2022年に読んだ本と今年の仕事

例年通りベスト10的なものを。今年は自著刊行の作業もあって読んだ本が少なかった。

サルマン・ラシュディ『真夜中の子供たち』

1947年8月15日インド独立の真夜中零時に生まれた特殊な力を持つ子供達の一人、サリーム・シナイが自らの生涯を語ることが、同じ日に生まれたインドの歴史を語ることにもなるというギミックを用いて主人公とインドの歴史を描く千ページを超える大作。今ひとつ楽しみきれないところはあったけれど濃厚な一作なことは間違いない。

M・ジョン・ハリスン『ヴィリコニウム パステル都市の物語』

サンリオSF文庫で出ていた絶版だった長篇『パステル都市』に関連短篇を加えた一冊。『パステル都市』は古代文明の遺物を兵器に転用している騎士と女王の世界で戦争が起こり、鬱屈した剣士の過去の仲間達との関係と古代文明の遺物の謎が描かれるSFファンタジーナウシカスターウォーズファイナルファンタジーあたりの祖先とも言えるし、今年やってたラノベ原作アニメ『錆喰いビスコ』もこの影響下の作品だと思う。

シュテファン・ツヴァイク『過去への旅 チェス奇譚』

オーストリアの作家による二中篇。第一次大戦勃発で10年のあいだ離れ離れだった男女の再会を描く未完の「過去への旅」と、ナチス侵略を背景にチェスをめぐる想像力の二つのありようを描く「チェス奇譚」は評判に違わぬ傑作だった。

パーヴェル・ペッペルシテイン『地獄の裏切り者』

ソローキンも属したロシアのモスクワ・コンセプチュアリズムのアーティストにして作家による短篇集で、トンデモ宇宙理論、天国における永遠の生を保証する「慈悲深い」兵器など、奇想SFを通して死を断絶としてではなくどこか楽天的、親和的に描く作風が特色。

アレホ・カルペンティエール『時との戦い』

20世紀ラテンアメリカ文学の代表格の一人のキューバの作家による短篇集。ニグロの老人の杖の一振りによってある男の死の床から生まれるときまで時間が逆行していく「種への旅」や、メビウスの帯のような円環的時間など、表題通り時間操作を特徴とする作品集。

ヴォルフガング・ヒルデスハイマー『詐欺師の楽園』

バルカン半島南部の架空の小国で民族の誇りとされた画家が架空の存在だったことを暴露する手記のかたちで、公的には死んだとされる語り手がおじの仕掛けた詐術の手の内を明かす、虚構と真実、偽物と本物がくるくると入れ替わる、ドイツの作家による軽妙な長篇小説。

ヴァーツラフ・ハヴェル『通達・謁見』

松籟社〈東欧の想像力〉叢書第20弾、チェコスロバキアおよびチェコの大統領としても知られるハヴェルの1965年と1975年の戯曲二作を収めた一冊。人工言語と官僚組織、表現弾圧の社会といった言葉と政治をめぐる状況が描かれ、堂々めぐりの反復によるコミカルさが楽しいけれど同時にそこに不穏さが忍び寄ってくる。

R・A・ラファティ『とうもろこし倉の幽霊』

全篇初訳の日本オリジナル短篇集。時代的にまんべんなく選ばれており、本国では代表的作品といわれるものや宗教色が強いものなど、わかりやすいものから底が知れない異色のものまで、硬軟、軽重のラファティらしさを味わえる一冊。

岡和田晃編『いかに終わるか 山野浩一発掘小説集』

NW-SF誌やサンリオSF文庫の監修など日本のニューウェーブSFの立役者として知られる著者の単行本未収録作を主に集めた一冊。資本や権力の旗振り役となりかねない「未来学」的なものを徹底的に否定する反SFのSF。年末には編者岡和田さんの力の入った解説がついた山野浩一の長篇『花と機械とゲシタルト』が復刊されている。

津原泰水『11 eleven』

今年急逝された著者の表題通り十一篇を収めた短篇集。未読で積んでいたものを追悼読書として読んでいたうちで一冊選ぶならこれだろう。SFや幻想小説、ホラーその他多彩な側面がうかがえるショーケースでもあるけれど、なかでも広島や一族の歴史に取材した「五色の舟」「土の枕」の二篇が圧巻だった。「土の枕」は読み終わったときにこれが二〇頁に満たない短篇なのかと目を疑った。

『折りたたみ北京』、リャマサーレス『黄色い雨』、高原英理編『川端康成異相短篇集』も良かった。
仕事の参考にしたりしなかったりで読んだノンフィクションとしては以下のものも印象深い。
リチャード・シドル『アイヌ通史』
加藤聖文『海外引揚の研究』
忍澤勉『終わりなきタルコフスキー
ヴェヌティ『翻訳のスキャンダル』
白水社編集部『『その他の外国文学』の翻訳者』