2024年に読んだ本

今年読んだ本の10選とかそういうの。各書名から当該書籍の感想記事にリンクしているので詳しくはそちらを。

ジュール・ヴェルヌ『シャーンドル・マーチャーシュ』幻戯書房

地中海を舞台にした物語が展開される、エンタメ性溢れるヴェルヌ中期の大作。ハンガリーの独立を志して蜂起を計画していたシャーンドル伯爵たちが計画が漏洩し処刑目前となった時、監獄で密告者の名前を知り天誅を心に脱獄を試みるところから物語は始まる。ヴェルヌらしい暗号解読や、監獄での避雷針の感電から始まり高速船の名前に至る電気のモチーフなどSF的な要素もあるけれどもなにより、明快な善人と悪役の構図でハッピーエンドに至る物語性、トリエステからモロッコリビア北部まで地中海全域を舞台にする広がりがあるのが楽しい。

友田とん『先人は遅れてくる パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3』代わりに読む人

シリーズ三年ぶりの第三弾。ナンセンスな言葉を実践する、どこが目的かも分からないような歩き・書くという行為が迂回や脱線、方向転換の先に著者自身の人生のあり方そのものに突き当たるような瞬間が描かれている。ユーモラスでナンセンスなエッセイが、ある瞬間に著者の人生のかたちそのものに変貌するのを見たようで、これはなかなか驚くべきものを読んだ。

周司あきら・高井ゆと里『トランスジェンダー入門』集英社新書

さまざまな議論の対象とされているトランスについて基礎的な知識を提供する新書。公衆トイレ・風呂といったシスジェンダー視点での限定的な論点ではなく、現に今どのような状況と課題があるかをトランス主体の視点で語ることに意味がある。専ら「脅威」としてイメージ化されている状況に対して、トランスジェンダーが被る経済的、精神的、法的なさまざまな差別や困難な状態の事例を紹介し、シスジェンダー視点を切り返すことが試みられている。

小島信夫『私の作家評伝』中公文庫

近代の文学者16人について一人概ね40ページほどで扱っていく評伝連載。顔ぶれは森田草平に始まり秋声、漱石、鷗外のほか藤村、泡鳴、花袋といった自然主義、啄木、子規、虚子といった歌人俳人など様々で、人物と向き合う内にその想像がついに小説的にもなる箇所もある。積んでいた花袋、秋声、鏡花、藤村などとあわせて読んだ。

後藤明生を読む会編『後藤明生を読む』学術研究出版

後藤明生の教え子で後藤研究の第一人者というべき乾口達司さんらによって関西で2009年から行なわれてきた読書会の15年越しの成果となる一冊。論考、討議、ノート、エッセイ、創作のほか、後藤の弟さんによる引揚げ体験記や、後藤の学生時代の詩も収録されている。Amazon楽天のプリントオンデマンドおよび電子書籍での刊行。乾口氏のブログで論集刊行を目指して会合が開かれているのは随分前から知っていて、学術誌の研究動向の記事でも触れられていたものがようやく活字化されてまさしく待望のもの。これと拙著『後藤明生の夢』と『挾み撃ち』のデラックス解説版あたりで後藤明生評論スターターキットを揃えよう!

岡和田晃編、山野浩一著『レヴォリューション+1』小鳥遊書房

ゲリラたちによる闘争が永遠に続く不可思議な都市フリーランドを舞台にする、稀覯書として知られていた連作集に、フリーランドが出てくる外伝的な一篇「スペース・オペラ」を加えて編者による解説を付して復刊された一冊。この幻想的革命小説は現実と幻想のズレ・狭間にあるわずかな部分を執拗に描き出そうとしているのかも知れない。

アレクサンダル・ヘモン『ブルーノの問題』書肆侃侃房

ボスニア生まれでアメリカを旅行中に起こった戦争のために帰国できなくなり、働きながら学んだ英語で書いた作家のデビュー作。アメリカとボスニア、英語と母語、歴史と個人、虚構と事実など様々な狭間を各々の方法で描く八つの中短篇。各篇それぞれに語り口を模索しつつ書かれている感じで、既訳書は全部読んだことがあるので扱われる題材に覚えはあるけれども、最初期の作品集ということで後の作品などよりはシンプルな印象がある。

平坂読『変人のサラダボウル』シリーズ ガガガ文庫

今年四月から六月にかけて「変人のサラダボウル」というアニメがやっていた。岐阜県を舞台にした作品で、異世界で起こった内乱から逃れてきた皇女が現代日本に転移してきて貧乏探偵をしていた主人公と出会い、共同生活を送りながらの日常を描いたラノベ原作のコメディアニメだ。本書はその原作。現在七巻まで刊行。ラノベ的な軽さを持ちつつ、探偵と弁護士が主要キャラにいて随所に法律が重要な意味を持つ絶妙な社会派ぶりも面白かった。

荒巻義雄・巽孝之編『SF評論入門』小鳥遊書房

SF評論入門

SF評論入門

  • 小鳥遊書房
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十二のSF評論と巽孝之による序説や各部の前書き、荒巻義雄による終章とで構成されたSF評論集。九回にわたって開催された日本SF評論賞の受賞者の受賞作や別稿等で編まれた、実質的な日本SF評論賞アンソロジーだ。雑誌発表されたままになっていて気になっていた入選作品がいくつか読める貴重な機会だ。大判450ページとボリューム満点。

もう幾つか挙げておく。
田中了、ダーヒンニェニ・ゲンダーヌ『ゲンダーヌ』徳間書店
文庫版「精選女性随筆集」全12冊
井戸まさえ『日本の無戸籍者』
橋本直子『なぜ難民を受け入れるのか』(リンク同上)
坂口安吾『不連続殺人事件 附・安吾探偵とそのライヴァルたち』
川勝徳重『痩我慢の説』(リンク同上)
オルタナ旧市街の諸作『一般』『踊る幽霊』『お口に合いませんでした』

読んだ本が少なくて、お送りいただいた本や知人が関わっている本の比重が大きくなってしまうところはちょっと気にしている。まあもちろん関心領域が近いからこそそうなるんだけれども。

今年聴いていたアルバム

ついでにここで。

田所あずさ「Ivory」
チョーキューメイ「銀河ムチェック」
アイン・ソフ「駱駝に乗って(スペシャルライヴVol.1)」
Acoustic Asturias「Somewhere not Here」

Camel「The Live Recordings 1974-1977」
Ritual「The Story of Mr. Bogd, part 1」
Jon Anderson feat. The Band Geeks「True」

邦楽は田所あずさのミニアルバムは去年聞き込んだアルバムに続いて非常に良い。チョーキューメイのアルバムはアニメのEDも入っているけれど、冒頭のsisterがとりわけ印象深い。アイン・ソフは随分前の日本のプログレバンドだけれど、ふと聴いてみたらまるでCamelのような楽曲があってしばしばBGMとして流していた。ほとんどサブスクで聴いていたけれどこのなかでは唯一アコースティックアストゥーリアスの新作はCDを買った。安定して良い。クリームのカバーに驚いた。遡ってもらえると分かるんですけど、このはてなのブログはアコアスの第一作のことについて書くために始めたんですよね。

洋楽、Camelの五枚組ライブアルバムは概ねリイシュー版A Live Recordの元になった音源集のようで再発盤にちょこちょこ収録されていたものもある感じだけれど、たぶん未発表のものもあるしまとめて聴けるのがありがたい。既存アルバムのリマスター、リミックスがサブスク解禁されていてそれらも聴いていた。Ritualのアルバムは以前に出たミニアルバム曲をも含んだ新作で、スウェーデンのトラッド風味を加えたプログレバンドの17年ぶりのアルバム。やはりヴォーカルが良い。イエスの最近のアルバムは今ひとつなんだけど、ジョン・アンダーソンが若手?バンドと組んだこれは音も元気だしところどころイエスオマージュのサウンドもあり楽しく聴ける。

音楽関係はサブスクとかで聴いてると何を聴いたのか思い出せなくなりがちで忘れてるのもあるかも知れない。