もう何冊か加えて記事にしようかと思っていたけどそうならなかったのでこれで。
蛙坂須美『こどもの頃のこわい話 きみのわるい話』
表題通り子供の頃の怪異譚を集めた実話怪談集。グロテスクな話、不思議な話が色々あるけれど、子供の頃の現実がまだ確固としたものではなく夢と不可分だったような気分が漂っていて、自分も子供の頃に見た頭のない男に追われた夢を思い出した。頭のない、というか成人男性の体に野球ボールが乗ったような不気味な存在に追われた夢が小学校の頃から忘れられない。これは本書のなかでは「無貌三題」というのっぺらぼー、顔のない人間を扱った話や、「くびぞろえ」の生首、「首のない女の子の話」という「首」の話が近いか。幼い頃親に連れられていった気味の悪い旅館、一緒に住んでいた謎のおじさん、イマジナリーフレンド、謎の獣、さすがに本書中のような体験をした人はそんなにいないだろうけれど、どこか同じ気分、感じを抱いたことのない人はいないのかも知れない。怪奇・グロテスクさよりもそれが最も印象に残る。夢と現実の曖昧さとともに、子供にとって世界がまだ未知の部分の方が大きいために自分のあずかり知らぬ不可思議なルールで回っている感触、これ自体が実際怪異譚的でもある。大人になっていくことで失われてしまう子供の視点特有の、不可思議な世界、そういうものの感触に触れる。
最初の猿のいない猿まわしに出会った話から猿、犬、ベス、謎の獣と動物ネタが続くように、各話がいずれも前話の一部要素を継ぎながら続くのがしりとりみたいで面白い。これはこれで定番の手法だけれど、今読んだ話と少し重なり少しずれていくように続いていくのが不思議な雰囲気をいっそう強める。
幻想と現実の世界が不思議に繋がる「おばけの世界」、私とあなたの見るものが違っている「三人ゆうれい」、この二篇が特に好きな話だ。あと、「贋・真実の世界」の発火能力のある友人を見捨てて逃げた話の後味は、本当に子供の頃の感覚を思い出させるものがある。
『聊斎志異』を引用したり、特にホムンクルスの百科事典の記述を引用する「西向きのホムンクルス」はほとんどその手の怪奇小説に近づいていて、神隠し話の「鴉岩」や、特に最後の「人形地獄」は短いなかに展開が詰め込まれていて読み応えのある怪奇譚だろう。
「別れる理由」の怪奇現象の法則性が見えそうな感じも不気味で良いし、「富士山を見る」の山みたいな人間のちょっとコミカルな怖さも良い。そういえば、伊集院光の深夜の馬鹿力の空脳コーナーの一部はこれと似た感触がある。家族と記憶が食い違って記憶の現実性が揺らぐ話がよくあるからだ。
背筋『文庫版 近畿地方のある場所について』
単行本版は読んでおらず、ウェブ版以来に読んだ。ある場所をめぐるさまざまな雑誌記事やネットの文章をまとめる大枠に当たる部分が大きく変わっていて、ソリッドな恐ろしさのウェブ版に対し今作では幽霊をめぐるウェットな悲しみが前面に出ている。ウェブ版だと怪異・恐怖が感染しそれに関わったものが飲み込まれていく、伝達することの恐怖というモチーフがあったけれど、今作はお化けや幽霊というものの存在を、身近な人の死を味わった人間の悲しくも愚かな祈りや願いの反映したものと見ることで、ウェブ版に対する自己解答をしている印象だ。文庫版での改訂ではホラーというものが人の死を軽々に扱ったり、偏見を強化したりするということへの倫理的抑制が図られていて、これは自作が予想外に読まれ、売れてしまったことへの作者自身の応答とも思う。恐怖は偏見を煽り、悲しみは同情を誘うというと単純だけれども、そういう転換がある。
ウェブ版でも怪異の原因として出てくる男女の男性の方はいかにも気持ち悪がられそうな造形だけれど女性の同情を誘う造形と対になることである程度対処をしていたのではないか。それが文庫版になることで人間の愚かしさ、悲しさとして縁取ることで排除よりは包摂の試みを感じ取れるようになっている。これを説教臭いと見る向きもあるだろうけれども、この改稿に見える作者の倫理性は興味深く、読んで良かったと思う。ウェブ版から文庫版に至る過程に自作に対する自己批判を埋め込んだ形で、今作に対する印象はこれを初めて読むか、ウェブ版を読んだことがあるかどうかでだいぶ印象が変わってくる。
改めて読んでみても短篇を連ねていくことで生まれるぞわぞわした感じ、怖さを味わえて面白いし、雑誌記事やネット記事が微妙な繋がりによって関連していくのを読むのは大学生の頃なんかにネットでいもづる式に色んな文章を夜通し読んでしまう感覚を思い出させてくれる。作中でも描かれるようにオカルトネタを扱う胡乱な雑誌が大きな意味を持っているんだけれど、このような雑誌はそろそろ身近な存在ではなくなっていくのだろうな、という感慨を抱いた。
ウェブ版では確か口唇裂の少年の画像があって、それは差別的ではないかという指摘があったのを覚えているけれど本書にはない。文庫のカバーデザインはちょっとダサくなってしまったなと思ったけど、実在のダムっぽい写真はやめたってことだろうか。読んでいて、近畿地方のどこなのかということは一切調べなかった。
小川哲『君のクイズ』
生放送のクイズ番組の最終問題を一文字も聞かずに早押しで解答した事件をめぐって、その対戦で負けたクイズプレイヤーを語り手に、相手はどうしてそんなことができたのかを探っていく謎解き小説。クイズを題材に謎で引き込む一気読みさせる引力があり、なるほど面白い。知識とはその人が何を経験してきたかということだとして、クイズとは何かを問うことがその人自身の生き方をも問うことになり、失敗した経験も含めてその人自身の生きてきた過程が正解音で肯定されるというところや、人生、世界についての思弁的な部分はSF作家らしいなと思わせるところもある。
クイズの問題文に正解が一意に決まる確定ポイントがあるように、本作にもどこかで出された情報から正解が決まる確定ポイントがあるのかも知れない。途中で問題文の幾つかが特定の内容に関係していて、ゼロ文字解答の本庄の住んでいたところなど、話がそこに向かうかと思ったら違った。あのテーマで感動路線に行くのかなあと思ってたら結構違う方向になったのは興味深いと思った。そこで泣かせの方向に行くことも充分考えられた気がするし、そのほうが受けは良かったのかも知れないけど、強かでふてぶてしい方向に振ったな。それがこそタイトルにもなる君と私の違いに帰結する。
クイズを競技として突き詰めようとする主人公三島と、役割を完璧に演じきる男から状況を利用するいわばメタ読みに向かう本庄、ここに対比があり、明らかに不正を疑われるゼロ文字解答については、答えが分かったことと別にゼロ文字で解答したこと自体に本庄の思惑がある。
クイズという競技についての理解度も上がるし、クイズとして問われた問題をめぐっての解説から色々な雑学が知れるのも面白くて、本作自体が相手のことを知る過程をメインプロットとしていることとあわせて、何かを知ることそれ自体の楽しさによって駆動している。「乳離れ」はちばなれでちちばなれが誤読、「続柄」はつづきがらでぞくがらが誤読、「他人事」はひとごとでたにんごとが誤読の誤読三兄弟というのは良かったな。覚えやすい。


