2012年に読んでいた本。

年末恒例の読んだ本のベスト風まとめ。ベスト、というか印象に残った本のリスト。カテゴリごとに五冊程度選定して列挙してあり、なんのカテゴリを立てているのか、ということ自体が今年読んでいた本の傾向を示している形。

今年はわりと数は読んだ方のはずだけれど、単独記事にしたのは八冊のみで、あまりブログを書いていなかった。これは絶対面白いだろうというのを先送りしているのが多いせいもある(伊藤円城本その他)。去年わりと読んだ科学関連本を今年は全然読めていなかったな。イーガンの予習として超弦理論の入門書みたいなものを二つ読んだくらいだ。たくさん積まれていくんだけれど崩せていない。

冊数が多いのでなんとか絞るなら以下。一冊に絞るならもちろん後藤明生

後藤明生『この人を見よ』
横田創『埋葬』
ラファティ『昔には帰れない』
フラバル『厳重に監視された列車』
佐々木昌雄『幻視する<アイヌ>』
上村英明先住民族の「近代史」』

文学

後藤明生 - この人を見よ

この人を見よ

この人を見よ

今年最大の事件としてはまず本書の刊行を挙げなければならない。未完の遺作のとつぜんの出版に驚いた後藤明生ファンは多いはず。『壁の中』の再演ともいえる後藤明生の饒舌が存分に味わえる大作で、作品としてはまだまだ着地点が見えない時点での途絶ではあるものの、ファンとしては最高に楽しい作品だ。文学フリマで本書の担当編集さんに偶然出会い、私のサイト「後藤明生レビュー」が本書刊行のきっかけの一つになった旨を聞いたのは今年とても嬉しい出来事だった(この話は繰り返し言及していきたいと思います)。

笙野頼子 - 猫ダンジョン荒神

小説神変理層夢経 猫未来託宣本 猫ダンジョン荒神

小説神変理層夢経 猫未来託宣本 猫ダンジョン荒神

雑誌掲載版前篇後篇 二年を経て書き下ろしの後書きを加えて単行本化された、小説神変理層夢経連作の第二作。飼い猫ドラの晩年を共に過ごす「幸福」を描いており、その後の連作でドラの死が明らかになるのを知った上で読む本作は、また重い。また連作の続きや単行本化が滞っている気がするけれども、大学で忙しいのだろうか。と思ってたら、「文藝」の対談で刊行予定について言及していたのをモモチさんのブログを見て気づく。2012年を振り返る | ショニ宣!

谷崎潤一郎 - 鍵

鍵 (中公文庫 (た30-6))

鍵 (中公文庫 (た30-6))

後藤明生の予習として谷崎を二三読んでいたけれど、これは手の込んだ設定を使って老人の性と疑心暗鬼の探り合いを絡めた実験的な作品。変態性欲を扱う点はいつもながら、日記を互いに盗み読みするシチュエーションから生まれる、信頼できない記述に充ちた不穏なフィクション。女性同士の関係を書いた『卍』や猫を介した嫉妬の輻輳を書く『猫と庄造と二人のおんな』等も面白かった。『細雪』も読まないとなあ。

今泉忠義 - 源氏物語 全現代語訳

読んだ、という記録として。生き霊による呪殺や宇治十帖など、いろいろ面白い。関連書を読んでみてどう読まれているのかをそのうち調べよう。

想像力の文学

最初は文学とSFのカテゴリに振り分けようと思ったのだけれど、それはやはり叢書コンセプトからしても不自然なのでこれで一カテゴリ独立。ここに挙げてないものも良いですよ。詳細は『幻視社第六号』第十五回文学フリマで「幻視社 第六号」を出します - Close to the Wallを。

瀬川深 - ミサキラヂオ

ミサキラヂオ (想像力の文学)

ミサキラヂオ (想像力の文学)

太宰賞でデビューした著者の第一長篇。今年は幻視社で早川書房の叢書〈想像力の文学〉を特集したこともあり叢書全作を読んだのだけれど、どれもが個性的で面白く、本書もとても面白く読んだ。ミサキと呼ばれる地方都市のコミュニティラジオを軸にした地域住民たちの交流を四季に沿って書いていく長篇で、とても地味にそして地道に人々の生活とつながりを描くスタイルには非常に好感を持って読むことができた。二冊の既刊著書もともに楽しく読んだ。叢書特集がなければ出会わなかったろう作家で、意外な発見。著者もカダレが好きらしい。

横田創 - 埋葬

埋葬 (想像力の文学)

埋葬 (想像力の文学)

〈想像力の文学〉叢書のなかでもとりわけ「傑作」じゃなかろうか。語りのトリックにも驚かされるけれど、作中で語られる異様な論理にこちらの感覚を狂わされていくような独特の酩酊感を味わえる作品だ。装画と帯による「埋葬」の仕掛けに感心した。

田中哲弥 - 猿駅/初恋

猿駅/初恋 (想像力の文学)

猿駅/初恋 (想像力の文学)

田中哲弥の初の短篇集。やっぱりものすごい独特で、えぐくて、グロテスクなんだけれど、独特の叙情というか哀感があったりして面白い。電撃文庫時代からの読者としては、その時期に書かれたと思しき作風の「猿はあけぼの」みたいな作品も好きで、今みたいに大人むけの奇想グロテスクな作品も良いけれど、大久保町三部作みたいなものも読んでみたい。

津原泰水 - バレエ・メカニック

バレエ・メカニック (ハヤカワ文庫JA)

バレエ・メカニック (ハヤカワ文庫JA)

幻想小説サイバーパンクを接合する三部構成からなる長篇で、人称の実験的な手法がややハードルの高さを感じさせるものの、男たちの失われた女性への思いを哀しく描くちょっと感傷的な作品でもある。著者独特の趣味というか美意識はやや好みじゃないところがあるんだけれど、作品の出来はさすが。

佐藤哲也 - 下りの船

下りの船 (想像力の文学)

下りの船 (想像力の文学)

SF設定だけれどSFらしいところを全然感じさせない作品(一種の反SFのSFかも)で、異星だろうがなんだろうが、そこでは人間はやはり人間で愚かしくも生きている、という風に感じた。淡々といろんなエピソードを点描していき、派手な仕掛けやらがあるわけでもないんだけれど、不思議な吸引力と感動があり、謎の傑作。

木下古栗 - ポジティヴシンキングの末裔

ポジティヴシンキングの末裔 (想像力の文学)

ポジティヴシンキングの末裔 (想像力の文学)

怪作。下らない発想や下ネタの乱舞する内容でありながら、ジャンクをジャンクとしてきわめて緻密に組み立てたような独特の風合い。コンビニのトイレの結末にも爆笑したんだけれど、途中の作品でひとまとまりの文章を延々組み合わせの仕方を変えて羅列する下りに笑わされた。

SF

面白いものは多かったんだけれど、印象的なもの、となると以下のものに。

R・A・ラファティ - 昔には帰れない

昔には帰れない (ハヤカワ文庫SF)

昔には帰れない (ハヤカワ文庫SF)

六年ぶりのラファティの新刊。序盤は分かりやすい作品を並べた、と編者がいうようにオーソドックスなSF短篇に「近い」作品が続くけれども、第二部以降になると、ラファティらしい不気味な不思議な感じが如実に現われてきてすごい。「大河の千の岸辺」なんかは、アイデアとしてはユーモアSF的なもののはずなんだけれど、語り口の問題なのか何なのか、ものすごくおぞましいものが姿を現わしそうな予感がひしひしと感じられる妙な作品。ぴんと来ないものもあるけれど、読み直せばまた違う印象になりそうな不思議な作品が多い。やっぱりラファティは面白い。既刊短篇集を再読しようか。十年前のラファティ追悼特集に掲載されたものでも未収録のものがあり、他の短篇集の計画でもあるのだろうか。それはそうと、来年三月、青心社から1987年の長篇『蛇の卵』が翻訳されるらしい。ラファティテーマの集大成の如き長篇とのこと。
会誌『Void Which Binds 復刊1号』公開のお知らせ - 海外SF同好会「アンサンブル」

アイザック・アシモフ - ファウンデーション

アシモフの代表作。三部までを読む。ミステリ要素をからめた物語展開はアシモフらしいもので、やっぱりちゃんと面白い。アシモフをもっと読みたいっつって結局これしか読んでないな。

上田早夕里 - 華竜の宮

華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

SF大賞受賞作。破滅に瀕した世界を舞台に、外交官を中心にした群像劇として、危機のなかでの苦闘を描く破滅SF大作。異形の者の共存する世界設定、ひねりを加えた語り手の設定等が面白い。幻視社同人渡邊さんの丹念な読解がSF評論賞を受賞し、『華竜の宮』がSF大賞SF評論賞でのダブル受賞みたいなことになった。

ステファンヌ・マンフレド - フランス流SF入門

La Science―fiction フランス流SF入門

La Science―fiction フランス流SF入門

訳者藤元さまから頂いたフランスのSF入門本。フランスから見たSF、というのは英米を中心としているSFの流れを横目に見る日本SFの位置とも似たところもあり、違うところもあり、単にSF入門としてだけではなく、異国のSFの立ち位置が伺えてとても興味深いものになっている。藤元さんのSF大賞候補作の荒巻義雄論も頂いてしまったのだけれど、挙げられている荒巻作品を読んでからと思っていたら年を越してしまった。

東欧周辺

松籟社のしか読んでいない状態なので、来年は恒文社その他のものを読むつもりなんだけれど、どれだけ読めるか。なお、来年は〈東欧の想像力〉で二冊、フラバルコレクションで一冊出るという話。『火葬人』は既に情報が出ている。上四冊はリライトも含めてすべて『幻視社 第六号』でレビューを書いた。

ボフミル・フラバル - 厳重に監視された列車

厳重に監視された列車 (フラバル・コレクション)

厳重に監視された列車 (フラバル・コレクション)

チェコの作家フラバルの初期長篇。ナチスドイツ時代のチェコを舞台にして、駅員をめぐるコミカルなエピソードとパルチザン活動のシリアスな展開が落差をもたらす。初期フラバルを読める貴重な作品。ごく短い作品なので入門として読むのも良いのでは。フラバルコレクションのスタートは嬉しいニュース。

サムコ・ターレ - 墓地の書

墓地の書 (東欧の想像力)

墓地の書 (東欧の想像力)

スロヴァキアの女性作家、ダニエラ・カピターニョヴァーのサムコ・ターレ名義の長篇。〈東欧の想像力〉の今年の唯一の新刊。体制転換後のスロヴァキア社会の様子を知的障碍をもつ男性の語りによって描いており、あけすけな差別意識がだだ漏れている様子など、現代スロヴァキア社会の一般人的生活のリアリティをトリッキーな語りの内に描いていく。

ジャージ・コジンスキー - 庭師 ただそこにいるだけの人

庭師 ただそこにいるだけの人

庭師 ただそこにいるだけの人

ポーランド出身の亡命アメリカ作家『ペインティッド・バード』のコシンスキの長篇。ピーター・セラーズ主演で映画化されており、邦題は『チャンス』。これもまた知的障碍者を主人公として、現代メディア社会のなかでただの庭師がメディアの寵児として祭り上げられるさまを皮肉に描いた寓話的作品。主人公の人物像にはどこか人の羨望を誘うところがあると思う。

クラスナホルカイ・ラースロー - 北は山、南は湖、西は道、東は川

北は山、南は湖、西は道、東は川

北は山、南は湖、西は道、東は川

「源氏の孫君」が現代の京都で「庭」を探す様を描いた作品で、長回しの文体を特色とし、庭をさまざまな視点から分析的に描いていく。人間という枠を越えたものを描こうとする独特の作品で、短くて濃密。

松戸清裕 - ソ連

ソ連史 (ちくま新書)

ソ連史 (ちくま新書)

ソ連の歴史を手堅く通史的に叙述しており、新書故に物足りない部分は多いけれども、冷静にバランスの良い観点から書かれているのは、崩壊から二十年を経てこそのことだろうか。ロシアの現代史の入門的概説ってないなーと思っていたところにちょうど出版されて非常に良いタイミングだった。

アイヌ周辺

鳩沢佐美夫 - コタンに死す

アイヌの作家による短篇集。アイヌ文学というと小説以外のものが多いけれども、これは珍しいアイヌの小説集。アイヌの子供がいかにしてアイヌにさせられていくのか、を描いた「遠い足音」が特に印象的。

佐々木昌雄 - 幻視する<アイヌ>

幻視する“アイヌ”

幻視する“アイヌ”

その鳩沢佐美雄の解説を書いた佐々木昌雄の詩、評論集で、収められた「アイヌ」の立ち位置をめぐる論考はどれも鋭利で必読の一冊だと思われる。「アイヌ」と名乗ること、名乗らされること自体が既に問題だという観点は少数派、差別問題でも特に重要な視点。

テッサ・モーリス=鈴木 - 辺境から眺める

辺境から眺める―アイヌが経験する近代

辺境から眺める―アイヌが経験する近代

アイヌを含む北方の民族が日本とロシアによって分断されていくさまをより突っ込んで論じる著作で、じっくり読む必要があるけれども中身は濃くて非常に読み応えがある。また、サハリンを訪れた紀行文が収録されていてこれがまた興味深い観察になっている。

上村英明 - 先住民族の「近代史」

先住民族の「近代史」―植民地主義を超えるために (平凡社選書)

先住民族の「近代史」―植民地主義を超えるために (平凡社選書)

先住民族と近代国民国家が不可分の関係にあることを前提として、先住民族が近代いかなる運命を辿ったか、をアイヌネイティブアメリカンほかさまざまな民族を題材に論じる著作で、先住民族の知恵や技能がいかに生かされてきたか、先住民族の土地を汚染する銀山や核実験等の環境汚染問題等、植民地主義の問題を「近代」の不可分の問題として指摘していく。様々な事例が紹介されており非常に面白く、「近代史」を裏から見た趣の本だ。

児島恭子 - エミシ・エゾからアイヌへ

エミシ・エゾからアイヌへ (歴史文化ライブラリー)

エミシ・エゾからアイヌへ (歴史文化ライブラリー)

アイヌの絵、画像が、アイヌの実体を描いたものではなく、その当時のアイヌ観を反映したものだということを様々な史料を通じて明らかにしていく。アイヌ観の歴史的変遷を辿った本で、見る側のイメージを逆照射する本。

ラノベ周辺

米澤穂信 - 春期限定いちごタルト事件

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

一冊目を読んだのは去年の大晦日だったけれど、シリーズ含めて今年ということで。ラノベっていうと違う気がするけどとりあえずこのカテゴリ。古典部シリーズがアニメ化され話題にもなったけれど、個人的にはこちらが好きだ(ただ、古典部のほうがいろいろ実験的な気もする)。小山内さんのキャラは最高だった。なお、日常の謎と呼ばれる学園ミステリ風のものをいくつか読んでみたけれど、読めば読むほど米澤作品の評価が上がっていった。古典部もそうだけど、探偵の挫折、というか「真実」の傲慢さを踏まえて書いている点がそうだ。

田中ロミオ - 人類は衰退しました。
人類は衰退しました 1 (ガガガ文庫)

人類は衰退しました 1 (ガガガ文庫)

SFメルヘンというか、メルヘンSFというか、ドラえもん的な感触もあるシリーズだけれど、時に直球のSFネタを突っ込むことがある。コミカルでいて語り手のキャラクターが良いのでいくらでも読める。アニメも尺の問題が顕在化した回はあれども最初のエピソードはアニメとの相性もよかった。

中里十 - いたいけな主人

どろぼうの名人サイドストーリー いたいけな主人 (ガガガ文庫)

どろぼうの名人サイドストーリー いたいけな主人 (ガガガ文庫)

百合ラノベ。『どろぼうの名人』のサイドストーリーと銘打たれているけれども千葉王国の独立、という設定を共有している程度。国王と護衛という上下関係を軸にした関係性は、危うく妖しい官能を引き出していて、ラノベと思って甘く見ると普通に性愛関係も描くシリアスな作品。絡み合った人間関係から引き出される複雑な心情描写の繊細さが印象に残る。章タイトルがどれも硬派な本の引用だったりするんだけれどそのなかにひとつ笙野頼子作品の台詞の引用があって、ここでそれ引用するのか、という驚きが。

アサウラ - ベン・トー

シリーズ七巻まで読んでいるけれど、安定して面白いというか、この一発ネタでよくここまで引っ張れるなと感心してしまう。去年末のアニメきっかけで読み始めた作品だけれど、アニメ版の監督板垣伸が今シーズン、監督キャラデザ脚本絵コンテ演出作画原画動画音響監督をやっていたショートアニメ『てーきゅう』は凄かった。板垣面白い。