- 作者: エリック・マコーマック,増田まもる
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 2011/01/25
- メディア: 単行本
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主人公は行政官からとつぜんの連絡を受け、ある事件の調査を頼まれる。承諾するとキャリックという町に住む薬剤師が書いた手記が届けられる。そこにはキャリックに「植民地人」が現れてから、記念碑が破壊され、墓地が荒らされるなど、静かな町に次々と異様な事件が起きる様が記され、さらには殺人事件が発生し、ついには町の住人がが死ぬまでしゃべり続ける奇病におかされ、次々と死にゆく惨劇へと至る。主人公が町に到着したときには、一人をのぞいてすべての住民がすでに奇病に罹っていた。
この全住人が死につつあるキャリックの町で、いったいどうしてこのような破滅的な帰結がもたらされたのか、主人公は死を目前にした住人たちからなんとかして話を聞き出し、真実を探り出そうとする。そこで浮かび上がるのは、戦争中、出征した町の男たちがある事故で全員死亡していた、という事実、炭坑労働に従事していた戦争捕虜が事故によって全員死亡したという過去など、小さな町の意外な歴史だった。
とはいっても、マコーマックなので、もちろんふつうに謎を解いたりはしない。いや、主人公は真面目に真実を追究しちゃうのだけれど、つねに周りから冷や水が浴びせられ、繰り返し違う口から、「真実を語ることができるのは、それをよく知らないときだけだ」という台詞を聞かされることになる。
というわけで、現代文学の作家がミステリ風を書くとなると、当然こうなるよね、というメタ・ミステリ、アンチ・ミステリの展開を辿ることになる。ここでは、ある一つの因果関係、ありうべき動機といったミステリ、推理小説がふつう前提している枠組みそのものがずらされていく。
というか、謎言語なり逆さ言葉なり、罵倒文句なりを交えてしゃべりまくり、主人公が一通り話を聞くと皆ちょうどよく死んでいく住民の奇病とか、あんまりにもご都合的でうさんくさいというか、何かを徹底して馬鹿にしている感がものすごい。「虚構の中で、真実だって?」と呆れられているような印象。最後に言及されながらそのまま放置されるある謎について、小説の冒頭を読み返して見ると畜生、やられた、という気分になった。
また作中、フレデリック・デ・ノシュールなる人物の「一般犯罪学講義」という架空の議論が紹介されていて、そこではクリミニフィエ、クリミニフィアン、クライミュ、という用語が使われているけれどこれは明らかにソシュール言語学のパロディで、以下構造分析がどうとか差異の体系とか、ポストモダン思想のパロディが繰り広げられる部分は微苦笑を誘う部分になっている。主人公には訳のわからない議論と見なされているけれども、ここでいわれる「犯罪の性質は恣意的」で、捜査官の記述そのものが精査の対象にされるべきだという文言は、この作品のメタ的な仕掛けとパラレルだ。
ただ、こうしたアンチ・ミステリの仕掛けというのもこれはこれで手垢が付いて凡庸になりかねないものなのだけれど、意外な事実が判明し、それがまた絡み合っていき、複雑な町の歴史を描き出すミステリ部分が普通におもしろいのと、マコーマックらしい奇想短篇的なエピソードがちりばめられ(「片脚の炭鉱夫」はこれまでの邦訳すべての単行本で出てくる)、ドライな不条理世界が楽しめる。
長篇第一作「パラダイス・モーテル」も祖父から聞いた話の顛末をたどるという大きな筋があるものの、それは各短篇をはめ込む枠として存在していて、作品全体は短篇をやや並列的に並べた構成になっていたのに比べると、今作はある町の過去の歴史を掘り返していくことで、現在の事件の相貌が様々に変わって見えてくる展開になっていて、より長篇らしい構成となっているのがよかった。
今回も見事な訳の増田さんがツイッターで書いていたけれど、この小説には「不可能ゆえに確かなり」というたぶんラテン語の警句が出てくる。
http://twitter.com/m_mamoru/status/8067578157076480
それにしても「知恵と諦めが臨終に間に合ったためしはない」という警句はあるのだろうか? 「不可能ゆえに確かなり」はありそうだが。
これが実在するかどうかは知らないけれど、埴谷雄高が本の題名に使った神学者テルトゥリアヌスの「不合理ゆえに吾信ず」Credo, quia absurdum.という言葉なら有名だと思う。「不可能ゆえに確かなり」は、このパロディだと思って(原語だと字面が違うけれど)、実在する警句だとは思わなかった。ここらへんはすでにツイッターの方で回答来てるのかも。
- 作者: 埴谷雄高
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1998/04/20
- メディア: 単行本
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