- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2010/07/07
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実はこれ以前に刊行された同じく「千のプラトー」とからむ「海底八幡宮」は雑誌版、単行本版と二度読んでも、どうにも感想というか言葉が浮かばない、自分にとってはむずかしい位置づけにある作品だった。その感想を書けない間に今作が出てきた。なお、連載完結から音沙汰がない「人の道御三神」は、この連作とも内容的につながりがあるようだ。そのうち刊行されるのか、あるいはこの連作とからめて再編集される可能性でもあるのか、まだ判然としない。
この一年執筆がストップしていたのはどうも作者のプライベートなことにかかわることらしく、そのなかで作者がそれまで信じていた自分の父親の素性というか来歴がどうもかなり違ったものだったことがわかったらしい。自身の私小説的設定、人間の歴史が多く嘘だったことがわかった、と書かれている。特に、「商人だと思っていた父の家が侍だった」ことと、「村の無名の鎮守だと思っていた父方の祖父が神主やってた社、それが伊勢国式内社に属する古いもので、アマテラスの鏡をずっと磨かされている、海民の女神のものだったと知った。彼女はニニギノミコトを生んだ天孫の母なのだ」ということが挙げられている。父母の家系同士の関係が、それまで知っていたものと逆だったことで、小さい頃の自分をつくっていたものが嘘だったと。どうも相続問題のごたごたとあわせてここら辺の問題が出てきたらしい。
まあ、そういったアイデンティティのゆらぎ問題もあるのだけれど、テンポの良いリズムや口語独特の間投詞を多用し、文体、語調が目まぐるしくかわる冒頭から畳みかけるような語りのリズムはやはり非常に面白い。落語風とも言われているけど、語り口の引き込み方が何だか詐欺師やそれに類する胡散臭い系の人っぽい感じがする。時に学者のように、時にもみ手で商品を売り込む商人のように、クイズ文学へと引き込んでいくあたりの流れは秀逸だ。語りがうまいというのは、どこか胡散臭いものをまとうところがある。これにかんしてはこんな台詞が注目できる。
「嘘の力の威厳を借りて、あたしは見えないものをみせます」152P
何か手品師とかの口上のようだ。
今作で導入されているのは、「荒神」。これがまたよく分からないけれど、元々悪神だったものが仏教の伝来とともに羅刹などの悪神を守護神とする風習によって、荒魂をまつったもの、ということらしい。不浄、災難を除く神として、竈の神として信仰されたという。
三宝荒神 - Wikipedia
作中には、「若宮にに」という荒神が出てくる。荒神の仕事として、託宣があるのだけど、その託宣はすべてフィクションであって、自分でそのなかから正解を見つけなければならないらしい。
荒神様の次に出てくるのが便所神。家の便所が水洗か否かという話題から、語り手の便所エピソードが語られていく。これも民俗学っぽい話(ジブリの「千と千尋」に関係したような話とか)や語り手の近所づきあいの話とかが絡んでくる。
「竈神と厠神」という参考文献を例示しつつ話は進んで、厠神とは何か、ということになるんだけど、竈神が天孫系から排除された神だとすると、厠神は天孫系に吸収され、収奪される神だという位置づけになっているらしい。この、台所とトイレという浄、不浄の対照的な関係が重要な点だろう。「トイレはひとりの人間の「私」と「公」が入れ替わる場所なんだ」というのはその核心か。台所神と便所神の話題を中心にしつつ、話題は多岐に渡り、躁的な語りのテンションで引っ張っていく。
この荒神とか竈神、厠神については作中でも触れられている「竈神と厠神」という本が重要そうだ。
- 作者: 飯島吉晴
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「猫トイレット荒神」参考文献メモ | ショニ宣!
かなり高価な本もあり、そのなかで手頃に入手できるのは、上のと
- 作者: 兵藤裕己
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- 作者: 中野幡能
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参考文献ついでに、笙野が近作で小説化を行っている元ネタのドゥルーズ「千のプラトー」がついに文庫化されるらしい。河出文庫から全三巻で刊行予定とのことで、来月に上巻が出る。
千のプラトー 上 :ジル・ドゥルーズ,フェリックス・ガタリ,宇野 邦一|河出書房新社
文庫版「アンチ・オイディプス」とは違って新訳ではないそのままの文庫化。河出文庫ではドゥルーズがいくつも文庫化されているけど、そろそろ読んでおかないとダメか。「記号と事件」は持ってるけども。
かなり早い段階で書かれた馬場さんの感想。
『猫トイレット荒神(文藝2010年秋号掲載)』(笙野頼子):馬場秀和ブログ:So-netブログ
モモチさんところでは感想リンク集もある。いくつかの論点が提示されている。
「猫トイレット荒神」の感想リスト | ショニ宣!
ところで気になったのは、170ページに出てくる「八幡慈童訓」。正しくは「八幡愚童訓」。
八幡愚童訓 - Wikipedia
「八幡愚童訓」は鎌倉中後期に成立したとされるもので、「八幡神の神徳を「童蒙にも理解出来るように説いた」の意味」という。文永、弘安の蒙古襲来についての記録としても知られ、神官が神風を説いて霊験譚として仕立て上げたもの、と黒田俊雄は述べている。八幡神は日本の敵をいかに降伏させたか、という筋立てらしく、「神国思想」の重要文献だろうか。これ、ちょうど今、黒田俊雄の「日本の歴史8 蒙古襲来」を読んでいて正しい史料名を知っていたのだけれど、誤記なのか、あえて変えたものなのか。
感想をあげるまでに一月掛かっている間に、なんともうひとつの作品の前篇がすでに発表された。これは、予想以上に攻勢を仕掛けてきたのかも知れない。