一月二月に読んだ小説

毎月向井アーカイブを更新するだけのブログになりつつある現況なもんで、年明けてから読んでいた小説の感想をさっと書いておく。前々からエンタメものの面白いという評判の小説を読んでみようと思っていて、巻を措く能わずというような先が気になってしょうがない類の流れるようなストーリーテリングを上下巻とかの長めのもので味わえるのはないかなー、と探していたりした。

貴志祐介 - 新世界より

新世界より(上) (講談社文庫)

新世界より(上) (講談社文庫)

というわけで前々から評判の高かったSF大賞受賞作の本書に手をつけてみた。

三巻合わせて1500ページ程度あるものの文字も大きいし読みやすいのでサクサクいける。それはそれでいいんだけど、前評判からすると、これそんなに面白いかな、という感想になってしまう。呪力と呼ばれる超能力が日常化している超未来世界での、主人公ら少年少女達が、学校生活を送りながらその能力を開花させていく様子を描く魔法学校ノリの部分とか、奇妙な生き物が存在する不思議な社会制度、そして呪力を使った派手なアクションなど、それぞれの展開は読ませるものがあるし退屈ではないんだけれど、未来社会の隠された真実、というのが結局の所この長篇を支えるには弱すぎる気がする。

全三巻あるなら、社会の真実、崩壊、再構築への希望みたいな辺りまで行って欲しいところなんだけど、夏休みの冒険、といったようなそれ自体は魅力的なシチュエーションや個々のエピソードを丁寧に展開しすぎていて、長い割には密度が薄いというか、踏み込みが浅いというか、そういう印象。最後まで読んで、これで終わりなの、と思った。解説では原型となった中篇があることに触れられていて、つまり中篇のネタをそのまま大長篇の核に据えてしまったアンバランスさなのかな、という気がする。割と楽しく読んだものの人には勧めない(長いし)、という感じ。

と、書いていたらアニメ化だそうで。確かに少年少女の成長物語に超能力のアクションとかあるから、アニメ的に映えるところは多いのかも。

アイザック・アシモフ - ファウンデーションシリーズ

続いてはアシモフの代表シリーズ。最終的に七部作になってるみたいだけど、初期に書かれた三部までをひとまず読み終える。銀河帝国崩壊を予見したハリ・セルダンは、崩壊による混沌の期間を短縮するための策を練り、そのためのファウンデーションを設立した。というのが導入で、序盤は既に亡きセルダンの計画、そして彼の危機対策が正しいのか否か、というサスペンスを軸に進むことになる。この三部作では、第一巻は短篇連作になっていて、二、三巻目は中篇二つという構成になっている。いずれもが推理小説的なプロットを持っていて、謎解きものとして読者の興味を引きつつ、メインストーリーを進めていくことで安定した面白さをもたらしているのがうまい。あと、特徴的なのは経済的要素が色濃いことだろうか。未来史ものである以上それは歴史であって、歴史を動かすのは経済だ、ということなのかな。

超未来を予測する学術的知性が預言の如く機能しているところなど、理知的な思考を重要視するのがアシモフらしいといえるのだろう。知性へのポジティブな信頼が生きているところは良いところでもあるんだけれど、同時に何だか決定的に古めかしい点でもあるなあとは思う。ちょいちょい違和感を覚えるところもあったり。まあでも面白い。

上田早夕里 - 華竜の宮

華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

今回のSF大賞受賞作。短篇「魚舟・獣舟」の世界設定を共有する長篇。というか、これの先行作として短篇が書かれたらしい。プルームテクトニクス理論をベースに、大規模なマグマ噴出による世界的な危機を設定し、その時人類はいかにして苦難に立ち向かうか、という破滅SFジャンルに属する作品。

中心的な人物は陸と海とのあいだを取り持つ外交官的な役職。そして、先行短篇でも語られた海上生活をする人々と地上人とのあいだの異種族同士の対立を、外交官が調停して、より多くの人のためとなるやり方を貫こうとする。破滅に際し、いかによりよい選択肢を選んでいけるか、という絶望的な苦闘を描いていて、まあもちろんハッピーエンドなど望むべくもないけれども、希望をつねに捨てないポジティブさに支えられている作品だと思う。あとこの終わり方はとてもSFらしくて感動的だ。

先行作品として、まずは小松左京の『日本沈没』を挙げなければならないんだろうけれど、私は未読で、個人的に思い出されるのは『DTエイトロン』という十年以上前の深夜アニメだったりする*1。この作品の最終回は非常に衝撃的で、エヴァとはまた違ったインパクトをもっていたんだけど、最近のコピペブログとかで印象に残った最終回みたいな記事があっても、まず挙がっていないのが不思議で仕方ない。最後の最後で冒頭の伏線を回収する演出が絶妙。アニメの最終回というとまず思い出すのはこれだ。何故これを連想するのか、ということを書くと両方の結末にかかわるのでここでは書かないけれど、絶望的な苦闘を戦うことの希望というか、ね。

米澤穂信 - 古典部シリーズ、小市民シリーズ

ユーゴ紛争を扱ったものと聞いた『さよなら妖精』を読むつもりで買ってあるんだけど、東欧関係はまとめて読もうと後回しにしたので、とりあえずこちらのシリーズを読んだ。両シリーズとも一作目は既に去年読んでいるので、この記事では以下を。

愚者のエンドロール (角川文庫)

愚者のエンドロール (角川文庫)

古典部シリーズと呼ばれるものの第二作。元々スニーカー文庫から出ていたもの。ミステリではあっても、人が死ぬわけではない「日常の謎」と呼ばれる系統の作品に属する。第一作では学生運動が扱われるなど意外さもあるけど、このシリーズ、どうにも微妙。主人公が頭は回るものの「省エネ」をモットーとしていて、積極的に事件にかかわりたくないのに、まわりに引きずられてかかわらざるをえなくなる、という「やれやれ」系の面倒な性格をしているのが個人的に厳しいのもあるけど、なんか全体的にもう一つという印象。第二作も、最後に明かされるネタは好きなんだけど、取り立てて感想が出ない。このシリーズは後の方が面白いという話で、とりあえず文庫になっているものは読んでみるつもりだけど。

夏期限定トロピカルパフェ事件 (創元推理文庫)

夏期限定トロピカルパフェ事件 (創元推理文庫)

これも第一作は去年読んでいる。今回読んだのは第二作の夏期限定、第三作の秋期限定上下巻の三冊。上のと比べてこっちはとても面白い。同じく、ライトノベル的な学園ものなんだけど、古典部シリーズよりぐっと完成度が高くなっているのと、キャラクターがいい。主人公小鳩くんは以前、推理力を笠に着て調子に乗って失敗してしまってから、どこにでもいる普通の人、「小市民」となるべく鷹の爪をできるだけ隠して日常を過ごしたい。その協力者として似たような境遇らしい小山内さんという背の低い同級生の少女がいて、この恋愛でも依存でもない「互恵関係」にある二人が主役となる。でもやっぱり問題に巻き込まれる、というのはお約束。ジュヴナイルな雰囲気が強くて、今風のラノベっぽい古典部シリーズと少々異なる。表紙イラストからもわかるけど、キャラクタ含めてわりとかわいらしい作品。

頭の良い自分、みたいな思春期の自意識のテーマを扱う点は古典部と共通するんだけど、小鳩くんは古典部の折木くんと比べてひねくれていないのと、どうしても推理したくなる欲求が隠せていない素直さがあるところが好印象。折木くんは推理へのモチベーションをヒロインに肩代わりさせてしまっているのがよくないと思う。それと、小山内さんの内に隠した苛烈さがなかなか素敵で、シリーズ通しての大ボスのごとき貫禄を示しているのがとても良い。このシリーズは「冬期限定」で終わってしまうのかな。次はいつ出るのかな。古典部シリーズがアニメ化だそうだけど、それはやっぱりメインキャラが四人いて映えるから、なのか。

アサウラ - ベン・トー

第四巻までを読む。昨年末にアニメ放映されていた作品で、アニメ終了後に原作を読んだ。半額弁当を手に入れるために殴り合いのバトルを繰り広げる、という訳の分からない荒唐無稽な設定を持つ作品で、しかも作中でそのおかしさにツッコミが入らず、登場人物たちは徹頭徹尾真面目なため、物語が盛り上がれば盛り上がるほどギャグとしての破壊力が上がっていくという一発ネタな小説なんだけど、これが面白い。主人公が健康的にバカで、セガマニア。*2アニメでは弁当作画監督なるものを用意して絵で表現していたのだけど、本作はB級グルメ小説でもあって、手に入れた弁当の味と弁当ならではの工夫についての描写が濃密かつ詳細でここでも笑ってしまう。そういや三、四巻と読んで、やけに百合っぽいところがあるなと思ってたらデビュー作と第二作は百合ものだったようだ。それと、この小説、ライトノベルなんだけどページごとの文字数が半端じゃない。驚きの黒さ。四巻のあとがきで、編集に「小説は空白を埋めるゲームじゃねえ」と言われ、著者も同じページ数の他書にくらべて1.5〜7倍の内容量があると書いている通り、下に挙げた翻訳ミステリ等よりもページが黒い。書きたい内容がまったく予定ページ数に収まらないようで、極限まで改行を減らして書いているせいでこうなっているのだろう。五巻ではついに300ページを大きく超えている。ラノベだと思ってサクッと読めるだろうと読み始めたら普通の小説程度に時間が掛かって驚いた。アニメ版の方はTRIGUNの音楽やTipographicaUnbeltipoといったバンド活動、そして菅野よう子バンドマスターでもあるという今堀恒雄、その今堀とのユニットやルインズ波止場等の吉田達也らが参加した音楽もかなり面白く、プール回とかのオリジナル部分も良くできていたと思う。ただ、改変部分が原作ファンに不評だったのは理解できるところもあるなあ。アニメから入って原作読むと気にならないんだけど。

ジェフリー・ディーヴァー - ボーン・コレクター

ボーン・コレクター〈上〉 (文春文庫)

ボーン・コレクター〈上〉 (文春文庫)

全身麻痺でベッドから動けない探偵役と犯人との対決の様相を呈していて、サスペンスあふれる面白いエンターテイメント小説、なんだけど、読み終わったらもういい、となってしまう。楽しくサクッと読めるんだけど、自分の好みや関心にまったく引っかからない小説で、それはそれでびっくりした。「このミス」での二十年間の海外ミステリランキングで第三位、というんだけど。楽しく読める良くできた作品、だけれども。このシリーズ、他は読まないな。

*1:OPがブレイクしつつあったDragon Ash『日はまた昇りくりかえす』だった。これ以前にも『Virus』というアニメのOPで『Rainy Day and Day』が使われていて、Dragon Ashを知ったのはその時だったのを思い出す。そしていまエイトロンのwikipediaを見てみたら、岡田麿里のアニメ脚本デビュー作だったみたい

*2:しかし、作者さんはセガというとサターンなのか。私にとっては初めて家にきたゲーム機がメガドライブだったので、メガドラに思い入れがある。RPGといえばシャイニングフォースだし、ルナ2(メガCD)だし、ファンタシースターの4だったし、アクションRPGならランドストーカー、ラグナセンティ、トアだ。ガンスターヒーローズや四人同時対戦格闘の草分け、幽遊白書魔強統一戦は家に人を呼んだ時の大定番だった。確かにサターンはバーチャファイターリミックス同梱版を買ったので当然思い入れもあるけども。そして基本的にメガドラ、サターンばかりだったので、全盛期のスクウェアorエニックスRPGとかあんまり知らない。FFは6、7のみ、ドラクエは6と7、8の序盤のみとかくらいしかやっていない。そこら辺同世代との厚い壁を感じることがまれによくある