物理学(史)入門の本いくつか

物理入門みたいなものをざっくりと読んだのでメモ。

はじめて読む物理学の歴史

はじめて読む物理学の歴史 (読んで楽しむ教科書)

はじめて読む物理学の歴史 (読んで楽しむ教科書)

ざっと物理学の歴史を通して見てみたかったとき、ちょうど目的通りの書名があったのでこれから読んでみることにした。

全体は三部で、ニュートン力学に至るまでの近代科学革命期、電磁気学、熱力学等古典物理学の成熟期、そしてアインシュタイン量子論の現代物理学期という構成になっている。それぞれの部では通史の章と個別論点を扱った章に分かれており、マクロミクロの視点を共存させているのが特色。

著者の一人我孫子誠也氏はアインシュタインの奇跡の年に書かれた論文についての本を出しており、本書のアインシュタインの章ではそれを生かして、各論文でどのように内容的繋がりがあるのかを指摘している部分は他では見ない記述になっていて面白い。

もうひとつ特徴的なのは日本の物理学黎明期を扱った部分だ。ラザフォードの原子模型以前に、日本の学者が土星型の原子模型を提出していた話とかは他でも見たことがあるけれど、それが長岡半太郎。戦前期の日本の物理学を長岡、仁科芳雄を中心に語り、湯川、朝永ら日本人研究者を軸にして素粒子物理を語る章へとつなぐ構成になっている。他書では湯川朝永はともかくそれ以外の話題はあまりでてこないので、短い章ではあるものの印象的。後半部分では意図的に日本の話題を増やしている。

またここでは、日本人最初のノーベル賞受賞が、なぜ理論物理学、それも素粒子物理だったか、という疑問に答えるものになっている。

ヨーロッパの科学研究に新たに参加した形になる日本の学者にとって、それまでの多大な蓄積という点で、大きなハンディがあった。けれども、量子力学という新たな学問に対しては、新規参入者もヨーロッパの学者と同じスタート地点に立てるというのが大きかったらしい。日本だけでなく、アメリカもまたそうして研究に貢献しているという。

そして、量子力学は「目新しい数学」を利用した研究だったため、理論研究のみに特化した集団が生まれはじめていた。

理論に特化した研究の誕生は、量子力学についていく能力のある日本の若い研究者にとっては、海外の高価な機器に頼らずに第一線の研究を行うことができる分野の誕生を意味しました。湯川の中間子論は、1934年に、そのような状況の下で生まれました。287P

新しい学問の勃興期だったことと、ハイコストな実験を必須としないでも理論的研究の先端に立てるという二つの好条件が、湯川朝永らのノーベル賞受賞へ至る日本の物理学の躍進をもたらしたと言うことのようだ。

書名通り平易な解説で、物理学史を大掴みするには良いんじゃないかと思われる。本自体は大判で下段は注釈になっているけれど、やや数が少なく、生かし切れていない印象。最後の最新の研究を紹介するあたりは、ほとんどキーワードの羅列になってしまっているのはしょうがないのだろうか。

アインシュタイン、インフェルト - 物理学はいかに創られたか

物理学はいかに創られたか(上) (岩波新書)

物理学はいかに創られたか(上) (岩波新書)

アインシュタイン、そしてレオポルト・インフェルトの共著になる物理学入門。どういう担当分担になっているかは書かれていないけれど、アインシュタインが構成を考え、執筆したのはインフェルト、という話を聞いた。

非常に初歩的な力、運動の説明から始まり、熱力学、電磁気学の話になる。磁力の遠隔力はどのように伝わるのか、という話から場の概念、相対論へと続く構成は、力学という点に力点を置いたものだろうかと思われる。物理学史というよりは、力とは何か、物理学においてはどのように考えられているか、ということを中高生向けに書いた本になっている。

印象的だったのは、決して中をのぞくことができない時計の文字盤の動きから、内部の構造を推理していくのが物理学だという比喩。どこに書いてあったか忘れてしまった(この記事の他の本だったかも)ので直接引用できないけれど、これは非常に卓抜な喩えではないかと思う。

岩波新書の14と15番目、実に70年前の本が未だに増刷を重ねているのにはびっくりする。ただ戦前の訳なのでしょうがない部分はあるだろうけれど、紙背に原文が見えるかのような直訳文体になっているのはどうにかしてほしい。回りくどくはなっても意味が通らないことにはなっていないけれど、きわめて丁寧かつ平易に書かれている文章の意図をかなり阻害していると思う。

朝永振一郎 - 物理学とは何だろうか

物理学とは何だろうか〈上〉 (岩波新書)

物理学とは何だろうか〈上〉 (岩波新書)

続いても岩波新書で、日本人二番目のノーベル賞受賞者朝永振一郎による物理学入門。著者が亡くなり未完に終わったため、巻末に執筆予定だった内容の原型となる講演を付け加えて刊行された。そのため、全体の構成はかなりアンバランス。随所に物理学部生向けの注が挟まれ、わりと想定読者のレベルが高い。

第一章はケプラーガリレオニュートンの定番の話から始まる。ここではケプラー神秘主義的な思考が、惑星の動きとどう関連していたかが述べられているところが面白い。惑星の動きの原因としてケプラーは太陽の自転を挙げていて、その自転は神によって起動され、運動霊の補充を受けて続いていると彼は言う。神霊思考を根本に持ちつつも、数学的法則を確立するあたりの、今から見ると非常にカオスな表現になっている。ケプラーのこのあたりの言説を直接引用したのは見たことがなかったので興味深かった。

そして次に熱の問題になるのだけれど、全体の構成が著しく偏ってくるのはここから。じつはこれ以降はずっと熱の話が最後まで続くことになる。付録の講演をのぞくと、全体の三分の二ほどが熱力学の話だ。熱とその運動論の完成にかけての苦難を執拗にたどり直す著者の執念が非常に色濃く出ていて、かなりついていけない部分もあるけれど、後の原子論や相対論、量子論にまで繋がる重要な問題としてこれを扱っているのがわかる。

漠然としか把握できていないけれど、熱の運動は確率的にしか記述できない点で、古典的な力学とはかなり色合いが違う。そこで統計力学とかが出てくるみたいだけれど、これが後の量子論的な世界観にも通じるものがあるんだろうなというのがなんとなくわかる。

まあ、内容の要約は困難なので端折る。この本で印象的なのは、科学的発見や法則を数式として表現すること、数学化する、ということの重要さが繰り返し論じられていることだ。ガリレオの「自然の書物は数学の言語によって書かれている」を引きつつ、数式化することによって、普遍性と汎用性を得ることができるという利点を説いている。後半の熱力学の話でも、延々と数式化の試行錯誤が語られていて、物理学の研究プロセスがいかなるものかというのが伺える。

湯川秀樹の言として、後世の人々が何を学び、何をくみ取ってきたかということと、創り出した人が当時何を考えていたかということはまったく違う、というのがある(『物理講義』冒頭)。本書はまさに熱との格闘を通じて、いかに創られていったのかということを追体験しようとしているかのようだ。

他にも、仮説から出発しつつ、それをどういう実験をデザインすることで検証可能なものにしていくのか、というのを原子を観察できない時代においての原子論の研究を例にひきつつ語る所なども、見えないものをいかに考えるか、という点でとても興味深いものだった。定比例の法則から原子の組成を割り出す手法には感心する。

しかし、ガリレオの言がそうだけれど、自然現象はなぜ数学で表現されうるのか、というのは非常に興味深い問題じゃないだろうか。数学って何だ? という話になる。科学哲学の問題なんだろうけど。

米沢富美子 - 人物で語る物理入門

人物で語る物理入門 (上) (岩波新書 新赤版 (980))

人物で語る物理入門 (上) (岩波新書 新赤版 (980))

女性科学者としての視点を生かした著作も多い、物性物理の研究者による物理入門。タイトル通り人物にクローズアップしつつ、全体では物理学の基礎科目をカバーしたものになっていると著者は言っている。

古代科学史と、コペルニクスからニュートンに至るあたりまでは王道のセレクトだけれど、光学のホイヘンス、女性単独で原子の名前になった唯一の人物マイトナーを扱った原子核物理の章、トランジスタ超伝導と二回ノーベル物理学賞を受賞したバーディーンを扱った物性物理、クォークから複雑系へ、ミクロからマクロへと研究ジャンル転じたゲルマンに触れた章など、名前をあまり聞かなかった人たちのところは新鮮で面白い。

また、ニールス・ボーアの人となりと、「開かれた研究所」コペンハーゲン研究所にはじまるコペンハーゲン精神の部分、二十世紀科学の功罪を象徴させられるオッペンハイマーの人物像を近年の研究を元に見直した章も面白かった。

全十五章という配分で項目ごとが手軽な長さなのと、人物伝というスタイルのために、きわめて読みやすいものになっている。通史にしたら陰に隠れてしまいがちな人をピックアップしている点は上掲書と比べても特色あるところ。ただ、理論の説明の部分などでは紙幅が足らずに教科書的な記述で済まされていて、どういうことなのか結局よくわからないところもあるのが難点か。超伝導の説明はざっくりしすぎてないだろうか。よくわからなかった。

この手の人物伝的な科学史となると、ブルーバックスからの『物理学者天才列伝』とか、ハヤカワNFの『数学をつくった人びと』とかがあって、気が向いたら読むつもり。


本当は科学全般の通史みたいなものを探していたのだけれど、どうも良さそうなのがない。血液循環や化学等も扱っているのが面白いバターフィールド『近代科学の誕生』は対象時期もページもちょっと短いし。以前教養文庫からシュテーリヒ『西洋科学史』という五巻本の大著が出ていて、これは良さそうだと思ったんだけれど、入手困難で相当の高値が付いている。全八巻の『日本語の歴史』を出していた(あ、七巻から読んでない)平凡社ライブラリーあたりから復刊されないかな。あるいはハードな科学書を出しているちくま学芸文庫あたりか。