国書刊行会の記念冊子と『火蛾』と『じゃむパンの日』

最近のもろもろ。

『私が選ぶ国書刊行会の3冊』

国書刊行会創業50周年フェア情報 | 国書刊行会創業50周年
五〇人近い関係者の表題アンケートの回答を載せた小冊子。幻想文学、オカルト、宗教、ミステリ、SF、映画、漫画、多彩なジャンルの本が挙げられており、あーそんなものもあったのかと色々メモってしまった。関係者が多いから後藤明生コレクションが良く挙がる。

教科書には今の自分よりも少し先の読書がある気がして真っ先に読んでいたという矢部太郎の「国書刊行会の書籍はいつでも新学期です」という一文、なかなか良い。創作技術的に参考になるとかつまらないけどジャケ買いした本とか木下古栗の斜めから行く感じも面白い。あと、私がすべて持っていてすべて読んでないものを挙げている瀧井朝世の項目は変な意味で奇遇だと思った。

私が選ぶ国書刊行会の3冊、これだな。このなかで通読したのは『ダールグレン』だけで、山尾悠子は『夢の遠近法』で読んだのと掌篇だけ拾い読みしているくらいだけど、国書刊行会といえば、で浮かぶのはこれ。

国書刊行会50年の歩み』

元編集長インタビューや国書から独立した編集者のエッセイ、現役編集者と訳者の対談、あるいは現在のスタッフの座談会などの記事から出版社の歴史をたどった小冊子で、社史、企画の経緯、裏話そして編集者の顔が見えてこれは抜群に面白い。

編集会議がなく個々人の企画が社長や編集長のゴーサインを通るかどうかで決められ、通ればほぼ全権を任されるという社風が出版物の個性に反映されてることがわかったりとか、単行本の企画が難しければ叢書にすれば通ることがあるという摩訶不思議な風潮とか、さまざまな社風の具体例が読める。

国書刊行会らしさ」は合議制によって均されない個性の集まりということころにあるようだ。あと、物流部門を持ち複数の自前の倉庫があることで、在庫を長く保存しておける、というのは面白い。国書は嘘でしょというくらい古い本がまだ買えたりするのはそういうことか、と。でも、普通の版元が早く絶版になるのは在庫にも税?がかかるから裁断を余儀なくされる、とかだった気がするけどそれは倉庫のあるなしに関係ない気がするしあんまりよくわかってない。

文学の冒険」を企画した城所健という人がすぐ転職して、それが福武書店なのは驚いた。ミルハウザーエリクソンクロウリーを出していたそうで、そこが繋がるのか、と。またソローキンやナボコフを担当した島田和俊という人は河出に移ったらしくて、だからソローキンが河出なのか、と。書肆風の薔薇こと水声社社長が元々国書刊行会にいたというのは知っていたけど、色んな版元に支流のようにして広がっていて、あとからそれぞれが繋がっていることがわかるのは面白かった。本の背後には誰か熱意のある個人がいて、ある本はその人がいるからこそ出ているという。色んな企画の裏話があって、『ラファティ・ワンダーランド』の企画があったりラファティ『シンドバッド十三回目の航海』を出そうとしてたりとかは今からでもできないかな、と。

樽本柳下対談はかなり面白くて、SF本関連ももちろん、私がまったく知らない映画本にまつわるエピソードは破天荒なものが多くて読み応えがあるし深作映画の後で実際に殺人事件が起こったノンフィクションは興味を惹かれた。山根貞男の時評集はつかだま書房の塚田眞周博さんの提案だったとか。

ビル丸ごとの書店が開業するとのことで、業界が出品に及び腰だったところ国書刊行会にまで出せるだけ出して欲しいと要請が来て、ここぞと在庫ほぼ全点を持ち込んだら倉庫にしまわれることなく文芸棚の一等地に「巨大国書刊行会書店」が展開されてた話は面白い。

編集長にダメだしされる時に「英米だけか、失望した」というのがあるのはらしくて良かった。しかし130ページの小冊子だけど、文芸メインなのでこれでもまだ国書刊行会の大きな柱でもある仏教関連とかにはフォローが薄く、全貌を現わしたものではなさそうなのが恐ろしい。

後藤明生のイベントで清水さんと話したことがあるけどあの後編集長になったのか、とか塚田さんとか知ってる人が時々出てくる。

ファンなら必携だし、国書刊行会が気になるくらいの人にも面白いと思う。近場で国書フェアをやってなくても、国書で通販を頼む時に備考とかで希望すれば無料でまだ手に入るはず。

古泉迦十『火蛾』

2000年のメフィスト賞受賞作で、西暦にして12世紀頃の中東のイスラム神秘主義の修行者を描いた独特のミステリ。ミステリの題材にスーフィズムを使ったというよりスーフィズム描写の方法にミステリを用いたような、文章にしろ内容にしろかなり本格的な幻想小説だろう。岡和田さんから勧められて10年前に買っていたんだけれど、文庫化すると聞いて文庫化する前に読み終えた。なお、その時岡和田さんオススメのミステリがまだ三つくらい買ったまま手を付けてない。

この現実の揺らぎを描く神秘主義幻想小説といえばエリアーデ作品を思い出すし実際近いところがある。イスラムやその他の宗派などの関係を要領よく捌きながら雰囲気のある語彙をリーダビリティを犠牲にしないバランスで使いこなして読ませる文章はかなりなものだと思う。

行者と導師含めて五人しかいない密室とも言える山中の殺人事件の謎を解くことが、歴史的な宗派の謎を解くことに繋がっていく歴史ミステリにもなっている。真理の光を求める行者の姿を火に飛び込む蛾に見立てているのが表題の由来で、「二」を「一」にというモチーフを散りばめながら、

偶像崇拝を敷衍して言葉もまた偶像としそれを排する宗教問答と推理のロジックが絡まっていってロジックの根源たる言葉そのものへの懐疑へと至り、生と死も含めた二元論の反転というメタミステリ的なところにまで行く眩惑的な展開は読み応えがある、けど内容を要約できるほど覚えてないな。

この一作のみを残して他に作品のない作者による伝説だか幻だかの名作と言われる一作だけれど、来週文庫化される。まあ作者と連絡は取れてるってことだろうけど、新作が出るフラグなのかそうでもないのか……、と思ってたら『崑崙奴』という新作が出るらしい。しかし作品の雰囲気を壊す帯がついてる。

赤染晶子『じゃむパンの日』

2017年に急逝した芥川賞作家の初のエッセイ集。京都出身で北海道大学の博士課程を中退した著者は、北海道に行ったことで京都への強い懐旧の念を抱いたそうで、そういう暖かい眼差しが感じられる郷里や家族のエピソードが簡潔極まる文体で語られ、笑いとともに独特の感触がある。

文章によるものかエッセイと小説のあいだのような不可思議さがある。そもそも著者の短文を連ねる文体は語り手の主観や情緒を削ぎ落とすところがあり、エッセイとは違う読み味がある。そのために本当にエッセイか疑いながら読んでいた。

それでも、ぶっきらぼうとも見える文体で著者の体験や大正生まれの祖母や祖父の話、見聞きしたエピソードなどを語ると、語られた話そのものによって著者がそこに込めている親愛感なり郷愁なり、あるいはまた別の感情なりが伝わるような感じがしてくる。含羞の文体なのかも知れない。

冒頭の「じゃむパンの日」は何か覚えがあるぞと思ってブログを検索したら雑誌の初出で読んでおり、「短い文章をどんどん連ねて訳のわからない方向にがんがん進んでいくのはほとんど小説。面白いけどわけわからん。あれか、絶対自分に突っ込まない岸本佐知子、か。ボケ通しか。」とか、別の記事では「赤染晶子のエッセイは一読の価値あり。「ポーレチケ、踊っててん」て。」と二度言及していた。最初に読んだのは「花嫁おこし」で深堀骨を思わせる小説と書いている。本書には岸本佐知子との交換日記が載っている。
笙野頼子「だいにっほん、おんたこめいわく史」追記・「群像」2006年1月号 - 「壁の中」から
小島信夫「残光」と新潮2006年2月号 - 「壁の中」から
著者の文体を見るには以下のスピーチコンテストについての箇所が良いだろうか。普通なら「と思うかも知れない」と書くところも全部切ってるし、「え?」の入れ方とか読む人の反応を織り込みながら突っ走っている。普通なら線として文章を書いてしまうところを、点と点でそうなるように配置で連続性を作っている文章だ。大変な圧縮ぶりでもある。

とっておきの外国語学習法がある。 スピーチコンテストである。え? たいていの人は躊躇する。あなたにだけ教えます。外国語のスピーチコンテスト虎の巻。 大丈夫。 わたしにもできた。まず、原稿を作ってみよう。 テーマは社会的なことなどが望ましい。気にしなくていい。あなたの言いたいことであればいい。「隣のおじいさん」と いうテーマでもいい。わたしは「イカするめ」というテーマでコンテストに出た人 を知っている。彼は優勝した。原稿を作ったら、ネイティブに見てもらおう。ここで 作文力と会話力が養われる。 学生時代、わたしは外国語学習に悪戦苦闘した。わたし はとても無口だった。語学留学をしても、教室ではイタリア人学生が一番よく喋る。 わたしがよく喋った言葉は彼への一言、「あんた、うるさい」だった。原稿があれば、 性格なんか関係ない。「隣のおじいさん」があれば、あなたのペースで存分にネイテ イブと会話ができる。161P

ぴょんぴょんと飛んでいくような文章で、この次でどこに飛ぶか分からない牽引力でぐいぐい読まされてしまう。エッセイの調子で読もうと思うとびっくりする。入院した話がちょこちょこあり、病弱だったことが窺われ、急逝したのはそれかと思わせる。

「影の町」はことに印象深い。「小説の舞台を必ず京都にしている。わたしは京都で生まれ育った。学生時代、北海道に住んだ。北海道とはわたしにとって「光」だった」から始まり、「あの時のホームシックでわたしは小説を書いている。京都の「影」がわたしは好きである」で終わる一文。129-130P。

祖母の編み物の話とか書道の話とかも良いし、伊八郎の話も良い、昭和のニート鶴吉の話や、「人生にはどんな時もある」という漠然としすぎた箴言やかかしのしょうちゃんが畑で晩年の祖父と過ごしたという箇所は感慨深いものがある。しかし口蓋垂を「喉彦」と言うんだな。

岸本佐知子との往復書簡はここで著者が普通の文章を書いている、と思ったけど途中から小説的になっていく瞬間があるのが面白い。

自分の感想を見返すと読む度に毎回文体について驚いていて、そういう独特の文体を持っている作家だった。惜しい。