講談社「日本の歴史」メモ2 中世史の部

前回からだいぶ間が空いてしまったけれど、講談社学術文庫版の日本の歴史・中世史のメモ。

山本幸司 - 日本の歴史09 頼朝の天下草創

頼朝の天下草創 日本の歴史09 (講談社学術文庫)

頼朝の天下草創 日本の歴史09 (講談社学術文庫)

09巻から中世史の部がスタート。というわけで今巻では源頼朝による鎌倉幕府の成立から執権北条氏による権力掌握に至る鎌倉前期の歴史を辿る。

読んでみて気がつくのは、この巻では古代史の部について私がさんざん不満を漏らしてきた、編集上の問題がほとんど感じられなかったことだ。古代史ではやたら詳細な議論が展開されていることが多く、初心者お断りな雰囲気があったのだけれど、この巻ではまず頼朝の人物像はいかなるものか、という点を重点的に述べてから政治史の叙述にはいる、というかたちになっていて、驚くほど読みやすいことに気づく。

内容として重要な点は以下のようなポイントだろうか。

将軍=鎌倉殿を焦点として、大小の御家人が結集することによって、集団としての利害の貫徹を図ることが可能となり、それによって、これまで一方的な被治者に過ぎなかった武士階層が、場合によっては国全体の方針までも左右できる政治的発言力を有するようになったこと、これが鎌倉幕府成立による最大の変化であった。89P

それまでの有力者は京都へでて立身出世するという定型ルートを辿ってしまうことで分断統治されてきたのが、拠点を東国において武士勢力を結集し自立した政権を打ち立てたこと、これが頼朝の画期だという。

人物像を描き出しつつ政治史を述べていく手法は始終維持され、最後の一章で都市としての鎌倉について、法における女性の地位、鎌倉新仏教を概説するという構成になっている。

歴史上著名な人物を叙述の基礎に据えているため、非常に読みやすい点は評価できる。ただ、その分議論の踏み込みは浅くなった気はする。どちらがいいかというのは難しいけれど、悪い本ではないと思う。

筧雅博 - 日本の歴史10 蒙古襲来と徳政令

蒙古襲来と徳政令 日本の歴史10 (講談社学術文庫)

蒙古襲来と徳政令 日本の歴史10 (講談社学術文庫)

タイトル通り鎌倉後期の蒙古襲来と永仁の徳政令の時代を扱う。

のだけれど、ここ何年かこれほど楽しくない本は覚えがない。前巻が驚くほど読みやすかったのに比べるとあまりの落差に愕然とした。何が書いてあるのか判然としない印象しかない。議論の詳細さはもとより、それがどこにむかっていくのかがさっぱりわからなかった。シリーズ中随一に読み進む気にならなかった本だ。

蒙古襲来っていう日本史有数の事件があって、それを普通に叙述するだけでも面白くなるはずなのに、全く興味が持てない叙述が続いていく。これはこの本がつまらないのか、私にこの本を楽しめるほど素養も知性もないからなのか、あるいは両方か、ほんとうなら追求してみるべきだろうけれど、読み終えた徒労感でいっぱいなんでやる気はない。

なんとかとりあえず最後までは読んだものの、中公文庫版、黒田俊雄の『蒙古襲来』を読み直すか、小学館文庫の網野善彦『蒙古襲来』でも読んだ方が良かった気がする。このシリーズに挫折しかねないダメージを食らった。次巻は著者も違うし、おいおい読んでいくつもりではあるけれど。

研究者視点からはなにがしか興味深く読みとれるものがあるかもしれないのだけれど、個人的にはこれほど面白くない読書は久しぶりだったとしか言うことはない。

新田一郎 日本の歴史11 太平記の時代

太平記の時代 日本の歴史11 (講談社学術文庫)

太平記の時代 日本の歴史11 (講談社学術文庫)

「異形の王権」後醍醐天皇の登場から、南北朝時代を経て室町幕府の成立、そして義満が没するあたりまでをカバーする第十一巻。

以前同著者の『日本中世に国家はあったか』を読んだ時、面白いけど迂遠な書き方という印象があって少々不安があったのだけれど、そんなことはなく普通に読める本だったので安心した。現代思想系の匂いが感じられるような、抽象的なメカニズムを描き出そうとする文体はやや独特とも言えるけれど、そこはマイナスポイントではない。

著者は、義満の異例とも言える栄達の背景に、彼の血筋があるのではないかと指摘している。「義満は母方からたどれば順徳天皇の五代の孫であり、後円融天皇とはそれぞれの母方を通じて従兄弟同士」ということが、公家社会の態度を決めたのではないかと述べる研究者もあることを述べている。だから、義満について「武家政権による王朝権力の奪取」と見なすことの問題を述べる。

さらに、義満周辺の政治的機構において公家社会の機構が用いられていることなどを指摘し、最終的に以下のように述べている。

また、義満周辺の政治世界においては、公家社会の官位・格式をモノサシとした作法序列が用いられ、それが武士にも適用された。武家は、公家を制圧したのではなく、公家社会の周縁部に取り込まれたのである。301P

南北朝の対立においても、ここで公家社会の現実主義的なしたたかさというものが印象に残る叙述になっていて、公家社会の強調というのは著者のひとつの企図なのかも知れない。

桜井英治 - 日本の歴史12 室町人の精神

室町人の精神 日本の歴史12 (講談社学術文庫)

室町人の精神 日本の歴史12 (講談社学術文庫)

足利義満の治世から、応仁の乱終焉の頃までを扱う第十二巻。著者いわく、十五世紀前半は中世史において数少ない政治的安定期で、その「政治」の内実とは何かを探るとともに、それがなぜ応仁の乱という崩壊へと至ったのか、を問うのがテーマとのこと。

平易すぎるわけでもなく、複雑過ぎもせず、結構良いバランスになっていておもしろい巻。話の面白さの点で人口に膾炙していることを懸念してか、節々に今谷明の「義満皇位簒奪計画」説批判が挾まれている。あるいは今谷説を反対側におくことで自身の室町時代史を明確化しているとも読める。

今谷批判の一例としては、皇統は血によるものであって、上皇の号から来るものではなく、義満は上皇に准ぜられたことはあっても、天皇に准ぜられたことはない、とか、「日本国王」の話にしても、それが明との通商のための便宜でしかなく偽称に他ならないと当時において考えられていたことなどを指摘している。

皇位簒奪ということがおこりうるとすれば、それは単に天皇にとってかわるというだけではことたりず、同時に神国的世界秩序に筆を入れなおすことが不可欠となる。けれども血と神話によって巧妙かつ壮大に練り上げられた天皇制のコスモロジーを突き崩し、再構築することがいかにむずかしく、また効率の悪い作業であることか。その効率の悪さが過去のあらゆる権力にその試みを断念させてきたのだといっても過言ではない。45P

その効率のゆえに選び取られたのが義満による公武一体化ということなのだろう。しかし、嘉吉の変後の後花園天皇の振る舞いについて、著者はこう述べる。

これら一連の行動からわかるように、後花園天皇は明らかに幼少の将軍家家督にかわって幕府を指揮していた。足利義満が推し進めた公武の一体化は、かつて将軍家による朝廷支配を実現させたが、その同じ構造が当初は予想だにしなかったであろう天皇による幕府支配というまったく逆の事態を出現させたのである。公武の一体化という構造がもつこの可逆性を人びとはこのときはじめて眼前にしたのであった。176P

他にも、後醍醐以外の為政者が貨幣を自ら発行しようとしなかったのは、他国との慢性的な脅威にさらされていなかったことと併せて、中国のように権力者が大宮殿に住まうという発想を欠いた安上がりな国家だったからだ、というのも面白い。安上がりて。

守護在京原則の崩壊が戦国大名を生む状況を作った話などは、のちの参勤交代の意味を伺わせるものがあったり、蓮如のイメージが中公版と結構違っていたりするところも面白く読めた。

冒頭のテーマについて言えば、もとより強大な軍事力を持っていたわけではなく、基盤のもろい室町幕府を運営するには、義政という人物は慎重さを欠いていたことが要因ではなかろうか、という風に述べている。

手堅く面白い巻。

久留島典子 - 日本の歴史13 一揆戦国大名

一揆と戦国大名 日本の歴史13 (講談社学術文庫)

一揆と戦国大名 日本の歴史13 (講談社学術文庫)

応仁の乱終焉から、信長の上洛という戦国時代の収束までを扱う第十三巻。

戦国時代とはいっても、そこはこのシリーズらしく政治史の比重はかなり軽く、戦国時代の社会状況がどのようなものだったのかということを重点的に叙述している。そのため、各大名の人物像などを楽しむ余地はほとんどない。固有名によらず、その社会一般の構造を問題にする態度といえる。

そのための視角が「一揆」で、目的を持って組織された集団という元々の意味に立ち返り、当時起こっていた民衆による一揆はもとより、戦国大名による領国統治のあり方をも、「一揆」的なものとみなして分析対象にしていくのが、著者の企図だ。

この、組織、集団化というのが著者による戦国時代分析のひとつのテーマのようで、あとがきにおいても、「統合の運動」と「帰属の一元化」というキーワードにまとめられている。これは境界の明確化と、それぞれの境界線をはさんで相手方を取り込もうと勢力が対立する、という戦乱の様相を示したものだ。戦乱は混乱ではなく、分断した勢力が統合へと至るプロセスとして捉えられると言うことだろう。

このことは町や都市レベルにおいても観察され、ある村では自分たちの村の様子を俯瞰した絵図が書かれ、どうやらこの頃から村が村として明確に意識されてきたようだということが指摘されている。村の自意識が生まれるのがこの頃、ということだろう。

他にも、戦国時代の下級兵士は飢饉から逃れるために略奪が許される戦場へ向かうという話や、長篠の戦いにおける信長の鉄砲三段撃ちはどうも証拠がないらしいという話など、意外な事実も面白い。戦国の兵士については藤木久志氏の研究が定番だろうけど、未読なので、黒田基樹『百姓から見た戦国大名』を勧める。

大石直正、高良倉吉、高橋公明 - 日本の歴史14 周縁から見た中世日本

周縁から見た中世日本 日本の歴史14 (講談社学術文庫)

周縁から見た中世日本 日本の歴史14 (講談社学術文庫)

日本の東の果てとされた列島東北部、琉球王国の列島南西部、および海域全般を論ずる三部構成によって中世の「周縁」を扱い、「中世史の論点」とするテーマ史編成の第十四巻。昔の中公版『日本の歴史』だと、江戸開府が中近世の区切りだったと思うのだけれど、本シリーズではちょうど織田上洛が区切る形になる。

第一部の東北部を扱う部分では、中世において日本の東の果てと見なされていた「外ヶ浜」、津軽半島東側沿岸が、当時どのように見られていたか、という中世「日本」の自意識を問うところからはじまっている。そもそも、外ヶ浜は今でいうなら北だけれど、当時は東山道の果ての果て、つまり東の境界として見なされていたという。そこから始まり、奥州藤原氏の時代から、アイヌによる反乱の時代を経て、松前藩の成立に至る歴史をたどる。日本の歴史でも、アイヌの歴史でもなく、その境界部をベースとした叙述がなされている。

第二部は、中世琉球王国の歴史を扱う。グスク時代と呼ばれる画期を経て、琉球はアジア地域で最大の朝貢交易国家となり、中国、日本、東南アジアを股にかけていた。その理由としては、明の海禁政策によって貿易がストップした中で、朝貢回数を多く許された琉球は、アジア地域での交易センターとして機能したからだという。中国、日本の動乱のなかで、交易を中心とした小国がいかにして動いてきたか、というのが面白い。

第三部は、第一部、第二部でも大きなテーマとなっていた交易の舞台、海を主に扱うことになる。序章では国境に囚われない海というフィールドを自在に動く人々にクローズアップしている。他にも、港町での人の交流、倭寇を題材に日朝間の領域を生業とする人々を論じているけれど、非常に面白いのが第一章。ここでは芥川龍之介「俊寛」にも現れる、俊寛が流された鬼界島(硫黄島)をめぐる表現の変遷をたどっていく言説分析となっている。京都の目からは、辺境、地の果て、と見なされ、そこに流された俊寛の境遇の悲惨さを映し出すものだった鬼界島だけれど、『平家物語』等の内容をちゃんと見てみると、実は絶海の孤島などではなく、魚介も豊富な海域世界だということが読みとれてしまう、という事実を暴く部分が面白い。境界性のゆえに辺境イコール地獄のような場所という偏見が生まれて、貴賀之島から鬼界島という表記へと変化していくのだけれど、物語に現れたイメージの裏には、その偏見に押し潰されない現実が埋まっているというわけだ。

ここは本書全体のテーマとしても重要な議論を含んでいる。われわれの偏見、イメージはつねに現実を押し隠してしまうものだということ。これは千年前の京都人にのみ当てはまるのではなく、中央からではなく、周縁から見てみることで、国境という先入観を相対化するべく編まれた本書が現代について問うていることでもある。

境界=周縁はそのまま交易の場でもあるというのが本書の提示する図式でもあり、三部いずれにおいても交易が重視されている。これを読むと、中世はまだ周縁が中央に取り込まれきってはおらず、周縁は周縁で自律的な動きを見せていた、というのが感じられる。

そして本書の最後には、豊臣政権が海賊停止令を出し、公権力による海域世界の統制が始まったことを述べて終わる。


中世史はこんな感じ。面白いものもあるし、よく分からないものもある。あえて良いのを挙げると12巻、14巻だろうか。前回書いた編集の難点は、ここでは一部以外特に感じられない。このシリーズでは中世史は信長上洛で区切られているのは、最近の通説なんだろうか。全国的な統一政権の成立を以て区切るとそうなるか。中公版は江戸開府が区切りだったけれども。