそれぞれ結構独立しつつも、「イベント」と呼ばれる事件以降の世界を様々な視点から点描していくという風。ここは「パリンプセスト」と同じ連作短篇形式だけれど、本書ではもっと明確に諸短篇の連続性が示されていて、「イベント」という時間の進み方がおかしくなった事件と、巨大知性体という高度に進化し知性を持ったコンピューター群が鍵となっている。

その、人間を遙かに超える知性を持つコンピューターの超次元的な活動がまた一つの読みどころでもあるのだけれど、私にとってこの本の最大の魅力は、奇想短篇群としての圧倒的なクオリティにある。冒頭の一話目「Bullet」はこうだ。頭に弾丸が入っている少女が出てきて、主人公の友人が言うには、その弾丸は未来から撃ち込まれたものなのだと言う。さて、訳が分からないだろうけれど、確かにこの通りに話は進んでいく。かなりラファティ風な感触のあるこの一篇を皮切りに、毎年一回ずつ転がすことになっている巨大な箱だとか、26人の数学者が同時に思いついた定理、村に生え続けてくる村を日々打ち壊しながら生活する人々、亡くなった祖母の家の床下から見つかる大量のジグムント・フロイトだとか、これでもかと繰り出されて来る奇想の連続には興奮せずにはいられなかった。

冒頭の一篇はアンファンテリブルもののラファティを思わせるし、数学的ネタを用いたSFというとルーディ・ラッカーが連想され、まったく異なる原理の世界とかバリントン・ベイリーっぽくもあるし、明らかにボルヘス「円環の廃墟」ネタの文章があったり、人知を越えた機械とかはスタニスワフ・レムの「ゴーレム」かとか、ちょっとカルヴィーノの「見えない都市」っぽいところもあるし、ギャグの挾み方とかが田中哲弥っぽいところもあったりして、この手の名前にピンと来る人には強く薦めたい。帯にはレム+ヴォネガット、とあるのだけれど、ヴォネガットらしさはそんなに感じなかったなあ。

非線形物理を専門にしていた「複雑系のえらい人」だったというだけあって、奇怪な論理、奇抜な発想に、数学的な理論や発想が寄与しているところがあり、それが発想の論理的な暴走を駆動しているのだろう。メタにメタを接いでいってどんどん階層が多重化していったり、論理的には正しいのだろうけれど、何を言っているんだかわからなくなってきたりするところがしばしばある。ただ、その暴走自体が一種の笑いとして取り込まれているので、このわからなさが面白いという気分になってくる。数理的なネタや説明、あるいはラストあたりの展開はやはり難解ではあるのだけれど、華麗に流し読みしても、または深読みしても楽しめると思う。

理解するのは難しい(というか私もよく分かっていない)作品だとは思うのだけれど、奇想の洪水に流されるままになるだけでも相当に面白いので、その難解さは特に気にすることはないだろう。