石川博品『冬にそむく』

『ボクは再生数、ボクは死』以来、石川博品ほぼ三年ぶりの新刊。異常気象で年中雪が降る「冬」が訪れた世界の三浦半島のある町を舞台に、冬の冷たさと雪に閉ざされた閉塞感のなかで、それでも高校生の恋人同士がデートを重ね、かまくらや小さな部屋や布団のなかで二人だけの温度を確かめ合いながら生きる理由を見つけ出す青春小説。

しばしば授業がリモートになる「冬」の設定は明らかにコロナ禍の小説的変奏で、コロナ禍を人との交流そのものは阻害されない形に変形して、見えない恐怖を雪という徐々に降り積もって歩くことすら困難にさせるものへと物質化し、諸々の困難を子供たちの閉塞感を描くために小説的に操作しやすいものにしている。初めての事態に不慣れな授業を受けざるを得ず割を食ってる世代の二人を通して、終盤の展開に直に現われているけれどもそんな子供たちのこの灰色の世界への絶望から少しでも引き上げる助けになりたい、そういうものが伝わる作品だった。

石川作品ならではの女性キャラの日常的というかヤンキー的というかラフな口調での二人のセリフのやりとりはLINE風のアプリを通したものも含めてとても軽妙かつユーモラスで、作者通有の繊細な描写も非常に良いんだけど、その描写の厚みが閉塞感の重みとなってじわじわと迫るので、読み味は重苦しいところもある。しかしそれ故にこそラストの展開はその「冬」の重さに叛く力強さがある。雪かきが二人の始まりにあるように、常にみんなは雪かきをしており、人と人との交流の、あるいは人の命を救うものでもあり、地道なこの小さな親切の反復が終盤に大きな意味を持ってくるのが良かった。

海に面した土地も平素なら広がりのある風景になるのに、「冬」となれば冷たい死の滲む波がひたひたと押し寄せ、夏向きの開放感ある別荘は暖房の効かない冷たい空間になる。観光地、別荘地という状況が、冬によって閉ざされた場所になる。暖かいコーヒーがよく出てくるけれど、冬のなかで小さな暖かいものを共有するのはキスもそう。二人がともに片親の家庭で、親の事情もあって生活に不安や制限がある小さな世界に生きている。冬で世界が閉ざされ雪に移動も制限され進学や将来についても自由とはいかない小さい世界の小ささ故の絶望感の深さに丹念に寄り添いながら、その先の大人になる道への雪かきをしているような小説だろう。

 彼には仕事がある。自宅や近所の雪かきもしなくてはならない。それらとちがって間瀬家の別荘の雪かきは彼にとって義務ではないし、お金が発生するわけでもなかった。いってしまえば無駄な行為だ。その無駄にすがって彼は生きてきた。ともすれば「自分以外のことなど知ったことか」と世を拗ねてしまいそうになる彼の頭を、無駄な作業でかく汗が冷やしてくれた。自分の領域の外にも世界はあり、それに対して彼はわずかながらではあるが責任を負っている。
 そのことに気づいたとき、彼は自分が大人になったと感じた。
 彼は門の内の道をスコップで切り拓いていった。299-300P

石川作品の得意技でもあるオタクネタをほぼ使わず、ワンアイデアでリアリスティックに構築していくスタイルは一般文芸よりの印象があるけど、小さな親切、いざという時に人のために動けることといった主人公幸久の振る舞いとこの「大人」になることを書こうとするところに本作のジュヴナイル性がある。あくまでも10代の読者に向けて書こうとしている。

皆が為すべきことをおこたったためにいまのこの惨状がある。すべての人に平等に降りかかる災厄だと考えていたから「冬」にもなんとか耐えられた。だが実際には、弱い者にだけ苦しみがもたらされる。不幸が雪のようにすこしずつ積もり、気づけば身動きが取れなくなっている。107P

この、不幸は平等ではない、という社会的な問題意識は、新型コロナウィルスの五類移行によって、世間的にはコロナ禍が終わったかのような不可思議な印象が広まっているさなか、感染拡大によって高齢者や持病のある人などの危険度の高い人たちを見捨て、あるいは後遺症罹患者という新たな弱者を生み出すことを頓着しないという新たなフェーズに入ったことでなおも継続している。

この社会に対する意識と作品の主題の面で、私が思い出したのはTVアニメBLUE REFLECTION RAY/澪だった。どう同じかを書くとネタバレになるけどあれもまた、同様の姿勢がある。


出海町という架空の町が舞台で、通学している高校が「横須賀西高校」という名前だから横須賀市内に二人の家があるのかなと思ってたけど、別荘があるし三浦半島の反対側、葉山の方のようにも見えるけど土地鑑がないからわからないな。作者がモデルにしたと言う写真を上げてる場所は葉山のほうだ。


岩手出身とプロフィールにあるからその経験か、と思ったけどここでは北海道に住んだ経験とあって、岩手では暮らしてないかその記憶がないのかな。

コンビニに寄ろうと彼は考えた。見知らぬ人に大声で挨拶し、頭をさげる立場から誰にも気を遣わず無言で町を歩く存在にもどるには、どんなに淡泊なものでもいいから誰かの接客を受ける必要があるような気がした。59P

こういう面白い描写も印象的。

大きなタイトルが冬に消えかけてる表紙のデザインも良いけど、読んでておおっと思ったのは序章の終わりで映画のタイトルが出るシーンみたいなイラストの使い方だった。鮮烈でこれは意表を突かれた。

夏と冬、純度高めの恋愛もので『ヴァンパイア・サマータイム』と対をなすような一作かも知れない。

文庫折り込みの広告に「読んだら元気になれる本を目指して書きました」という著者コメントが載っている。