長沼毅、藤崎慎吾 - 辺境生物探訪記

辺境生物探訪記 生命の本質を求めて (光文社新書)

辺境生物探訪記 生命の本質を求めて (光文社新書)

以前このブログでも何度か書いた長沼毅氏の新著が出ていた。
長沼毅「深海生物学への招待」 - Close to the Wall
生命の起源と地球外生命の可能性 - 長沼毅「生命の星・エウロパ」 - Close to the Wall
「科学界のインディ・ジョーンズ」と呼ばれる生物学者長沼毅がSF小説家でサイエンスライターの藤崎慎吾と辺境生物についての本を出しているのを知って、これはと思いすぐに買った。

本書は400ページにも及ぶ大冊で、収録されている多数の写真はほぼ全てがカラーというつくりになっているのがまずすごい。長沼、藤崎両氏による対談を収録しているわけだけれど、ここで面白いのは場所。辺境生物(その多くは微生物)をテーマにしている通り、火山、地下、温泉、砂丘といった「辺境」で対談を行っている。しかし、どれも日本国内の場所だ。さすがに南極やサハラ砂漠、宇宙空間といった場所まで行って対談してくるのは無理なので、国内で似たような場所を見つけ、そこを極地と見立てて、辺境生物対談を行っている。この目次はつまり世界の極地のミニチュアなわけだ。

全部で8つの章に分かれ、「酒まつり」の町で微生物の話を語るプロローグからはじまり、低温室で南極生物を、江ノ島水族館で深海生物を、伽藍岳火口で高温に耐える極限環境微生物を、鳥取砂丘で乾燥に耐える微生物を、地下深くで圧倒的な量が存在するらしい地下生命圏を、エネルギー加速器の横で放射線が飛び交う宇宙空間と微生物の話を、天文台では惑星科学の専門家でTVチャンピオンの第六代ラーメン王の佐々木晶を交えて、宇宙と生命について熱く語る。章の間にはコラム対談、鼎談が10挿入されていて、補足やちょっと本題から外れた話も盛り込まれている。

そもそもなぜ、長沼氏が辺境生物にこだわり、それが宇宙の話にまで広がっていくのかというと、辺境生物、極限環境微生物を探ることで、生命の本質、生命の起源がわかるのではないか、と考えられるからだ。今現在の地球環境は生命誕生からずいぶんと時間が経過した姿であって、生命誕生のときの地球環境は想像を絶するほど荒々しいものだったと考えられている。その意味で極限環境というのは生命誕生の地球環境のアナロジーといえる。「深海生物学への招待」でも、深海の熱水噴出孔生物群集が、太陽光による生態系に依存せず、海中から吹き出す硫化水素やメタンを栄養源とした化学合成生態系の存在が、生命の起源の有力な仮説の土台となっていることが論じられ、さらに、太陽光なしの生態系の存在は、地球外生命の存在可能性の有力なヒントともなっていた。辺境生物を探ることは、生命の起源への旅でもあり、さらに、地球外生命の可能性への思索でもある。それが、宇宙飛行士の選抜試験を落ちたことで、地上をはい回ることになった長沼氏の大きなテーマだという。

一部の内容は長沼氏の著書ですでに既知の話ではあるけれど、対談形式でさまざまな(特に失敗した)エピソードを交えて語られる話はやはり非常に面白い。無人深海探査システム「ディープ・トウ」を牽引するロープがちぎれて紛失した話や、深海で餌にすぐさまカニが寄ってくるのは何故なのか結局分からなかった話、大西洋海中の海底火山TAGマウンドが宮崎駿の映画に倣って「ラピュタ」と呼ばれている話とか小ネタがいちいち興味深く、特にしんかい2000で移動しながらでもひとつしかないマニピュレーターでひょいひょいサンプルを採取していく名人がUFOキャッチャーで練習していたという話には、藤崎氏がかかわっている同じ光文社新書の「深海のパイロット」が是非読みたくなった。
深海のパイロット (光文社新書)
そしてやはり興味深いのは後半の宇宙関連の話。生命の起源はどこか、エウロパやガニメデに生命の存在する可能性は、といった話が惑星科学の専門家を迎えて論じられる。生命が存在するには水が多すぎてもダメ、とか温度が500℃もあったらさすがに生命は無理だろうというような生命存在の条件についての話と、太陽系の天体ごとの特徴を語るところは面白い。この章では大胆な発言、放言がぽんぽん飛び出て妥当性はともかくかなりエキサイティングな展開になっていく。地質学的には生命はものを壊して風化を早める作用がある、という発言から、生命は宇宙の破壊者なのかもと議論が進むなど、「生命は宇宙を破壊する」と題された章にふさわしく、生命の存在論にも踏み込む。

地球外生命についての発言で特に興味深いのは、地球内で地球外生命に遭遇する可能性を語った部分だ。地球の生命はとりあえずひとつの系統な訳だけれど、たとえばDNAの文字がATGCでない生物や遺伝情報がDNAでない生物、あるいは光学異性体、キラリティとかいうらしいのだけれど、左手型、右手型と呼ばれるアミノ酸の偏りがあり、地球生物は左手型なのだけれど、右手型生物を発見できたら、地球外生命を見つけたのと同じくらいの価値があるだろうと語り、つまりファーストコンタクトはアウタースペースではなく、地球内部という意味でのインナースペースで起こる可能性がある、と述べる部分はとてもロマンを感じさせるところだ。

宇宙も、そしてまた地球内部もまだまだ未知のエリアが広がっていることを実感させる。理論的な部分などは長沼氏の「深海生物学への招待」や「生命の星 エウロパ」の方を参照したほうがいいけれど、まだ読んでいないという人にはそれらへの入門としても、読んだ人でも裏話やその後の進展も含めて充分以上の楽しめるはず。

実はこの新書のうち、四章分はすでにネットで公開されている。
辺境生物探訪記
更新中断している状態だけど、新書に未収録の分はここで公開される可能性がある。
第一回はこちら。
第1回 プロローグ“酒都”西条で、微生物を語る(前編) (辺境生物探訪記)
読み比べてみると、時事ネタを削ったり、編集をしてる部分があったりしているけれど、本を読む前に、とりあえずサンプルとしてこれを読むのが良いと思う。

Youtubeには長沼氏が辺境生物について講じた動画があった。

ただ、この内容、分量を新書で出すのが良いのかどうかは疑問がある。1400円もするのだけど、ページ数は二冊分に加えて中の写真がどれもカラーで収録されているのを考えるとこの値段はかなり安い。しかし、逆に写真が小さくなってしまう。なにより、三回分の未収録対談があるらしく、インターネットでの配信を考えているとは言うけれど、どうせなら全部収録したソフトカバーなりで出せば良いのにと思わないではない。新書フォーマットで出すことによって書店で目立つところに並ぶ効果を見込んでの選択(だからこそ、私も近場の小さい本屋で買えた)なのだろうとは思うのだけども。ただ、部数が出るこを見越せるからこそ、カラーでこの値段なのかも知れないと思うと新書フォーマットの選択はむしろ正しかったのかも知れない。