最近読んだSF

ここ四五年、単発的に読む以外に全然SFを読んでいなかったので、積んでるSFが増えすぎた。先月フリマの作業が終了してから、延々SFを読んでいたので、まとめて軽く感想を書く。

カレル・チャペック「ロボット(R・U・R)」

ロボット (岩波文庫)

ロボット (岩波文庫)

東欧文学の特集なんてやっておきながらこれを読んでいなかったという。ロボットものの偉大な原型みたいなものだけれど読んでみるとやはり面白い。ロボットの語源からしてそうなのだけれど、「労働」の問題、単純労働力が人々から仕事を奪うことで対立が先鋭化するというのは今読んでも違和感がない。チャペックは山椒魚戦争のハヤカワ版を手に入れたので近々読みたい。

アイザック・アシモフ「われはロボット」「ロボットの時代」


チャペックからつなげてこれを。今年の頭にクリスティ、クイーン、アシモフとまとめてミステリを読んで、一番面白かったのがアシモフ鋼鉄都市」だったので、短篇の方も集めていた。ミステリはどうしても、謎が解けても、「だから何?」と思ってしまってはまれない。SFミステリならいけるのは、たぶん謎が解けることが、作品を閉じるのではなく開くからなのかなと思っている。

いわゆる「ロボット工学三原則」を軸にした短篇群で、三原則という前提と、そこからは起こるはずがない事件にどういう道筋をつけるのか、というロジカルなパズルが面白い。これらも一種のSFミステリ作品群。

アシモフはチャペック、フランケンシュタイン的なロボットを、工学的技術的発想においてコントローラブルなものとして捉え返したのが新しかったのかな。未来への楽観視、あるいは理性的なものへの信頼が感じられるこのスタンスは今からするとやはり古いとは言えるけれど、ヒューマニスティックな視点がつねに感じられるのはいい。市長の話とか。

そういえば、「ロボットの時代」の解説で、ロボットが労働生産現場に投入されることはなく、宇宙開発や政策の場、特殊技能を必要とする場に限られるという指摘がなされているのだけれど、水鏡子氏がこのポイントをどういう意味で評価しているのかよくわからなかった。

神林長平「狐と踊れ」

狐と踊れ (ハヤカワ文庫 JA 142)

狐と踊れ (ハヤカワ文庫 JA 142)

読んだのは「敵は海賊」短篇版を含む旧版。神林は雪風は読んでいてシリーズは追っていくつもりだけれど、この短篇集はさほど惹かれなかった。これから読んでいたら他の本を読もうとしなかったかも。文体で引っ張る短めの作品が面白く、表題作とかはあまり。雪風シリーズと火星三部作を読もうと思う。

光瀬龍 宇宙年代記

宇宙救助隊2180年―宇宙年代記全集〈1〉 (ハルキ文庫)

宇宙救助隊2180年―宇宙年代記全集〈1〉 (ハルキ文庫)


辺境5320年―宇宙年代記全集〈2〉 (ハルキ文庫)

辺境5320年―宇宙年代記全集〈2〉 (ハルキ文庫)

こっから日本SF短篇集をまとめて読むことにした。
光瀬龍の短篇連作宇宙年代記シリーズを文庫二冊でまとめたもの。以前読んだ「たそがれに還る」はかなり面白かったので買っていたもの。何年本棚で眠っていたのやら。

各短篇に年号が付されていて、最初から最後までで数千年のスパンがあるんだけれど、五千年たっても技術レベルとかがあんまり変わっているようには思えないし、じつはけっこうSFでなくともできる話っぽいところがあって、本格的なSFとしてはたぶんかなり物足りない。けれども、その行為が誰にも知られず、歴史の闇に消えていくほかない人物の絶望や無念を、クローズアップするスタイルは好きだ。

まあ、似た話が二冊分続くのでやや飽きが来るんだけれども。

小松左京「時の顔」

時の顔 (ハルキ文庫)

時の顔 (ハルキ文庫)

なんか、小松左京は短篇が良いぞ、という話を聞いたので。時間ものの短篇を集めた分厚い本で、さすが大御所の傑作集で確かにレベルが高いなと。パズル的なうまさが光る時間ミステリな表題作や、そんなに好きではないけれどもいかにも古いSFのような文明論が前面に出た「地には平和を」や青春小説的な味付けが異彩をはなつ「哲学者の小径」等々。

しかし、時間ものとはいえ、旅先で自分に出会うパターンが多すぎる。実は自分だったパターンは時間もので面白いものを書こうとするとこうなるのか、小松左京の作家性なのか、編者(おなじみ日下三蔵氏)の選定ゆえなのかはこれだけではわからないけれども。それと、時間ものという括りがあるせいで、始まる前から時間ものという落ちが割れてしまうところがあるのはいろいろ難しいなと思った。

いろいろ興味深かったのは「ホムンよ故郷を見よ」。これ、少数民族問題、たぶんアイヌ同化政策を念頭に置いて書かれた作品じゃないかな。日本の差別問題というと、感情的になってしまって反発してしまう人も多いけど、一回抽象化したこうした作品から少数民族問題がどういう問題かを知るのにはわりと良いかも知れない。けれども、この作品の解決の仕方はダメだと思う。どの民族が優れているか、という構図をひっくり返しただけで、少数民族側こそじつは優れている、とやったのでは。その点含めていろいろ面白い短篇ではある。

藤崎慎吾「レフト・アローン」

レフト・アローン (ハヤカワ文庫JA)

レフト・アローン (ハヤカワ文庫JA)

長沼氏とのコンビによる「辺境生物探訪記」で、私のなかでは科学ジャーナリストとして覚えている藤崎氏のSF短篇集。長篇と繋がりのある話も含まれていて、入門的な意味合いもあるだろう。長篇になるとドラマ部分について難があるとよく指摘されているけれど、短篇だと気になるものではないし、科学ネタはさすがなもので面白い。

作家としてはハードな科学ネタと超自然的なスピリチュアルな部分が同居しているところが特徴か。表題作がそうだけど、幾つかの作品でジャズの曲をタイトルにしていて、デビュー長篇はチック・コリアの「Return to Forever」にある「Crystal Silence」が元ネタだろう。

ゲイリー・バートンとのコンビによる演奏。

小川一水「老ヴォールの惑星」

最近活躍している作家。以前年刊傑作選で再録されている短篇を読んだ時は微妙かと思ったけれど、これはなかなか面白い。不条理な迷宮、仮想現実、極限状況、といった舞台設定での展開をじっくり書いている。出来は良いものの逆に突出したものが感じられない気もするけれど、間口が広くていいかな。

小林泰三「目を擦る女」

目を擦る女 (ハヤカワ文庫JA)

目を擦る女 (ハヤカワ文庫JA)

やはり安定して面白い小林のSF短篇集。グロ、バカ、ハードの三要素がちりばめられている。そろばんネタは笑える。

上田早夕里「魚舟・獣舟」

魚舟・獣舟 (光文社文庫)

魚舟・獣舟 (光文社文庫)

去年の大作が話題になっていた作家のSF短篇集。表題作はコンパクトながら非常に出来の良い作品。他の作品もいい。そして後半の中篇は、デビュー作「火星ダークバラード」のスピンオフで、管理社会に反抗する少年の話でこれもなかなか読ませる。表題作と世界設定が共通する「竜華の宮」は読んでみたい。

円城塔「Boy's Surface

Boy’s Surface (ハヤカワ文庫JA)

Boy’s Surface (ハヤカワ文庫JA)

表題作がすごい。いま私が読んでいるこの本、文章はそもそもが何のことやらわからない図形をレフラー球、という人間の認知に介入するシステムを通じて、読者に本がそこにあるように見せている、認知科学メタフィクションを融合させたアイデアを展開する。そのうえ、とにかく意味をずらし、解体していくような冗談じみた文体、たとえばベケットの「真夜中だ。雨が窓ガラスを打っている。真夜中ではなかった。雨は降っていなかった」的な、単語の組み合わせを機械的に入れ替えて進めていくような記述は、作品全体の込み入った冗談という雰囲気をさらに強化する。

円城塔はさっぱりわからない作品も多いんだけれど、わかる時のはまり方はかなりのものがあるし、わからなくても面白い部分があるので、やっぱり面白い。他の作品でも、土ハンミョウとか槍型吸虫、ゼブラガニといったおもしろ生物の紹介は、マジなのかネタなのか検索するまでわからない。

飛浩隆「ラギッド・ガール」

「廃園の天使」シリーズの第二作。出た当時に買ったのに、ようやっと読んだ。既に文庫版も出ている。このシリーズは長篇三作とその他中短篇からなる予定だという。たまに全三作と勘違いして、あと一冊で終わると思っている人がいるけれど、違います。

「グラン・ヴァカンス」ではずっと数値海岸内での事件が扱われていたけれど今作では外部と内部、あるいはその両方にまたがった話が収められていて、数値海岸がいかにしてできたのか、そして大途絶はどうして起こったのかという謎が明かされる。

というわけで話や設定的にも「グラン・ヴァカンス」読者には必読の一冊。以前何度か飛浩隆はSFのようで何か違うことをしている感じがあると書いたような覚えがあるけれど、ひとつ自分のなかではっきりしたのは、それが「官能」だというのがわかったことだ。SF設定や仮想世界、AI等の道具立てを使いつつ、現実ではあり得ない形での恐れや愉楽を濃密に描き出す。たとえば、「ラギッド・ガール」で安奈自身が編み目をほどくように解されていく印象的なシーンがそれだ。普通はこういう設定だとアイデンティティの問題に焦点が当たりがちだけれど、飛はここに色濃い官能的な描写をぶちこむ。サブタイトルが「Unweaving the Humanbeing」というのはきわめて示唆的。シリーズ全体に対しても。この意味で、特に「ラギッド・ガール」と「クローゼット」がインパクト大だった。後半の派手なアクション中篇等どれも面白い。

やはり飛浩隆は図抜けているなあと思う。自分の読んだなかでは、2000年代は伊藤計劃円城塔飛浩隆の三人は格が違うという印象だ。

追記
大事なこと書き忘れてたけど、読んでいる間にずっと頭に浮かんでいたのが松浦理英子の「ナチュラル・ウーマン」だった。もう随分前に読んだきりなので、ちょっと具体的に思い出せないのだけれど、レズビアンを描くこの作品では、皮膚同士の触れ合いの瞬間が非常にエロチックだったのを覚えている。「官能」というと、私はその部分を思い出す。仮想人格、ヴァーチャルリアリティ等、非身体性を強調するような舞台のなかで、きわめて身体的な「官能」の様態を描き出そうとする矛盾は、かなり意図的に選択されたものだろう。

ナチュラル・ウーマン (河出文庫)

ナチュラル・ウーマン (河出文庫)

森奈津子西城秀樹のおかげです」

西城秀樹のおかげです (ハヤカワ文庫 JA)

西城秀樹のおかげです (ハヤカワ文庫 JA)

セクシャルマイノリティや性を笑いと共に書く作家ということで読んでみたのだけれど、期待したものよりはずいぶん軽い。表題作はいかにもというバカSFでこれはこれで面白いのだけれど、描写、展開ともに物足りない。そんなにエロくないっていうか、飛浩隆の後に読んだのが悪かった感もあり。

筒井康隆「幻想の未来」

幻想の未来 (角川文庫 緑 305-1)

幻想の未来 (角川文庫 緑 305-1)

私は本当に基礎の基礎がなくて、星新一もそうだけど全然筒井を読んでいない。たぶん四冊くらい。「おれに関する噂」あたりの短篇集を読んだ時、作中人物を愚かな人間として設定して、それを弄り回してあそんでいるようなたちの悪い笑いに思えて(テレビのバラエティ的なアレ)、まったく嫌いになってしまって読まずにいた。とはいっても、笙野頼子は確か、マッチョな部分を我慢してでも読む価値はある、という風に言っていたのもあって読んでみようとは思っていた。

で、読んだのがこれで、初期のSF作品になるだろうか。全体の半分を占める表題作は、超未来の異形と化した人間だったらしき生物の進化の様を描く密度の高い作品。まあ確かに面白くはあって、他のも読んでおくべき何だろうなとは思った。

大森望日下三蔵編「量子回廊 年刊日本SF傑作選2009」

量子回廊 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

量子回廊 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

三巻目。もうすぐ四巻目が出るところだけれどやっと読めた。ページ数が増えすぎて持ちづらいので、600ページ越えは如何かと思う。前半が女性、後半が男性という感じにわりにきれいに分かれていて、私は前半が良いと思った。上田早夕里と高野史緒はともに音楽SFという並びで、どちらもなかなか良い。高野史緒は一冊読んでみたいところ。上で微妙な評価をした森奈津子は、ここではわりと長めの作品で、展開の物足りなさが解消されてて結構面白かった。市川春子の漫画作品は、とても良い。叙情的SFとしてとても良くできている。

その次にある田中哲弥「夜なのに」はすばらしい。いやこれほんと良い作品だ。ライトノベル作品の頃の青春、コメディ風味のやりとりが巧みな語りで繋がっていく気持ちよさ。最近はシリアスな作品が多いみたいだけれど、こういうラノベ時代の頃のような話も読みたいなー。三崎亜記は結構面白い。倉田タカシの断片的な作品は、機械ネタが良い。2chで投稿されてそう。もうひとつの漫画作品八木ナガハル「無限登山」はラッカーと二瓶勉を掛け合わせて日本SFの伝統(?)ロリコン風味でまとめた感じの作品。無限プラスワンの部屋のホテルとか、大森望が解説でラッカーに言及していないのが不思議。新人賞作品は、ディティールが丁寧で読ませるんだけど、ネタに対して作品が長すぎると思う。まあ、いかにも王道(?)のアイデアストーリーではあるんだけど。

大森望編「ぼくの、マシン ゼロ年代日本SFベスト集成〈S〉」

続けて今度は十年分のベスト短篇集。十年分なだけあって年刊よりは高密度か。こちらはより王道のSFらしい作品が多め。四作が既読。野尻抱介は宇宙への夢を身近な場所から描いていくスタイルの作品。ブギーポップって完結したんだろうかわからないくらい久しぶりに読んだ上遠野浩平はらしいというか何というか。田中啓文「嘔吐した宇宙飛行士」は、タイトル通りひたすら単に生理的に気持ちがわるい作品で、一応全部読んだけどどうだろうか、これ。菅浩江はSF的設定のうえで、そこに生きる人の心情にピントを合わせた作品で、なかなか良い。桜庭一樹はアイドルネタ。「接続された女」モチーフで飛の作と隣り合わせて載っている。伊藤計劃新間大悟の漫画はトレイラー的で、ベスト集成というならやはり計劃の短篇を載せるべきだとは思ったけれど、年刊のほうに二作とも載っちゃってるのが難しかったか。神林長平「ぼくの、マシン」はとても良い。雪風シリーズの外伝的短篇で、全体主義的ネットワーク社会にあって、自分だけのパソコンを持とうとした少年の話。自分の胃が逃げ出す「狐と踊れ」を思い出させる。

大森望編「逃げゆく物語の話 ゼロ年代日本SFベスト集成〈F〉」

こちらは奇想より、ということでややアウトレンジの作品多め。小林泰三のが既読。恩田陸はSFというよりはユーモラスなファンタジー三崎亜記はSF色のない奇想小説、乙一は初めて読んだけれど、静かな雰囲気が印象的な作品。古橋秀之タツモリ家以降のものを読んでいなくて、この短篇が入っている短篇集も買ったままにしている。広島長崎の地名をアナグラムにした二人をメインに、爆弾、止まった時計など、原爆のイメージをまぶして、未練を残したまま死期を迎える悲しさをファンタジックに描くリリカルな作品。森岡浩之山本弘はともに仮想現実ネタというか、虚構現実ネタというか。両者まだ読んだことがないので一冊は読んでおきたい。冲方丁は初めて読んだけど、マルドゥックシリーズはこういう感じか。まあ面白いけど、シリーズを読むかどうか。石黒達昌は生物学系ハードSFともいうべき作品で架空の生物にまつわる謎を探る話でこれは面白い。ちょいちょい名前を聞いたことがあったけど、こういう作家だったのか。津原泰水はこれ、ここに入れるべきかというとちょっと違う感が。北野勇作はすっとぼけてて面白いから何かしら一冊読んでおきたい。牧野修は読んだのは数年前なのでもう一度読んだけど、導入で期待したほどには面白くならないなあ。

好評なら年代ごとに遡って刊行する可能性もある、ということだけれど、そうすると日下三蔵編の「日本SF全集」と被ってしまうような。文庫サイズのほうが良いとは言えるけど。日下編と大森編で、二種類の年代別SF傑作集が平行するのも悪くはないか。

海外版の年代別傑作選には、河出文庫の20世紀SFと、ハヤカワの80年代、90年代SF傑作選がすでにある。これらも読んでみようかなー。

大森望編「書き下ろし日本SFコレクション NOVA1」河出文庫

日本SFには短篇発表の場所が少ない、ならばその場を作ろうと言うことで企画された新作SF短篇アンソロジー。年二回刊ということで、現在既に四巻まで出ている。ひとまず一巻を読んでみたけれど、大森編ということで、年刊日本SF傑作選と雰囲気が随分似ている。作家陣も作品レベルも似てる感じ。まあ面白いけど、感想には困るな。斉藤直子「ゴルコンダ」がわりとストレートなアイデアストーリーでわりと好きな感じだ。あと、田中哲弥の「隣人」は、コメディとホラーのセンスがわりと表裏一体のものだということがよくわかる。唐突な、突拍子のないものを出すセンスがコメディ書いている時とホラー書いてる時でよく似ている感じがする。作品はかなりえぐいホラータッチで、よく整理された悪夢、という印象。不倫がばれることを恐れる男というネタは「羊山羊」でもあったな。飛浩隆の作はネットワーク社会と仮想人格ネタを飛氏らしくまとめた感じでさすが。伊藤計劃の遺作はじつはここで初めて読んだけど、ほんと先が読みたいわ。続刊も追いかけていきたいけれどずいぶん出遅れた。