トーマス・ベルンハルト『寒さ 一つの隔離』

自伝五部作の四作目で最後の邦訳書となる。

肺病を疑われ結核療養所に入れられた語り手が、医療ミスでの要らぬ苦痛や元々感染していなかったのに療養所にいるせいで結核の感染に見舞われるという悲惨な目にあうなかで、家族が誰も口にしない実父の存在など自身の根源について考えをめぐらせつつ、生への意思を固めていく。

ミスや雑な医療が蔓延する病院、すぐ死ぬ患者たちの集められた病室、戦争を生き延びた後に迫りくる死、祖父が死に、母が死にかけている状況で自分の由来とは何なのかを考え、病院に対して己に選択権を取り戻すための行動を始め、権力や共同体への抵抗のありようが描かれる。グラーフェンホーフで得た楽しく会話が出来る指揮者の友人や、その外で得られた歌うことの喜び、そしてドストエフスキー『悪霊』に強い感銘を受け人生でも最大級の影響を受けたことを記し、己の脳への不信から書き記すべきことをすべて数百枚のメモ帳に書くという芸術のテーマも散りばめられている。

陰惨なばかりではなく、病でないはずの語り手がグラーフェンホーフという収容所に入れられる不条理な導入から始まり、自分も皆と同じでないといけないと思ってなんとか陽性になるために痰壺に痰を吐き続けるという描写を経て、出られると分かった瞬間に陽性が発覚するなど、喜劇といっていいようなコミカルな描写も多い。

父への関心については、語り手が後の時代のこととして挿入した件がなかなか衝撃的だ。父を知る人物と会う算段をつけたのに予定の日の前日にその人物が事故死してしまったのだという。作中では首がちぎれたと劇的に表現されていてそれは正確ではないけれど、前日に死んだのは事実らしい。

オーストリアという国は、国内出の芸術家に対して決して居場所を提供することがない。遠慮なく、極めて残酷な仕方で、あらゆる国々へと彼らを追放する。ここに、またしてもその実例が見つかった。いつも私が言ってきたし、これからも言い続けるであろうことの実例、故郷においては軽んじられ、いや、軽蔑され、広い世界を求めねばならない芸術家の実例だ。42P

オーストリアの芸術家の扱いについて強く批判しているところがあるように、作者の代名詞とも言える故郷への呪詛は、人を閉じ込め支配する収容所や共同体への抵抗となって今作にも流れ込んでいる。人を死に吸い込む磁場を離れ、死から生への転換が自伝五部作で繰り返し描かれている。


前作『息』が、最愛の祖父の死によって自身の病気から息を吹き返して二度目の誕生を迎えた様子を描いたものだったけれども、今作では母の死を経たことで「人生が完全に無意味になり」、逆説的に療養所で「健康になることに、決めたのだ」と決断するさまが描かれている。

母については以前も父の失踪により親子関係に微妙な軋轢があることが触れられていたけれども、今作でも訃報が新聞に載る際に名前が間違われていて、葬式の時に語り手はずっとそれを思い出して笑いをこらえるという皮肉な描き方になっている。それでも亡くなれば語り手は人生の意味を見失う。両親が共にいなくなることで、自分の由来、起源、「原因」が見失われたという感覚になったのだろう。この次の自伝五部作の五作目は『ある子供』という幼少期の回想が描かれ、自伝五部作の最初の作品は『原因』と題されていて、この自伝シリーズは最初と最後が繋がる環のようになっている。

ベルンハルトで最初に読んだのがこれだけれど、反自伝的と呼ばれる『消去』は自伝的要素を排したもので自伝五部作と対になる作品らしいし、他の作品を読むにもここでベルンハルト自身の自伝的描写を踏まえておくのも有用だろう。以下他の箇所も幾つか引用しておく。

ところが、戦争が終わって二、三年を経た今になって、やっぱり助かったわけではないことを、私たちは悟った。今、その打撃が襲ってきた。私たちを追いかけてきて、つかまえた。突然、ひといきに、報復するかのように。生き延びることは許されなかったのだ、私たちも! 33P

真実とは、それが百パーセント真実であったとしても、いつも誤っている。そしてどの誤りも、真実にほかならない、そう考えることで私は自分を前に進めようとした。そう考えることで前へと進む可能性を得たのであり、そう考えることで自分の計画を中断する必要がなくなった。このメカニズムが私を生にとどめ置き、私の存在を可能にしてくれている。祖父はいつも真実を語り、且つ、完全に間違えていた、私と同じように、誰もが間違えているのと同じように。我々は、自分が真実の中にいると信じるときには間違っているし、逆もまたしかりだ。不条理こそが唯一可能な道なのだ。58-59P

自分にとって故郷であったもの、おそらく私の場合と同様、自分に無理やり押しつけられたもの、信じ込まされたもののすべて、自分を圧殺するため、鉄頭巾のように頭に被せられたこの故郷というものから、永久に、金輪際自分を解き放ち、立ち去る決心をしたということ、すべてを捨てる決断をし、この決断を最後まで遂行したということだ。父は、両親の家に火をつけると、身にまとったもののほか何にも持たずに家を出て、駅の方へと向かった。噂によれば、父はよく計算したうえで火をつけたのだという。95P

自分の秘密を守るには、こうして誤魔化すほかなかった。以後、私は嘘と芝居の中に生きた。ここから放免されるように、それも、近いうちに放免されるように仕向けねばならなかった。だが、そのためにはここを支配している法を、それも絶対的に支配している法を破り、自分自身の法に従って生きる力が必要だった。有無を言わせず課せられた法に隷属して生きるのではなく、自分自身の法に従って生きるのでなければならない。医者の助言には、ある程度まで、益をもたらしてくれる程度までしか従うまい、それ以上であってはならない。114P

最初に翻訳された自伝五部作第五作『ある子供』が出たのは2016年か。二年で一冊、十年近く掛けての訳出。
トーマス・ベルンハルト - ある子供 - Close To The Wall 第五作、邦訳一作目
トーマス・ベルンハルト『原因 一つの示唆』 - Close To The Wall 第一作、邦訳二作目
トーマス・ベルンハルト『地下 ある逃亡』 - Close To The Wall 第二作、邦訳三作目
トーマス・ベルンハルト『息 一つの決断』 - Close To The Wall 第三作、邦訳四作目