告知記事一覧

後藤明生の夢: 朝鮮引揚者(エグザイル)の〈方法〉北の想像力 《北海道文学》と《北海道SF》をめぐる思索の旅ノーベル文学賞にもっとも近い作家たち いま読みたい38人の素顔と作品アイヌ民族否定論に抗する骨踊り現代北海道文学論―来るべき「惑星思考」に向けて代わりに読む人0 創刊準備号
単著『後藤明生の夢 朝鮮引揚者の〈方法〉』刊行
2022年9月末 幻戯書房より『後藤明生の夢 朝鮮引揚者の〈方法〉』が刊行されます - Close To The Wall
新着順

2023.12.31岡和田晃編『上林俊樹詩文集 聖なる不在・昏い夢と少女』の制作に協力
上林俊樹詩文集『聖なる不在・昏い夢と少女』を刊行します | SFユースティティア

2023.06.24「リベラシオン 人権研究ふくおか」190号(2023年夏)に「鶴田知也再考――『リベラシオン』第一八九号を読む」を寄稿
「リベラシオン」190号に鶴田知也についての記事を寄稿 - Close To The Wall

2022.11.20後藤明生文学講義CDの付録リスニングガイドを執筆
後藤明生文学講義のCDの付録リスニングガイドに寄稿 - Close To The Wall

2022.09.30図書新聞10月8日号にて住谷春也『ルーマニアルーマニア』の書評が掲載
図書新聞10月8日号にて住谷春也『ルーマニア、ルーマニア』の書評が掲載 - Close To The Wall

2022.09.28単著『後藤明生の夢 朝鮮引揚者の〈方法〉』刊行
2022年9月末 幻戯書房より『後藤明生の夢 朝鮮引揚者の〈方法〉』が刊行されます - Close To The Wall

2022.06.10『代わりに読む人0』に「見ることの政治性――なぜ後藤明生は政治的に見えないのか?」等を寄稿
『代わりに読む人0 創刊準備号』に後藤明生小論を寄稿しました - Close To The Wall

2022.04.30「図書新聞」2022年5月7日号にて木名瀬高嗣編『鳩沢佐美夫の仕事』第一巻の書評が掲載
図書新聞2022年5月7日号にて木名瀬高嗣編『鳩沢佐美夫の仕事』第一巻の書評が掲載 - Close To The Wall

続きを読む

荒巻義雄、巽孝之編『SF評論入門』

SF評論入門

SF評論入門

  • 小鳥遊書房
Amazon
十二のSF評論と巽孝之による序説や各部の前書き、荒巻義雄による終章とで構成されたSF評論集。目次を見れば分かるけれどもSF評論入門とはいってもさまざまに書かれたSF評論の実作を集めたもので、SF評論を書くための入門書、ではない。九回にわたって開催された日本SF評論賞の受賞者の受賞作や別稿等で編まれた、実質的な日本SF評論賞アンソロジーだろう。雑誌発表されたままになっていて気になっていた入選作品がいくつか読める貴重な機会だ。大判450ページとボリューム満点。

ただし、収録論文の初出情報がなく、SF評論賞の入選作との関係や、書き下ろしのものなのか既に発表されたものなのかも書き手が論文のなかで触れているもの以外は不明になっている。著者プロフィールにも評論賞との関係を触れていない人も多く、日本SF評論賞出身者によって構成されている本にもかかわらずそことの関係がかなり曖昧になっている。このような本で初出は重要な情報だと私は思うのでその点不満がある。その点を除けば相当に読み応えのある論集なのは確か。索引も付いている。

序説 巽孝之「SFをいかに語るか――SF評論入門のために」

編者による序説。メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』をSFの祖と見る定説の吟味から始まり、それがレマン湖畔ディオダティ荘でのロマン派談義から生まれたことに着目して、そこに「共作的想像力」を見いだし評論の意義を語る。この『フランケンシュタイン』や、A・C・クラーク批判としての『家畜人ヤプー』、『日本沈没』と『日本以外全部沈没』などを事例にSFを語ることがSFを書くことの母胎となりうることを(日本)SFの論争史もさらいつつ提示していて、啓蒙性とアジテートが共存するさすがのスタイルになっている。日本のSF評論家の始祖として石川喬司をとりあげ、そのジャーナリスティックなセンスを評価しつつ、SFの魅力を「日常生活への衝撃」に求める論旨を、「認識的異化作用の文学」とSFを定義したダルコ・スーヴィンよりも14年早いと再評価を試みてもいる。また、タイムマシンや「冷たい方程式」ものなどが次々と書かれる様相をフォーミュラフィクションの「共作的想像力」として論じる部分は、大喜利的フォーミュラフィクションの現在としてなろう系作品にも転用できるロジックだろう。それは内輪ネタとも紙一重でもあるけれども。

ディオダティ荘のロマン派談義から生まれ落ちたものを、ここでロマン派文学をめぐる最良の解釈共同体(インタープリティヴ・コミュニティ)の対話的想像力(ダイアロジック・イマジネーション)から織り紡がれた「共作的想像力」(コラボレイティヴ・イマジネーション)と呼ぶことにしよう。

このルビ芸、ここがサビって感じがある。サイバーパンク

「第一部 古典SFをどう語るか」

各部には巽孝之による各論への導入が置かれていて、ここでも日本SFの黎明期には古典と言えば19世紀以降の作品群を指していたけれども既に半世紀が過ぎ、20世紀中葉の作品が既にして現代の古典として扱われている様子を論考への導入としている。第一部はレム&タルコフスキーとディック論。

第一章 忍澤勉「『ソラリス』に交差する二人の視線――レムの「神学」とタルコフスキーの信仰」

タルコフスキー論の単著を出した著者のSF評論賞第七回(2012年)選考委員特別賞受賞作で10年前SFマガジンに掲載されたデビュー作の改稿版。飯田訳ロシア語版と沼野訳ポーランド語版とで削除箇所を比較する丁寧な具体例の分析から始まり、ロシア語版序文は圧制下でのカモフラージュではないかと仮説を立て、ロシア語版で削除されたレムの欠陥を持った神という神の実在性の仮説とタルコフスキーの信仰を対置し、この神についての主題においては二人ともメビウスの輪のようにつながっているのではないかと推測していく。

レムのソラリス学は神学のように本質に近づけない。あるいは近づかない。レムはソラリスとの接触が困難であるとし、そこに類似性を持つ「神学」を置いたのだろう。だがタルコフスキーは、人間一人一人の贖罪によって「客」と呼ぶことになる「人間」が生成されることに着目した。レムはこのタルコフスキーが捉えた「神学」の一片が自身の「神学」を明るみに出すことに恐怖したのかもしれない。43P

第二章 藤元登四郎「ディック『高い城の男』と易経

P・K・ディックの生育歴や結婚歴などをさらいつつ、死んだ双子の妹がいることやアンフェタミン常用が統合失調症的な幻覚症状を呈することと作品の関わりを指摘しながら、『高い城の男』についてその易経の意味と内容について解説していく。易経の卦の陰と陽の二元性と引っかけてディックにとって主流小説とSF小説が陰と陽の関係にあるとし、主流小説の『戦争が終り、世界の終わりが始まった』と『高い城の男』のアジア観に対照的なものがあることを指摘しているのが面白い。第六回(2011年)選考委員特別賞受賞作とタイトルが似ているのでその改稿版だろうか。

藤元さんは精神科医としての著訳書も多く、フランスSF論の翻訳もあり、荒巻義雄論の単著や江戸時代を舞台にした歴史医療小説シリーズの新作が最近出た。

「第二部 SF作家をどう語るか」

第二部はこれも古典的作家といえるアシモフ論と光瀬龍論。

第三章 石和義之「アイザック・アシモフの想像力――帝国主義の時代に生まれて」

アシモフ心理歴史学の発想元の熱力学の数学的アイデアは、資本主義=帝国主義時代精神とも共振したものとし、またアシモフアイルランド系のジャック・フィニイをSFとファンタジーの対立として考える。

アシモフの中には父祖の審級に属するサイエンス・フィクションの作品群と、幼児の審級に属するファンタジーの作品群があって、前者は「ファウンデーション」シリーズであり、後者は「ロボット」ものの作品へと分かれている。「ロボット」ものの一部の作品には、非常に柔らかい感触がある。98P

アシモフ司馬遼太郎を同年生まれの、「創設」(foundation)的発想として並置して司馬のアイルランド紀行につなげるところは面白い。帝国主義的膨張性、植民地拡大の想像力を指摘したあと、ロボットものの閉鎖的な親密さを指摘し、この両面が住まうものとしてのアシモフの穏健さがあるとする。第四回(2009年)優秀賞受賞作と同趣旨と思われる。

第四章 宮野由梨香光瀬龍『百億の昼、千億の夜』の彼方へ」

これは異様な面白さがある。しかしこれをなんと呼んでいいのか迷うところもあって、大学生の頃から光瀬と交流があった著者とのやりとりが『百億の昼と千億の夜』の改稿のきっかけだったらしく、著者と対象に深い関わりがあるからだ。『百億の昼と千億の夜』など自作を私小説とうそぶく光瀬龍のそのプライベートな事情とは何かを、韜晦癖のある光瀬の言動から推測していき、著者が推理した家族歴にかかわる私的な事情は確かに関係者にはデリケートな話になっている。作家論と作品論とノンフィクションの混成体の趣がある。

最初これは著者がSF評論賞を受賞した論文自体か改稿したものなのかと思っていたけれど、SF評論賞受賞作はその私的な事情が真実「ではない」と確かめるため、光瀬の岳父コンプレックスを仮説とした観測気球だったらしく、受賞後に著者の真の推理の方が正しいことがわかる事態が起きたという。光瀬との私的な会話が多く引かれていて、つまり第三者に確認できる根拠ではないけれど、光瀬といつ会ってどんなやりとりがあったかの日時が明確で、当時からつけている日記などなんらかの細かい記録が著者にあるんだと思われる。

表題にある『百億の昼、千億の夜』は誤記ではなく、光瀬自身がしばしば自作をこう呼んでおり、森優氏に訊いたところ作者にも編集長にも勝手に書き換えた、らしい。元のタイトルのリリカルさを少女趣味と感じてのことだったという。光瀬龍ペンネームが井上靖の短篇「チャンピオン」に出てくる韓国人ボクサー(雑誌版のみの「龍」表記由来)からだということも聞かされていて常識だと思っていたら選考委員も編集者も誰も知らなかったというエピソードなど、光瀬と著者の関係もいったい何だろうとも思わされる。

内容にはあまり触れていないけれども、なんにしろ、この光瀬龍作品に由来するペンネームを使う、この著者にしか書けない圧巻の評論だということは確かだ。論のきっかけとなっている『百億の昼と千億の夜』の三千字ほどの「あとがきにかえて」というのが、93年に改版・改稿される前のハヤカワ文庫版についているものらしく、私の持っているのは門坂流の版画が表紙の新装版なのでついていなかった。第三回(2008年)受賞作との関係は文中で触れている。

文中で触れられている本名名義での著作。

「第三部 SFジャンルをどう語るか」

ハインラインのミリタリーSFと山野浩一ほかのニューウェーヴディストピアSFと、ヒューガートのファンタジー『鳥姫伝』についての論考。

第五章 礒部剛喜「国民の創世再び――第四次世界大戦下のハインライン『宇宙の戦士』」

第二次世界大戦アメリカのドイツ系移民が産業、軍事に貢献しつつ、ナチスであっても心情的にドイツに味方していたさなか、真珠湾攻撃がその立場を難しくしたという歴史的背景を指摘する。ドイツ系移民で軍人を志していたハインラインの『宇宙の戦士』の執筆動機にはこのことが深く関わっており、作中に有色人種のフィリピン系人物が出てくるのも、歴史的困難を抱えた存在でも戦争を介した国家への貢献によってアメリカ国民になれるという物語だからだ、と。

この未来宇宙戦記は実に長い間、大いなる誤解を伴って読まれてきた。フィリピン人を祖先とするこのアメリカ市民の物語は、多民族国家としてのアメリカを描いた古典的な小説の親族と言える。民族的なマイノリティに向けられたこの激励の視線は一九六○年代に興隆する公民権運動の魁とも看做せる。185P

しかし、軍務への称賛を意図して書いたのなら美化された徴兵制が描かれたはずが今作では自由志願になっていることが重要だというのは微妙だ。実質的な強制は実際の強制よりも悪いといえば言える。

『宇宙の戦士』論としては興味深いのだけれど、ウクライナ戦争で妙にロシア側の立場を擁護するるような書きぶりになっているのはともかく、戦争を仕掛けたのはアメリカだとするエマニュエル・トッドを重要な参照先にしている評論でもあって、そこら辺のロジックを背景にしていると思われる「分離戦争」などよく分からないところも多い。第二回(2007年)優秀賞受賞作のウクライナ戦争以後改稿したものだと断りがある。

第六章 岡和田晃「「未来学」批判としての「内宇宙」――山野浩一による『日本沈没』批判からフェミニストディストピアまで」

小松左京の未来学の濫用が加速主義にも通じてしまっている現状において、当時それはどう批判されたかを山野浩一を振り返ってたどりなおし、「ポリコレ左翼は学級委員」などと放言する加速主義のマイノリティ軽視の風潮に対し、山野の終末思考を対置し、三枝和子谷崎由依フェミニズム的「村」小説にも論及する。未来学SFからディストピアSFへと、SFから純文学に至る想像力を示して、斎藤美奈子の同時代小説史を転倒させる目論見がある。

孫引きだけれど山野の『日本沈没』批判がなかなか辛辣。

「政治を思想としてとらえず、技術として割り切っているのも極めて不満で、国家危機を国家機密で乗り越えようというような雑な政治理念にはいささかあきれる。この面では全く防衛省のPR小説でしかないとしかいいようがないだろう。」200P

山野は未来学が死へのおそれから死を無限に繰り延べさせるために未来という概念を召喚していることを見て取り、その原因を追求する。山野はそしてニューウェーヴSFに「無意識的な終末感のアイデンティティ」を看取し、ディストピア小説の追究へと進んでいく。

山野はニューウェーヴSFの受容に、「無意識的な終末感のアイデンティティ」を看取したのである。ヴェトナム反戦運動を表象する際、なまなかな救いを描いて「死」を繰り延べさせては、かえって帝国主義的暴力性を把握できなくなってしまう。あるいは核兵器や自然破壊が、終末への身近な感覚を培ったと言えるのかもしれない。ゆえに山野は、「破滅を免れる盲目的な進歩信仰から、いかに意識を逆流させるかが問題」であり、「いかに破滅し、いかに滅亡し、いかに死ぬかを考えねばならない」のだと論じたのだ。それはまごうことなき、ユートピア/ディストピアアSFの追究であった。199P

山野浩一がなぜ終末や内宇宙を執拗にテーマにしているかを小松左京との対比によって論じていて、山野作品のサブテクストとして興味深いうえに山野ばりの同時代批判を行ないながら書かれた評論とも言える。「季報 唯物論研究」第160号と162号(2022、2023年)に掲載されたもの。第五回(2010年)優秀賞受賞作は以下収録。近年著者は山野浩一作品の復刻を精力的に行なっている。

第七章 横道仁志「バリー・ヒューガート『鳥姫伝』論――断絶に架かる一本の橋」

SF評論賞(2006年)第一回受賞作。圧巻の作品論。アメリカ人が架空中国を舞台に書いたファンタジーを題材に、不思議の国のアリスや西洋の文物が埋め込まれた架空中国はヨーロッパの写し絵で、ここにオリエンタリズムを超える契機を見出し、おとぎばなしキリスト教の伝統、西洋と東洋の架け橋としてのスケールで論じる。アメリカ人の中華ファンタジーを有史以前から中国の文物を輸入してきた日本で生まれ西洋中世思想を専門とする著者が論じるという出会い、これこそが著者が主張する東洋と西洋に架かる橋の一つの実例でもあるという、一つの論文として奇跡的な出会いの産物とでも言うべきか。

西洋思想をプラトンにまで遡り、キリスト教信仰の核心を取り出しつつ、この世界が存在することの喜びを論じながら、『鳥姫伝』にSFジャンルとしてのセンス・オブ・ワンダーのありようを見いだしていく。密度とスケールは随一だ。

『鳥姫伝』は或る意味で、これっぽっちも中国を描こうとしていないからである。「ヒューガートは徹頭徹尾、オリエンタリズムの向こう側に西洋を見据えている。だから、もし誰かからかわれているものがいるとしても、それは東洋ではなく、われらこそ世界の支配者だと自惚れている西洋中心主義以外にない。229P

キリスト教と聞くと、一面では、禁欲を美徳と見なして快楽を蔑視し、過剰な苦行を信徒に強制するというイメージがあるかもしれない。しかし実際には、「芸術」や「文学」という発想はキリスト教の文化を母体にして生まれてきたのだし、世界に驚異を認める感性を肯定して大切に育んできたのもやはりキリスト教だった。アウグスティヌスを見ればわかるとおり、キリスト教徒は世界の善を信じている。「信じている」とはつまり、目の前に悪を見てもなお絶望することなく、その向こう側に善を信じるということである。239P

目に見えるものも見えないものも丸ごとひっくるめたあるがままの美こそが、ヒューガートにとっての目指すべき理想に他ならない。そんなものはフィクションの中にしかないとしても、フィクションから得られるよろこびは真実である。257P

横道さんは論集『北の想像力』で一緒になった時、そこで書かれた武田泰淳ひかりごけ』論も圧倒的な出来だったのを強く覚えているけれど、なるほどデビュー論文もすごい。

第四部「SFとテクノロジーをどう語るか」

荒巻義雄「柔らかい時計」のナノテク論と、イーガン『ゼンデギ』のAI論と、ペリー・ローダン・シリーズと長崎・原爆の関係を問う論考。

第八章 ドゥニ・タヤンディエー「荒巻義雄「柔らかい時計」――シュルレアリスムナノテクノロジーのイマジネーション」

ナノテクノロジーの発展とナノテクSFが相互に影響を与えあってきた歴史をたどりつつ、表題作をナノテク以前にそれを比喩的に表現した作品として論じるもの。

ナノテクノロジーという分野の形成において、SFの概念は欠かせないものであった。SFの概念があったからこそ、ナノテクノロジーという分野が今日まで発展してきたと言っても過言ではないのだ。272-3P

この観点からナノテク、SF、シュルレアリスムを巧妙に噛み合わせた作品として「柔らかい時計」を論じていて、面白いのは英訳版も扱われていることで、ルイス・シャイナーによる英訳では技術的説明に補足が行われていて原作とはまた違った解釈が可能になっているという。ナノテクとSFの相互影響を語りつつ、英語翻訳のアップデートをフィードバックしているのも面白い。第八回(2013年)選考委員特別賞受賞作と同趣旨か。

第九章 海老原豊「生成AIは作者の夢を見るか?――グレッグ・イーガン『ゼンデギ』の作者機能」

マインドアップローディング・人格仮想化技術を描いた作品を題材に、チャットGPTなどの生成AIの普及を横目に見つつ、作者とは何か、人間とは何かを問い、人間の有限性と物語の不死性を論じる。

私たち人間は神の言葉を侵犯し、私たち人間の物語を、個人の名義作者として語るようになった。チャットGPTが侵犯する言葉は、私たち人間のものである。となると、こういう図式が成立しないか。人間が神の言葉を侵犯し、人間独自の物語を語るようになったように、チャットGPTがチャットGPTにとっての神=人間の言葉を侵犯し、チャットGPT独自の物語を語る作者になったのだ、と。317P

バルト以後作者は死に、インターネットとスマホの普及によって誰もが作者となってしまうなかで読者も死んだ、という時代のなかでイーガンを読む試み。

SF評論賞第二回(2007年)優秀賞受賞作は改稿の後こちらの四章になったらしい。

第十章 鼎元亨「ナガサキ生まれのミュータント――ペリー・ローダン・シリーズを中心に」

本書でもとりわけ面白いアプローチを取った一篇。長大なシリーズの初期の日本人人名や地名から、作家チームのなかに原爆投下時長崎のある村で捕虜にされていた人物がいるのでは、と大胆に推理していく。

ローダンシリーズでは原子力放射能によって超能力を持ったミュータントが生まれており、ローダンの理想に共鳴するミュータントをスカウトして世界中から集めるなかで日本生まれのミュータント八名が登場する。イシ・マツ、ウリウ・セング、ドイツ・アタカなどやや違和感のある名前だ。しかし一見でたらめに見える名前はいずれも名字なのではないかと推測し、長崎在住の著者らしく、野茂姓が野球選手野茂英雄以前にはあまり知られていない五島列島に多く分布する姓だということや、カシリという一見不思議な名前が川尻の当地的な訛りだったとか、当地出身者を生かした指摘がいくつも出てくる。

なかでもタナカ・セイコの故郷として「フカボリ」という村が出てくることについて、たとえば当人が訪れたことがあるのではないかという仮説を実地に取材して確証がないとするところは面白い。戦前からの外国人の来訪は住民に記憶されていて、どんな人が来たかは証言があるという。地図にはフカホリと表記される深堀村が「フカボリ」と近在の人々に呼ばれるかたちで表記されているのは近くに滞在していた可能性が強い、と推測したなかで浮かび上がるのが、深堀に隣接する香焼(こうやぎ)地区に捕虜収容所が存在したという事実だった。これはなかなか面白い推理だ。

そして爆心地から10キロほど離れた香焼、深堀の地域は当初は慢性の放射線障害が知られていなかったことや行政区分が異なるのもあって被爆の調査対象ではなかったことや、共産党町政に対する牽制のために被爆認定を政策誘導の道具にしていたといった歴史がたどられるところも興味深く、だからこそ、被爆認定されていなかった深堀村が国外のSF小説放射能によって生まれるミュータントの故郷として設定されている謎は、原爆投下時に収容所にいた外国人が関わっているからではないかと推理するわけだ。長崎周辺の歴史も踏まえつつの推理で、当否はともかく魅力的ではある。

想定される命名者は被曝者差別を怖れて経歴を隠しているのではないか、という推理からさらに想像を膨らませた小説パートが加わり、本書収録に当たっての再調査パートなども付加されている。決定的な回答が得られるわけではないけれども、この推理自体の面白さがある章だ。第一回(2006年)の選考委員特別賞受賞作に再調査を加えたものとの断りがある。

『SF評論入門』第五部「現在SFをどう語るか」

倉田タカシ論と藤本タツキ論という新しめの作家についてのパート。

第十一章 渡邊利道「エキセントリックな火星――倉田タカシ試論」

短篇「火星のザッカーバーグ」を題材にその矛盾とズレが反復される断片的な作品世界をベケット筒井康隆などのメタフィクションを引きつつ、多世界SFとしての可能性を最大化した作品ではないか、と評価する。クンデラ入沢康夫、バルトやドゥルーズなど豊富な人文的バックボーンを感じさせる論立ての鮮やかさはいつも通りという感じで、なかでもブランキ『天体による永遠』をSFの先駆的な書物だと援用しているところは面白い。宇宙では同じものが永遠に反復される、というメランコリックな宇宙論

こうして可能世界論、多世界解釈などの作品として近年のSF作品や議論をさらいつつ、交流不可能な多世界を想像する一見無意味な行為の意味を死やコミュニケーションへの抵抗としての芸術でもあると論じて、情報社会の現代における芸術の存在意義にまで話を進めていく。

ジル・ドゥルーズは、一九八七年の講演で、創造行為とは抵抗であると述べている。(中略)何に対する抵抗かと言えば、それはまず第一に死に対する抵抗であり、現在の我々を取り囲んでいる情報社会への抵抗であると。一度きりの人生において、情報は準自律的な流れとして流れ、死ぬと同時にその流れは完結し、運命に変わる。そこでは人はコミュニケーションに仕える/使える記号、道具に過ぎない。死に対する抵抗は、人が情報として流通し、消費されること、コミュニケーションへの抵抗なのである。308P

著者は第七回(2012年)、上田早夕里『華竜の宮』論で優秀賞を受賞した。

第十二章 関竜司「藤本タツキチェンソーマン』とZ世代――再帰モダニズムと〈器官なき身体〉の肖像」

現在も連載が続く漫画作品を題材に、鬼滅の刃や呪術廻戦のまじないに対してまじないで解決する作風に対する物理的破壊にチェンソーマンの画期を見、そこにZ世代の置かれた状況の反映を見る。

「呪術廻戦」と「チェンソーマン」の決定的な違いは、前者が悪意や呪いを呪術という精神的な手段で払おうとするのに対して、後者は呪われた対象(呪物)を物理的に破壊して解決・解消しようとする点だ。この違いは些細に見えるかもしれないが、ゆとり世代とZ世代を分ける決定的な違いとなる。404P

都市の破壊の表現や人間の身体をもモノとして捉える表現において藤本タツキ大友克洋とに共通性を見いだしつつ、大友の延長線上に人間を人形的な滑稽なものとして描いている、と藤本作品を位置づけ、その身体表現をアルトードゥルーズ=ガタリの「器官なき身体」と重ねる。そうしてグローバル化した社会で人間が解体され、情報としての存在へと変貌している時代性、人間の精神や生命はすべてデジタル情報でしかないというデジタルネイティブの感性を書いたとして藤本を評価する。

情報社会と芸術について論じた前章でもこの章でも、引かれているのがドゥルーズだったのが面白い。著者は第六回(2011年)『Serial experiments lain』論で優秀賞を受賞した。

終章 荒巻義雄「六〇年代からの証言――あとがきに代えて」

序説や各部の前書きを担当した巽孝之に対しもう一人の編者が自身のSF作家となるまでの履歴や時代状況を語る第一部、各章へのコメントを付していく第二部、アフォーダンスSFという自身のSF観について語る第三部で本書を締めくくる。人が家に住むのではなく、家が人を住まわせると主語を逆転させる思考をもたらすアフォーダンス理論を援用しつつ地球環境と人間の問題を考えることが今後のSFに有用だとする。アフォーダンス理論自体はかなり前からあった気がする。まあしかし理論に古いも新しいもないかも知れない。


ソリッドでコンパクトなものから50ページほどの長いものまで収めるけれどもやはり長いものに印象的なものが多い。私としては本書のなかでは光瀬龍論とヒューガート論を双璧として挙げる。論文の対象作品を読んでないものが多かったので、おいおい読んでいきたいところ。

WikipediaにSF評論賞受賞者・受賞作がまとめられているので幾つかの論文はこれが初出か、と推測できるけれども改稿されているのかどうかはよく分からない。
日本SF評論賞 - Wikipedia

なお、私も参加した大部の評論集『北の想像力』は本書参加者岡和田晃編で本書とかなりメンバーが共通しているので興味のある方はどうぞ。コンパクトな新書の『しずおかSF』もSF評論賞出身者メインの本。

本書は岡和田晃さまより恵贈いただきました。ありがとうございます。

『変人のサラダボウル』及び『日本の無戸籍者』『難民』『なぜ難民を受け入れるのか』『法とは何か 法思想史入門』

今年四月から六月にかけて「変人のサラダボウル」というアニメがやっていた。岐阜県を舞台にした作品で、異世界で起こった内乱から逃れてきた皇女が現代日本に転移してきて貧乏探偵をしていた主人公と出会い、共同生活を送りながらの日常を描いたラノベ原作のコメディアニメだ。天才的なカリスマ性を持つ異世界の姫サラが巻き起こす騒動と、アラサーの探偵惣介との親子的な関係、またサラを追ってきた腹心の部下リヴィアがまた別の騒動に巻きこまれたりとラノベ的な軽さを持ちつつ、探偵と弁護士が主要キャラにいて随所に法律が重要な意味を持つのも面白かった。まあ主要人物がほぼ女性ばかりのハーレム構図ではあるけど。アニメ自体についてはまた年末にするとして、ここではアニメを見てから読んだ原作と、勝手に私が関連書籍として読んだ本の感想を並べておく。そういう流れなので以下、アニメのネタバレに配慮とかはしてない。

変サラ以外の本は何故並んでいるのかというと、アニメを見た後に自分がこう書いたことと絡んでいる。

探偵と弁護士がメインキャラにいて、探偵業法や戸籍など法律が非常に重要なのは、異世界人という常に法と緊張関係にあるアウトロー・法外の存在がいるからなんだけど、今日気づいたのはファンタジーの枠を外して見ればサラたちって端的に言って「難民」じゃないか、ということだった。異世界転移の枠組みで難民の法的地位の話をしている。クーデターが起こった国から避難してきて帰れない難民・非正規滞在者。七話が傑作なのは非正規滞在者をどう法的に包摂するかの試行錯誤をフィクションの嘘も交えつつある程度現実的に描いているからでもある。原作者は一巻のあとがきで岐阜県はたぶんトヨタ自動車ベッドタウンでもあるためか外国人比率が全国四位*1で、自身の体験も本作の背景だと書いている。人種のるつぼから人種のサラダボウルへという話も踏まえており、しかも法的な話も意識して書かれていて、この社会的視点は相当に希有ではないか。
 
リヴィアがホームレスやヒモの才能があるというのは話が逆で、住所も住民票もないリヴィアは口座も作れないし就職もできないので、転売などの怪しい仕事や摘発された違法な風俗やホームレスやヒモをやるしかなく、バンドという芸能の仕事も望愛の庇護下で辛うじて可能なことだった。バンドのためには風俗で働くことも辞さない人、霊感商法やってるカルト宗教のトップ、ホームレス女騎士、という法的に問題のある人たちが集う場所としてバンドがあり、そしてそのバンドのメンバーがすれすれのところから足を踏み外して逮捕されてしまう。
 
作者自身が意識したという「ヒナまつり」アニメ一話をちょっと見返してみると、ヒナはいきなり学校に行けていて、それはおそらく庇護者の新田がヤクザというアウトローなことと繋がっている。つまり法的な段階を踏まずにやれる設定になっているのではないか。内容を忘れてるから適当だけども。この法の導入、ヤクザから探偵業法に基づく探偵へ。明示的に差別は描かれていないけれども、法の内外の存在としてサラとリヴィアが対比されていて、アニメの最後ではついに逮捕者が出るように、変人のサラダボウルのもう一つの主役は「法」といっていいのではないか。

まあこう書いたからと言って参考文献から作品を読み直すみたいな記事では別にないんだけれど。

平坂読『変人のサラダボウル』

アニメを見終えたので原作も読んでみる。概ねアニメ通りだけれどたぶん削られてた細かい部分も色々と面白い。事務所の一階が喫茶店なのが「毛利探偵事務所」みたいだったからそれが決め手になったというコナンネタだったり、恐喝の現場にサラが来たのは共有してるスマホのアカウントから場所を表示させただけで惣助より上手だったり。

弁護士と探偵の持ちつ持たれつの話はアニメでもやってたけど、探偵の用語が警察と同じなのは私立探偵の起源は警察の仕事を民間で請け負ったものだからという話も面白い。マルタイの説明をしながらこう続く。

他にも警察由来の探偵用語はいくつかあるのだが、これはそもそも、追跡、張り込み、聞き込みなど、警察機関が行っていた業務を民間で請け負い始めたのが、惣助たち「私立探偵」という職業の起源だからだ。
 日本ではもともと、巡査や刑事など捜査活動をする者が探偵と呼ばれていたのが、私立探偵の登場により「探偵」とは基本的に「私立探偵」を指すようになり、警察に所属する者を探偵とは呼ばなくなった。143P

警察でもなく、弁護士でもないそのあわいにある探偵という職業。

最後に翻訳魔法ではないことに気づくくだり、アニメだと運痴とウンチを翻訳できていなかったのを根拠として挙げていた気がするけど、原作だと同じくだりはあるけど最後にあれが根拠の一つだというのはなくて、アニメでわかりやすくしたっぽい。

方言がほとんど出てこない作品でもあって、でも一人関西ぽい方言のキャラもいるのはそっちに近いからってのも感じさせてくれる。あと、アニメで一部だけ採用されたけど、原作だと合間合間にキャラのステータスが表示されるのはテーブルトークRPG由来のものだろう。前作がゲーム題材の作品だったし。友奈の血の気が多いのもそういや三国志ネタから繋がってるんだというのに気づいたり。

平坂読『変人のサラダボウル2』

リヴィアがホームレスからヒモ、そしてバンドマンへと立場を乱高下させてバンドを組むに至る話と、サラが無戸籍の立場から惣助の子としての立場を手に入れる流れが並行して進みつつ、サラと友奈との関係が近づいてそして離れる第二巻。

まだアニメで見た巻だけど、話の順序を入れ替えてるところとか、アニメで再現が難しいネタなどがあって面白い。目立つところだとバッタを食べる話がアニメだと三人だったけど、原作だとまだ明日美と合流前だった。明らかにアニメで騒がしさとコミカルさが増してていい改変。

アニメ五話はサラたちが買い占めによって目当てのものが買えなかったあとにリヴィアに会ったから、転売に加担したことにあたりがキツかったんだなと読める構成だったけど、原作だと買う五分前にリヴィアに会ってるから原作の方が素でキツい。ただこれは文章で読むとそんなキツく感じなかったりする。

あと、喫茶店で歌う曲とか選曲で遊んでるところはアニメでカットされてたのは仕方がないか。サラが米津玄師のLemonの合いの手に本気出してるとか、競馬からの帰り道でサラがウッウーウマウマを歌っていてうまぴょい伝説じゃねえのかよと突っ込まれてるところとか。ラノベらしいネタだ。サウナのテレビに映ってた「ケツ毛むしり」がどうこう言うドラマ、原作だと探偵ドラマが映ってたという情報しかなかったのであれはアニメのオリジナルっぽい。まあこの回は原作者脚本なので原作になくても原作通りというやつではある。

リヴィアが数え年だと20歳だけど暦の上では18歳だから酒はダメなのでは、というツッコミに向こうの世界で元服が済んでいるからというくだりもまあテレビでは無理か。リヴィアがギター上達したのはヒモだから時間があり、回復魔法で傷も治せるし体力もあるので一日一五時間練習していて二人の教師を付けていたという話もある。惣助の狙い時はガッキーの結婚で落ち込んでる時だ、というくだりとか、リヴィアが蘭丸の森家、森可成の子孫だとか、喫茶店のオーナーが吉良一滋という名前なのってジョジョネタか、というのとか。

しかし、マルチクリエイターぶりを示す望愛に対して「カルト宗教界の新海誠」と書かれてるのは笑った。アニメでもやってたけど解散したバンドの不仲が音に現われているという細部の具体性は面白い。あと、ドールの陰毛実物なのが確定していたね……。

子供になるかと聞かれたときにサラの返事が「うん」だったんだけど、自分はアニメ見た時にこれ「うむ」だと思ってた。でも原作もアニメの抜粋の動画見かけて見た時もここは「うん」だった。ここ、王女としてのサラではなく子供としてのサラとしての明確な意味がある「うん」なんだろう。

平坂読『変人のサラダボウル3』

この巻までがアニメ化された、第三巻。転入した小学校であっという間にクラスの「イケメン四天王」から告白されるサラと、望愛に崇拝され彼女の手を借りてホームレス時代の知り合いだった小説家の作詞を得て人気バンドへと登り詰めていくリヴィア。

サラは小学校でカリスマを発揮して無双をし、友奈は中学校で孤立したもののいじめられている同級生を発見して探偵の真似事をして解決して探偵になりたいと考え始め、リヴィアは宗教家やヴォーカリストやホームレス経験のある小説家の関わったバンドをやり、弁護士と別れさせ屋が意気投合して、多層で人間関係が変遷していく。

サラダボウルと言うとおり、様々な人たちが様々な関係を結んで離合集散を繰り返していく面白さがある。望愛もまたバンドの絶頂とタワマンの上階から地べたに突き落とされ、サラの戸籍や探偵業法という法を意識した本作で初めて正面から犯罪行為を犯した人間が現われる強すぎる引き。

割腹未遂を起こした時に教団はまあまあ危ない状況にあったと思うけど、それをリヴィアに救われ、教団の正常化も進めていたあとで望愛本人が逮捕されるという皮肉な結末を迎えている。まあ収監されても大丈夫そうなのは望愛ではあるし、カルト教団での行いの罪がここに掛かってきたわけでもある。

サラの入学の話、英語のくだりはアニメだとペラペラという言葉を喋らせていたのや、地の文の小学校に給食を食べに来ているというのを級友のセリフにしたのもアニメの演出でこれは良い。同じクラスには四天王がいたけど各クラスには八部衆とかそういうのが無数にいて全員落としてて笑う。英語得意な子の家がクリスチャンだったとか臣下の安永弥生は家が米農家で、というクラスメイトの家で社会の広がりを描くところも面白い細部だ。閨とブレンダのチョコ作り、原作だと前日に一気に機材揃たりしてるけど、アニメの方が色々細かかった気がするな。

アニメだとオリジナルソングにした卒業式のライブだけど、入場曲がモンスターハンターのテーマで、在校生が志方あきこの謳う丘を歌ってサラが信長狂騒曲の主題歌のミスチルの足音を返歌にして、退場は大神の太陽は昇るだとかだから趣味全開だった。大神のサントラは持ってる。未プレイだけど。

サラが水族館に行くくだり、異世界では魔法があり保存技術が優れていて魚に関しては現代日本より文化的に進んでいるという設定があるんだけど、武力として重要な魔法は遺伝するので権力者が独占するために遺伝技術は禁忌となっていて品種改良は遅れているという話になっている。こちらの寿司をそんなに好きではないという部分がアニメでカットされたのが話題になってたけど魚の話は遺伝と絡んで説明に尺がいるのが一番の原因ではないかと思った。

あと、この巻で一番驚いたのが作者が最後のライトノベルのつもりで書いてるってこと。これ終わったらどうするんだろう。一般文芸?

平坂読『変人のサラダボウル4』

リヴィアが新たな寄生先を見つけ人間関係にも変化があったり、サラの修学旅行で飛騨と美濃の小競り合いが描かれたりとあるけど、本丸は望愛の逮捕で終わった前作を継いで彼女の裁判を描くところだ。変人と法制度の関係は今作の主軸と言えるものがある。

前に今作のもう一つの主人公は法律だと言ったことがあってサラやリヴィアはいわば「難民」ではないかとも書いた。リヴィアの生活の極端な上下動は法的地位がない故のことで付き合う相手もカルトの宗教家や、今巻では半グレだったりと裏社会に入り込まざるを得ない。そんななか望愛をめぐる法廷劇は当初作者の想定していた展開が実際にはできないことが分かって、刊行を延期したほどの難産だったらしく、法制度を題材にすることの面白さと難しさがあるようだ。そのかいあってここら辺はかなり面白い。

望愛の弁護士にはブレンダがつき、無罪獲得に向けて話を進めていくなかで、望愛が相変わらずの教祖の資質を生かして取り調べに来た警察やら独房の人たちをも魅了し情報を収集し、望愛を陥れた人間とその背後情報を警察からゲットする流れは笑える。最初は無罪を目指していた望愛だけれど、リヴィアとの会話の流れで罪を認めてまっとうに罪を償う方向へと転じてから、色々と事情が変わっていく。ヒモでギャンブル依存症にもなってるリヴィアが望愛に対してはまっとうな道を説くのもおかしいけれど、望愛があっさりそれを受け入れるのもそう。

脱法カルトのトップが法に則った量刑をあえて受けることで「生まれ変わる」ことを目指す贖罪の話になっていて、彼女の罪は法的手続きによる裁きによってしか償われ得ないというポイントを示している。そしてそれがまさに法外の存在リヴィアの声によって決断されている。ここでハシゴを外されたのがブレンダで、己の目的のために彼女はここで法に触れる手段を採ることになる。もっとも法を守るべき弁護士が法を蔑ろにしているわけで、この三人の法に対する位置関係が非常に面白い。法と道徳の、同じではないけれど全く違うわけでもないような関係がある。

思えば、原作ではリヴィアと会ってから望愛の教団は少しずつ正常化を図っていたくだりがアニメでは省かれていた。これは最後に望愛の逮捕で終わるという関係上、途中で贖罪モードを入れるとうまく落ちないからなんじゃないかなと思った。裁判まで書かないならこうなるというか。

望愛のアライメントが中立から善へと転じたように、今作だとRPG風のステータスが時折挾まれ、人間の複雑さを経時的な変化によって描いている。そして「ライトノベル史上初、パチンコがしたくて断髪したヒロインの爆誕である」(130P)は笑った。ひどいもんだ。姿形も変わっていく。

サラが友奈と同じ学校に通い、サラに新しい友人が出来たりしての「学年旅行」は白川郷とのことでひぐらしのなく頃に、の話なども交えつつ、飛騨と美濃が元は別の国で廃藩置県で一緒にされただけで文化も方言も違い、美濃から飛騨へは今でも立派な旅行になる、という地元民的な観点が語られている。

途中のバスリサイタルではいつものように岐阜関連のアニメや映画での主題歌が歌われたとあり、ドンドコ羅列されているんだけどそんなのあったんだ、とかあれは岐阜舞台だったんだ、というのが色々出て来る。ブレンダで引きになったけど、常に自己本位な彼女にはそのうち何か起きそうではある。

平坂読『変人のサラダボウル5』

これはなかなか激動の巻だった。余命幾ばくもないミコトと組んだリヴィアが裏社会との関係を深めていくなかで、それをすべて裏返しにする一手が決まる。悲しい別れを体験しつつリヴィアもまたこのような形で「異世界転生」を果たすわけだ。

前巻は望愛の「生まれ変わり」へ向けたプロセスだったけれど、今巻で説明されているサラの生育環境は望愛とも実はよく似ている。ともに権力者の家に生まれ、才覚故に権力争いに巻きこまれ身内にはめられたり暗殺されそうになったりしていて、サラと望愛は対比的な存在だ。サラとはまた違った形で、リヴィアはギャンブル中毒にもかかわらず望愛に見出されたように姫を守る従者としての強さと一応の倫理があり、それが望愛やミコトの心を掴む。下層や裏社会で現実の裏側をその身で味わってというのも宗教者のようだし、そこから表に転じる転生者でもある。そして最後の美濃と飛騨の劇は元ネタの不時着ドラマは知らないけれど某埼玉作品を思わせるご当地自虐ネタも踏まえられていて、ここで敵対する国同士の二人が出会い、国同士の交流を果たす物語はリヴィアとミコトのありようにも重なっていると思われる。しかし蘭丸ネタから衆道の話を引っかけて体の関係を持つことと転生のあれこれを重ねて「一つになる」と表現するのはなかなか面白い。

バンド活動はどうなっちゃうんだ、と思ったら望愛がいるからメジャーでできないならインディーズでやればいいというのもガルクラみたいだ。恋愛多めと言うとおり確かにブレンダとのデートやミコトたちの関係やら色々あるけど、ブレンダが意外にもちゃんとアプローチを掛けているのを見ると、望愛弁護でやったことがあとから確実に効いてくるんだろうなと思わずにはいられない。あとリヴィアの刀もどこかで出てくるか。

惣助の誕生日が祝われる家族の風景とリヴィアの転生という新しい生の始まり、生死のあらましが描かれる巻だった。この作品、異世界から現代日本に転移してくる話をしながらきっちり「異世界転生」とは何か、現実的にやるならどうなるか、を法、戸籍、裏社会等社会的な視点を絡めてるのが面白い。

平坂読『変人のサラダボウル6』

裏社会のボスとして事業を進めていくリヴィアと、芸能事務所に見出されて東京へ通うことになったサラとのまさしく対比的ながら表と裏で成り上がる二人を描く第六巻。リヴィアが封印を解いていつの間にか性豪になっててすごいことになっている。

芸能界に誘われて新人として事務所に所属し先輩タレントの洗礼をさらっと受け流して仲良くなっていくサラの社交性の高さは健在で、スカイツリーにも上り元姫のカリスマによって表社会を上ろうとしていくと同時に、リヴィアもまた裏社会から表社会への華麗な転身を図っている。ヤクザや半グレ組織にカルト宗教という裏社会のトップとなった後に、リヴィアがミコトとして生まれ変わったようにそれらをまともな会社として生まれ変わらせ、健全経営に努めるのがリヴィアの任務となり、しかし同時にホストクラブで女性客や側近やバンドメンバーに手を出しまくっている。

ミコトとの関係によって枷が外され、望愛から迫られて逃げていた頃の面影はもうない。しかし健全経営を図っているのにホストクラブの客から巻き上げるのは良いんだろうか。そして内偵していた国際犯罪組織がリヴィアに壊滅させられ唖然となる公安警察が馴染みのあいつの正体だったりもする。公安警察がスーパーエリートと呼ばれているのは某安室人気にあやかったものなんだろうかとも思わないでもない。

しかし途中で二年飛ばしたところに一番驚きがあった。これによって友奈が高校生になり念願の探偵助手という身分を得て、いかにもよくある成人男性と彼に好意を持つ女子高生という探偵と助手パターンになってはいる。しかし娘と同年代の女子との関係がマジになるとちょっとアレだな。

この作品、娘のサラについては成長に関しての言及はあれど最初の頃から性的な描写がほとんどなくて、それは親子になる関係上妥当ではあるんだけど、その親友と言っていい少女から本気のアプローチを受けてメインヒロインとして立ち上がってきているのは感覚的に大丈夫か、と思ってしまう。

二年飛ばしたり話をまとめに掛かっているのかなとも思うけど全何巻想定なんだろうか。10巻くらいでキリ良く終わらせるんだろうか。

平坂読『変人のサラダボウル7』

第三の異世界人アルバが何故か怪盗として活動していくなかで、永縄友奈が出くわした事件をその場で解決していく運と能力でニュースで取りあげられる「女子高生探偵」として頭角を現わし、探偵と怪盗のライバル関係ができていく。六巻以降は第二部、なのかも知れない。

年数スキップがあったように五巻までと六巻以降でちょっと毛色が違う印象があり、第三の異世界人が友奈と対の関係としてメインを張りつつある。サラの東京での芸能活動、リヴィアの企業経営はまだどういう流れになっていくのか見えないところがあって仕込みの段階だろう。

それはそれとして性豪として大暴れしていたリヴィアがブレンダのピュアさにショックを受けて出奔していくのは笑う。事前に口絵がネットで流れててどういうことなんだと思ったらそういう場面か、と。作者は百合ラノベを書いてたのもあって性愛関係が女性同士のものばかりなのはやや気になる。まあ主人公以外主要登場人物がほぼ女性なのでってところはあるにしろ。

六巻からの話で徐々に存在が大きくなっているのは「政治」の要素だろう。将来は総理大臣を嘱望されているという岐阜一区選出の国会議員「里予田聖羅」、ヤクザの夫がいたとかなんかプロフィールが野田聖子っぽいなあと思ったら野田を分解して「里予田」だしまんまだった。いかがわしい店なんかの浄化政策で巨大なシャッター街を作ったとも言われる里予田議員がリヴィア、友奈とも関係ができていってて、「社会」から「政治」へとスケールが上がっていくのかも知れない。同時に政治家や怪盗といったやや派手な道具立てが増えて行っている。

五巻まででは戸籍や法律、弁護士ブレンダ、裁判など法律が鍵になっていたと思うけれども、社会を構成する法を変えていく政治、立法に焦点が移るかも知れない。さすがにそれがメインになるとは考えづらいけれども、里予田議員を通じて政治が何らかの重要な役割を演じるのは確かだろう。


井戸まさえ『日本の無戸籍者』

離婚からの日数によって自動的に新生児が前夫の子とされる嫡出推定を避けるために無戸籍の子供が生まれているという法的不備をめぐる前半から、戸籍の歴史をたどり、難民移民、戦争その他にかかわる当事者にも取材し歴史と実態の広い視野から論じる新書。

実子の無戸籍状態を著者自身が体験し、裁判で「認知」という方法を勝ち取ったたことも踏まえた一章、民法の観点から詳述した二章、律令制の時代から戸籍の歴史をたどる三章、そして四章では沖縄、サハリンなど実際の無戸籍者へのインタビューを行い、五章では戸籍と国籍など国際的な面を、六章では天皇制や家族制度、ジェンダーなどと絡めて論じ戸籍の形骸化を論じている。無戸籍者の支援活動に従事する著者の具体的な知見を生かした前半二章も面白いけれどもそれ以降の戸籍という視点から歴史的経緯、現在及び将来の問題へと議論を広げていくのも新書として良くできている。

自宅出産の多かった一九六○年代半ばより前は多くの対象者が「誕生日をずらす」ということで離婚後三〇〇日を避け、後夫の子や非嫡出子として出生届を出していたのだ。なんともおおらかな時代であったが、病院出産が主流となるとそうはいかず、出生の日付は出生証明書に厳密に記される。明らかに父は前夫ではないと思われるケースであっても、前夫を巻き込んだ調停・裁判をしなければならないようになり、それを避けんがために出生届を出さない人々が以降、格段に増えていったという事情があるのだ。4P

嫡出推定による無戸籍状態の核心はここだろう。法の壁によって出生届を出したくても出せない状態になる状況がある。母が離婚した前夫や、無戸籍者自身が手続きをしようとしても出生届を自身で出すことができず親との折衝が必要になり、複雑な家族関係の場合、無戸籍状態から抜け出せなくなってしまう。

私は最初の結婚で三人の子どもを生み、その後に離婚をした。離婚調停に時間がかかり、この間の別居期間はかなり長い。
 ようやく離婚が成立し、ほどなく現在の夫との間に四人目の子どもを授かった。しかし、息子の出生届はいったん受理された後に異議が唱えられ、結果的に彼は「無戸籍」となった。法的離婚後に懐胎したことは明らかだというのに、早産気味で二六五日目で生まれたからだった。16P

元々民法七七二条の嫡出推定は、母親と違って明治時代には血縁関係を確定しがたい父親について、子の保護のために設けられた規定だった。出生のメカニズムの解明が進み、婚姻に関する状況も変化した現在では、著者がぶつかった事例のように逆に子を無戸籍状態に追い込むルールになってしまっている。

実際に自分が父親であっても父であることを認めない、あるいは認めたがらない場合が多かったためだ。DNA型や血液型鑑定で血縁上の父子関係を証明する手立てがなく、また圧倒的に男性の立場が強い時代には、子どもの立場を守り、早期に身分を安定させるためには必要な規定だったのである。51P

この規定の改正が進まない理由を著者はこう指摘する。

合理的理由がない中で、この規定が依然存在するのは、離婚女性へのペナルティや行動規制、つまりは女性への「懲罰法」として機能しているからだということを、私たちは自覚しなければならない。64P

「無戸籍になるのは離婚のペナルティだ」
 私が芦屋市役所で言われた言葉である。
 法律には離婚後三〇○日規定がある。それを知っていても、知っていなくとも、それに「違反」して子どもを三〇〇日以内に生めば、当然ながら母親には連絡を取りたくない夫との交渉また夫には自分の子でもないのに、子どもが自分の子として登録されるという「ペナルテイ」がある。
 そしてそもそも「離婚」というはしたないまねをしたものは、どんな責め苦を得ても文句を言ってはならないという、暗なる圧力がある。どんなにつらくとも「婚姻継続」をすることこそが道徳的行為。途中で逃げ出すなんて、我慢がたりない。それこそ不道徳。
 実は、自らに向けられたこの「不道徳」のそしりへの反論として、戸籍上の序列へのこだわりがあるのかもしれないと思うのだ。65P

当初は子供の保護のためにあったはずの規定は時代を経るなかで保守的な家族形態のイデオロギーを担ったものと見られるようになり、そこから外れた者への罰則規定として見なされてしまう。そして運用者がそれを明らかに誇示してもいるわけだ。

そして著者の議論は戸籍制度そもそもの歴史を遡り、無戸籍者の歴史や、大戦によるさまざまな戸籍の事情を取材していく。戦争で15万件の戸籍の滅失を経験した沖縄で再編成された戸籍には明治憲法の名残が見られたり、サハリン残留日本人への扱いについても述べられる。

日本人の妻となった朝鮮人他は日本に〝帰国〟できたものの、朝鮮人と結婚した日本人女性は帰る術を失ったのである。
 全土がソ連領となったサハリンで、彼女たちは日本人であること、その証明である「戸籍謄本」を隠して生きなければならなかった。残留者は親の死後見つけた戸籍謄本を棺の中に納め「せめて魂が日本に帰りますように」と祈る例も少なからずあったという。130P

五章「グローバリゼーションと戸籍」では、蓮舫の件などもあわせて二重国籍問題などが論じられている。帰化などの要件は戸籍に常に記載される訳ではないけれども、二重国籍者の国籍選択宣言については常に記載されてしまうので、国籍選択をするメリットが実はない、という話がある。

今回の問題で奇しくも露呈したのは、日本では法律的には日本では法律的には「国籍選択しなければならない」とされているものの、その実効性はなく、選択すべき年齢以上でも「二重国籍」「三重国籍」の人は存在するということだ。日本は事実上既に「重国籍容認国家」なのだ。
 それで何か問題があるかと言ったら、今まで世間的に認知されるような特段の事象も起こらず、だからこそ、議論もされてこなかった。
 重国籍だけではない。驚くべきことだが重婚もできるのだ。おそらく多くの日本人は知らないが、妻二人、夫三人など、複数の配偶者が記載された戸籍が存在する。173P

嫡出推定の議論の際でもたとえば英国人と結婚した場合には英国には再婚禁止期間がないため、結婚後出産した子供については食い違いが生じるので父を「未定」とする運用がされているとあり、国際結婚などではそうしたイレギュラーな運用が実態としてある。戸籍は国内だけで完結するものではないわけだ。

また著者は蓮舫二重国籍問題については批判的な態度だ。国籍選択をしなかったことをリベラルな論者は問題なしとして擁護するけれども、それではこれまで国籍を失う選択をした人たちは何だったのか、戸籍の開示よりも立法府の議員としてなすべきことがあったのではと問う。

立法府に身を置く蓮舫は自らを「問題なし」としてはならず、会見では何に起因してこうした問題は起こるのか、また、国籍法の不備があるならばどこをどう改正・改善するべきかを徹底的に調べ、その結果を示さなければならなかった。180P

外交官については二重国籍の禁止規定があるけれども政治家については規定がない状況や、そして現在、国外へ出ている国民への配慮や投資先としての環境作りなどの理由でインドが二重国籍を認めていたり、そもそも国籍離脱を認めない国があり、欧州でも重国籍容認の流れがあるという事情も触れている。

戸籍の歴史を総覧した上で著者は以下のようにまとめる。

日本が近代国家として進んで行く上で、戸籍は国民に対して精神性や道徳性の規範を植え付けるものであると価値付けしていくのである。加えて帝国主義を広げていく手段としても使われ、戸籍は植民地政策において同化を求める術、もしくは排除、差別を具現化し見せつける道具としての性格を併せ持つようになった。
 戸籍制度の展開過程は、幕藩体制における身分規制からの解放ではあったが、家族関係の把握行為を通じて、そのあり方を法的に規制する過程でもあった。「〝政府にとって〟のぞましい社会」を作る基礎としての家族関係が、人為的に作り上げられたのである。200-201P

そもそも戦後の民法改正時に、「籍」は家族単位でなく個人単位にするはずだった。氏も夫婦別氏制度に改正するはずだった。しかし、紙不足でできない、と司法省(現・法務省)はGHQに答えて、そのままとなった。222P

男女平等は「婚姻の自由」と、中途半端ながらも実現した「嫁の解放」に具現化されたが、離婚女性や非嫡出子等子どもの問題は後回しにされたのである。
 そこにこそ戸籍が近代化できなかった理由がある。228P

『変人のサラダボウル』にも二巻116ページに文科省から教育委員会に無戸籍の子供にも義務教育を受けられるようにという通達が出ていて、無戸籍の子供に戸籍取得の支援もしている、という話が触れられている。本書でも38ページに無戸籍児童の就学支援について文科省の官僚たちが取り組んだ話が触れられていて、前川喜平事務次官に就任してからのことだ、と名前が挙げられている。

市野川容孝、小森陽一『難民』

思考のフロンティア叢書の一冊。小森はヨーロッパにおける主権国家から国民国家への転換によって生まれにより差別される者が生まれる歴史をたどり、市野川は難民という言葉の語源・翻訳をたどり直して難民の定義を歴史と共に再検討する。

小森はアガンベンアレントを引きながら、君主が権力を持つ主権国家から国民国家への歴史的変遷をたどり、第一次大戦時その国に生まれた国民と帰化した亡命者の間に線を引き、帰化人たちの国籍を剥奪した事例を挙げ、この二つの国家形態の質的違いを人と人との間に線を引くことだと論じる。

戦争の主体としての主権者は、「主権国家」から国民国家に完全に転換したといえよう。国民国家システムこそが「総動員」と「総力戦」を可能にし、産業資本主義的社会形態がその産業の発展の要としてのテクノロジーとともに、「総力戦」と「総動員」を不可避のものにしたてあげていったのだ。35P

そうしてその国での多数派、「国家民族」となれなかった「少数民族」が生み出され、不平等な地位に置かれ、しばしば国籍を剥奪され追放されることになっていく。第一次大戦では無国籍者と難民が大量に生み出されることになった。

ここに、国民国家において人民主権と人権を無媒介的に結合させてしまったことによって発生する、最大の矛盾が明らかになる。「人権」における人間の概念が、個人ではなく「国民」あるいは「民族」としての構成員を指すことになってしまったため、国民的解放や民族自決権と混同され、結果として、「人権」が、個人としての人間にとっての、決して奪ってはならない、譲り渡すことのできない、すべての法や権利の基礎となるべき権利であるということが、国内法でも国際法でも保証されない「人権」をめぐる無法状態、「例外状態」の日常化と常態化が現出してしまったのである。41P

「難民」は決して奪われてはならない、譲り渡してはらない「人権」そのものを奪われているのである。「難民」は、諸国民からなる国民国家システムから締め出されているために、結果として人類からも締め出されてしまっているのだ。「難民」は「人権」そのものを奪われ、完全な無権利状態におかれている。42P

この無権利状態は、単に権利を奪われているのではなく、そのような権利を保障する共同体への帰属を奪われているといい、小森はアーレントにならって「諸権利を持つ権利」と呼んでいる。

この前半の市民的「諸権利」を保障するのが国民国家に限定されてしまったことに無権利状態の人々を生み出す要因があり、そこから追われた人々は「人類そのものからの追放」となる以上、後半の「権利」を保障するのは「人類」となる。しかし人類は権利を保障する主体たりうるのかという疑義が生まれる。

小森の章の後半部分は、セイラ・ベンハビブという論者の著書をたどりながらこの二つの権利のあいだを埋める理路を探っていくことになる。主権国家のあいだを非国家組織の活動が埋めることができるか、という問いを著者は投げかけているけれども、話が込み入っているのでここでは省く。

市野川の章では、そもそも難民という言葉がどのような意味で使われているかの辞書的定義から始め、日本語の難民には必ずしも故郷や国を離れることは含意されていないけれども、難民条約の定義で国外にいる者とあるのは、一つにはパレスチナ難民の支援がUNHCRから切り離されたためだという。しかし今ではUNHCRの支援事業は対象範囲を拡大しており、国境を越えられなかった国内避難民や、自国に戻っても支援が必要な帰還民、あるいは無国籍者なども含まれるようになっている。UNHCRの目的としては政治的迫害は外せなくとも、災害などの支援にWHOやユニセフとの連繋が重要で、つまり結局のところ難民支援は、生活の困難に直面した人々、という広い意味での「難民」を対象にせざるを得ないと論じている。ここから著者はパレスチナ問題を題材に、「難民」という言葉の諸相を探る。

UNHCRやUNRWAの略称のRはRefugeeで、これには迫害などから国外へ逃れたという意味が大きい。だから過去の訳語ではRefugeeには亡命者や避難民といった言葉があてられ、「難民」とは訳されなかった。そしてパレスチナ難民は逃げたのではなく追い出されたのだとして、別の様相で捉える。受難のなかにあってその場に留まり抵抗するものとしての難民。こうして著者は難民という言葉を四つの相に分ける。「受難民」という大きな括りのなかに、自分の意思で逃れた「避難民」、元の場所に戻りたいのに追い出された「流難民」、その場に留まる「耐難民」だ。

こうして概念を整理しながら日本の難民問題をたどり返し、坂口安吾のエッセイの「難民」の用法を分析したりしながら、イスラエルパレスチナの関係における「難民が生む難民」の悪循環から逃れる方途を探っていくのが後半部分だ。ユダヤ人のパレスチナへの暴力に触れつつ著者はこう述べる。

自分たちを難民として、具体的には英米を中心とした西洋諸国によって世界から居場所を奪われつつある民として認識し、その自らの難民性をたとえば「大東亜共栄圏」という神話によって打開しようとした日本人は、まず侵略や占領によって他の多くのアジア人に難をもたらし、そして敗戦によって、今度は満州等の占領地にいた日本人自身が難民となった。
 「難民が生む難民」という悪循環は、自らの難民性から逃避することなく、その中に立ち続けることによってしか断ち切ることができないのかもしれない。126P

この論法は著者がアレントを引いて「逆説的パーリア」について述べる時にも出てくる。

正確には、一つの国に帰属しながら、つまりある国境の中に立ち続けながら、その国境そのものを絶えず揺さぶり、相対化する、そういう眼差しである。174P・傍点を下線に

インターナショナリズムとは国境の無化を志向するのではなく、国境のなかにありつつその相対性をつねに志向し揺らぎを見いだすこと。世界政府のような統一的政体の夢想ではなく、今この場にあることを疑い異論を差し挾み続けることが重要だということは現在の侵略国家の様相を見るにつけ思い知らされる。

いずれにしても、カントの歓待の原則は、没歴史的に適用されるべきものではない。つまり、誰が誰に対して、どのような形で国境を引いてきたのかという歴史的経緯を考えることなしに適用されるべきものではなく、また、その経緯をふまえるなら、同一の権利であっても、ある人びとのそれが、他の人びとのそれよりも優先的に尊重されるという非対称性があって然るべきなのである。139P

歓待・友愛の重要性を言うには在日朝鮮人への一方的な国籍剥奪のような、過去を踏まえた歴史的なものではなければならないとも指摘する。歴史性の忘却は暴力そのものでもある。

また、日本の「難民鎖国」について、戦前からの人口増大への危機意識があると指摘した部分は意外だった。難民受け入れの少なさはレイシズムとも絡んでるとは思っていたけれど、優生保護法の問題とも重なる、外国人の血への忌避感情もあるのかも知れない。

日本が過剰人口を抱えているという認識は、敗戦後もずっと連続し、少なくとも1960年前後までの施策の課題は、人口を減らすこと、しかしその質は向上させること、そして移民事業によって可能なかぎり多くの日本人を外に出すことに求められた。日本の外から移民や難民を受け入れるという発想は、そこには全くなかったのであり、現在の日本の「難民鎖国」状態も、その延長線上にあるのである。163P

20年近く前の本だけれどここには2005年、UNHCRが難民認定したクルドトルコ人とその息子を第三国で生活できるよう準備を進めていたさなかに日本が強制送還して「前例のない」ものとして強い警告を受けた事例が載っている。難民保護の基本を逸脱した非常に暴力的な様子がこの頃にも窺える。

ちょっと面白かったのがこの本の編集者として名前を挙げられる人が、今は岩波書店の社長らしく、たとえばこの次の本の奥付に名前が出てる人だったことだ。

橋本直子『なぜ難民を受け入れるのか』

難民問題の専門家・実務家として働く著者による、各国で行なわれている難民受け入れ制度を概説する入門書。受け入れの歴史と論理を概説し、難民保護を待ち受け方式と連れてくる方式とに分けて説明し、日本の受け入れの歴史や北欧諸国の現状も論じている。

ボランティア活動から始まり外務省の人権人道問題の調査員、IOM(国際移住機関)、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)などに勤務し、現在法務省の難民審査参与員を勤める専門家というその道のプロによる難民受け入れ過程の解説で、難民問題のニュースを読むためのバックボーンとして役に立つ。シリア難民問題、入管法改正、あるいはウクライナ難民の受け入れなど、近年難民について話題となることが多くなったものの、ネットにはフェイクニュースがあふれている状況を踏まえ、日本としてどのように舵取りしていくのかを考える材料として、難民問題の基礎的情報を提示する、としている。

難民の「保護」とは迫害を怖れて庇護を求めてきた外国人に法的地位を与え、住民と同等の権利を保障し、隣人として共に社会を構成すること。しかし日本はこれまで難民の保護ではなく、難民を受け入れる「途上国」や国際機関やNGOへの支援を通じた間接的な支援を得意としてきたという。

序盤は難民条約締結にまつわる歴史をたどりつつ、国民国家体制の確立は難民発生の歴史でもあったとして、「国民国家と難民はコインの両面の関係にある」(4P)、と著者は述べる。締結された難民条約においても以下のような点を指摘している。

この「差別に基づく迫害」という要件があるために、例えば戦時下での不特定多数に対する暴力や副次的被害、テロリストによる無差別暴力、自然災害や気候変動による生計手段の破壊、また「途上国」において蔓延する極貧状態を逃れた者は、通常は難民条約上の難民とは認められない。10P

そんななかでアフリカ、中南米諸国は条約の定義よりもより広い定義を採用しており、「少なくとも二一世紀においては常に、世界における八割前後の難民は「途上国」で保護・支援されている。」(50P)、ということを指摘している。この理由について著者は「多くの「途上国」や中進国では、受入国側の政策決定者の中に、難民として入国を求める者と同じ民族的・部族的・宗教的つながりを持つ人がいる」(53P)という研究を紹介しており、これは難民を受け入れるのはなぜかということへのひとつの回答でもある。

著者が難民に関わる国際機関としてUNRWAについて述べている箇所を引いておく。UNRWAは、

一九四八年のアラブ・イスラエル紛争によって家を失った約八〇万人のパレスチナ難民を支援するために、一九四九年一二月の国連総会決議によって設立された。現在では、中東地域に住む約六○○万人のパレスチナ難民に衣食住などの死活的人道支援を提供している。UNHCRとの決定的な違いは、UNRWAパレスチナ難民のための「恒久的解決」を模索する任務は与えられていないこと、そして予算規模が圧倒的に小さいことである。この二点ともイスラエルパレスチナ問題をめぐる国際政治に大きく影響を受けた差異である。また、UNRWAの活動対象となっているパレスチナ難民は、難民条約第一条Dにおいて同条約上にいう難民の定義からは明示的に排除されているため、難民について議論する際に往々にして忘れ去られてしまう傾向にある。30P

本書では難民受け入れについて二つの方式に分けて解説している。第二章の「待ち受け方式」と第三章の「連れてくる方式」だ。一般にイメージされているのがその国に何らかの形で難民が直接訪れ、その国で庇護申請を行なう「待ち受け方式」だろう。しかしこれは現在いっそう難しくなっているという。現在出入国管理が厳格化しており、出国やビザを得る段階でハードルが高く、またいったん自国内にたどりついた外国籍の庇護申請者を迫害の恐れがある国に送り返すことを禁じる「ノン・ルフールマン原則」により、先進国は各国ともそもそも入国されないように水際対策に努めていることがある。

代わりに目立っているのが「連れてくる方式」と呼ばれる、「第三国定住」方式だ。元々の国から逃れてきた人がたどりついた国で保護した難民を、また別の国が受け入れる、という方法だ。

ではなぜ、国際法上は義務の無い「連れて来る方式」でわざわざ難民を受け入れるのか。第二章で見た「待ち受け方式」と対比させると、その理由が浮かび上がってくる。結論から言えば、受入国政府にとって都合が良くかつ人道的だからである。85P

庇護申請者が難民かどうかを自国で審査する待ち受け方式に比べて、UNHCRが審査した上で受け入れられることや、受入数を計画的に決めることができるのは政策的、予算措置上も都合が良く、さらには二国間での難民認定が政治的軋轢を生むことを防げるというメリットもある。

「日本政府がクルド人難民認定に極めて慎重であるのも、伝統的にトルコ政府が親日的であることと完全に無縁ではあるまい」(88P)と著者は指摘している。第三国定住は人道性と国益のバランスがとれた方式として各国に好まれるけれども、同時に待ち受け方式を厳しくする傾向を著者は懸念してもいる。国際的な人道上の責務として難民受け入れは行なうけれども、国益の観点からリスクを低くしようという思惑が働く、これをして著者は副題に掲げる「人道と国益の交差点」と呼んでいる。送還者と庇護申請者を交換して賛否両論分れた「難民交換」は国益が優先された事例だと言えるだろう。

第四章は日本の難民対応の歴史を概説していて、インドシナ難民によってアジアにはないと思われていた難民問題がわき起こり難民条約加入に至る流れや、制度の整備過程やこれまでにどれだけ難民を受け入れたのかの事例も触れられている。そして以下のように日本の難民対応について言及する。

このように、一方で外国にいる強制移住者に多額の財政的支援を寛容に拠出する反面、国内への難民受け入れはできる限り抑える方針は、世界の難民学者の間で「ジャパニーズ・ソリューション」 (日本的解決方法)と揶揄されている。114P

この「日本的解決法」について、著者は拠出額と難民受入数とのあいだに「反比例の関係」があるという意味だとして反比例ではないと反論しているのはおかしいのではないか。「世界トップレベル」の拠出金がありながら難民受入数の異様な少なさ自体は著者も認めているわけで、妙な反論だと思う。

さて、読者のなかにはテレビや新聞報道などで、他国における難民認定率が例えば三〇%とか五○%とかであるのに、日本における難民認定率が一%前後というグラフを見て不思議に思ったことがあるかもしれない。良し悪しは別として、日本の難民認定率は他のG7諸国と比較すると桁違いに低いことは間違いない。126P

この後著者は難民認定率が高ければ高いほど良いわけでは決してなく、量より質の問題だとして幾つかの点について論じていて、著者も数が少ないことを正当化する理屈に賛成しているわけではないものの、ここらの論述には隔靴掻痒の感があって数の少なさ自体をを強く批判はしてない雰囲気がある。

第四章、いや本書でもっとも印象的なのは、2021年タリバンに制圧されたアフガニスタンから国外組織の職員らの退避・受け入れに高いハードルを課した非人道性と、翌年ウクライナ戦争における避難者のほとんど無条件と言っていい寛容な受け入れ態勢の落差だ。ここだけでも読んだ方が良い。

アフガニスタン退避においては多くの国が数千数万人の現地職員と家族を退避させたのに対して、日本はそもそも退避対象者を絞りに絞ったり、タリバンからは意味のない官か民かで線引きをしたり、来日後に難民申請の拒否や帰国の強要を行なったことが挙げられている。退避対象にはその時点で雇用契約があるものに限って、長年その職についていて目立った活動をしていた人を入れなかったり、NGO職員は家族の退避が認められなかったり、民間の関係者に課せられた来日要件はアフガニスタン人の来日をできるだけ阻止する非人道的で理不尽なものと著者に指摘されている。そしてこのアフガニスタン退避と翌年のウクライナ戦争のあいだに「関係法令の改正は無く、日本と繋がりのないウクライナ人には簡単にできたことを、長年日本のために働いたアフガニスタン人には拒んだのであった。」(153P)、と傍点付きで厳しく批判している。

全員をアフガニスタンから直接救出することは困難だったかもしれない。しかし自力で隣国に脱出して日本の在外公館に助けを求めた元大使館・JICA職員や現職のNGO現地職員に対しても、日本政府は通常の短期滞在査証発給要件よりもハードルの高い条件をわざわざ新規に創り出して要求した
のである。都合の良い時だけ「NGOとの連携」や「顔の見える国際協力」、「人間の安全保障」を唱え、緊急事態での人命救助では平時よりもさらに排他的になることが、人道を重んじる先進ドナー国として責任ある政策と言えるのだろうか。155P(傍点を下線に)

アフガニスタン現地職員の退避政策の失敗と非人道性については、外務省やJICAの中にも個人的には胸を痛めている人も多いだろう。刻一刻と迫る期限と予測不可能な緊急事態のなかで、ギリギリの折衝と妥協が退避政策立案の裏で展開されたと推察される。しかし結果的には、日本政府の非人道性はアフガニスタン人の間で広まり、「今後働くなら日本以外の組織で」 という認識まで広まってしまったと聞く。特に政治情勢が不安定な「途上国」で日本が安全に国際協力活動を展開するには、優秀で信頼のおける現地職員の確保が必須であるのに、そのような(潜在的)現地職員に対して「日本の組織では働かないほうがよいですよ」と外務省自らが国際的に宣伝してしまったようなものである。これは明らかに日本の国益を損ねるものであり、現地職員の退避制度作りが急務である。157P

アフガニスタン退避に対するこの理不尽なまでの厳しさに対して、ウクライナ戦争での受け入れは非常に寛大かつ迅速なもので、このこと自体は評価できても、他の難民に対する日本の厳しさとの格差が大きく、これは国際法上の「無差別原則」に抵触する恐れがあると指摘している。

そして著者の重視するのはここだろう。

ウクライナ(避)難民支援策は、官民問わず日本が「やろうと思えばここまでできる」ことを自ら実証したのであり、今後の庇護政策は全てウクライナ (避)難民を最低基準としなければならない。161P

日本の難民政策について言質をとった形だ。

この異様な対応の差は非常に衝撃的で、あまりにも人種差別的ではないかとも思うけれど、アフガニスタン退避が菅政権時代でウクライナ戦争が岸田政権時代だったのは、これは影響があるのだろうか。岸田首相はウクライナ支援を明確かつ早期に打ち出したわけで。

五章は難民が受け入れ社会に対して問題なのか、という問いを論じている。その始めに、政治的迫害などで起る難民というのは「そもそもがエリートが多い」ということで、そうでなければ国外に脱出してそこで庇護申請などができない以上当然の話でもある。意外に死角の指摘だ。

各国での犯罪統計などを検証しつつ、アメリカでは移民の方が地元民より犯罪を行なう可能性が低いという研究が出ていたり、ドイツでは加害者と被害者が移民同士の可能性を示唆しつつ、移民の増加と犯罪率の増加に関連性を認めたり、スウェーデンでは移民の犯罪リスクは二倍だというものもある。
日本については以下のように指摘する。

入管法違反を除く刑法犯のうち、いわゆる凶悪犯検挙人員の割合が日本人よりも来日外国人の方がわずかに高くなりつつある可能性を示すデータがあることは懸念材料 ではあり、「その他の外国人」を含むより詳細かつ継続的な調査・研究が求められる。その上で、一般的に言えば「外国人が増えると刑法犯罪が増える」ことを示す公的データは無く、「難民などの外国人が増えると著しく治安が悪くなる」という言説は、必ずしも公的データや統計に基づかない、どちらかと言えば「体感治安」の問題であると言いうる。190P

受け入れの金銭的コストについては日本の第三国定住難民への定住支援プログラムは高い就労率を誇っており、他の第三国定住諸国では定住後五年での就労率が三割にも満たないことが通常のなか日本では九割を超えた家族が自立しているという。前記の量より質、というのはここに掛かるのかも知れない。

六章の人道先進国と言われる北欧諸国での難民受け入れについての歴史をたどっている。入国後生活保護や医療などに頼らざるを得ない「特に脆弱な難民」を枠を設けてあえて受け入れている北欧諸国では、この人道政策について論争にすらなったことがないという。しかしそんな北欧諸国でも近年の右派政党の伸張によって難民政策にブレーキが掛かり、シリア難民が押し寄せてくるというイメージなども重なり、庇護申請への厳格化がなされ第三国定住の枠も縮小する動きが見られるという。

しかし、ノルウェイは唯一例外的に制度を維持している。ノルウェイにも極右政党は存在するけれども連立政権でなければ与党に入れない多党政治ゆえに政策の調整が行なわれるという政治システムがあり、また難民受け入れにおいても、社会的統合に対する継続的な取り組みによって移民難民に対して大多数が良好なイメージを抱いている。

このようにノルウェイの第三国定住政策は、脆弱だが定住の可能性が高い難民を丁寧に選抜し、受け入れ側自治体と難民の双方に強い動機付けの仕組みが作ってあるため、入国後の就労や就学の成功率が比較的高く、犯罪率が低下しつつあり、庇護政策に関する市民による支持と理解が広範囲に広まっている。247P

国外の事例を踏まえて著者が提言するのは第三国定住の拡充だ。あまりに少ない年間60人に対して2000人を超えるウクライナ難民を受け入れており現実的に可能だと証明されたとし、庇護政策と労働移民は別のロジックだと断りつつ労働需要の点からもより拡大されて良いと述べる。また、受け入れ要件に日本社会への適応力と生活を営むに足りる職につくことが見込まれるものとその家族という絶対要件があることは難民保護という本来の趣旨に悖るものではないかと懸念を示す。難民鎖国状態についても国際的な批判が高まっており、デメリットが強くなっているとも指摘する。

2023年の入管法改正において三回目の申請どころか初回申請でも難民が送還できる規定になっていることに気づいた著者が修正案を与野党合意で取り付けたものの、対決姿勢を強調するグループによって葬られたことについても批判的で、この難民条約違反の条文は早急に改正されるべきだという。また難民認定制度が行政から独立していないのはG7でも日本だけでかつ国内人権委員会がないことについても中央省庁の関係者の懸念や国外からの批判もあり、このままではもうもたない、と言われているとも指摘している。海外職員の退避受け入れ制度の拡充、難民認定基準の見直しなども挙げている。

実務家としてのスタンスから難民受け入れ制度の国際的な解説をしていて、日本の優位性と問題についても双方触れており参考になる部分は非常に多い。穏当な立場を守ろうとしつつもアフガニスタン退避とウクライナ難民について日本のダブスタに苛烈な憤りを示しているところは読み所だ。

長谷部恭男『法とは何か 法思想史入門』

なぜ法に従うのかという問いを軸に国家と法と道徳の関係をホッブズ、ロック、ルソー、カントといった政治学の流れやケルゼン、ハート、ドゥオーキンといった法哲学者の議論を紹介しながら14の問いの形で概説するコンパクトな入門書。三度目の刊行となるロングセラー。

ホッブズ、ロック、ルソー、カントと、社会契約という枠組みを使って異なる世界観を抱く人々が共存するための議論を組み立てた人たちの国家観を概観し」、「国家はそもそも何のためにあるのか、そして、国家の権限、つまり国家に権威を認めるべき範囲には、どのような限界があるか」(98P)を問うというのが本書のアウトラインとなる。「第1部 国家はどのように考えられてきたか」でホッブズからカントまでの思想家を扱い、「第2部 国家と法の結びつきは人々の判断にどう影響するか」でなぜ法に従うかを法哲学者の議論からたどる。そして「第3部 民主的に立法することがなぜよいのか」で民主政あるいは多数決の正当性とその歯止めについて扱っている。

右側通行、左側通行など、本質的にはどちらでも良いけれどもどちらかに決めておくのが重要なことを「調整問題」と呼び、法に従う理由の一例として用いている。面白いのは、誰が国家なのかということも「調整問題」だという。

「勝てば官軍」という言い回しは、正邪の判断も実力次第というシニシズムの典型的な表現とみなされることがありますが、実は、勝って人々の服従を得ている政府でなければ、そもそも政府としての役に立たないという、当然の事理をも示しています。国家としての権威を認めてもらうには、現に人々に従ってもらう必要があり、そのためには、現に大部分の人々が従っているという事実の支えが必要です。36P

権威だと主張する国家の言う通りにすると、個々人が自分で何がとるべき行動かを考え、判断するよりも、より適切簡便に自分が本来とるべき行動をとることができるからこそ、国家の言う通りにすることに理由があります。160P

となればもちろん、法に従うべきではない場面というのもあり、終章で扱うソクラテスの事例はその代表的なものだろう。またここで著者は典型的な調整問題の交通法規において、見渡す限りの直線道路にまったく車が通っていない場合、赤信号でも道を渡るべきでない理由はあるかと問い、ないと答えている。

現代リベラリズムの祖といわれるジョン・ロックのロジックにキリスト教の信仰が絡んでいるなど、その問題がどのように問われまたその限界は何かということについて各章コンパクトに論じられており、現在の法思想の歴史的文脈を明確にする役に立つ本だろう。著者もこう述べている。

現代の日本の法律家の大部分は――おそらく世界の法律家の大部分も――カントやヘーゲルなど読んだこともないし、そんなことを意識したこともないのではないでしょうか。それでも、過去の思想は意識されることもなく、現に生きている人々の思考を捉え、束縛しているものです。カントやヘーゲルに捉えられているのはましな方で、訳の分からない三流思想家に操られていることも少なくありません。それと意識することもなく過去の思想に操られるよりは、自分がどのような立場を取っているか、それを明確に意識した上で、とるべき行動を判断する方が望ましいはずです。249P

法の役割についてはカントとヘーゲルの二つの立場があると述べる。カントは異なる倫理を奉じる人たちの共存を目指し、ヘーゲルは世界は多大なる犠牲を払いつつも理性の歩みによってより理性的な社会が構築される、という。その上で日本の公法学はカントの系譜に属するものだと言う。そして現在のロシアはヘーゲル的立場にあるのではないかと指摘していて、前掲文で「三流思想家に操られている」などと厳しい言い方をしているのはロシアが戦端を開いた戦時下現在の法律家の様子について何か具体的な危機感を持つ出来事でもあったんじゃないかと思わせるものがある。

内容についてあまり触れてないので、とりあえずどのような問いが立てられているのかわかるように、目次を引いておく。

序章 法はあなたにとってどういう存在か
第1部 国家はどのように考えられてきたか
 第1章 何のための国家か
 第2章 平和と自己防衛を目指す国家──トマス・ホッブズ
 第3章 個人の権利を保障する国家──ジョン・ロック
 第4章 自由を保全する国家──ジャン・ジャック・ルソー
 第5章 永遠に完成しない国家──イマヌエル・カント
 第6章 人々がともに生きるための立憲主義
第2部 国家と法の結びつきは人々の判断にどう影響するか
 第7章 法の規範性と強制力──ケルゼンとハート
 第8章 法と道徳の関係──ハートとドゥオーキン
 第9章 法が法として機能する条件
 第10章 法と国家──どちらが先か
第3部 民主的に立法することがなぜよいのか
 第11章 なぜ多数決か
 第12章 民主政の過去から学ぶ
終章 法に従う義務はあるか
補論 道徳がすべてなのか

*1:当初岐阜市豊田市ベッドタウンだと書いていましたけれど、違和感がある旨指摘があり原文を改めて見たところ県と市を取り違えて書いていました。

最近読んでたりした本とか2024.10

坂口安吾安吾探偵事件帖』

帝銀事件下山事件金閣寺放火やチャタレイ裁判など現実の事件について書いたものと、探偵小説についてのものという独自の観点で集められた安吾のエッセイ集。編集方針が面白いし、事件評が文学、政治の問題へと発展していくところになるほど安吾だとなる。

帝銀事件を論ず」は、戦後すぐの十何人もを毒殺した陰惨な事件について、戦中に幾つもの死体を目の当たりにした現実の荒廃・戦争を犯人に見出し、事件の推理をするのかと思えば文学とは何か、政治とは何かを論じる文章で、のっけからこれはスケールが違うぞ、と感じさせられる。

下山事件の推理から、人間は孤独に陥った時が最も好色になるものだと書いたり、金閣寺放火犯の文章の観念性について、人間どうしても思うように考えを文章に出来るものではないと指摘し、単に金閣寺に住んでいたから金閣寺に放火したという即物性を見ようとする。その金閣寺放火についての文章が中国の洪水なんかの巨大さを例に出して金閣寺などたいしたものではないといい、珍しい生き物の保全よりもダム開発のほうが人間の文化に資するものだという実用的態度を明確にするところは安吾らしい。安吾原子力発電も賛成しそう。

私は精神病者であったゲーテやニイチェやドストエフスキーの作品ばかり読んだり引用したりしているのが、おかしいと思うのである。一番平凡人を書いた人、健全な平凡人の平凡でまた異常な所業を書いた人、チエホフをなぜ精読しないのだろう。本当の人間を書いた人はチエホフであろう。人間の平凡さをこれぐらい平易に描破した人はないが、見方を変えれば、あらゆる平凡人がみんなキチガイで異常性格だと彼は語っているようなものだ。チエホフは古今最高の人間通であろう。環境をきりはなして人間はあり得ないものだ。150P

安吾の探偵小説観は基本、理知的なパズルとしての娯楽というもので、そのために人間性を歪めてはならないこと、超人的推理に偏りすぎて平凡な手がかりを黙殺していること、そして探偵が知っている犯人確定に至る手がかりはきちんと読者にも知らされていることを求めている。探偵小説という犯人当てパズルにおいて正しく読者が答えを導き出すためにも人間性を歪めてはならないというロジックが安吾の事件評のなかで「人間」を重視していることと通じるものがあるのは面白い。横溝正史を高く評価しつつ、小栗虫太郎を強く批判しているのが安吾のスタンスだ。

元来、推理小説は、高度のパズルの遊戯であるから、各方面の最高の知識人に理知的な高級娯楽として愛好されるのが自然であって、最も高級な読者のあるべき性質のものであるが、日本に於ては、推理小説でなく、怪奇小説であったために、探偵小説の読者は極めて幼稚低俗であったのである。258P

「娯楽奉仕の心構え」はこれもまた安吾らしいエッセイで面白い。

日本文学は自らの思想性が低いから、戯作性とか娯楽性を許容すると自ら尊厳が維持しきれない。日本文学者の多くの人々に戯作性が拒否せられるのはそのせいだと私は思う。思想が深く、苦悩が深ければそれに応じて物語も複雑となり、筋に起伏波瀾がなければ表現しきれなくなるから、益々高度の戯作性、話術の妙を必要とする。日本の文学者は多く思想が貧困であり、魂の苦悩が低いから、戯作性もいらない上に、戯作者を自覚する誇りも持つことができないのである。296P

人々が私を文学者でなく、単なる戯作者、娯楽文学作者だときめつけても、私は一向に腹をたてない。人々の休養娯楽に奉仕し、真実ある人々が私の奉仕を喜んでくれる限り、私はそれだけでも私の人生は意味があり人の役に立ってよかったと思う。もとより私は、さらに悩める魂の友となることを切に欲しているのだけれども、その悲しい希いが果されず、単なる娯楽奉仕者であったにしても、それだけでも私の生存に誇りをもって生きていられる。誇るべき男子一生の仕事じゃないか。303P

「男子一生の仕事」、四迷の文学は男子一生の仕事にあらず、を踏まえているのだろうか。

探偵小説エッセイで笑ったのは以下。

「古墳殺人事件」
 これは、ひどすぎるよ。私にこれを読めという、宝石の記者は、まさに、こんなものを人に読ませるなんて、罪悪、犯罪ですよ。罰金をよこしなさい。罰金をよこさないと訴えるよ。273P

「まさに」の差し込み方とかとてもいい。

推理小説論」はこう始まる。「日本の探偵作家の間に、探偵小説芸術論という一風潮があって、ドストエフスキーは探偵小説だというような説があるが、こういうのを暴論と称する」、文学は人間を追究するから犯罪や戦争にも当然行き着くものであって、犯罪は探偵小説の専売ではなく、読者の興趣を惹くために小説家は探偵小説作家以上に探偵小説的技法を身につけているもので、ひるがえって「推理小説というものは推理をたのしむ小説で、芸術などと無縁である方がむしろ上質品だ」とパズル性を称揚する。

しかし、日本には、探偵小説はあったが、推理小説は殆どなかった。277P

小栗虫太郎などを挙げつつ「終戦前の探偵文壇は怪奇趣味で、この傾向は今日も残り、推理小説はすくないのである。」と整理しつつ探偵小説史をさらっている。「一頭地をぬく大天才」とクリスティーを評価し、クイーンも挙げつつ横溝正史を世界ベスト5くらいに評価していて興味深い。クリスティー『吹雪の山荘』として言及されているのは現在『シタフォードの秘密』という題らしく、ちょっと興味が出て来た。

坂口安吾『不連続殺人事件 附・安吾探偵とそのライヴァルたち』

純文学作家による本格推理小説として知られた作品に、その誕生のきっかけとなった平野謙、大井広介、荒正人らとの推理小説の犯人当てゲームをめぐる当事者の回想や座談などを組み込んで作品がいかに生まれたかを丸ごと収めた一冊。

『不連続殺人事件』は幾度も再刊されてきた有名作で私は今回初めて読んで作品自体はなるほどこういうのかという感じだったんだけれど、付録と合わせて読むことで安吾をめぐる戦前戦後の文学者たちのありようが見てとれてかなり面白く、一作を通じて戦後文学の一断面を描いている。出てくる警部の名前が「平野雄高」や「荒広介」など、平野謙埴谷雄高荒正人、大井広介という戦前の「現代文学」同人やその他の人をもじっていてこれらはゲームの参加者だった。

そもそもそのメンツとの「犯人当てゲーム」で好成績を残せず忸怩たる思いをした安吾が見返すために書いたようなところがあることや、出てくる作家たちにも石川淳宇野千代などモデルがいることもわかり、仲間との趣味が高じてその流れで身内をネタに推理小説を書くというアマチュアらしさがある。戦時下で雑誌が潰されたり酒の配給もなくなったり、窮乏するなかで文芸同人たちが暇つぶしに徹夜をしながら推理小説を推理パートだけちぎってまわし読みをして解答案を作成するというゲームを幾度となく開催して競い合いっていたという。

『不連続殺人事件』には皆が木を隠すには森の中というチェスタトンの一節を引いて褒める戦後風俗を背景にしたトリックがあるけれども、それに応えるように本書の編集によって『不連続殺人事件』が生まれた背景が当事者たちの証言によって浮かび上がっていてそれがとても面白い。ある作品と生まれた背景がこうもはっきりと跡づけられる文章が一つにまとまっているのは珍しい。当事者たちの証言、江戸川乱歩による賞賛、乱歩大井荒らによる座談会などのみならず、年譜にも細かな情報が多く詰め込まれていて多大な労力を費やした編集の見事さが一番の読みどころだろう。

若き「文学者たちの青春」という作品が生まれた熱気ごとパッケージングしえた貴重な一冊。前月に出た安吾の事件記や推理小説論のエッセイ集と併せて読むと面白い。一定の間隔で置かれた挑発的な「附記」が面白くて適当なことを言った作家をバシバシ斬っていて、手持ちの角川文庫版にはないのはやはりもったいない。

犯人当てゲームでは戦後に参加した埴谷雄高が相当好成績を残したらしく、平野謙花田清輝と並ぶ戦後の「二大怪物だろう」なんて言われたりしている。大井広介は安吾の実名小説「真珠」の記述が事実と逆で、安吾が一番成績が悪かった、と書いていて、他でも安吾はあまり当ててないと散々な言われよう。大井は犯人当てについてある独自ルールを持っていたため、安吾が君にだけは絶対当てられない探偵小説を書いた、と言われたときから○○なのは見当がついた、と書かれてるのが本当に笑ってしまう。

安吾が探偵クラブ作家賞を取ったけど授賞式に来なかったのは嫌われてるのかなと乱歩が書いたら、大井から葉書があり、安吾は探偵小説で賞を取ったことを大井に自慢していて、賞をもらったこともなかったからとても喜んだ、でも照れ屋だから式には出なかったんだというのは人柄がよく出てて非常に良い。

大井広介の実名は麻生で、今も話題になるあの麻生鉱山の一族。荒正人らに麻生鉱山での仕事をまわしていたという話が出てくる。戦後文学のある面を支えたのが麻生鉱山だというのは植民地主義と文学の関係として面白い。戦時下平野謙が情報局にいたときに起草した原稿を東條英機が読んだという話も。

平野と植谷を合成したところの平野雄高警部なる人物をつくり、当時の荒、平野対中野重治の「政治と文学」論争において荒、平野の二人が「下司のカングリ」と中野重治から呼ばれたことを援用して、その警部の綽名を「カングリ警部」とする 414P

と埴谷が書いていて、由来はそこか、と。

坂口安吾が心の底から楽しんで毎号書きつづけ、親しい推理好きの仲間達に悪戯っぽく挑戦したあげくその大半に対し見事勝利をおさめたのは、千駄谷の大井広介邸にはじまり吉祥寺の私宅にまでひきつづいた犯人当てのゲームの頂点の最後を深夜の中空高い花火のごとく華麗に飾ったものとしてまことに記念すべき出来事であったといわねばならない。416-7P

角川文庫版の法月綸太郎の解説、本格推理の合理性とファルス論での不合理性がほぼ同じ使われ方をしている、という面白い指摘がある。

安吾の探偵小説論とファルス論は、ジャンル論としてそっくりな構造を備えており、執筆時期が隔たっているにもかかわらず、双方に共通の表現が頻出します。極論すれば「合理」と「不合理」という言葉を入れ替えるだけで、ほとんど同じ内容になってしまうようなものです。角川文庫版314P

大田洋子『屍の街』

屍の街 (平和文庫)

屍の街 (平和文庫)

Amazon
今夏に読んだ原爆文学。1903年生まれの戦前既に映画化された作品もある作家が、広島の妹の家にいた時に原爆によって被災し、妹や母とともに数日間さまよい、玖島に落ち着きを得るまでを記したルポルタージュ。直後の静けさと、爆風を生き延びた後にも原爆症の不安が続く様子が描かれる。

なんのために自分たちの身のまわりが一瞬の間にこんなに変ってしまったのか、少しもわからなかった。空襲ではないかも知れない。もっとちがうこと、戦争に関わりのない、たとえば世界の終るとき起るという、あの、子供のときに読んだ読物の、地球の崩壊なのかも知れない。
 あたりは静かにしんとしていた。(新聞では、「一瞬の間に阿鼻叫喚の巷と化した」と書いていたけれども、それは書いた人の既成観念であって、じっさいは人も草木も一度に皆死んだのかと思うほど気味悪い静寂さがおそったのだった。)60-61P

このようであっても、阿鼻叫喚はどこからも起らなかった。酸鼻という言葉もあてはまらなかった。それは誰もがだまっているからでもあった。兵隊たちもだんまりで、痛いとも熱いとも云わないし、怖ろしかったとも云わないのだった。見る間に広い河原は負傷者で充満した。67P

家の二階で被災し何が起きたのかも分からず、その後の異様な静けさについて著者は注意を促している。前日にも電話を借りにいった佐伯綾子という友人は幾度も言及されるけれどもいっさい消息が分からず、その家はずっと静かだとあり、この消失・空虚・不在の怖ろしさが印象的だ。

広島の川は美しい。眠くなるような美しさである。高低のない広い土地に、眠ったように青く横たわっていて、はっきりした流れも見えないし、気持のいい意識の音もきこえず、やさしいせせらぎを眺めることもできなかった。雪がふって凍るような冬の日にも、その川を見ていると眠くなりそうだった。50P

また一瞬のことだったので自分がどれだけ傷が深いかを血で染まった服を見て気づいたり、後になって鏡を見たりしてようやく分かるように、混乱した状況では自分の傷もまた見えない。これは生き延びた後の放射能によるダメージがどう現われるか不明瞭な、見えない恐怖にも通じる。子供たちが「天に焼かれる」と表現しているのを書き手は聞き取る。誰もが見た「青い閃光」を、ある子供は活動写真が始まったのだと思ったという。誰もが上半身裸でうろついていて、河原に集まった人々も日が経つごとに次々と死んでいく陰惨な屍の積み上がる光景を体験者の目から描いていく。

話を交わしたものの名前を聞き忘れた少年が亡くなり、日ごとに遺体が痛んでいく様子を観察したり、病院に行く途中の道には病院に頭を向けて死屍累々の様だったりと、淡々とした地獄の様相が書き留められている。この非常な出来事は何なのかが語りを駆動してもいくことになる。

私どもはこの日の出来ごとを戦争と思うことは出来なかった。戦争の形態ではなく、一方的に、強烈な力で押しつぶされているのだった。そのうえ日本人同士はべつに互いを力づけ合うわけでもなぐさめ合うわけでもなく、なんにも云わないでおとなしくしているのだった。73P

昨日の朝、私たちは暫く墓地でぼうっとしていた時、なにかを待っていたような気がする。非常に秩序立った行動を期待してなにものかを待ちあぐねていたのである。私どもは長いあいだ自主性をうしなっていた。つまり空襲のあった際は自主は不道徳となり、思惟は邪魔なものであって、私どもはあやつり人形のように、指導者の指図を待ってうごきはじめる仕組になっていた。88P

静けさの印象はこうした戦時下日本人の主体性の問題へも繋がるものとしてある。

原子爆弾を征服するのも世界の誰かが考えるだろう。原子爆弾を負かすものが出来ても、戦争は出来るにちがいないけれども、それはもう戦争ではない。いっさいを無に還す破壊である。破壊されなくては進歩しない人類の悲劇のうえに、いまはすでに革命のときが来ている。破壊されなくても進歩するよりほか平和への道はないと思える。今度の敗北こそは、日本をほんとうの平和にするためのものであってほしい。
 私がさまざまな苦痛のうちにこの一冊の書を書く意味はそれなのだ。179P

鋭い針は平和へ向って、急速につきさされているかに思える。しかし、日本の土と人間は、日本人のものであって、誰のものともなり得ない。悲劇とも思え、幸福とも思えるのはそのためであろうか。
 日本人の多くは民主主義がなんであるかよく知らないと思われるけれど、日本の土と人間の復活、というよりも旧い皮膚の剥脱によって新しい人間像を創り出すためには、民主主義の土を切りひらくよりないと思うのである。207P

語り手の聞いたこととして、原爆症では火傷のものは死なず、無傷のものが死ぬという逆転現象がある。ある程度の火傷が「放射性物質を虚脱する」可能性が言及されており、皮膚が剥がれ落ちたり火傷での分泌物が排泄を促すという。怪しい説だけれど、上掲引用の「皮膚の剥脱」が指しているのはこれだろう。火傷で剥がれ落ちた皮膚の下から、死なない新しい民主主義の日本を、という希望が原爆症の話と絡んで語られているのは痛ましいけれどもそうでもなければ、という絶望とない交ぜになったものがある。

私が読んだのは本作単独で刊行されている平和文庫版でこれが一番安価で手に入るけれど解説などはなく簡単な年譜があるのみだ。文芸文庫は品切れ高価で、小鳥遊書房からは作品集も出ている。集英社文庫の「戦争×文学」の該当巻にも収録されているからこれが一番入手はしやすいかも知れない。

清水克行『室町は今日もハードボイルド』

中世史家による、室町の社会を時事問題と重ねつつ軽めの調子で語る「小説新潮」連載の歴史エッセイ。16の章で当時の実例を挙げつつ中世社会の特質を自力救済原則、呪術的な信仰の篤さ、社会における多層的多元的な実態の三要素において浮かび上がらせる。

著者の本は『喧嘩両成敗の誕生』や『日本神判史』を読んだことがあり、それぞれ中世社会の諍いの収め方から法意識や神仏観念を取り出すような社会史になっていて、本書も歴史的に有名な人物などがほぼ出てこない、社会史入門と言って良い著作になっている。中世、特に戦国時代末期は幕府法、公家法、荘園の法、村の法など、さまざまな法律が上下関係を必ずしも明確でない状態で乱立しており、日本史上もっとも分権と分散が進行していた「アナーキーな時代」だったと著者は言う。そのため、暴力による自力救済も悪いことだとは思われていなかった、と。

海賊が勝手に関所を設けて暴力によって通行税を取ったりしているのはそれはそれで安定した社会ではあっても時折虐殺事件が起こったりもするというまさに無法な事例を紹介したり、悪口、職業意識、人身売買、改元、不倫相手を殺す習俗、切腹、落書き、呪い、荘園さまざまな切り口で書かれている。

士農工商」は、中国の古典に由来する言葉で、本来の意味は「あらゆる職業の人」とか「全国民」といったものなのである。その順番には何の上下関係もない。江戸幕府の成立以前から存在する言葉であって、決して江戸幕府の政策スローガンではないのである。63P

と通説を批判したり、罵倒語「タワケ」が「田分け」から来たという説を否定し、古事記にもあるように元々みだらな交わりを示す言葉だったと指摘し、日本語には罵倒語が少ないと言われる通説をいくらか疑っている。個人的には「アヤカシ」が馬鹿者という意味だったのが面白かった。

なかでも一番面白かったのが「枡」の話だった。現代でもSサイズのコーヒーが店によって量が違うことから説き起こし、計量器具として当時の基本だった枡も室町時代にはさまざまな容量が乱立しており、まったく統一されていなかったことが述べられる。ある寺のなかでは17種類の枡が使われておりしかも容量にも三倍の差があったという。一揆の時にも枡が壊されたりと当時非常に象徴的なものでもあった。これは何故かというと、枡とは年貢を納める米を量るもので、領主と百姓との間での年貢量についての契約合意の証しだったからだという。

年貢を納めるときに使う枡は、たんなる「計量器具」という意味合いを超えて、一方では領主と百姓との合意の象徴でもあった。そのため相互の不信が極点に達したとき、百姓たちはまず枡を粉砕するという行為に出る。その瞬間に両者のあいだの貢納をめぐる合意と契約も砕け散ったことになるわけだから、枡の破壊は百姓から領主に突きつけられた強烈な絶縁通告であったともいえるだろう。99P

つまり、それぞれに違う枡が使われているのはそれが計量器具としての形の合意、契約書そのものだからだ。なので当然軽々に平準化できるわけがなかった。統一的基準があるわけでもないけれどもそこここに当事者なりの合意があるという中世社会の特質をよく示す事例だろう。

また「うわなり打ち」という習俗が紹介されている。「後妻打ち」と書くこれは、妻が夫を奪った女性を襲撃し時には殺しにまで至るもので、中世では許容されていたらしい。女性の勇ましさとして語られるけれども、実態は妻か妾かで雲泥の差がある状況でのポジションをめぐる競争なのだ、という。

うわなり打ちの習俗は、この時期に一夫一妻制(実態は一夫一妻多妾制)が成立したのと軌を一にした現象だったのである。だから、うわなり打ちは必ずしも当時の女性の「強さ」の表われではなく、むしろ大局的には「弱い立場」の表われと見るべきなのかも知れない。彼女たちの嫉妬や怒りの方向性は歴史的に形成されたものであって、同性に嫉妬するのが女性の脳の構造に由来するなどというエセ科学の説明は、まったくナンセンスな話なのである。169P

むろん中世のさまざまな暴力の横行は決して肯定できるものではないし、著者には『喧嘩両成敗の誕生』という自力救済の社会が変容していく過程を描いた本もあるけれど、それでも著者が中世の多層的多元的様相に注意を促すのは完全に統一されたシステムというのは危険だと考えるからだ。途中で井上達夫の『世界正義論』から「世界政府は人々を幸せにするか」という議論を参照し、カントの「世界政府は専制の極限形態である」という一節を引きつつ、こう述べている。

著者の述べる「世界政府」の弊害は多岐にわたるが、そのうちの一つに「離脱不可能性」があげられている。邪悪な権力者や無能な為政者が出現したとき、それらが生み出す災厄から逃れるため、人には人間的自由獲得のための最後の方法として、その国家から逃走するという手段が残されている。152P

ここにオルタナティヴなものを考えることの意味もあるだろう。文庫版の追補で著者は中世史家ならば一度は無名な個人の人物史を書いてみたくなるものだということを述べ、アラン・コルバンの『記録を残さなかった男の歴史』を引きあいにしつつ、それを試みているのが面白い。

室町時代の無名の個人を焦点にすると知らない人たちの人間関係が面倒だけれどもちょっとした分量で描く分にはそこまで弊害がないのでなかなか面白く読める。紛争を起こしたり色々ともめ事もありつつ、地侍は荘園の基盤たる百姓たちの利害をもっとも重視しなければならないことを浮き彫りにする。そして彼らの名前に同じ字を持つ子孫と著者が会った経験を語り、史料に残る人々と現在の繋がりを示しているのは面白かった。

仙田学「また次の夜に」(「文學界」2024.10月号)

鬱病を患った果てに自殺した娘を持つシングルマザーが一人になりアルコール依存症となった時に、依存症の自助グループに参加しているナルさんという人と出会い、ともに生活するようになり、少しずつ回復していく様子を描く短篇。

回復していく、とはいってもいつまた絶望がフラッシュバックするか、酒を飲んでしまうか、一日一日が綱渡りのようなサバイバルとしての日常のなかでまた一日を生き延びることができたというような日々を細かなディテールによって生々しく描き込んでいく。自助グループにいつしか来なくなってしまった人のことを気にする様子が見えないのはそういう人がしばしばそのまま亡くなってしまっていたりというのが日常だからでもあって、気にしてもどうしようもないことを気にすることもまた負荷になるわけで、死と隣り合わせの日常がそこにある。どうしようもないことが起ったあとの人生を、派手な事件があるわけでもなくただ人と生活を共にしながら生きていく方途を掴んでいく、しかし酒がどこにでもあるようにいつまた絶望と死の底に落ちていくかも分からない緊張感のなかで読むことになる短篇だった。

前作「その子はたち」(「文學界」2023.09)が、一見無神経に踏みこんでくる非定型家族との関係を描いていたのと、今作のルナとナルの関係は似ていて、娘によって裁かれる親というモチーフも似ているけれど、それをより人物を絞ってソリッドに切り詰めて描いたような印象がある。

川勝徳重『痩我慢の説』

石原慎太郎太陽の季節』と芥川賞を競って破れたという藤枝静男の同名短篇を元に「劇画化」した一冊。戦後、藤枝自身を思わせる医者のもとに現われた若い姪との関係を描く物語。連載で読んだけれども藤枝静男の原作を読んだ上で再読。元が40ページないくらいの短篇を丁寧に肉付けしてて、原作者の別作品から場面を持ってきたり、犬のベティを中心に表現を凝った第三話なんかはほぼ原作にない要素でできていたりと物語性のうちに実験性もあって面白い。

写実的な絵柄からシンプルで読みやすいもの、あるいは飼い犬ベティ(原作にはいない)の脱力的な絵など、絵柄の幅も自在で、さらに1950年代の日本の地方都市の風景も描き込まれている。表現ではやはり三話の密度が濃くて、ベティの夢や、ホナミが窓の外を見に行く流れの躍動感も印象的。映画や音楽の具体名を豊富に描き込んで時代感の肉付けをしてるのも面白いところで、鼻唄で歌われる曲や映画、俳優の名前なども全部原作にない。貸本屋大城のぼるだったかっぽい絵柄の模写があるのも作者の遊びだろうか。五重塔の燃えたくだりも原作にはない。

個人的には今作は幾つかある夜に出歩くシーンが非常に印象的で、空は暗いのに道や人は真っ白く描かれたりするのは電灯の明かりもあって新しい時代の象徴かも知れない。またホナミの家出場面とか前後で夜だと分かるのにそこだけは真っ白に描かれてる箇所も鮮やかだ。

「痩我慢の説」とは、幕府側で戦った榎本武揚勝海舟がちゃっかり新政府になって出世している様を批判した福澤諭吉の文章のことで、その明治の戦前戦後に対して、昭和の戦後の主人公の旧時代的発想とホナミらの新しい世代との葛藤を、頑固者の己に対する喜劇化を通して描いている。そしてそこに、痩我慢ぶりを描いたこの戦後の小説を70年後に劇画にする作者の姿勢もまた重なってくる。そして痩我慢といいながら作風は新しい世代、これからの時代への希望に満ちた風通しの良い爽やかさがより強調されているようにも思える。

かと思えば原作に比べて笹野の気持ち悪さ・不気味さもパワーアップしていて、酔った時に出てくる笹野の不気味な絵もそうだし、学校に成績を聞きに来た時にフィアンセだと嘘をついたという原作にない一節もあいまって、新時代の影、闇のような底知れなさがある。

一つ気づいたのが、原作の「封建制度は親の敵」が「制度は親の仇」になってて、これはミスだったらしい。

ミハル・アイヴァス『もうひとつの街』

チェコの作家による長篇第一作の翻訳。古書店で見つけた謎の文字が記された本をきっかけに、古都プラハに存在するもうひとつの街と関わりを持ちはじめる幻想譚。ボルヘスカルヴィーノを愛好する作者らしく本作もメタ書物的な幻想性がある。

単行本版の表紙には街を泳ぐサメが描かれていて、『時間は誰も待ってくれない』で抄訳された二章はまさにその鐘楼でのサメとの格闘を描いた箇所だったりと本作の印象的なパートでもあるけれど、内陸のチェコでは魚介類のイメージは日本よりも幻想性の高いものだとの訳者の指摘が面白い。

他にも、夜の大学で行なわれている謎の講義、道にある円柱の蓋を取り外すと地下には儀式が行なわれている礼拝堂が見える場所や、緑の大理石で出来たどこへ行くとも知れない路面電車、人を乗せて空を飛べるエイ、ジャングルになった図書館などなど幻想的な世界を経巡る冒険譚でもある。カレル橋の彫像に扉が付いていて、内部が小さなヘラジカの飼育所やバーカウンターになっているなど、街のちょっとしたところが異界となっているコミカルな雰囲気もあり、こうした土地に古来から続く異界が共存しているような幻想はヨーロッパの古都ならではのものだろうとも思われる。

図書館で本の捜索依頼をすると探しに出かけた図書館員が失踪してしまい、年に何人もの数に及んでいくら補充しても足りなくなり、失踪した図書館員の追悼の碑が建てられ、そして消えた図書館員は野生化してタムタムを叩いている、とかいうバカ話もまことしやかに語られている。

このもうひとつの街という発想には境界、周縁と中心をめぐる思弁が絡んでいる。境界の向こうにこそ真実があるという話から始まり、もうひとつの街の司祭たちの千年にわたる伝説というのはニセの伝説でしかないという異界のロマンの否定が差し込まれ、そして中心、起源という発想が拒絶される。

どこかで読んだことがあるが、本は別の本のことを扱っているにすぎず、文字もまた別の文字のことを伝えており、本は現実とはまったく関係を持っておらず、むしろ、現実そのものが本である、という。というのも本も言語によって構築されているからだ。178P

奇妙な謎はどういうことかというと、最終的な中心など存在せず、マスクの背後にいかなる顔も隠れてはおらず、伝言ゲームの初めの言葉もなければ、翻訳されるテクストのオリジナルも存在しないということなのじゃ。そう、次々と変化を生み出す、回転し続ける変化というローブでしかない。先住民の街などなく、街という街が無限に連なる鎖でしかなく、 変わりつづける法の波が容赦なく流れていく、終わりも、始まりもない円のようなものだ。187P

探すのを止めた時にのみ見つかる失せ物のような「もうひとつの街」。もうひとつの街の人の言うことがワードサラダみたいに意味が分からない長台詞だったりするところは目が滑るんだけれども、書物の幻想めいてくる後半のところとか良かった。ただ、実地にプラハを歩いたことのある人のほうが楽しめる類の小説だとも思う。

デリダ論もある哲学者でもあり、ボルヘス論の著書もあるという作家で、あとがきに紹介されているなかではボルヘスカルヴィーノ『見えない都市』オマージュの『五十五の街』が訳されて欲しいな。ササルマン『方形の円』もあるし、『見えない都市』オマージュはいくつあってもいいですからね。

住谷春也氏追悼 『ルーマニア、ルーマニア』『ノスタルジア』書評再掲載

住谷春也氏が今年の六月に亡くなられていたという。享年93。ルーマニア文学翻訳と言えばこの人と誰もが名を挙げるだろう。エリアーデの小説の翻訳のほか、民話集やSF、現代文学まで多くの訳業があります。追悼として図書新聞に寄せた著書と訳書の書評をここに載せておきます。特に単著は故人の経歴と業績を参照するのに好適のものだと思います。

昼の裏側にある夜の世界を覗き見る窓――住谷春也『ルーマニアルーマニア

 今年出た『「その他の外国文学」の翻訳者』(白水社)という本には、ヘブライ語チベット語ベンガル語など、大手ネット書店では「その他の外国文学」と括られる言語に携わる九人の翻訳者が登場する。それぞれに訳者自身の来歴やなぜその言語を選んだのか、その言語が使われている国や人々の様子、どういった作品を訳しているのかなど、翻訳をめぐるさまざまな裏話を通して、マイナーな言語の世界とその文学への入り口にもなっている。
 ルーマニア文学もまた「その他の外国文学」の一つだ。本書は著者がこの四〇年にわたって訳してきた近現代のルーマニア小説や民話、詩集、SFなどの訳書の解説文を中心に、著者自身の来歴を語ったエッセイやルーマニア文学小史、評論、コラムなどによって編まれている。四〇歳を過ぎて学び始めたルーマニア語に魅せられ、勤めの傍ら翻訳を始めるなど寝ても覚めてもルーマニアルーマニア」だったことがタイトルの由来で、前掲書のルーマニア版として読める一冊だ。
 ルーマニアと言えば、作家の名前は浮かばなくとも、吸血鬼ドラキュラのモデル串刺し公ヴラド三世だとか、独裁者チャウシェスクが東欧革命で処刑されたことだとか、世界的な宗教学者ミルチャ・エリアーデルーマニア出身だということなどはある程度有名だろう。
 ルーマニアバルカン半島東部に位置し、黒海に流れ込むドナウ川を挾んでウクライナとも国境を接する位置にある。著者がルーマニア語に興味を持ったのは、「ヨーロッパで唯一、言語は西のラテン系でフランス語の兄弟分、宗教は西のカトリック系(中略)と対立する東のギリシャ正教系、というおもしろい民族」だからだという。
 そうした東西文化の交点といえるルーマニアはそれ故の苦難の歴史もあり、ラテン系民族として西欧の一員でいたつもりが、第二次大戦期の度重なる領土の割譲の際に西欧からは見捨てられた経験が触れられている。文学史的にも、戦間期の黄金時代に対し戦後の社会主義時代はソ連の影響下で粛清の嵐が吹き荒れ、チャウシェスク政権での秘密警察支配の厳しさは地下出版さえほとんどない厳しいもので、エリアーデは亡命したまま祖国に帰ることはなかった。ノーベル賞を受賞したルーマニア出身のドイツ語作家ヘルタ・ミュラーも作家活動を禁じられた挙句西ドイツに亡命した。
 著者は元々東大仏文に進んだ、辻邦生の後輩にあたる。左翼学生運動に関わったのち挫折、学習研究社で辞典の編集に携わったけれども労働問題で会社に愛想を尽かした時に見つけたのがルーマニア語だったという。八〇年代末にはブカレスト大学に学び、八九年一二月、「デモで危険だから都心へ行かない方がいいよと言われて、それは大変だ、とばかりに都心へ出かけた」先で革命の現場に居合わせる。デモ隊の声を資料としてメモするなか戦車を目撃し、放水の跡を泥だらけになりながら帰宅した数日後、大統領夫妻の処刑を知る。この下りは簡潔ながら歴史的事件の証言として読み応えがある。
 そんな著者の近年の訳書には、ポストモダン作家ミルチャ・カルタレスクの奇想小説集『ノスタルジア』と女性をめぐる掌篇集『私が女性を愛する理由』、カルヴィーノの『見えない都市』と同時発生的に生まれた架空都市SFのギョルゲ・ササルマン『方形の円』、秘密警察のもとでの学生時代を描いたパウル・ゴマの自伝的小説『ジュスタ』など多彩で、現在も精力的にルーマニア文学の紹介を続けている。
 しかしやはり著者の仕事としてはエリアーデ文学の紹介が重要だろう。エリアーデについての文章は本書の半分を占めている。エリアーデは学術的著作を英語やフランス語で書きながら、吸血鬼伝承を題材にした『令嬢クリスティナ』や、聖なるものは俗なもののなかに現れるという思想を基にした『ホーニヒベルガー博士』等の幻想小説ルーマニア語で書いていた。昼の精神で書かれた学術的著作と、夜の精神で書かれた文学作品の両輪が自分を作っているとエリアーデは言う。学者の余技と見なされることの多かった小説作品について、著者は「文学的直観が本源であって、生涯の学術的著作の方はそれを博識と理論で裏付ける試みだった」のではないかと裏返す。そうした熱意が作品社の『エリアーデ幻想小説全集』全三巻として結実し、著者はそのほとんどを訳している。日本においてエリアーデの本質をなすという夜の世界を覗き見る窓は、著者なくしてはごく小さなものでしかなかった。
 マイナー言語の翻訳は日本語の言語空間に新しい窓を開く貴重な仕事だ。エリアーデをめぐる聖と俗、本業と余技のように、「その他」と思われた側から見返すことでしか見えてこないものがある。日本とルーマニアを繋ぐ幾つもの窓が本書には開かれており、新しい読者のルーマニア文学への入り口になるはずだ。
 余談ながら最初の本の伝で言えば、「その他の外国文学」を刊行する編集者・出版社についての本も読んでみたいものだし、入手し損ねた『エリアーデ幻想小説全集』が復刊しないものかと願っている。(2022.10.8号)
closetothewall.hatenablog.com

感傷や叙情を拒否してもなお湧き上がるノスタルジー――ミルチャ・カルタレスク『ノスタルジア

 ノスタルジアと題されてはいても、少年期の思い出を叙情的に回顧したような瑞々しい物語、を期待するのはやめておいたほうがいいだろう。なぜなら本書の書き手は「ルーマニアポストモダンの旗手」などと称される存在なのだから話は一筋縄ではいかない。
 とはいっても短篇三つと中篇二つの五篇を収録した本書において、核となる中篇の前後に配置された短篇作品はさほど構えずに楽しめるものだ。ロシアンルーレットを幾度試みてもどれだけ弾数を増やしても死なない男を描いた奇妙な味の「ルーレット士」、不思議な理論を説き奇妙な力を持つ少年との出会いを描いた「メンデビル」、そしてメロディを奏でる車のクラクションに魅せられた建築士がハンドルごと電子オルガンに取り替えての演奏が世界的に有名になり、いつしかオルガンを弾く奇妙な肉塊となって最後は宇宙スケールへと炸裂的に展開していくSF法螺話「建築士」と、どれも秀作だ。
 子供の頃の奇妙な少年との出会いという一見まさにノスタルジーな作品に見える「メンデビル」はその実、過去の現実性が揺るがされ、感傷性に安住できない結末を迎える。このことは続く中篇二作においても通底しており、ノスタルジーに対する批判的な態度が見てとれる。
 中篇の前にカルタレスクの経歴を確認しよう。一九八〇年前後にブカレスト大学で批評家の主催する「月曜グループ」で活動していた人々を核とする世代を「八〇年派」あるいは「ジーンズ世代」と呼び、五六年生まれで八〇年にブカレスト大学文学部を卒業したカルタレスクはまさにその一人だ。前世代がルーマニア秘密警察の思想統制に見舞われながら戦間期モダニズムの復活を期していたあとに出てきたこの世代は、ジーンズの名が示すようにアメリカのポピュラー文化やポストモダン文学、フランスのヌーヴォー・ロマンなどさまざまな海外の文化に影響を受け、ルーマニアにおけるポストモダニズムの始まりとなったという。当初詩人として出発したカルタレスクが小説へと転じた最初の著作が八九年に検閲削除を受けて刊行された本書の原型『夢』だ。九三年刊の『ノスタルジア』は削除箇所を復活させた完全版となる。なお、カルタレスクの詩の代表作と呼ばれる『レヴァント』(九〇年、未訳)は、叙事詩の形式を採りながら一七世紀から二〇世紀にかけての重要なルーマニア詩の文体を模倣していくものだといい、さまざまなスタイルを取り込む作風は本書にも窺える。
 中篇の「双子座」と「REM」はこうした点が補助線になる。七〇年代を描いた「双子座」では、大枠でSF的アイデアによるギミックを採用しつつ、少年達がロックのレコード交換や音楽談義をするさまを描き込んでおり、「ジーンズ世代」らしい時代状況が背景となる。かたや六〇年代を回想する「REM」では、一行目からコルタサルとガルシア=マルケスの名に言及するように、ラテンアメリカ文学の幻想性やある作品を思わせる仕掛けが取り入れられている。
 「双子座」が描くのは七〇年代、一〇代の少年少女の恋愛劇で、特徴的なのはその執拗な描写だろう。短篇でも見られた描写の密度はこの二作でいっそう濃密になっており、ほとんど改行もなくページ一杯に文字が詰め込まれたなかに子供時代から高校に至る生活、恋愛のごたごたを細部にわたるまで描き込んでいき、SF的なプロットを著しく遅延させる。行間を埋め尽くす描写は、感傷やノスタルジーの湧き上がる余地を消していく。少年の回想という語りの形式もまた「メンデビル」とは異なる形で現在と過去の切断に行き着く。
 「REM」では、恋人関係にある二人の一人称を交互に行き来する点で「双子座」を踏まえた語りの形式を採りつつ、女性の子供時代の回想をメインに話は進む。「双子座」とは男性と女性の回想という点で対になっている。しかし作品構成はより複雑化しており、語りにおいても男の「ぼく」、女の「わたし」以外に謎の存在「私」が介入したり、回想のなかでもグルジア出身の長身の男が見せる夢や、少女達の遊びのなかで少女らの年老いて死ぬ姿が現われたり、部屋ごと空の果てまで昇っていったり、不可思議な出来事が次々と起こる。この子供達の幻想的な遊びの描写は本作のハイライトだろう。タイトルの「REM」という謎の言葉は、夢を見るREM睡眠やRememberの略などをおそらく踏まえつつ、語り手の友人への愛など様々な意味が重ねられていく。末尾で語り手は「REM」についてこう述べる。「あらゆるものの滅びを前にした時の、かつてあり、二度とは決してないであろうものを前にした時のある切なさの感情。さまざまな記憶の記憶」、それこそがノスタルジアだと。本作で描かれる回想、夢、幻想、さらに虚構、どれもが今こことの切断を示唆する。感傷や叙情を拒否しながらもそうした切断を前にして湧き上がる感情、ノスタルジーを拒絶することのノスタルジー。そうしたアイロニカルな態度は、本作の末尾に繰り返される「ノー」という執拗な拒否においても露呈しており、回想が終わり、夢から覚め、小説を読み終わるその切断のさなかに去来するものこそがREMあるいはノスタルジアなのではないか。
 そう思って本を閉じるとミルキィ・イソベの担当した装幀の表紙には蜘蛛の巣があしらわれていることにふとぎょっとさせられる。逃げることのできない絡みつく網。実は本書の収録作は全てに蜘蛛への言及があり、蜘蛛の巣、網の比喩が重要な場面で顔を出しさえする。本書の特質を細部から拾い上げた印象的なデザインだ。なおカルタレスクの既訳書に『僕らが女性を愛する理由』(松籟社)がある。十ページ前後の短い文章で構成された小著で「REM」の登場人物のモデルの話もあり、非常にとっつきやすい恰好のカルタレスク入門篇になっている。(2022.2.5号)
closetothewall.hatenablog.com

エッセイ、紀行文他 『女二人のニューギニア』『悠久の古代紀行 砂に呼ばれて』『踊る幽霊』

最近読んだ紀行文のようなものを集めたら全部女性の書き手のものになってしまった。

有吉佐和子『女二人のニューギニア

文化人類学者の友人の誘いにうっかり乗ってしまったばかりにニューギニアの奥地ヨリアピというたどり着くだけでも満身創痍のシシミン族の村に滞在することになった作家の体験記。思ってたのと違うと不平だらけの状況で生き抜くパワフルさが楽しい。

政府の応援を得て入り込んで調査をしていて、現地人に対して雇用しても思い通りに働いてくれないと嘆いたりその怠惰さを難じたりするあたりは文化人類学の調査として今から見るとかなり問題含みだろう。それも女性一人で部族の村に入るためにはある程度権力にものを言わせる形になるのも仕方ないかも知れない。

畑中幸子の名前はニューギニア中に轟いていて、僻地のパトロール事務所に転勤になったキャプが怖れをなして尻込みをすると、日本のミス畑中は女だが、もっとひどいところへ行っているぞと言って上司が彼を叱りつけるのだという。91P

文化人類学者畑中幸子は豪傑というかなんというか、有吉に対しても歯に衣着せぬ辛辣な物言いでしばしば笑ってしまう。畑中においしい?と渡されたものをとにかく食べておいしいとお世辞を言うと、自分はこんなもん食べんわ、気味が悪い、と返されたくだりは関西弁も相俟って笑ってしまった。

それと「阿呆にハナかめと言うたら、鼻血が出るまでかむというけど、あんたもその口やねえ」(247P)はひどい。足の爪が剥がれて歩けないので家の中でできることを探して見つけたのが村人にパンツを作ることだった有吉が延々11枚もそれを作ったことについての一言なんだけれど、ここで有吉は自分も小説を書くことについて鼻血が出るまでやる気質だと自認してもいる。

畑中さんが心中で小説書きなどという人類に貢献するところのない仕事を、まったく認めていないことは前々から知っていたが、パンツの型紙で作家以上の能力があると褒めてもらえようとは思いもよらなかった。154P

召使いとして雇ったシシミン族に言葉を教えてもらおうと思ったら、上下関係が揺らいで反抗的な口を利くようになったとか、手洗いを繰り返し教え込んで学ばせたと思ったら、手を洗った水を湧かして毎日飲む用のお湯を持ってきていたという何も伝わってなかったエピソードとか、色々興味深い。

「未開人は、文明人をまず病気を癒すという点で認めてくれるんよ。誰からか聞かされるんやろねえ。私が此処へ来たらすぐから病人が来たわ。以来、ずっとや」241P

というくだりも面白い。以下も旅の美しい情景として印象的な一節。

脂でねちゃねちゃした手を洗って外に出ると、見上げる夜空には天の川が大河のように流れ、オクサプミンの方角に、南十字星が屹立していた。真上には降るような星。遥かな彼方には鮮やかな十字の星座。私は、感動して眺めていた。これはニューギニアでなくては見られぬ壮観というものだった。191P

やはり南国と言うことで大量の虫に囲まれていてずっと刺されたところを掻いているあたりを読むと、こういったところはやっぱり紀行文として読むに限るなと思ってしまう。長距離を歩けず一月ほど村に滞在していた時、不意に道に迷ったヘリコプターが現れて帰還できるくだりは唐突でインパクトがある。この唐突な文明の蜘蛛の糸

天から降ってくるのは雨や雪でなければ災難と相場がきまっているのに、このときの幸運と偶然は、なんと表現したらよいか分らない。ありきたりの言葉だけれども、事実は小説よりも奇なりという、つまりハプニングが、私をしてヨリアピからオクサプミンへ、あの山坂越える苦難から救いあげてくれたのだった。256P

著者はこうも書いている。

「傑物ですよ。私にとっては未開社会そのものより畑中さんをニューギニアで見た方が大きな収穫でした」 258P

帰還後の話も面白くて、この紀行を連載するとなってまる三ヶ月執筆から離れていた後で一気に150枚を書いたら激しい頭痛に襲われたという。筋肉痛の逆のような。この後マラリアに罹ってのエピソードもマラリアだと分かったのが発熱一ヵ月後というかなり危険なもので。最初マラリアではないと言われて未知の風土病で死ぬのかと遺書まで書いていたらしい。破傷風の予防注射をしなかったとか、マラリア予防薬を滞在中に飲むのを中断していたとかの大胆さとともに、マラリア検査で採られた血が「アリヨシ株」として病院に保存されたエピソードなどもすごい。

林美脉子『悠久の古代紀行 砂に呼ばれて』

詩人の著者が80年代に新聞に発表した短いインド・エジプト紀行と、本書のほとんどを占める雑誌に書いた中国旅行の二つの女性の一人旅のエッセイを30年以上を経て単行本にまとめたもの。ホテルもすべて予約なしでの突撃旅行のバイタリティがすごい。

人類四大文明を制覇しようとインド、エジプト、中国と旅行しその後メソポタミア文明の土地への旅行を計画したものの、シリア、イラクあるいはアフガニスタンもまた当時からさまざまな戦争や政治の動乱がありついに果たせず、それもあってか今このようなかたちにまとめられたようだ。

朝日新聞の北海道版に89年から連載されたインド・エジプト紀行はあっさりとした全部で30ページほどの文章で、もう四度目になるというインド行きの様子とエジプトでの体験を短くまとめたもの。そのなかで砂に招かれインドの渾沌を全ての肯定と観じることで詩の霊感を得ている様子が描かれる。

あわただしい日常生活のふとした瞬間に、サラサラと砂の音を幻聴しはじめると、わたしはいつもそそくさと旅支度をして砂漠のあるところへ旅立つ。
 砂音が聞こえるのは心の乾いている証拠だから、砂漠ではなく海へ行って心を潤せばいいのにと思うのだが、
それがどうしても海とはならずに砂漠へ向かってしまう。海はいつも優しく、荒れている時でさえそのどこかに癒しを志しているような気がして、その前にいるとなぜか照れ、照れているうちに疲れてしまうのだ。10P

そうして「異国の世界とその内臓までも対面しかかわろうとするために」はひとり旅が欠かせない条件だと気づき、

人間はひとりになりひとりを引き受けた時、逆に孤独から解放されるものなのかもしれない。ひとりを恐れひとりを逃げれば、逃げる速度で孤独はかえって深まるのだろう。
 追いかけてくるそれらにあまり逆らわずに、ああそうかと身をあずけそこに飛び込んで
みれば、世界は思いがけない優しさでそこから開けていくのだ。27P

ただ、「貧しくとも一生懸命生きている人達の温かさ」と先進国の「非情さ冷酷さ」を対比して貧しい国に訪れることで人の心の温かさに触れる、といういかにも80年代的な旅行観というか、オリエンタリズム的な叙述があり、今から見ると気になるけれど、これを削っていないのも見識だろう。

インドの人間を肯定するカオスの豊穣さに洗われた後に訪れる、本書の八割ほどを占めるのが雑誌に掲載された中国紀行。当時の中国のなんとも拒絶的な冷たさが印象的だ。外国人旅行者への冷たさに社会主義の国だからかなどと考えたりするけれど、とにかく仕事をしようとしないらしい。

宿に泊ろうとして10倍の高値をふっかけられて、それで良いといっても完全無視を貫く服務員の不気味さ。「お客を取るとそれだけ仕事が増えるから、自分のいる間はできるだけ泊めない方が楽なんです。儲ける必要はないんだから」(69P)、と日本人旅行者に助言されるくだりはなかなかすごい。

それでも挫けずむしろ戦闘態勢を構えてぶつかっていくぞと考える著者のバイタリティはやっぱりさすがで、このスタイルで80年代中国を女性一人で敦煌まで旅行していく道中は、スリに遭ったりあまりにもおいしい餃子の茹で湯を飲んだり美術に西洋にはない「念」の生々しさを見たり、盛り沢山だ。

宿で同室になったオランダ人カップルから欧米男性と日本男性の比較論が始まり、日本人男性の幼児性を批判したりもしている。ヨーロッパ人男性の女性と対等に並ぶ「尊厳につちかわれた知性」を賞賛するくだりはでも、この当時ならいっそうそう感じられたのかも知れない。

彼等は女性を母親の代替物としかとらえていないことが多い。なのでいつでもどこか支配的で、最終的には女性をねじ伏せ従属させようとし、そうすることで引き出されてくる母性に甘える幼児体質をどこかに潜ませている。108P

長時間のバスに揺られてトイレもなく、途中でトイレに下車したもののあたりには遮るものがなにもなく、なんとかバスの影で用を足した話とか、やっぱり旅はそこら辺大変だなと思ってしまうけれど、

旅はわたしにとっては大変な食欲増進剤なのだ。睡眠もしかり。もし不眠症になっても旅に出ればすっかり治ってしまうだろう。234P

とまで言うからなんともすごい。空腹と言えば以下の原風景も詩と空腹の関係の一端かも知れない。

無心にたわむれる友達の姿を二階の窓からじっと見つめていて、ふとふり向いた部屋の、誰もいないタタミの上の空白の大きさは今もわたしの脳裏に焼きついている。わたしはあの時、はじめてわたしの「詩」なるものに出逢っていたのかもしれない。146P

オランダとカナダから来た女性と出会い、そのなかで聞いた話がある。カナダの友人が中国で強盗に襲われ金を奪われそうになって声を上げても、他の人達は囲いを作って集まっても一切助けに入らず見ているだけだったという。そして彼女たちはインドでの経験を語り合ってインドが懐かしくなったという。

わたしたちはそれから、互いにインドで出合った数々のエピソードを語り合い、「結局、インド人のいい加減さやメチャクチャさ狡さが、中国人の陰湿さと比較するとミステリアスでかわいいものだという、インド人のそれらに怒る人が聞いたら卒倒するのではないかと思われるとんでもない意見の一致を見ることになった。259P

中国人が路上で人を助けない話は今も聞くけれど、当時からこうだったらしいのは何らかの特定の出来事が話題になったからではないということだろうか。中国の航空会社のオフィスで堂々と闇取引を持ちかけられるくだりもサボタージュとはまた違った驚きがある。

帰国間際の上海のドブのような生臭さを語りつつ、そこで痴漢に遭い噛みついて撃退したという洗礼を受けて旅は終わるのもなんとも凄まじい。中国の拒絶に食らいつきながらの旅の象徴的な事件だったように思える。

父を亡くして空無を感じたり、心が乾いたように感じた時に著者は旅に出ようとする様は旅程での健啖ぶりも相俟って、多大なバイタリティでバクバクと旅の経験を腹に収めることのようにも思える。詩が空白から生まれるという叙述も合わせて、この喰らいつく顎に詩人としてのタフさがあるのかも知れない。

オルタナ旧市街『踊る幽霊』

ネットプリント文学フリマ、文芸誌などで活動してきた著者の商業デビュー作。私家版『往還』の拡大版というべきか、関東近隣の様々な場所を訪れた経験や記憶を数ページに封じ込めた21の文章の連なりで、その視点で描かれた情景は半ば虚構のような不思議さも感じる。著者が出張の多い仕事なのもあってか、仕事の後に街をふらついて出会ったものごとについて書かれていることが多く、そうでもなければ行かなかった場所での小さな解放感のなかでの散策や知らない店に入ってみての出来事には、自由と不自由のあいだの得がたい楽しさがある。

冒頭の「踊る幽霊」は著者の中学時代に通学に使っていた巣鴨駅前での「伝説のダンスババア」との遭遇を記した一篇だ。通学途中で出会うその踊りの持つ自由さ、おそらくはそれに惹かれて著者も友達と不気味な白塗りで赤い口紅の女性に話しかけるという一瞬の冒険に出向くことになる。そこで名前を聞き出し、何で踊っているかの答えとして「楽しいから踊ってるのよ。楽しいの」という言葉を得るのには何某かの解放感がある。日常を踏み越えたところにあるものに一瞬触れてみるためにこちらもちょっと踏み出してみる、そんな些細な経験を短く切り取ってみせる視点がある。

誰の記憶にも残らなければ、書き残されることもない。それはそれで自然なのかもしれないけれど、身の回りに起こったことの、より瑣末なほうを選び取って記録しておく行為は、未来に対するちょっとしたプレゼントのようなものだと思う。息を切らして山手線に乗り込んだあの学校帰りの日のことを、先日会ったあきちゃんはちっとも覚えてなかったが、覚えていたことすら忘れてしまう、心底どうでもいいことほど後から愛おしくなったりする。10P

こうした視点と日常からわずかに踏み出た場所についての観察が本書を形作っていて、そのわずかな自由への意識は、フリーWiFiが浸透することで新幹線で出張中のお気楽サラリーマンが絶滅したと嘆き、「移動時間くらいは労働から解放されるべきなのだ」62Pと強く書きつけるくだりに見いだせる。

上野駅を出て列車は北上する。新幹線よりはいくぶん緩慢な速度で通り過ぎていく風景のなかに、子を抱いた父親の姿や、団地の壁面に当たる夕陽のかがやきを認めて感傷的になる。こういう時間に出会うと何か書きたくなるなと思った。日々のサンプリングによってじぶんの文章と呼べるものが生まれている。快適な自宅にこもっているのは好きだが、肉体の移動を続けなければわたしはやがて何も書かなくなるだろう。20P

そうした時にふと出会う店や人や出来事などの小さなものごとの小さな記録。紀行文というほど大仰でもなく、誰もがどこかで出会いそうな出来事だったりしていて、そういえば著者の行ったその駅は私もいつか降りたことがあるな、と思い返したりしながら読んでいた。

御茶ノ水後藤明生ゆかりでもあり大きい眼科や山の上ホテルも近くて何度も降りたことがあるなとか、東陽町は私もある講習を受けに通ったなあとか、文学フリマの流通センターのあの店確かに入ったことないなあとか、横浜も何度か行ったし、吉祥寺、浅草、渋谷、秋葉原は降りたことがある。立川は一度だけ、著者が行かなかった例の映画館に行ったことがあって、そうそうあそこはペデストリアンデッキが立派なんだよなと同意しつつ、立飛といえば久保さんは僕を許さないのアニメでデートに行ったところでその時場所や地名について知ったなあとか自分の経験とのすれ違いも楽しい。御茶ノ水の駅前のあの妙なビルが最初はニコライ堂かと勘違いしたという箇所は私もそうだったので面白かったしあれが解体されてしまったのはちょっと残念だなと思ったり、ホームレス避けのカラーコーンに触れるところで幻想性を出しつつ排除アートの異様さを浮き彫りにするところもいい。

著者の文章を読みつつこちらもその場所の乏しい記憶を引っ張り出してきて、自分もまたその場所の記憶へ意識を飛ばしていきながら二重の旅行をするような感覚がある。それはある意味関東近郊に住むものの特権ではあるかも知れない。とはいえ小岩や南千住とか名前は分かっても場所はよく知らない。箱根に行ったときバスを寝過ごして終着点まで行ってしまったのは意想外の寄り道の最たるものでもあるけど、そこで箱根のバスの終着点の写真が挿入されるとおお、現実にあるんだ、と驚いてしまって、そこで自分はこの文章をどこかフィクショナルな雰囲気で読んでたのが分かったのが面白かった。

変わりゆく都市の意識しなければ消えてしまう些細なものに目を向けることで見えてくる世界の描写がそうした感覚をもたらしているような気がする。あとこの都市の細部を見る写真、どこか安部公房ぽいと思った。そして以下のくだりには匿名性の交点としての都市がある。

本来は勝手に公共物へステッカーを貼るのは法律違反なのだけれど、でもこれくらい遊びがなくちゃつまらないとも思う。人が集まってこその街である。わたしの住む街にステッカーが少ないのは、そこが都市の周縁部であるからで、大多数にとって集合ではなく帰還のための街だからだ。本来は交わることのないもの同士が音も立てずにうごめく街で、だれかが、あなたが、通りすがりにべたりと札を貼ってゆく。その瞬間に誕生する無数の視線。いずれ雨風か人の手かで消し去られる、それまでの退屈しのぎだ。わたしの目には、ステッカーとは都市部に許された結界のようなものに映った。156-7P

都市論として興味深い箇所だ。

個人的に、私家版三冊を読んだ上では最初の『一般』が一番面白いと思っていたけれど、著者が書くことの条件に挙げている移動に拡張性を見出したのか『往還』を大幅に拡大して本書を作る着眼点は面白い。本書と近いのは実は孤独のグルメなのではないかなんて思ったりもした。

長々書いた割にあまり魅力が伝わる文章にはなってないきらいがあるけれど、読む散歩というか、知らない街で知らない店に入るようなことを自分はしないので、そういう違う人の目線から知ってる街を見るような面白さがある。

オルタナ旧市街+小山田浩子『踊る幽霊』『小さい午餐』W刊行記念トーク

『踊る幽霊』の帯文や新聞のエッセイで紹介するなど、かねてからオルタナ旧市街さんを推してきた小山田さんも『小さい午餐』というエッセイを刊行するとのことで行なわれたトークイベント。配信で視聴した。見ながらざーっとメモしていたことをまとめた。途中でこれはちょっと内容の紹介しすぎてるなと思ってメモしてたけど触れてない話題もちょくちょくある。

序盤、オルタナさんの子供の頃からの書くことの来歴を語った部分はそういえば知らないことだらけで、新聞部に中高大といたという話とか、小山田さんも編プロに在籍してて、お二方ともに新聞的な文章からはみ出て書いてるのが興味深い。小山田さんがオルタナさんを知ったのは『代わりに読む人0』(私も書いてます)刊行前後雑誌に一緒になったからで、そこで『一般』を読んだことで広島新聞のコラムで紹介したのがまあ有名な話で。その時一般流通してない本の紹介をしていいかと新聞の担当者に言ったら、前のめりで私はそういうことがしたかったんですよと言われたという。

エッセイと小説の違いについて、小山田さんは「書いちゃったらそれが本当のことになる」という言い方をしているのが面白かった。そしてエッセイと小説の境界について「あらゆる日記も小説だし、あらゆる小説も因数分解していくと結局自分だから」とも言っていた。ちょうどその頃読んだ漫画「バーナード嬢曰く」で、小説として読むと出てくる色んなことを全部理解して読まないといけないと思ったけれど、全部の小説を日記として読めば本人は分かってる細部も別に理解する必要はないなと気軽に読める、という話だったのが意外なシンクロになっていた。

小山田さんがオルタナさんの文章は意識が外、他者に向いていると指摘している。オルタナさんは自分は子供の頃から書いてたタイプで、担任の先生の学級通信に投稿していたというし、親に書いたものを読ませて、あのとき本当は私はこう思っていたんだというのを書いてたという。その後クラスのmixiで文章を書いててクラスメイトに読ませてたらしいのもすごい。とにかく身内に読ませる文章を書いてたというのは自分にない発想だなと。文章を書いたとしても限られた相手くらいで家族やクラスメイトには私は読ませないだろうなと思った。その頃、「自分の中身に自信がなかった」、自分の人生はドラマチックにはならないだろうという諦観があって、自分の話じゃ無いことを面白く書こうと思ったというのが小山田さんの指摘の裏付けになっている。

そして大学あたりでサリンジャーなどアメリカ文学を読んで、文体というものを自覚したという。小山田さんが指摘する語彙、「うってつけ」はサリンジャー由来だろうか。小山田さんの知り合いの夫さんがオルタナさんは大学生の頃の「文章の師匠」だという奇妙なつながりがあったのは驚きで、新聞部でのことらしい。オルタナさんは就活の時に新聞社も受けてたけど、なんか違うなと辞めたらしい。「自分新聞」だというネットプリント活動について、「限られた用紙スペースに限界まで文字を詰めるのが好きだった」、用紙に収めるために削るのが快感だったと言っていて、そういう形式的な関心と報道のような内容面のズレがあったのかなと思えた。

小山田さんも編プロで、こんなまどろっこしい文章を書くなら小説でも書いてろと言われたことが小説家になるきっかけだったらしくて、書くことへの関心がいろいろな過程を経て今のようになった所以の一端が見えて面白い。新聞的文章からはみ出るもの。

『踊る幽霊』の話。広島にはない「ゆで太郎」のように、東京中心なので広島在住の小山田さんにとっては「架空の東京を作っているような」読み方になると言っていて、これは私も巣鴨に行ったことないと思うし、イメージがない土地も多くていくらか気分が分かるところがある。文中で触れられてる動画を見て、「私のえつこじゃなかった」と言ってるのは笑った。私はまだ見てない。東京と言えば、で二人に共通するのが「アントニオ猪木」の目撃談で、小山田さんは初めて上京した時に猪木を目撃した印象が強くて「東京」を考える時に常によぎるらしい。しかしそんな目撃談も書かないと忘れてしまう、と小山田さんがエッセイに書いたのを読んだことでオルタナさんも目撃したことを思い出して書いた、という連鎖が語られていて、この場において書かれなければ存在しないものの象徴が「猪木」なのがなんともおかしかった。

小山田さんの食のエッセイでラーメン率が異様に高い話があって、そのなかで「ニンニクの正しさが分かんない」と言ってたのが面白かった。店の食べさせたいスタンダードは何か。お店の食べさせたいものを食べたいからまずそれを知りたいという考え方。小山田さんによれば「広島焼きっていうのは本当に辞めた方が良い」らしい。怒る人がいるので。あれが「お好み焼き」のスタンダードだと思っているから、というのはなるほどと思った。小山田さんは関西風を関西焼きと呼んでるけど、大阪ではその呼び方はしない、とも言ってお互いのスタンダードについての尊重がある。

小山田さんのエッセイ集には外食エッセイだというのにコロナになっての難しさや、よく抗議運動に参加しているパレスチナの惨状を知りつつ楽しいエッセイみたいなのを書いていていいのかという躊躇いが交ざる文章になったのは今書いたからだ、ということに触れていた。小山田さんが最近読んでるのが大田洋子で、人に言われるまで知らなかったというのは意外だった。私も先月読んでいた。小山田さんが読んでいるのは新装版らしかったから小鳥遊書房から出ている選集かなと。

オルタナさんの近況、帰ると倒れるように寝てしまうので「帰らないようにしよう」と自分のパソコンを持って行って仕事終わりにカフェで書いてるというのはなかなかハード。ファンだという小山田さんがオルタナさんについて文章の特徴なども含めていろいろ熱く語っていたりしていて面白いイベントでした。

向井豊昭アーカイブ更新2024.09

genshisha.g2.xrea.com

向井豊昭アーカイブに掌篇「キツコーが いました」を追加しました。分かち書きの童話です。向井らしく「つめくそ」「みみくそ」など下品な言葉が使われたりしつつもなんとも切ない話になっています。

一般財団法人青森県教育厚生会 文芸誌「三潮」
山本隆悦氏は「方言へのこだわり」(「三潮」46号、2022年12月)において「幻視社」掲載作や向井豊昭アーカイブ所収の「津軽と南部ァ親戚」も含めて向井豊昭の下北弁が出てくる作品を分析し、「〈下北方言〉と〈下北人のこころ〉を一体化させた当代切っての作家」と評しています。また、下北の母校大湊高校校長への向井の私信から「マイナスを逆にプラスに転化する道を選びました。下北にこだわる。下北弁にこだわる。マイナスであることにこだわる。マイナスという低い目線から、この世を見つめる。」という一節を引いているのが目にとまります。

「南部弁・下北弁の小説家たち」(「三潮」第47号、2023年12月)、では向井豊昭に続いて木村友祐の作品を題材に、二人の方言表記方法を分析し比較検討を行ない、そこに「反骨」ではなく「気骨」を指摘し、マイノリティと自分を重ね「その現実から逃れようとする自分と文学と関わることで戦っているのだ。外側ではなく内側との戦いは正に下北の持つ特徴と重なる」と論じています。

山本氏はまた、「東奥日報」昭和31年2月21日から、読者投稿として向井豊昭の詩「眸は傷つけられていても」を発見しています。