- 作者: 小笠原信之
- 出版社/メーカー: 緑風出版
- 発売日: 2001/07
- メディア: 単行本
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読んでみて強く印象づけられるのは、「近代化」の波の中で翻弄され続けるアイヌの姿だ。近代国民国家の形成期のなかで、ロシアとの対外的な緊張が地政学的な意味を持ち、国境の確定とともにその住居が境界線で分断される。強制移住とともに、漁労、狩猟を中心としてきた生計の手段が農耕に切り替えさせられ、慣れない仕事と、農業に不適な土地ばかりが与えられたことによる生活力の減退に見舞われ、民族としての活力を喪失していく。さらに、土地の私有という概念のないアイヌの生活圏を「無主の土地」としてどんどん和人に獲得されていく。
同時に、食生活の大きな転換がアイヌ民族の抵抗力を奪ったという事例も紹介されている。元々魚、動物などの高カロリー食を続けていたアイヌに、コメ、芋などのデンプン質の食生活へと急激な転換を行ったのと、和人が本土から持ち込んできたさまざまな病気が一気にアイヌ人口を減らしていったという。
国民国家の形成と開発の歴史のなかで、アイヌという生き方が抑圧され、国民の枠組みを嵌められていくさまが描かれていく。
そうしたアイヌの歴史をここでまとめることはしないけれど、本書にはさまざまに興味深い情報があり非常に面白い。以下、いくつか紹介しておきたい。
近代という時代についての問題では、英国人によるアイヌの墳墓盗掘事件がある。それも領事館員がかかわり、アイヌの骨を本国に送り出したというのだ。これには人類学者がかかわっていたのではないかともいわれ、また、二年近く経って返還された遺骨も、実は偽物で本物はまだロンドンの博物館に残っているのではないか、という意見もある。ただし、墓を盗掘したのはイギリス人だけではなく、日本人の学者による盗掘も行われていた。そうした学問の暴力については本書でも扱われていて、重要なアイヌ研究者に対しても、著者を引きつつも批判すべきところは批判するという姿勢を貫く。
また、北海道で一財閥を作り上げた大倉喜八郎という人物がいる。サッポロビールや帝国ホテル、ホテル・オークラ、大成建設、日清オイリオなどにもかかわっている大物だけれど、「死の商人」とも渾名された。その彼が近文アイヌの土地乗っ取りを企て、アイヌ代表らを酒食でもてなし、文字の読めない老人を騙してアイヌ全員が移転を望んでいるかのような嘆願書をでっち上げてそれが大倉らと結託していた道庁に受理され、大きな問題となる。大きな反対運動が巻き起こり、結果として移転そのものは取り消されたのだけれど、その後もどんどん問題が起こり、近文アイヌ給与地問題は第三次まで続くことになる。この騒動で、法制史上もまれなわずか数十戸を対象とする法律が制定された。
これは知らなくて驚いたのだけれど、北海道には自由民権運動の最大の武装蜂起、秩父事件の関係者である井上伝蔵と飯塚森蔵が死ぬまで身分を隠して潜伏していたらしい。井上は1918年に北見で亡くなる時に、自身の素性を明かした。飯塚はその前年に亡くなっていたのだけれど、それが分かったのは井上の死後半世紀も経ってからのことだったという。私がアイヌを調べ始めたのは向井豊昭の小説を読んだからなのだけれど、向井の「パパはゴミだった。」で秩父事件を題材にしていたのは、この井上伝蔵らのことがかかわっているのだろうかと考えてしまう。
後半に記されているアイヌ独立がGHQから打診されていた、という話も驚くべきものだし、知里真志保が北海道大学の法文学部で武田泰淳と同僚だったという話も驚いたし(「森と湖のまつり」を読まないと)、アイヌを滅びゆく民族と書いた書籍に自分の写真が勝手に使われているとチカップ美恵子が訴えた「アイヌ肖像権裁判」で原告代理人として活躍しているのがあの安田好弘だというのにも驚いた。
非常に面白い。
なお、手軽に読めるアイヌ本のうち薄いやつなら以下のがある。
- 作者: 上村英明
- 出版社/メーカー: 解放出版社
- 発売日: 2007/12/20
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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- 作者: 浪川健治
- 出版社/メーカー: 山川出版社
- 発売日: 2004/09/01
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- 作者: 麓慎一
- 出版社/メーカー: 山川出版社
- 発売日: 2002/11/01
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- 作者: 萱野茂
- 出版社/メーカー: 朝日新聞社
- 発売日: 1990/12
- メディア: 文庫
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あとははてなダイアリーにはid:Wallersteinさんとid:Mukkeさんがアイヌ関係で精力的に記事を書いておられるので、これを参考に。Wallersteinさんは中世史が専門の人らしく、歴史学的な議論をきっちりやっていてとても参考になります。Mukkeさんはかなり若い人らしく、専門はスラヴの人らしいのだけれど、アイヌ関係も勉強しているらしく、近年アイヌ差別を否定する電波な右翼言論に対して細かく反論を行っている記事が読めます。この二人のブログを読んでおけば、歴史学的な議論と時事論的な部分がフォローできるので、概説書と双補的に読むと非常に良い感じなんじゃないかと思っています。