ここ数ヵ月ざっと読んでいたアイヌ史や関連本についてメモ。相変わらず読みやすいものばかり読んでいる。
桑原真人、田端宏、関口明、船津功 - 県史1 北海道の歴史
- 作者: 田端宏,船津功,桑原真人,関口明
- 出版社/メーカー: 山川出版社
- 発売日: 2000/09
- メディア: 単行本
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近世から近代へかけての北海道の最大の産業は、鰊漁を中心とする漁業で、大半を鰊粕が占めていたという。この後に読んだ知里真志保の伝記には、真志保自身が鰊を買って帰る様子を書いた絵があるのだけれど、その一枚の絵の背景に北海道の鰊漁の盛衰が見えて面白かった。
藤本英夫 - 知里真志保の生涯
- 作者: 藤本英夫
- 出版社/メーカー: 草風館
- 発売日: 1994/06
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元は新潮選書版だったものの再刊で、姉妹編の知里幸恵伝の新版と照らし合わせて重複部分を削っているらしい。また、新潮選書のさらに昔に、講談社から同題で出ており、それが原本ということになると思う。
藤本英夫 - 銀のしずく降る降る
- 作者: 藤本英夫
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1983/12
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藤本英夫 - 金田一京助
- 作者: 藤本英夫
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1991/08
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平山裕人 - アイヌ史を見つめて
- 作者: 平山裕人
- 出版社/メーカー: 北海道出版企画センター
- 発売日: 1996/01
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児島恭子 - エミシ・エゾからアイヌへ
- 作者: 児島恭子
- 出版社/メーカー: 吉川弘文館
- 発売日: 2009/05/01
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蝦夷の図像は蝦夷の実像であるとはいえないのであり、蝦夷のイメージを表現したものとしかいえない。このようなイメージこそが、蝦夷という言葉の実体であるということができる。106P
本書の表紙になっているのは有名な蠣崎波響の『夷酋列像』(カバー裏には「御味方蝦夷之図」とある)のイトコイだ。実際には波響はイトコイを見ておらず、蝦夷錦に赤いロシアの軍服を着せられているこの図像には濃厚な政治的な意図が現れている、というのは夙に指摘されている。つまり、この絵は政治的意図(あるいは文化的偏見)が描像を規定するという仕組みを如実に示している点で、まことに本書にふさわしいカバーとなっている。
アイヌ問題は、アイヌの問題ではなく、アイヌをみる日本人の問題だと捉えるべきなのは、他のマイノリティ問題にも共通する話だ。アイヌ史を一度相対化する効能があるので、どっかで一度は読んでおいたほうがいい本じゃないだろうか。
いちおう本書は入門書的な性格のシリーズの一冊として書かれたものだと思うのだけれど、著者の文章は分かりやすい結論を軽々しく書かず、とてもストイックでぶっきらぼうだ。それでいてところどころでぐさりと一撃を食らわすところもあったりして、抑制された学者らしい文章だと思う。
菊池勇夫 - エトロフ島
- 作者: 菊池勇夫
- 出版社/メーカー: 吉川弘文館
- 発売日: 1999/10
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菊池勇夫 - アイヌ民族と日本人
- 作者: 菊池勇夫
- 出版社/メーカー: 朝日新聞社
- 発売日: 1994/09/01
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佐々木馨 - アイヌと「日本」
- 作者: 佐々木馨
- 出版社/メーカー: 山川出版社
- 発売日: 2001/11/01
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瀬川拓郎 - アイヌの歴史
- 作者: 瀬川拓郎
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2007/11/09
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金田一京助 - ユーカラの人びと
ユーカラの人びと 金田一京助の世界1 (平凡社ライブラリー)
- 作者: 金田一京助,藤本英夫
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 2004/04/08
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アイヌの集落に着いた時、集まってきた地元の子供達とコミュニケーションを取れるまでになる文章は、この手の紀行文の定番みたいなものだけど、やはりとても面白いし、アイヌ語を知っているだけに他の人とは違うコミュニケーションを取れることの面白さがある。かといえば、かなりの時間をおいて再訪した時、当時の子供達の成長を目の当たりにすると同時に、死んだ子供も多くいることがわかる場面など、アイヌの容易ならざる生活が露わになっているところもある。
南極探検に同行した山辺安之助にかんするエッセイなど、当時のアイヌ社会についても色々実体験に即した話の他、金田一京助自身の動機や研究のあれこれも知ることができ、アイヌ、言語学の近代をさまざまに伺うことができる。
死の床にある老人に酒を飲ませてユーカラを筆録していたものの、老人の絶命によって中断したことを書いたエッセイなど、このユーカラはもう永久に失われてしまったのだ、という悲劇的なドラマになっているんだけれど、これはこれで学者の研究対象への暴力が如実に表れた場面でもあり、あんまり素直に感動できるものではない。以下に紹介する佐々木昌雄は、この時点で他にもこのユーカラを覚えている人はいた、という指摘をしていて、京助の姿勢の問題点、欺瞞を突いている。
よく知られた啄木との交友や、研究のため家に何人ものアイヌを泊めたり、家族が窮乏してもなお自らの研究に邁進するところなど、素朴な善意をあえて疑うわけではないにしろ、その無邪気で素朴な学問への姿勢がどうにも危ういところでもあるだろう。
京助始め「アイヌ学」が「近代」のさまざまな問題を含んでいたことは色々指摘されている通りで、だからこそアイヌの知里真志保がアイヌ研究を行うという矛盾を生きた生涯を書いた『知里真志保の生涯』が、藤本氏のアイヌ伝記三部作のなかでもっとも興味深いものになっているわけだ。
知里真志保 - アイヌ民譚集
アイヌ民譚集―えぞおばけ列伝・付 (岩波文庫 赤 81-1)
- 作者: 知里真志保
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1981/07/16
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川村湊編 - 現代アイヌ文学作品選
- 作者: 川村湊
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/03/11
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作品は唯一の小説(山本多助のも小説で良いとも思うけど)、鳩沢佐美夫の「証の空文」が一等印象に残る。他に違星北斗の短歌は、貧困層の問題が多々書き込まれていて、その点バチェラー八重子の短歌と鋭い対照をなしている。森竹竹市の短歌は、適者生存の言葉が出てくるように、モーリス=スズキの記事で書いたような、「滅びゆく民族」意識が前提されているところがなんともいえずもの悲しい。
同じ文芸文庫では同編者によって沖縄文学の選集が出ているけれど、アイヌ文学は北海道文学とはまた違うカテゴリになる。北海道文学作品選も出すか、和人がアイヌを描いた『「アイヌ」文学』作品選が必要なんではないか。鶴田知也、武田泰淳(長篇だけど)、向井豊昭、他に何が入れられるだろうか。
岩田宏編 - 小熊秀雄詩集
- 作者: 小熊秀雄,岩田宏
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1982/09/16
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鳩沢佐美夫 - コタンに死す
- 作者: 鳩沢佐美夫
- 出版社/メーカー: 新人物往来社
- 発売日: 1973
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解説が非常に秀逸で、これは佐々木昌雄が書いている。この解説まで含めて講談社文芸文庫あたりで是非とも再刊すべき作品だろうと思う。
佐々木昌雄 - 幻視する<アイヌ>
- 作者: 佐々木昌雄
- 出版社/メーカー: 草風館
- 発売日: 2008/08
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収録されている文章はどれも「アイヌ」を考える上で非常に重要な問題を提起しているのだけれど、特に、「「アイヌ」なる状況」や「この<日本>に<異族>として」といったアイヌがアイヌであるというのはいかなることなのかを問う文章の切れ味は素晴らしい。そもそも、佐々木は自身を直截に「アイヌ」だとは名乗ろうとしない。文脈から見て、自身がアイヌだと言うことを前提にしているのは明らかなのだけれど、自らアイヌだと名乗らされること自体を問題にする佐々木の議論においては、そうした直截な言明は退けられる。
さらに、金田一京助ら「アイヌ学」にひそむ偽善を突く「<アイヌ学>者の発想と論理」においても、常に見られる側として位置づけられた側から、見ることの暴力を批判する。アイヌ学がそもそも、「滅びゆく」アイヌ文化を掬い取ろうとして始まったものという金田一らの動機について、アイヌが滅びるのがそんなに重大なら、なぜアイヌ文化が流通するような地域を作るというような発想が存在しないのか、と問う。同時に、金田一の「無意識の偽善」を突く下りは、彼の素朴な善意の感じられる文章を読むと、確かにその通りと思わされる。「シャモ」と「アイヌ」、見ること見られることといった、対立図式の一方を常に和人の側が占有していることの露呈と批判によって、現状の欺瞞性を突く犀利な批評意識が芯にある。もちろん、この批評の射程には私もまた含まれているということは忘れられるものではない。
個人的には以下の文章を思いだした。
見ることには愛があるが、見られることには憎悪がある。見られる痛みに耐えようとして、人は歯をむくのだ。
弱者への愛には、いつも殺意がこめられている――
それぞれ安部公房『箱男』と『密会』から有名な部分を。箱男の部分は、後半はこう続く。
しかし誰もが見るだけの人間になるわけにはいかない。見られた者が見返せば、こんどは見ていた者が、見られる側にまわってしまうのだ。
既に記事にしている二冊については以下に。
上村英明 - 先住民族の「近代史」 - Close to the Wall
テッサ・モーリス=鈴木 - 辺境から眺める アイヌが経験する近代 - Close to the Wall
アイヌ史の手頃な概説としては、考古学の瀬川拓郎『アイヌの歴史』、中近世では海保嶺夫『エゾの歴史』と菊池勇夫『アイヌ民族と日本人』、近現代の小笠原信之『アイヌ近現代史読本』で古代から近現代までざっとカバーできるか。さらに概括的なものとしては、平山裕人『アイヌ史を見つめて』と山川の『県史1 北海道の歴史』なんかで両側からフォローしつつ、児島恭子『エミシ・エゾからアイヌへ』も一読すべき、と。どうだろうか。
その他の個別論点についてはちょっとまだ読んでいないものが多いけれど、アイヌの状況論として佐々木昌雄の『幻視する<アイヌ>』は重要だと思う。