2011年に読んでいた本。

のなかからベストという訳ではないけれども印象的なものをカテゴリごとに五つ程度でざっと選んだ。タイトルのリンクは以前書いた紹介記事へのリンク。

海外文学

ボフミル・フラバル - わたしは英国王に給仕した

わたしは英国王に給仕した (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

わたしは英国王に給仕した (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

幻視社の東欧特集関係で今年いろいろ読んだなかでもこれは傑作。チェコの歴史ともリンクしたある給仕人の人生の悲喜劇。また、フラバルの作風が掴めたのか、『あまりにも騒がしい孤独』を再読したら、以前読んだ時よりもはるかに面白く読めて自分でもびっくりした。格段に解像度が上がった感があり、このブログの以前の『孤独』記事と、幻視社の大幅に書き直したものとを読み比べてもらえればその差は歴然としていると思う。

イェジー・コシンスキ - ペインティッド・バード

ペインティッド・バード (東欧の想像力)

ペインティッド・バード (東欧の想像力)

東欧その二。セリーヌカフカっぽいといえばぽい。ナチスの影響下にある東欧でジプシーやユダヤ人のように見える容貌を持つ少年が彷徨するなかで、さまざまな暴力が吹き荒れる様子を、軽快なグロテスクさのなかに描き出す。本書もまた、本国ポーランドで、出版されたアメリカで、それぞれの理由から非難と偏見の嵐に巻き込まれ、虚実両面で異者を排除する社会を描き出してしまった不幸な傑作でもある。bk1投稿用にかなり書き直した記事があるので、以下も参照。
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イスマイル・カダレ - 怪物

井浦伊知郎web
訳者井浦伊知郎氏のサイトでウェブ公開されている長篇。
主人公が婚約者から奪った恋人をめぐる三角関係を軸にしながら、町の外にうち捨てられている「ワゴン車」とそのなかにいるオデュッセウス・Kという人物たちが虎視眈々と町を狙っているという非現実的な描写がからまる不思議な作風。その「トロイの木馬」を思わせるワゴン車を裏目に見つつ、主人公はトロイア戦争の再解釈をテーマとする論文を執筆している。冒頭に匂わされているのは、アルバニアソ連との国交断絶で(主人公はそのせいで留学先のソ連から帰国している)、作中でも政治と外交の問題がトロイア戦争も含めて大きなテーマとして扱われている。現実の政治を背景に、神話と現実とが幻想的に絡まり合うスタイルはカダレらしさのアマルガムみたいで、素っ頓狂な設定と、政治状況から滲み出てくる緊張感など、ある意味とても「東欧」らしい作品だと思う。刊行されないかな。あと、『大いなる冬』を第三部も訳して刊行されないだろうか。

エリック・マコーマック - ミステリウム

ミステリウム

ミステリウム

現代文学的アンチミステリといえばいいだろうか。人を食った変な小説を読みたい人にはお勧め。上掲記事に寄せられた、訳者増田まもるさんによるコメントも貴重。

ジュノ・ディアス - オスカー・ワオの短く凄まじい人生

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

ドミニカ出身の米国作家による長篇。話題になっていたのをようやく今月読んだ。SF、ファンタジーRPGオタクのドミニカ系のオスカーという少年を主人公に、デブゆえにかモテないことへの苦悩を中心にしつつ、彼の一族の過去のエピソードをたどって、ドミニカの独裁者だったトルヒーヨの呪いがオスカーの一族にまとわりついていることをも語る、圧縮された『百年の孤独』みたいな作品。恋愛への情熱からの行動が日本的なそれより鬱屈しておらずストレートなのは結末も含めてアメリカらしい爽快さがある。そこへスペイン語オタク文化等の異物がどっさりとぶち込まれていて、雑種性への志向が伺われる。ドミニカはハイチと国境を接しているのだけれど、トルヒーヨはドミニカを白人化するため、ハイチ人を万単位で虐殺している。この純粋性と雑種性の対比。幻視社同人岡和田がSF、ファンタジーRPGネタに詳細な註を付けている。

他にもアンドリッチの『ドリナの橋』やパヴィチ『ハザール事典』、そして奥彩子の労作『境界の作家ダニロ・キシュ』などを挙げておきたい。キシュはあとふたつ未訳があるのでそれが出て欲しいところ。

SF

仁木稔 - ミカイールの階梯

ラテンアメリカ中央アジアと世界史的な多文化混淆領域を舞台にして大災厄以降の未来を描く連作シリーズの第三作。英雄物語を批判的に再演する趣向が面白い。次作が出るのはいつなんだろうか。

飛浩隆 - ラギッド・ガール

「廃園の天使」シリーズの中短篇集。今更読んだもののさすがの飛氏というほかない。官能とともに「人間」をほどいていく。シリーズの続きはまだらしいけれど、SFマガジン連載の『零號琴』が完結したらしいので、それが出るかも知れない。

テッド・チャン - あなたの人生の物語

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

一作一作がきわめてレベルの高い高密度の短篇集。多彩なテーマをいろいろなアプローチで描き出している。余りにも寡作で、他にはSFマガジンアンソロジーの『ここがウィネトカなら、君はジュディ』に載っている短篇で既訳のものは全部という。一篇未訳の物がある。

シオドア・スタージョン - 一角獣・多角獣

一角獣・多角獣 (異色作家短篇集)

一角獣・多角獣 (異色作家短篇集)

スタージョン伝説の短篇集。スタージョンはしかし、レベルの高低ではなく、そもそもちょっと次元が違っている、という印象があるな。孤独と愛を描くのは、その印象とも無縁ではないとも思う。

J・G・バラード - 千年紀の民

千年紀の民 (海外文学セレクション)

千年紀の民 (海外文学セレクション)

増田まもる訳第二弾。しかし私はこの三部作をまだどう読んだものかわかっていない。バラード自伝も同時に読み、子煩悩な姿が意外でとても面白かったけれど、後半死を目前にしたのか明らかに駆け足だったのが悲しくもあり。あと一作、最後の長篇が未訳で残っている。

アイザック・アシモフ

鋼鉄都市 (ハヤカワ文庫 SF 336)

鋼鉄都市 (ハヤカワ文庫 SF 336)

ひとつ挙げる、というよりはアシモフもっと読もうと思った年だった。とりあえず十冊ほど入手したので、追々読んでいく。

日本文学

古井由吉 - 蜩の声

蜩の声

蜩の声

隔年刊行の古井作品。いつもながらの作風でありつつ、震災を経た最後の編では初期作「円陣を組む女たち」の核心の場面が再現されているのにはなかなか驚いた。戦時のことを描いた短篇が一作は入るようになったのは近年のこととwikipediaにはあった。そういえば古井作品は小説に限ればまだ十作ほど読んでいないものがあるので、追々未読を潰していきたい。

青木淳悟 - 私のいない高校

私のいない高校

私のいない高校

青木淳悟初の長篇小説。これはもう訳が分からなくて楽しすぎる。読んでいて読みづらいところ、難解なところはまるでない。外国人留学生を受け入れた高校の担任が記録した(しかし担任は語り手ではない)日誌、みたいな内容なんだけれど、ほんとそれだけで終わる。青木だからいったいなにをしてくるのかと思いつつ読んでいくと、特に変なことはなく、ある高校が留学生を受け入れるというちょっとした非日常のようすが事務的ともいえるような調子で綴られていくのが読んでいて地味に興味深く、とても地味なノンフィクションを読むように割合面白く読み終わって、その時に愕然とする。これはいったいいかなる小説なのか、というのがまったくわからないことに気づくからだ。「小説らしさを取り除いた小説」といえばいいかも知れないけど、その着地点がノンフィクションとして結構面白かった、というのはどうなんだ。かといってノンフィクションそのもの、でもなく、なぜか視点人物は「担任」と呼ばれていたり、叙述方法は三人称視点の小説のように見えるけれど、ところどころ不思議な時系列の入れ替えがあったりして妙。視点人物はいても語り手はおらず、この叙述の微妙な居心地の悪さ、語られる内容との距離感に終始つきまとわれることになる。盗難騒ぎなど、所々不穏な描写もあり、叙述においても内容においても不思議な、不穏な気配はぬぐえない。あえていえば、ある種の前衛文学、実験的作品が前面に押し出す、「実験性」そのものを削ぎ落とす、という逆向きの実験小説だとも言えるのかも知れない。この小説とノンフィクションの落差にこそなんらかのたくらみがあるはずだろうけれども、よくわからん。この作品には下敷きにしたらしいノンフィクションがあって、自費出版らしくAmazon等では買えない。この二作がどういう関係にあるのかは不明だ。著者は、そのノンフィクションのなかの高校を、「私のいない高校」と呼んでいるのだとも解釈できるタイトルではある。とりあえず、「小説」というものに困惑させられるのが青木淳悟の面白さなので、人に勧めるかどうかと言えば非だけれど、個人的には絶妙に面白いし楽しい。しかし、これみんなどう読んでんの?

笙野頼子 - 人の道御三神といろはにブロガーズ

人の道御三神といろはにブロガーズ

人の道御三神といろはにブロガーズ

今年は新作の発表がなかったものの、二年前に既発表の連作二篇におまけをつけて刊行された。後編九章の書き足し、というのはされておらず、雑誌発表と同じ終わり方をしているのは、それはそういう設定と捉えて良いのか。私が何か誤解しているかも。ちょっと見比べてみると、見た範囲だけでも行ごとに書き換え、書き足しなどされていて、ずいぶん加筆されているのがわかる。あと、おまけ部分に拙ブログが出てきたりします。けれど、今作はもうひとつ私のテンションがあがらない作品だった。いろはのブログ羅列のギャグはさすがのひとことで笑えるから良いんだけど、どうも記事を立てて何か書くことが出てこない。新しく始まった「神変理層夢経」連作は面白いんだけど、何かしら不調なりあったのか次が続いていないのが心配。『海底八幡宮』から続く、ドゥルーズ千のプラトー』を下敷きにしたシリーズの一環でもあるのかな。千プラ読まないと始まらないか。雑誌掲載版の紹介記事。
笙野頼子 - 人の道御三神 - Close to the Wall
笙野頼子 - 人の道 御三神 人の道御三神といろはにブロガーズ後篇 - Close to the Wall
丁寧な紹介としては馬場さんの記事を参照。『人の道御三神といろはにブロガーズ』(笙野頼子):馬場秀和ブログ:So-netブログ

石川博品 - 耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳

耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳 (ファミ通文庫)

耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳 (ファミ通文庫)

日本の小説なのでここに入れる。多民族混在の学校での生活を描いたジュヴナイル風ライトノベルシリーズ全三巻。表面上は今風だけれど、中身がものすごく古風な真っ当さ、というか真正面からのストレート、という感じ。最近ようやくでた新刊は、まさに今風の脱「残念」系ラブコメということだったけれど、主人公とヒロインの兄弟姉妹の描き方なども含めて、やっぱり真面目で正面から向き合う真摯さが印象的な作品。時流に寄せたせいかインパクトは減じていて、続刊が考慮されているのか煮え切らない感もあるものの、悪くない。個人的には短篇で発表された平家さんネタを長篇で書いて欲しいけれども。というか、この人ほんとに古代史、王朝文学ネタが好きだな。

ノンフィクション

木村元彦 - 誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡

誇り―ドラガン・ストイコビッチの軌跡 (集英社文庫)

誇り―ドラガン・ストイコビッチの軌跡 (集英社文庫)

崩壊していくユーゴスラヴィアに翻弄されるストイコビッチの人生を描いたスポーツノンフィクション。今年読んだなかでは下記の『最終定理』とならんでツートップの面白さ。

サイモン・シン - フェルマーの最終定理

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

抜群の面白さ。とにかく読んでみればいいよ。

チャールズ・ダーウィン - 種の起源

種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)

種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)

豊富な実例と実験の数々も面白い、進化生物学の古典。生物の不思議をいかに説得的に説明するか、という難題を二つの武器でクリアする鮮やかさ。

遅塚忠躬 - フランス革命

フランス革命―歴史における劇薬 (岩波ジュニア新書)

フランス革命―歴史における劇薬 (岩波ジュニア新書)

ジュニア新書はやはり侮れない。最近亡くなられた歴史学者のつとに知られた一冊。何となく読んでみたら読んでみたら本当に面白い。バランスを取りつつも、情熱的な筆致が感動的で、歴史をどう見るか、ある歴史的事件の功罪をどう考えるか、ということについてのひとつのケーススタディ

林忠行 - 中欧の分裂と統合 マサリクとチェコスロヴァキア建国

中欧の分裂と統合―マサリクとチェコスロヴァキア建国 (中公新書)

中欧の分裂と統合―マサリクとチェコスロヴァキア建国 (中公新書)

東欧史関連では、面白さ、ということだとこれに。チェコスロヴァキア建国に奔走した哲学教授の生涯から、チェコスロヴァキア近代史をたどる。マサリクはフラバルの上掲書にもちょっと出てくる。チェコから始まってチェコで終わる、今年の本、でした。


ひとつ忘れていた。

坂口尚 - 石の花

石の花(1)侵攻編 (講談社漫画文庫)

石の花(1)侵攻編 (講談社漫画文庫)

第二次大戦下のユーゴスラヴィアパルチザン闘争を描く歴史長篇漫画。傑作。