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原佑介『禁じられた郷愁 小林勝の戦後文学と朝鮮』


禁じられた郷愁―小林勝の戦後文学と朝鮮

禁じられた郷愁―小林勝の戦後文学と朝鮮

小林勝(1927-1971)というと、いまは新刊で入手できる本もなく、いくつかのアンソロジーに作品が入っているくらい*1で、あまり一般的な知名度はないだろうけれども、芥川賞候補になった「フォード・一九二七年」や『チョッパリ』などでしばしば植民地朝鮮を題材にしており、この文脈ではとりわけ重要な書き手として知られる。

本書はその小林勝の特に朝鮮を書いた作品に着目し、近代日本の根にして現代にもいやます植民地主義との苦闘のありさまを読み込み、その批判精神を引き継ごうとする気骨の文学研究だ。植民地支配の罪過を正面から受けとめたが故にマイナーたらざるをえなかった作家を、その他の引揚げ、植民地文学とも並べつつ、日本のポストコロニアル文学の大きな達成として評価し、アルジェリアから引揚げたアルベール・カミュの途絶した試みにも接続し、植民者の文学史に位置づける。

日本の自己認識の核心としての朝鮮

小林が作家になるまでの略歴を記しておくと、日本植民地下の朝鮮、慶尚南道の晋州に生まれ、44年大邱中学から埼玉の陸軍士官学校に入学し、翌年陸軍航空士官学校に入学している。日本で復員した後、共産党に入り、朝鮮戦争及び破防法反対の火炎瓶闘争で交番を襲撃して逮捕される。年譜を見るとこの獄中の頃から小説を書きはじめた。「人民文学」やその後継誌で野間宏を編集長とする「文学の友」に小説を発表し、安部公房島尾敏雄らとともに「現在の会」の編集委員にもなり、その後新日本文学会に入り、長谷川四郎菅原克己らと雑誌編集に携わる。なお、小林の最初の芥川賞候補作(1956年)、「フォード・一九二七年」は雑誌「新日本文学」の掲載作だった。ちなみに、49年から51年まで早稲田の露文科に在学していた。

著者は序章でポストコロニアル文学を以下のように規定する。

植民地帝国の子どもたちにとっては、引揚げのおわりは、また別の長い旅のはじまりを意味した。それは、あとに残してきた幻の「故郷」に帰ろうとする望郷の旅であり、戦後日本という「異郷」に定着するための開拓生活、あるいはそれを拒みつづけるための逃亡生活でもあった。そのなかで書かれたかれらの戦後文学――これを本書では、植民地体験のあとに書かれたという意味で、ポストコロニアル文学と呼びたい――は、この世に存在しない帰還地を求めてどこまでもさまよいつづける、「アジアの亡霊」たちのおわらない引揚げの記録のようであった。29P

引揚者、植民者のその後の文学がここで問われることになる。この「ポストコロニアル文学」のなかにはもちろん後藤明生日野啓三も入るわけだ。そして国内的な文脈のみならず、世界的なそれとも関連づけることが目論まれている。

さて、近代日本はその過程において朝鮮を劣位のものとし自らの優越性を形成していったといえる。在日朝鮮人が外国人として扱われる外国人登録令が明治憲法最後の日、47年5月2日に天皇最後の勅令として出されたことが特に象徴的だけれども、官民相携えていまなお盛んな歴史修正主義、民族差別運動の核心に偏執的といっていい朝鮮へのこだわりがあることはその証左で、日本はつねに朝鮮を否認し続ける。

近代日本の精神史のある重要な部分で、一貫して「朝鮮人」が怪物化され、悪魔化され、劣等性や残虐性や非道徳性がでっちあげられて本質化され、中国人をふくむほかのいかなる異民族ともまったく異なるほど特別で持続的な憎悪と侮辱を受けつづけてきたのは、それがじつに近代日本のナショナリスティックな自己認識の核心に属する事柄だからである。「日本人なら、おまえは朝鮮人を憎むはずだ。朝鮮人を憎まないなら、おまえは日本人ではない」――近代国民国家の成員としての「日本人」像が、「朝鮮人」を、「日本人」と「非日本人」をもっともくっきりと分かつある種の額縁にして造形されてきた面があるということは、関東大震災時の非常事態のときに決定的に暴露された。そのとき、「十五円五十銭」がうまく発音できない地方出身の日本人なども、朝鮮人と疑われて殺された。つまりそこでは、日本人であることを示すどんな自己主張よりも、「朝鮮人ではない」ということが根本的な「日本人」の証明とされたのである。242P

朝鮮植民者はこの歴史的過程を自らに抱え込んだ存在だった。植民者二世は自身の好むところでなかろうと朝鮮の土地を資源に、現地の人々を単純労働者として組み込んだ経済構造のなかに生まれ、育った。このような状況で、己についてどう考え、振る舞うか。著者は、後藤明生と小林勝を比較してこう述べる。

後藤明生の植民地小説には、当時少年だった自分が見聞きし感じたことを極力そのままのかたちで丁寧に再現しようという意志のもと、独特の軽妙な饒舌体で植民地朝鮮での日常生活を語り出すという特徴がみられる。一方小林勝は、みずからの責任において、みずからの記憶を「「語る」ことの可能性と権利」をある種原理主義的に放棄する道を選んだ。なぜかれがその道を選び、その選択にはどんな意味があったのかを、あきらかにしなければならない。168P

〈マイナー文学〉の政治と言語 ― 後藤明生における《他者》とのめぐり会い ―平田由美
平田由美がこの論文で指摘しているけれども、植民地朝鮮で育ち、韓国で作家となった李浩哲とのかかわりのなかで顕在化したような、日本人と朝鮮人のあいだで生まれる政治的な意味、を後藤はつねに避けようとしてきた。日本人として朝鮮人に対峙することを拒否し、作家同士や同級生同士という対等な属性においてのみかかわろうとするスタンスをとった。ここから、李恢成の作品について「彼が朝鮮人であるということをむしろ度外視すべき」という発言が出てくる。

植民者が朝鮮を語ることの政治性を避けつつ、しかし郷愁への居直りもまた拒否し、自身の身体が日本と朝鮮に分裂していることを前提にしながら、後藤は抑制と批評性を込めつつ朝鮮について書いた。しかしそれでは、いま現在目の前に居る朝鮮人との「出会い」もまた抑制されざるを得なかった。書こうと思いながらも『夢かたり』にはついぞ現われなかった李浩哲、李浩哲との会話があるものの主たる題材となったのは死者金鶴泳だった『使者連作』と、やはりどこかに出会い損ねがある。

小林勝はこの後藤的方法も拒否し、正面から政治性、歴史性とともに朝鮮を描こうとした。おそらくは、後藤がほとんど全否定に近い『チョッパリ』の書評(『大いなる矛盾』所収)を書いたのは、後藤が敵視してきた政治性、つまり罪責性を正面から扱うが故だ(早稲田の露文同士でもある後藤はその卒論において、ゴーゴリの政治的読解からの解放を試みた)。

小林勝は朝鮮を描くにもっとも厳しい道を進んだといえる。だから自然その作品は重苦しいものとなっていき、小林の初期にあった朝鮮での生活への叙情的な回想は、ある時期から消え去ったという。日本を厳しく批判することは同時に自分をも貫く刃となる。いや、自分を批判するその刃で現代日本を批判するといおうか。

植民者はなぜ自分を見失っているのか。それは、自分をみている被植民者を見失っているからである――小林勝は、安部公房ジョージ・オーウェルが実感的に指摘したような植民者の二重の盲目状態を克服するために、被植民者にみられる植民者というテーマを問題化しようとしたのであった。110P

近代日本の根底に朝鮮への差別があり、「朝鮮および朝鮮人の実在そのものが日本の現代社会および日本人の実態を最も明らかに照らしだしているものの一つである以上、そして日本の未来のイメージは、それとのかかわりをぬきにしては考えられない」(309P)と小林は言う。自分の姿を真に見るために、ほんとうに朝鮮人と出会うための、その困難な道。

郷愁を拒否すること

郷愁について、梶村秀樹を引用して著者はこう述べる。

梶村秀樹は、植民地の風景や文化を愛しなつかしむ引揚者の心情は「生身の朝鮮人の苦しみにあえてふれようとせぬ」抽象的な愛であり、それは「本質的に侮蔑と折り合える「愛」」である、ときびしく喝破した。人間不在の植民地への愛は、その本質において侮蔑と共存することができる――梶村のこの冷徹な指摘は、植民地を思慕しなつかしむ当事者たちにとって冒涜的かもしれないが、それでもやはり至当だと思う。372P

郷愁、ノスタルジーは自意識への耽溺をもたらし、そこでは他者が消える。それを回避するには、どんなに過酷だろうとも郷愁を自らに禁じなくてはならなかった。

日本を見つめるために朝鮮を見つめること。小林はしばしば、植民地で日本人が、一見従順な朝鮮人のわずかな別の顔を垣間見て怯える瞬間を描く。この植民者の不安の眼から眺めることで、「支配者が否定した人間性」を回復させようとし、その人間性の否定という罪過を書いたと著者は論じる。

金石範によれば、小林勝がみずからの内なる植民地郷愁を拒否することは、かれを束縛すると同時に、かれを植民地主義から解放し、「ひらかれた場所へ、ほんとうの自由へみちびく」ための逆説的な手段となっていたのであった。小林勝の文学の神髄は、この「束縛」をむしろ「ほんとうの自由」を手に入れるための力に変えようとするアクロバティックな緊張と矛盾そのものにこそあった。金石範が感じとっていたように、小林勝の「内なる懐かしさを拒否する」という宣言は、単なる涙ぐましい懺悔などではなかった。そうではなくそれは、「「贖罪」を突き抜けたところにある広がりを朝鮮人と共有する道」を力強くきりひらくための、すぐれて意志的かつ知的な「方法」だったのである。361P

小林はこの厳しい隘路を進もうとするなかで死ぬ。43歳だった。著者は小林について、最後にこう評している。

小林勝の文学は、泣いて懺悔し、自分だけを痛めつけて足るような生やさしいものではない。またそれは、「われわれは悪くない、悪いのはあいつらだ(GHQが悪い、コミンテルンが悪い、中国が悪い、韓国が悪い、北朝鮮が悪い、「在日」が悪い……)」と被害者意識にどっぷりとつかり、あらゆる罪悪とあやまちを外部の敵のせいにして済ませようとする生ぬるい歴史観など相手にもしない。「己れを切った刃先は、その延長線上に、植民者を植民者たらしめた「内地の人」と、そして戦後の日本人を、総体としてさしつらぬく力を持つ」と梶村秀樹がいったように、「わたしはあなたとおんなじ、あなたもわたしとおんなじだ、だからわたしもあなたもおなじで、つみはどこにもない」などと微温的な慰撫とごまかしで外部を遮断して「誇り」や「名誉」という名の自己満足にふける「国民の歴史」そのものに飛びかかって食らいつき、噛みちぎろうとする獰猛な刃物である。321P

近年出た木村光彦『日本統治下の朝鮮』のイデオロギーを排したと標榜する「中立的」経済分析の傲慢さを抉り、安倍首相の談話の欺瞞性を衝き、ヘイトスピーチの横溢も俎上にあげられる、現在の状況へのコミットはこの小林のスタンスを引き継ぐが故だ。その意味で、五十年近く前に亡くなった小説家を論じていても、本書は極めて生々しいアクチュアリティをもって迫ってくる。

2012年の博士論文が元になっているとのことで、非常な力作。私自身後藤明生という引揚げ作家について評論を書いたからというのもあるけど、きわめて興味深く読めた。今年読んだなかでもとりわけ重要な一冊なのは間違いない。読んでいて拙論の不足部分がよく分かってくるところも多く、たいへん学ぶところが多い。


余談だけれど、小林には日本人学校に訪れた教師が朝鮮人との噂を立てられ、生徒たちから迫害を受けて辞めていく短篇がある。小林自身が兄から聞いた実話を題材にしたとのことで、そのモデルとなった人物はのちに韓国大統領となっていたという。その人物は、崔圭夏。日本人名梅原圭一。朴正煕暗殺後八ヶ月間大統領を勤めた人物で、あまり知名度はないけれども小説で書かれたように信望ある人物だったらしい。大邱で教職についてからすぐに教職を離れ、満洲に渡ったという公式に知られる経歴の、なぜそのような行動を選んだのかの答えが小林の「日本人中学校」にあるわけだ。

また、著者の修士論文の審査を先頃亡くなった加藤典洋がしていたという。

小林は七〇年代に著作集が出ているけれども、漏れた作品も多く、新編集のものがあればと思う。私も読んだ本は『チョッパリ』『強制招待旅行』『生命の大陸』と、「フォード・一九二七年」くらいか。「文學界」掲載作が直木賞候補になったという「紙背」も著作集からは漏れている。
昭和27年/1952年・新宿火炎ビン事件で刑務所に入れられた小林勝。: 直木賞のすべて 余聞と余分

火炎瓶闘争で投獄されたときに感染したと思しき結核とその手術がなければ、あるいは若くして死ぬこともなかっただろうか。


さらに余談として、本書で思い出したのはシベリア抑留経験について書いた石原吉郎の「ペシミストの勇気について」のこの一文だった。

〈人間〉はつねに加害者のなかから生まれる。被害者のなかからは生まれない。人間が自己を最終的に加害者として承認する場所は、人間が自己を人間として、ひとつの危機として認識しはじめる場所である。(『石原吉郎詩文集』講談社文芸文庫、113P)

石原吉郎詩文集 (講談社文芸文庫)

石原吉郎詩文集 (講談社文芸文庫)

誤記について

本書で後藤明生『夢かたり』が引用されているけれども、その引用が間違っている箇所がある。濁点の有無なのでわかりにくいかと思うけれども、本書193ページで、『夢かたり』の「虹」の、街から追放される場面で「コウゴクシンミンを笑ったコウゴクシンミンを、コウゴクシンミンが笑っていたのである」という部分、正しくは「コウゴグシンミンを笑ったコウコクシンミンを、コウゴグシンミンが笑っていたのである」(『引揚小説三部作』48Pあるいは中公文庫版『夢かたり』69P、傍線筆者)だ。朝鮮人は「皇国臣民」を訛って「皇ゴグ臣民」と言ってしまうのを笑っていた過去があっての立場の逆転なので、引用文では全部同じ語句になっていて意味が通らなくなっている。じつはこれ、本書で注記に参照したと明記してある朴裕河『引揚げ文学論序説』の引用文も間違っていて、155.156Pでは「コウゴクシンミンを笑ったコウゴ/コクシンミンをコウゴクシンミンが笑っていたのである」と、濁点のほかに、スラッシュで示した改ページの部分で文字がダブってるのもあって、かなりおかしなことになっている。なおこの章の初出論文(「日本學報」第86輯、二〇一一年二月)のほうでは「コウゴクシンミンを笑ったコウコクシンミンを、コウゴクシンミンが笑っていたのである」、と一字分の濁点がたりないけれども意味は通る引用だった。

*1:「フォード・一九二七年」が講談社文芸文庫『戦後短篇小説再発見7 故郷と異郷の幻影』と集英社『コレクション 戦争×文学』の17巻に、「軍用露語教程」が同じく15巻に、「架橋」が同じく一巻に収録されている

図書新聞に陣野俊史さんとの対談が掲載


笑いの方法: あるいはニコライ・ゴーゴリ【増補新装版】

笑いの方法: あるいはニコライ・ゴーゴリ【増補新装版】

ツイッターでも告知したように、図書新聞、2019年6月15日号に私と作家・文芸評論家の陣野俊史さんとの後藤明生つかだま書房版『笑いの方法』刊行を期した対談が掲載されています。

戦争文学論集『戦争へ、文学へ』でも引揚げ体験を持つ三木卓について書いていたり、小説『泥海』などではフランスの移民を題材としている陣野さんなので、『笑いの方法』に書かれた引揚げ体験から話は引揚げ、方言などの土着性にとどまらず、小説に現われる音、歌など、そして言葉について話題になっています。

戦争へ、文学へ 「その後」の戦争小説論

戦争へ、文学へ 「その後」の戦争小説論

泥海

泥海

私の言うことは図書新聞にも前書いたようなことですけれど、陣野さんの作家らしい関心がうかがえるレスポンスが読みどころかと思います。

対談では話題に出ませんでしたけれども、陣野さんの『テロルの伝説 桐山襲烈伝』は、天皇小説として知られる『パルチザン伝説』の桐山を論じたもので、一人の作家を総体として論じた仕事として非常に面白い本でした。天皇制と沖縄を大きなテーマとした桐山の小説という抵抗の戦いは、戦後のポストコロニアルな問題として後藤とも対比的に読めるかと思います。

テロルの伝説:桐山襲烈伝

テロルの伝説:桐山襲烈伝

朝鮮、引揚げ、部屋――日野啓三の初期小説四冊

最近日野啓三を読んでいた。日野といえばSFを取り入れたりした八〇年代頃の都市幻想小説がたぶん代表作になるかと思う。『天窓のあるガレージ』『夢の島』『砂丘が動くように』といった作品で、これは私もむかし読んでいたけど、日野は六〇年代読売新聞の外報部の記者としてベトナム戦争を取材し、その後文芸評論家として著書を出したあと、七〇年代頃小説家として活動を始めていて、この頃の作品はまったく読んだことがなかった。その初期小説の主な題材になっているのが、著者自身の引揚げ体験や記者として訪れた韓国で出会った女性との国際結婚のことだった。

日野は1929年、広島の出身で、五歳のとき朝鮮に渡っている。慶尚南道の密陽という町で小学校に通い、その後京城・現ソウルに引っ越して中学校に通い、敗戦後広島に引揚げている。以前読んでた時は全然意識してなかったこの経歴は、日本文学の朝鮮表象を扱った評論で並べて論じられることの多い後藤明生ら植民地育ちの引揚げ文学を考えるなかで気になっていた。

『還れぬ旅』

還れぬ旅 (1971年)

還れぬ旅 (1971年)

そんな第一短篇集『還れぬ旅』はあまりにも引揚者の小説でなかなか興味深いものだった。表題作は内地の学校への幻想を写真だけから育てている少年が、戦時動員の隙間を縫って不可能と思われた内地渡航を目指す道すがら病に陥り、「現地人」(朝鮮という言葉は出てこない)に助けられる話で、「喪われた道」は学生の下宿で隣室だった女性が実家に帰ったあと、彼女をその故郷に訪ねる道行に、戦後の引揚者の語り手の故郷のなさや宙に浮いた感覚を描く一篇。「めぐらざる夏」は、敗戦直後の朝鮮(とは名指されず、日本も朝鮮もその名は出てこない)で、父を待って家にこもっている青年が、子供の頃のように「防塞」を家中に築いていく話で、次第に迷宮的幻想性を帯びていく部分がなかなか良かった。いずれも実存的でもあり、自分の足場への疑念が共通している作品集だ。

「彼には逃げるべき見渡す限りの土地、かくまってくれる多くの人間がある。(中略)何よりも彼が現地人、つまりこの土地の人間だからだ。」「還れぬ旅」77P
「どんな精巧な警報装置、連絡装置をとりつけたとしても、駆けつけてきてくれる者はいないのだ。」「めぐらざる夏」139P

こうした箇所に植民者の不安が描かれていて、特に「めぐらざる夏」は敗戦直後の一見平穏にみえる植民地での植民者が描かれている。

この頃、安部公房の『内なる辺境』も読んでいた。この異端をテーマにしたエッセイ集の表題作は、国家が作り上げる正統と異端をユダヤ人問題とからめて論じたもので、国家がそのイメージの中心に農民を置き、ユダヤ人を都市的なものによって象徴させ、それを異端と見なすことで正統概念を立ち上げると分析されている。流動的、無名的なものとしての都市。満洲で育った安部公房、五歳で朝鮮に渡った日野啓三、そして朝鮮で生まれ育った後藤明生がいずれも後年都市小説を書いたり、都市論に傾倒する共通性はここにあるのかも知れない。

『此岸の家』

此岸の家 (1974年)

此岸の家 (1974年)

第二短篇集『此岸の家』は、韓国人妻との関係を描く表題作のほか、「ミス李」と呼ばれる妻の家族、あるいは作者その人を思わせる主人公の家族とのそれぞれの関係が共通した題材となる一冊で、前著はそれなりに虚構的な作品だったけれど一気に私小説的になっている。

平林たい子賞の「此岸の家」で、「海峡のどちらの岸にも、「帰る」ところは、もうなかった……」(22P)という主人公は、地上七階の部屋で「地平とじかに向き合って宙に浮いたようなこの家に、私自身も初めて落着きを感じ始めていた」(25P)という。確か日本と韓国という固有名が出てこないのは前著と同じで、そのなかで、アメリカとベトナムの固有名が印象的に現われてくる。妻は執拗にアメリカに行きたかったということを言っていて、しかし夫は特派員としてアメリカが参戦するベトナムに行っている。

「浮かぶ部屋」は、夫の妹の結婚式に出るかどうかが軸になっていて、これは単身日本に渡った妻にとって非常に問題になる。夫の家族は外国人女性ということで妻を冷遇してきた過去があり、妻に私と夫家族とどちらをとるのか、と迫られているからだ。そんななかで、夫がこれまで過ごしてきた家、部屋の遍歴をたどり、妻の為に用意したアパートの部屋が、彼女にとっては朝鮮戦争の難民が過ごしたバラック小屋を指す「箱房(ハコバン)」と呼ばれてしまう粗末なものにしか見えなかったことや、夫の母親が、家族に連れ回されて敗戦後に落ち着いた広島もまた、「朝鮮以上の異郷」だったというさまざまな浮遊の経験が回想される。

「此岸の家」には「この家中を要塞化してでも、この家を守らねばならぬ」(47P)と「めぐらざる夏」を思わせる箇所もあり、アパートの二階、マンションの七階という住居への執拗な関心は、引揚者と韓国人妻の夫妻という根ざす土地のない同士の二人の浮遊ゆえのこだわりだろう。

また、「浮かぶ部屋」には以下のような、語り手のやや独善的な故郷への郷愁にからんだ妻への見方が見返される契機も記されている。

帰国してからこの一年近い間、彼女のことを考えることはそのまま、少年時代の十年間を育った朝鮮の土地――染めあげたような青い空、悠々と流れる水量豊かな河、ポプラ並木の街道をゆっくりと歩む牛車の鈴の音、墨絵のような岩山に囲まれて落着いたソウルの市を思い出すことだったし、彼女を呼び寄せる努力は、引揚げてから身を切るような思いで切り捨てた自分自身の過去を、再び取り戻すことのように思ってきた。だが、いま眼の前にいるのは、私自身の過去や追憶とは、実は何の関係もないひとりの女だということが、改めて身にこたえた……133-134P

『あの夕陽』

あの夕陽 (1975年)

あの夕陽 (1975年)

芥川賞を受賞した「あの夕陽」。これは時系列的に「此岸の家」よりも過去で、「ミス李」と結婚する前に離婚した日本人の妻との生活が描かれている。しかし、出来はともかく、自分の言うことに何一つ言い返したことがない妻との生活のなかで、記者として赴いた韓国の女性との関係を感づかれて家出されるっていう不倫男の苦悩みたいな作品、ちょっと良い印象は持てない。物言わぬ妻の不穏な空気の描写は面白いけど。富裕な家庭の出でプライドも高い韓国人妻とバチバチやりあう「此岸の家」「浮かぶ部屋」のほうが衝突はあるけどその分風通しがいいところがある。あと、酒の飲み過ぎで血を吐いた場面が出てくるけれど、後藤明生だとその吐血体験が「S温泉からの報告」になるんだから面白い。しかしまあ「あの夕陽」が芥川賞獲るんなら後藤明生は獲れないだろう。ここまで現妻「ミス李」の固有の名前は出てこないけど、日本人妻の「令子」という名前は出てくる。

朝鮮引揚者の夫の実家家族が描かれる『此岸の家』の「遺しえぬ言」の系列の作品として、『あの夕陽』には「野の果て」や「遠い陸橋」という短篇があり、実母が俳句を作ったり新聞に載ったり同好の士との関係などを通じて神経症を脱している様子が描かれている。自分のみならず、両親もまた引揚者としての苦難を経てきたことへの関心としてこれらも重要だろう。

以前に読んだ時は、バラードの影響著しい作品がバラードより後退しているような印象だったり、ちょっとニューエイジ的で安易な超越性の導入に今ひとつな印象があったけど、初期作品を読んでみると作風の変遷にいくらか興味が湧いてきもする。昔書いた記事では、思っていたよりずっと強く批判的だ。
『断崖の年』など、後年手術体験を小説の題材にしていたのは覚えてるけど、それがガン手術で90年だったというのは、後藤明生の食道癌手術と時期も近いのに奇妙な符合を感じた。まあ、日野が三歳年上のほぼ同年代だからライフイベントも重なるわけだけれど。引揚げ、高層マンション、実家が西日本、新聞・週刊誌記者経験など、共通点も多いけどそれゆえに小説のスタイルの差異も際立つ。

『風の地平』

風の地平 (1976年)

風の地平 (1976年)

そして、講談社文芸文庫砂丘が動くように』の年譜で著者が「「此岸の家」以来の、自己拘束的な写実的・私小説的な連作」の最後だと呼ぶ作品集『風の地平』。本書ではじめて妻が「ミス李」などではなく固有の日本人名と本名で呼ばれ、末尾に置かれた表題作ではその京子・京姫(キョンヒ)の一人称で語られるなど、自分だけではない他人の視点を積極的に取り入れるようになっている。

「ヤモリの部屋」は、ベトナムで外報部の記者として滞在する部屋に妻京子を呼ぶ話で、部屋に数多いるヤモリとの関係によって、ベトナムという異郷にいる二人の状況を描いている。ヤモリをいくら退治しても埒があかずに、このヤモリの天下を受け入れるしかないという状況下はもちろん、ベトナム戦争の状況を寓しているわけで、小説の構造が明確なところがなかなか良かった。

本作ではヤモリはベトナム人だけではなく、語り手の記憶を通して朝鮮人にも重ねられている。ヤモリがなぜか静かな夜、語り手は敗戦直後の朝鮮、八月十五日の午後を思い起こす。すぐにでも朝鮮人がいっせいに飛び出して、日本人町を襲ってくるのではないかという信念を抱いていたこと。

小学校のときは京城よりずっと南の田舎町に住んでいたのだが、登校の途中で毎朝、塀もない朝鮮人の農家の前を通りながら、彼らがいつも麦だけの飯を食べているのを、見てきた。京城に来てからも、とくに朝鮮人の多い街をどうしても歩かねばならぬとき、どこからともなく無数の眼が自分を見つめているという感じを全身に痛いほど覚えた。(31P)

日本と朝鮮、そしてアメリカとベトナム、ここに植民地をめぐる構図が重ねられている。以前の作でもアメリカとベトナムの固有名が出てきていたのは、作者のベトナム報道の体験の向こうに朝鮮と日本の植民地の構図が映っていたからだろうか。

この異郷での経験を踏まえつつ、日本でも朝鮮でもない場所で、妻が「わたしたちのいるところがわたしたちの部屋じゃない」(22P)と言うのがよくて、これまでの作品の総決算のような感触のある印象的なところだった。

空中庭園」もまた檻から逃げ出したリスの出産と、韓国から一人渡ってきて夫も多忙で夫の家族も冷淡ななか一人で息子を産んだ京子を重ねる動物寓意譚になっていて、タイトルの含意は表題「風の地平」のように高層マンションといういまの居場所がカギになってもいる。

また、明治神宮に初詣するまでを描いた「霧の参道」では、「韓国に常駐する最初の日本人特派員」として訪れたとき、植民地時代に住んでいた場所に立ち寄って、昔あった護国神社が消えてなくなっていた体験が語られる。

敗戦のとき真先に焼かれたのが神社だったのだ、とやがて気がついた。異民族の神社を押しつけることは、その土地の人たちに対する最大の侮辱だったのだ。敗戦の天皇放送の直後に、市の中心街を見下す山腹にあった朝鮮神宮の焼かれる黒煙がたちのぼるのを確かに見た。この護国神社がいつ焼かれたのか記憶は全くなかったが、それまでに一度だけ自分からすすんで頭を下げた神社がバラック部落に変っているのを眼の前にしながら、五郎は過去の最も深い層がみるみる拭き消されてゆくような気持を覚えた。バラックの並びの前に蹲っている大人や、まわりを走りまわっている子供たちが驚いて振り向く視線を背中に痛いように感じながら、一気に石段を駈け下りた……(100-101P)

この被植民者からの見返される視線、は既にいくつか引用したようにたびたび日野作品に現われている。植民地時代住んでいた家に行ったら現地の人から不審な目で見られるなど、植民地支配国家の一因として朝鮮にいた記憶は、郷愁を誘うそばから現実の見返す視線にぶつかる。

「此岸の家」と対比されるような「彼岸の墓」は、妻京子の母、つまり義母の墓参りのために家族で韓国へ行った話で、「天堂への馬車代」で韓国人たる京子の死生観が描かれたこととも関連して、火葬をいやがる京子のその存在の根っこを、韓国式の墓に跪く儀礼で触れた大地によって示すような一篇だ。義母を日本に呼ぶとチョゴリなどの服装で周囲に韓国人だとあからさまにわかってしまうことから主人公はためらっていたまま、義母は亡くなった。

五郎もこれまで日本で何度か墓参りをしたことがある。だが立ったまま手だけ合わせるのと、これは全く違う気分だ。膝と掌の下に、じかに地面があった。靴の裏だけ接しているときには感じられない大地の厚みとひろがりとが、心にじかに伝わってくる。大地の肌と心の肌が直接に触れ合う感じだった。
 記憶のままの義母が、そこに横たわっているような気がする。京子が火葬を二度死ぬようなものだと言ったとき「死ぬことに変りないさ」と五郎は言い返したのだったが、実際に土葬の墓の前に跪いてみると、大地を通して生と死が結びつくような思いがけない感情を、五郎は覚えるのだった。
(中略)
「東京に呼ばなくてすいませんでした」
 素直にそう謝ることができた。そして日本人としての自分がこの地面に謝らねばならないのは、そのことだけではないのだ、という思いが、胸のなかをひろがった。
(136-137P)

これらの連作のうちで、本書は特に死生観や葬祭という宗教観念が通底している印象があるけれども、この下りについては渡邊一民が、故郷喪失者が故郷を回復した話と論じている。

もとより回復した故郷はむかしのままの故郷ではない。にもかかわらずそのような故郷回復が可能となったのは、「喪われた道」のころには想像もしなかった〈他者〉との共存に、この故郷喪失者が長い時間をかけて成功したからだった。こうして彼を追放した故郷との和解がいま果される。故郷朝鮮からの追放にはじまってそれとの和解にいたるまで、いいかえれば〈他者〉の存在を認めようとしなかった旧植民地という特殊な故郷を〈他者〉としての認識によってふたたび手にするまで、じつに三十年にわたるその長い苦しい道程を描きだすことこそ、日野啓三が作家としての第一歩を踏みだすために、どうしても避けることのできぬ仕事だったと言わなければならない。(『〈他者〉としての朝鮮』、255P)

初期小説についてはなるほどこの渡邊による総括に尽きるような気もするけれど、しかし果たしてこれは「和解」といいうるのか疑問がぬぐえない。妻やその家族らの死や生の感覚とじかに触れあう出会いの一瞬が描かれているけれども、同時に五郎は義母に謝罪し、そこから日本人としての責任を痛感する距離もまた存在する。そしてこれは主人公五郎のモノローグでしかない場面だ。故郷の「回復」と言いうるのかもまた疑問で、そのいずれもが、回復するようでいてしきれない、そういう決定的には叶い得ない断絶の場面ですらあるのではないか。とはいえ、韓国人の妻と結婚してその義母の墓に参ることで、韓国人の存在が妻を通じて感覚のレベルで立ち上がっているわけで、和解への契機とはいえる。

〈他者〉としての朝鮮 ― 文学的考察

〈他者〉としての朝鮮 ― 文学的考察

表題作「風の地平」は夏休み広島の実家に帰った夫と息子がいないあいだの京子の一人称での一篇。執筆順とは異なるけれども、私小説的な作品群の掉尾を妻による一人称で終えるという配列に、作者のここにこめた意味があろう。そうと言わなければ日本人として近所にも通る京子と、そのうちにある韓国人京姫という二重の存在感覚を描きつつ、夫と息子の帰りを待つあいだに韓国時代の旧友やその知り合いに会うけれども、日本人と結婚するなんて国の恥だと難詰する男に絡まれる、京子のダブルアウトサイダーぶりが描かれていて、父子を亡くしたりしたらまったく身寄りなく異郷に放り出されることになる京子の孤独が、高層マンションという場所に刻まれているようでもある。タイトルは窓から見える地平線を示しているようで、しかし、京子は風雨にさらされたその場所から、つねに前を見ようとしている。

と、ざっと初期の四冊を読んだわけだけれど、外地人の内地への幻想や敗戦直後の朝鮮での日本人を描いた小説からはじまり、朝鮮も日本の異郷にほかならない引揚者たる男が家族を作り上げる苦難の過程を経て、男が呼び寄せた異国の妻の孤立感にも視点を寄せ、異郷にある者の感覚を自分のみならず家族や妻までさまざまに視点を膨らませて展開していったように感じる。そのなかで浮き上がるのが、異者の住処としての「部屋」で、根無し草の落ち着く場所はつねに土着のものではない浮遊した「わたしたちの部屋」にほかならない。この「浮かぶ部屋」がこのあとの都市論への関心に転化していくようにも見えるけれども、これはまだほかの日野作品を読んでみないことにはわからない。


日野啓三講談社文芸文庫でもいくらか復刊がされているけれど、島、砂丘、天窓などの都市幻想小説ベトナムもののノンフィクションと短篇集などで、これら初期の作品は芥川賞の「あの夕陽」が表題作にとられた短篇選集に収録されてるくらいでいまはほとんど漏れている。かといって私も初期の文芸評論書やベトナム関連の著作を読んでない。なので日野がどのような書き方をしているかは知らないけれども、ベトナム戦争もまた植民地との関連で捉えられているならば、初期の日野啓三はこの二つの植民地問題のあいだで書いていたことになる。日本文学の引揚げ作家としての日野啓三はもう少し検討されてよいと思うけれど、パッと見た感じそういう表題の日野論はないかなーと。

ciniiで検索すると結構論文が書かれているのがわかるけど、ここで扱った初期作品を論じているものとしては以下がある。
CiNii 論文 -  日野啓三「此岸の家」から「彼岸の墓」への展開--存在基盤喪失者の捉える世界

『ブギーポップ・リターンズ VSイマジネーター』『砲撃のあとで』『戦後短篇小説再発見7 故郷と異郷の幻影』 『パルチザン伝説』「ベンヤミンのメキシコ学――運命的暴力と翻訳」

上遠野浩平ブギーポップ・リターンズ VSイマジネーター』、エヴァとの同時代性をすごく感じるけど同時に、変身ヒーローを捻って捻ったような仕組みで、変身ヒーローたる藤花とブギーポップは分離しているし、自動的なその活動は作品の主人公とは別の位相にある。「正義の味方」をどう扱うかにかなり意識的っぽくて、『笑わない』では世界の敵を自動的に倒すブギーポップのまわりの普通の子供の親切さとか勇気が強調されていたし、『VSイマジネーター』では谷口は正義の味方の偽物を演じていたけど、重要なのは織機を助けたいという一心だった。谷口の自分は強くないし何が正しいのかわからないけど、織機と一緒なら強くなれるということと、織機の谷口のことを思うと勇気が湧いてくる、というこの二人の戦い、をブギーポップは手助けする。ヒーローの、その周囲にある普通の人の小さな戦い。必ずしも正義のヒーロー、ではなく、個人個人にとって大切なもの、筋道を通すことから進んでいく感じで、こう捉えるとジョジョの影響が見えてくる気がする。

砲撃のあとで (集英社文庫)

砲撃のあとで (集英社文庫)

三木卓『砲撃のあとで』。日本敗戦を機に一変した植民地での生活とそこからの引揚げ行を描く連作集。「少年」と呼ばれる小学生の視点から描かれ、地名や人名などの固有名は示されず、攻めてきた外国人が何人なのかも不明瞭で、日本という単語すらでてこないような曖昧さのなかのリアルな人の死。本国が新型爆弾で原子ごと破壊されたらしいという断片的なことしかわからず、兄と女と男の関係もわからない。月経というものがあることも知らなかった少年に、引揚げ行のなかでそれまで知らなくてよかった生々しい現実を間近で目撃することになる。父の死、コレラで数時間で死んだ男。国家が崩壊した場所では、人は一人一人の単位に戻ってしまうこと、植民地の人々には植民者への憎しみがあること、大人たちの言うことには裏があること、そして帰還の船に乗るためには衰弱した「あのばばあ」が死ななければならない、という祖母への酷薄な認識が露わに描かれる。引揚げ体験が同時に少年から大人への通過儀礼のように描かれる。直球の引揚げ文学という感じだ。

『戦後短篇小説再発見7 故郷と異郷の幻影』 、収録作の半分ほどが引揚げを含めた外地経験小説か、外地滞在経験のある作家で占められており、興味深いセレクト。外地ものとしては小林勝、木山捷平五木寛之のものがあり、済州島出身の在日朝鮮人だった義父を描いた小田実のものがある。この題材で在日朝鮮人作家がいないな、と思っていたら小田実が間接的にそう。他に外地滞在者としては森敦、林京子がいる。五木寛之「私刑の夏」は1946年の夏、38度線を越えようとあせる引揚げ日本人の一団を、緊迫したサスペンスの筆法で描き、綺麗なオチがついてもいる。小林勝「フォード・一九二七年」は表題の車でやってきたトルコ人家族を題材に、朝鮮の村、日本人の在住するエリア、そして山の上のトルコ人の館の立地のなかの屈折した日本人少年のコンプレックスが描かれる。木山捷平「ダイヤの指環」は新京での飲み屋の女将との引揚げ後の文通を描いている。ほかにもシベリア抑留の長谷川四郎もいる。名前を知らなかった光岡明「行ったり来たり」は、「行ったり来たり」という奇妙な神を据えてある二つの村をユーモラスかつファンタジックに描く佳篇で、相互の村の代議士がお互いを無教養、無能力と批判するけど、二人とも当選したので「無教養と無能力が均衡している」とあるのが笑った。ちょっとした引揚げ作家アンソロジーとしても読める本で、集英社の『戦争×文学』には各植民地を題材にした巻があるけど大部でそれなりの値段なので、手軽なのはこれだろう。石牟礼道子水俣病ものの一篇など方言の横溢したものもありつつ、外地や外国への旅行を描くものなど、タイトル通り故郷と異郷のさまざまな組合わせやあり方を捉えたアンソロジーになっている。しかし『戦後短篇小説再発見』は二期も含めてざっと見たところ在日朝鮮人作家が金石範と李恢成しかいないように見えるけど、これはちょっと少ないんじゃないかと思った。

パルチザン伝説

パルチザン伝説

桐山襲パルチザン伝説』、45年と74年の二つの八月十四日、戦前と戦後において「父たちの体系」の頂点とよばれる「あの男」への二度にわたる暗殺に失敗する革命家家族の伝説を弟が兄への書簡形式に織り込みつつ、「言葉が扼殺された世界」たる天皇制国家戦後日本の風景を描き出す革命文学。革命運動とともに爆破に失敗し手や腕を失うモチーフが親子に受け継がれつつ、「決意した唖者」「昭和の丹下左膳」「志願した娼婦」などと呼ばれる三兄妹とその失踪した父をめぐる話はどこか神話的で、「アイテテ、アイテテ」というユーモラスな部分などちょっと大江っぽいとも思った。「この国の人びとがイタリーのようにパルチザンとなって起上がることなど、永遠にあり得ぬのではないか。どのような惨禍が頭上に降りかかろうと、あたかもそれが自然であるかのように諦め続けていくのではないか」91P「なるほど民は自らの水準に応じてその支配者を持つものだとするならば、知は力であるという段階を通過せぬまま権威と屈従の感覚だけは鋭敏にさせてきたこの国の民の水準に、軍部のごろつきたちはまことに適合しているのかも知れなかった」92P。今だからこそ読みたい小説だな。河出書房新社版は友常勉の充実した解説が付いていて、作品社版には「亡命地にて」という右翼の出版妨害のおり沖縄に「亡命」したという短篇小説(実際にこの時沖縄には行ってないらしい)が併載されていて、これは河出版には入ってない。

新潮 2019年 05 月号 [雑誌]

新潮 2019年 05 月号 [雑誌]

新潮2019.5月号の山城むつみベンヤミンのメキシコ学――運命的暴力と翻訳」読んだ。ベンヤミン「翻訳者の使命」を、16世紀アメリカの人類史上最大の虐殺を背景に、翻訳を「文字に発する暴力」の一環に位置づけながら、修道士サアグンあるいは向井豊昭の翻訳の過程に暴力への断念をも読みとる批評。コルテスの制服後にメキシコに派遣されたフランシスコ会派の修道士ベルナルディーノ・デ・サアグンの残した民族誌のような書物は、ナワトル語とスペイン語の併記された形式を持ち、文化人類学の先駆ともみなされるものらしい。この書物からさらにトドロフマルクスデリダ等の補助線を経ながら、向井豊昭アイヌ語のリムセと呼ばれる歌謡を翻訳する過程が細かく記された「怪道をゆく」に逢着する、植民地主義の暴力と翻訳をめぐる思考が重ねられていく。山城はこう書く、「同化の歴史の中では、翻訳は、まずもって、ヤマトの人々による制服、支配、植民、差別の運命的暴力と換喩的に連動する暴力なのである」。そして、「他者の「顔」から射し込んだ光が蘇生させたこの呪文の声と向き合うなら、それは、長く激しい葛藤の末に、翻訳者、向井豊昭の内部で作動していた制服の暴力を制止し、この暴力に欲動断念を強いるだろう。その断念が翻訳者の「使命」である」(P207)と。新潮2017.2月のベンヤミン論の、すばる2018.2月のカイセイエ論を挾んだ続篇で、向井豊昭を翻訳から論じたものとしても非常に面白かった。まあもちろん理解した、という感じではないけど、翻訳の暴力とそのプロセスに暴力への抑止を見いだそうとする論の運びは、向井豊昭の矛盾を救い出そうとしているようで感動的ですらあった。ベンヤミン論二篇とカイセイエ論で単行本出して欲しいところ。三篇だと分量ちょっと足りないかな。

双子のライオン堂での『骨踊り 向井豊昭小説選』刊行記念イベント

2019/3/8(金)19:30〜『骨踊り 向井豊昭小説選』(幻戯書房)発売記念!座談会その後/ゲスト:岡和田晃・東條慎生・山城むつみ | Peatix

骨踊り

骨踊り

岡和田晃さん、山城むつみさんと一緒に登壇した先週のイベント、ご参加いただいた皆さまありがとうございました。

ちょっとうまく喋れませんでしたけど、本書を通して読むことでモチーフの執拗な反復と、そのコアにある「僕の人間」が「日本」と不可分のものとしてあることがわかる、ということを伝えたかったのでした。そして岡和田さんが丹念な調査で掘り起こした教育学などさまざまな文脈が多層的に織り込まれた作品の厚みがあり、技法や表面的な作風は変わっても、強靱な芯があることが見えてくる。

「鳩笛」は啄木に「時代の滓」と言われた祖父向井永太郎を描く作品ですけれど、「脱殻(カイセイエ)」はその「鳩笛」を載せた「日高文芸」をめぐって鳩沢佐美夫とやりとりがあり、このなかで鳩沢はアイヌについて書いても自分が傷つくだけだといい、「僕はアイヌ……人なのでしょうか。否、アイヌの為に何かを語り何かを書かなければならないのでしょうか。僕の人間はどこに行ってしまったのでしょう」(94P)と向井に書き送っています。「対談アイヌ」で舌鋒鋭くあらゆるもの、和人に留まらずアイヌまでをも批判する鳩沢と、和人としてアイヌ教育にかかわった向井がここで対面しています。向井はそしてアイヌのいない場所へ「逃亡」するわけですけれども、二人とも直接「アイヌ」とかかわることを辞めるわけです。

ここで出てくる「僕の人間」と言う言葉が、本書に収められた作品群に重く響いているように、再読して改めて感じました。「僕の人間」を考えた時に、父、母、祖父、といった血を遡り、自己の起源を問い直すわけです。父のいない豊昭にとって、永太郎は父代わりでもあり、文学の原点でもありました。

そして、近代日本がアイヌを侵略し土地を奪い、そして向井自身がアイヌを滅ぼす同化教育の総仕上げを担った、という罪の意識は向井自身の日本人という属性と不可分のもので、つまり近代日本を批判することは同時に自分自身を切り苛むこととしてあり、『骨踊り』のように、さまざまな日本の裏や隠されたものを暴き出すことは、同時に自己自身の醜さの剔抉にもなり、ここに向井の「笑い」がどこかペシミスティックな感触を伴う理由でもあると言うことを考えていたのでした。そして本書が「あゝうつくしや」における日の丸と唱歌「日の丸の旗」で終わるのはまさにこのためだということを強烈に印象づけます。

岡和田さんの調査力というものは山城さんも驚嘆していたのですけど、岡和田さん自身は、議論を細かく精緻化していくことはいくらでもできるけど、別の人の視点やたとえば書評などを書いてもらうことで、自分の気づけなかったポイント、外部の視点を知ることができるので、それが重要だというストイックな話があり、今回の解説で書かれていたような事情を調べたきっかけが山城さんの「あゝうつくしや」についての疑問だった、と。

また、山城さんのベンヤミンの「暴力批判論」と「翻訳者の使命」はパラレルに読まれるべきで、なぜ自分が向井の「脱殻」論を書いたかというと、その言語という暴力への関心にぴたりとはまる作品だったからだというのが面白かったです。アイヌアイヌ語とその翻訳への関心は、つまり日本語でものを考えている限り日本語というものの暴力性に気づくことができないという、言語のフレーム、視界のフレームを相対化する契機で、ここに暴力と言語の問題が交錯する地点があるというような。カイセイエ論で「ここ」と「そこ」として議論されていたものです。カイセイエ論の前に「ベンヤミン再読――運命的暴力と脱措定」があって、この「暴力批判論」論と予告された「翻訳者の使命」論のあいだをつなぐものとして、カイセイエ論があった、と語っていたところが印象的でした。

叙情との戦い、五七五との戦い、アイヌ語、下北方言、コールガールの語り、骨のモノローグその他その他、向井豊昭はその小説につねに別のリズムを放り込んできたわけで、この「国語との不逞極る血戦」、日本語による日本語への闘争の戦略が後期の実験的作品群のひとつの特徴にもなっていると思います。


ここからは自分の関心について書くんですけれど、同年代で小説作法にもどこか似たところがある後藤明生との大きな違いにその政治的スタンスがあり、笑いの質にもかなりの違いがあります。後藤の軽さに対し向井は重い。『BARABARA』と対になるようなスカトロジー小説『DOVADOVA』のラストはまさにある種の自己否定性が滲んでいると思います。会場で三輪太郎さんが「敵」という言葉を使って発言されてましたけれども、まさにこの「敵」が外にもありまた自らの内にもあるという分裂の様相が、殻、分身、骨、というモチーフに現われており、また「あゝうつくしや」のラストの子供を狙って垂れる日の丸とは、自己自身でもある不穏さがあります。

後藤明生の笑いが軽いといっても無論それは下に見るわけではなく、その軽さそのものが後藤自身の日本にいながら地に足がつかないような感覚から発するものでもあって、「政治」に対する距離感もこれと同様の「足場」のなさだということは「未来」の連載でも書いた通りです。向井豊昭は在京下北人を自称していた、という話がありましたけど、拙稿で後藤明生を在日日本人、と呼んだのはこの日本へのどこか不思議さの感覚からで、植民地生まれの引揚者という経歴はこれとは切り離せないわけです。『近代日本の批評』で、六〇年代の文壇状況においては、今や疑わしいけど「内向の世代」こそラディカルだったと柄谷は言っていて、「内向の世代」と呼ばれるほどにはやはりカウンターではあったので、スターリニズムに対する脱政治性というかたちでの抵抗ではありました。

向井豊昭における看板」論が書かれるべきだと山城さんは言っていましたけど、たとえば看板や碑文といえば後藤明生もそういう街中の言葉をさかんに作中に引用する作家で、つまりよく歩く小説を書いていて、また歌をよく取り込む点も似ているし、調べ物の過程が小説になる点でもやはり似ています。政治的に極めて立場が異なるけれども、その手法的な面ではときにかなり似た部分を示してもいます。そういえば叙情との戦いと向井が言い、後藤もじつは散文性という言い方で似たことを言っていたりします。

山城さんは、やはり元々近代文学的な書き手だった向井がなぜ晩年のような書方になったのか、それが重要ではないか、ということを言っていましたけれども、それにはやはり未収録の早稲田文学掲載作とかをまとめておくことが必要だなあ、と思ったのでした。

そういえば、ほぼ同年代で「文學界」に転載されたのが一月違いという関係にある後藤明生向井豊昭に直接の関係があるかどうかというと、これがよくわかりません。向井を評価した人は後藤とも近い人脈だし、向井が私淑する平岡篤頼はむろん後藤と極めて近いので、読んでてもおかしくはないんですけど、文章としては確認できてません。向井が早稲田文学新人賞をとった1995年は既に後藤は関西に住んでいたというのもあって、直接の交流はなさそうですけれど。

イベントのまとめというか、イベントではなくその後の雑談で聞いた話なんかも混ざってしまっていると思いますけど、当日参加して言いたかったこと、その後考えたことやツイッターで書いたりしたことをひとまずまとめておきました。

第39回日本SF大賞・最終候補作を全部読む。

第39回日本SF大賞・最終候補作が決定しました! - SFWJ:日本SF大賞
表題通り、今月末に発表予定のSF大賞の候補作を全部読んだので感想をまとめる。

名もなき王国

名もなき王国

倉数茂『名もなき王国』 とにかく次々と魅力的な物語――売れない作家同士の鬱屈と友情、洋館に棲まう忘れられた幻想小説作家、家族を共有するカルト団体、奇病で閉鎖された街からの脱出、満洲引揚げの一頁、一筆書きのような幻想掌篇、デリヘル嬢に自作小説を配るドライバー、謎の薬をめぐる探偵小説――が現われる楽しさ。各篇に連繋や暗示でつながる要素は丁寧に再読しないと配置をまとめきれないけれど、第三章でコウが出てくるあたりで全体の動機はうかがえる。小説を物語を必要とし書くことについて、なぜ私が私なのか、現実が現実なのかという根源的でかつ普遍的な感情を基盤にして、さまざまな単独でも読めるような小説内小説を配しながら、個々人の名もなき王国を希求する業について書かれたメタ幻想小説*1

最後にして最初のアイドル (ハヤカワ文庫JA)

最後にして最初のアイドル (ハヤカワ文庫JA)

草野原々『最後にして最初のアイドル』 なかなか評価に困るというか、プラスポイントとマイナスポイントを足し合わせるとプラマイゼロになりかねないみたいな尖った作風で、いや、なかなかすさまじいオタクネタとSFネタを存分に詰め込んだワイドスクリーンバロックで面白いムチャさはいいんだけど、表題作の序盤とか確かに小説としてどうかという感じがしてしまう。

オブジェクタム

オブジェクタム

高山羽根子『オブジェクタム』 表題作は、幼少期に一緒に壁新聞を作った祖父との記憶を、主人公が現地に再訪しつつ回想するもので、ざっと読むと前著の脈絡を継ぐジュヴナイルの秀作という感じだけど、前と違うのはSF的ネタというか思弁性がメタ的な水準で語られているような感触があること。虹のオブジェ、偽札や最後の事実に関するくだりや、解読されないメッセージなどのミドリ荘とも通じるモチーフがちりばめられてもいて、通り一遍読んだだけでは底を見せない。鮮やかな記憶の細部、まぼろしではないかと疑ったサーカスなどの記憶と幻想のモチーフと、特定の時間にだけオブジェが映し出す虹のイメージが重ねられているんだろうか。光学器械、まさかプルーストかと思ったりもしたけど。「太陽の側の島」は不可思議な戦時下小説で、二つの場所がプリースト『夢幻諸島』を思わせる時空の歪みに見舞われている状況が往復書簡で展開される幻想譚で、死と生、時間と空間が入り乱れる。「L.H.O.O.Q.」の表題はデュシャンの性的に興奮した女を意味するやつ。犬を探して女と出会う不思議な話。

半分世界 (創元日本SF叢書)

半分世界 (創元日本SF叢書)

石川宗生『半分世界』 第七回創元SF短篇賞受賞者の第一作品集。限定された舞台の奇想から発して、そこに細かな描写とSF的ロジックを積み重ねていく作風で、作中さまざまに引用、言及されてるように海外文学読者に強くアピールする本でなかなか楽しい。デビュー作「吉田同名」はほぼ二万人に増殖した吉田大輔という多数の一人を描く。その二万人を収容する施設での同一人物が多数同居する空間とその関係の変容を追った短篇で、ドストエフスキーの『分身』やカルヴィーノの引用などのように、分身や自己同一性というか双生児テーマに連なる一作。『まっぷたつの子爵』の内容は説明しても『不在の騎士』の内容に言及しなかったり、『不在の騎士』が空洞の鎧という自己の不在に対し、一人が分裂する『まっぷたつの子爵』を持ってきて「私」のテーマを匂わせるような固有名詞から示唆する手法を多用してある。特に、「『二重人格』ではなく『分身』」と言って、それがドストエフスキー作品だとは書かない匂わせ方に、これが通じる人に向けて書いてるところがあって、これはこれでスノッブな感じもあるけど、まさにそれは私も同意見ではあるのでくすぐったい。「半分世界」は、ドラマのセットのように半分になった家に住む家族と、それを眺める人々、というテレビ的関係性というかリアリティショーのような奇想を出発点にしていて、ここらへんコルタサルの「ジョン・ハウエルへの指示」という演劇の舞台と客席の境界が崩れる作品を思い出した。「白黒ダービー小史」も、サッカーのような競技がフィールドから街そのものを舞台に全日行なわれているある街とその歴史を描いていて、やはり境界の崩れからくる奇想が全体を牽引する。私の境界、家族の境界、競技フィールドの境界の崩れ、を書き詰めていく。「バス停夜想曲」はもっとも早く書かれた作品らしく最長のものでもあって、自分の路線のバスがいつ来るかも分からないまま何日も足止めを食らう不可思議なバス停周辺に集まる人々が独自のルールを作り、組織を作り、争いが起き、とバス停という極小の場が極大の人類史の相貌を帯びていく。異常状況の日常を丹念に描写していくことで極小のものにより巨大なものを詰め込んでいるような感覚をもたらす奇想小説集。面白いけど本書では大枠がある種のパターンになってる感じもするから、この次に何を書くかが気になる。

文字渦

文字渦

円城塔『文字渦』 中島敦と一字違いで文字・兵馬俑・陵墓といった写像をめぐってちょっと「名人伝」的な表題作のほか、文字を戦わせる闘鶏ならぬ闘字、文字の生物学、文字とルビとの熾烈な闘争、文字サイバーパンク?あるいは名前と実体の関係をショートさせるミステリなど、文字にまつわる短篇連作集。水戸光圀の「圀」などに今も使われている、則天武后が独自に定めた則天文字や、源氏物語を書写する機械、「新字」という日本最初の辞書?を編纂した境部岩積、王羲之などなど文字の歴史をめぐって、秦、唐、現代から近未来までを超時間的に操り、和漢洋に加え数学・プログラムの知識をフル活用しながら繰り出される壮大な冗談のような語り口で、『Self-Reference ENGINE』の東洋・漢字版といった趣もある。『プロローグ』『エピローグ』が未読だけど、書くこととテーマにしてきていよいよ文字というインターフェースに挑んだ感じ。漢字文字の本を読みあさりたくさせる強いフックを持っていて、それでいてたいへんツイッター映えする面白字組が多々見られるエンタメぶり。文字とくに漢字をテーマにするとやはり呪術的なアプローチが多いと思うんだけど、円城塔なのでさまざまな科学的、数学的ロジックを屈曲させたSF的アプローチで書かれた東洋、漢字幻想SF小説になってる。これを隔月で連載するのか、と驚かされることしきり。版面とか校正とかもだけど。文字と写される実像、の関係をさらに捩っていくところが面白いんだけれど、説明するのがなかなか難しくて、近未来デバイス「帋」(かみ)を扱ったところで、レイアウトに応じて本文も自在に書き換えられるべき、という相互性のくだりとかがわかりやすいか。

飛ぶ孔雀

飛ぶ孔雀

山尾悠子『飛ぶ孔雀』 石切場の事故で火が燃え難くなったという日本のどこかを舞台にした連作的二中篇。火が使いづらくなり、調理、タバコ、エンジンに不調が生じるなかに現われる孔雀と大蛇。鮮明な細部に対し全体像をにわかには把握できない描き方で、奇妙な夢のよう。小説として高度すぎて自分には太刀打ちできないというか。繰り返し再読しながら、迷路を何度も迷いながら感じを掴まないとなにも言えない気がする。不燃にプロメテウスというか文明の後退や原発事故を想起するんだけど、SF的な状況をSF的でない書き方で書いている小説とも読める、か? 火や水、土や風、孔雀と大蛇、QとK。さまざまな現象やちりばめられた人物たちが、階段井戸や「口辺に火傷跡のある犬」のように境界を越えて各所で繋がっているようだけど、まだこの「幾何学的精神」を読みとるまでにいってない。この絵がどのような絵か、まだ見えてない。噴水の止まる瞬間を見ようとする男のセリフを引く。「ただ失うのは厭だ、訳もわからないまま、気づいたときに何もかも失っているのは厭だ。喪失の瞬間をこの目で隈なく見届け、一瞬を貪るように味わい尽くし、無限に分割し写真のように網膜に焼き付けたいのだと」163P。


SF大賞候補作、全作読んだところで、私個人としては好きなものを選ぶとすると『名もなき王国』と『文字渦』のどちらか、ということになる。二作選んでも良いならこの二つだ。じっさいにどれが獲るか、という予想は、これまで候補作を全部読んだことがないのでどういう傾向があるのかは知らないのでなんとも言えない。ただ、『飛ぶ孔雀』は一読しただけでは私には評価不能で、その分ジョーカーとして、どこに入ってもおかしくない気がする。山尾悠子円城塔はどちらもこれまで大賞をとってない*2し、この二作はどちらもその作家のキャリアの一つの到達点にも見えるので、二作同時受賞ってのがありそうかと思うんだけどどうだろう。

*1:去年すでに感想を書いていたから、それを再掲載している

*2:屍者の帝国』は特別賞ということで