ここ半年読んでた本のいくつか

アーカイブの更新報告欄になりかけていたので、ざっとメモ。書こうとしたことを忘れるくらい前に読んだものばかりだ。

今泉忠義 - 源氏物語 全現代語訳


そういえば源氏物語を読み終えたのだった。三月くらいに。プルーストを読んだし、次はこれかな、と読んでみて、怪奇小説ばりの展開やら面白いところもあり、なるほどこういう代物なのかと興味深い。もうだいぶ話を忘れてしまって来てるんだけれど。

面白い、というか興味を惹かれたのはいわゆる宇治十帖の部分で、ここは男の都合で追いつめられる浮舟が悲惨ですっごい気持ちの悪い展開になるんだけれど、そこのところが翻って源氏物語全体に対する批判的応答に見える。感触が質的に違う。作者別人説があるというのも肯ける。

学術文庫版は学者による丁寧でオーソドックスな訳、という感じで現代語訳のなかではあまり目立つものではないけれども、悪くはないと思う。それでも込み入った敬語表現が読み慣れないなあ。角川与謝野訳の方が読みやすい感じはしたけれど、そっちは歌の語釈がない点で不親切か。これを選んだのは一冊一冊が短くて区切りがいいからだったりする。新版では合本にして分厚くなっているけど、これは古書でまとめて三千円くらいだったのでよかった。

アントニオ・タブッキ - 夢のなかの夢


夢のなかの夢

夢のなかの夢

逝去を聞いて手元にあったこれを読む。著名な作家学者を何人か選び、彼等の夢を題材にしたショートショートを連ねていて、さらりとしたうまさをゆっくりと楽しむ類の本。タブッキといえば『供述によるとペレイラは……』が傑作だった。他にも青土社からいろいろ出てたなと思ったら白水社のものもかなり多くが品切れ高値になってしまってる。ちょっと前なら中古でちょくちょく見たものだけれど、そん時買っていれば……。

ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ - 千のプラトー 資本主義と分裂症(上)

千のプラトー 上 ---資本主義と分裂症 (河出文庫)

千のプラトー 上 ---資本主義と分裂症 (河出文庫)

コレは凄い。圧倒的に訳が分からない。笙野関連本として月一冊で読んでいこうと思ったけど、上巻読了にすんごい難儀したので続きはやめた。辛うじて面白く読めたのは「言語学公準」でのマイナー言語について語っている所ぐらい。ここは議論の基本的な部分を既に知っていたからか、なんとかついていける。あとはだいたいわからなかった。すげえな、ドゥルーズ=ガタリ。どういう教養と蓄積と知性があればこれが読みこなせるのかが見当つかない。

米澤穂信 - 遠まわりする雛 ふたりの距離の概算

遠まわりする雛 (角川文庫)

遠まわりする雛 (角川文庫)

ふたりの距離の概算 (角川文庫)

ふたりの距離の概算 (角川文庫)

古典部シリーズは最初の二冊はちょっと物足りなかったけれど『クドリャフカの順番』から本書はぐっと面白くなっている。アニメ放映に際してアニメ版カバーが出回っているのだけれど、Amazonの情報だと旧版デザインが新版にリプレースされて消えているのは如何な物か。旧版カバーがなかなか印象的なものだっただけに。

「概算」の方は、マラソン大会中に謎を解かなければならない、というような芝居がかった舞台設定を使って謎を解いたら、やたらに生々しい身近な悩みにたどり着く、というのが面白い。「距離」って、そういうあれか。というか、第一作はともかく、古典部シリーズはだいたい大掛かりな仕掛けを使って、ものすごく日常的なところに持っていくのが特徴か。いや、日常の謎系統のミステリがそういうもんなのかな。

船戸与一 - 蝦夷地別件

蝦夷地別件〈上〉 (新潮文庫)

蝦夷地別件〈上〉 (新潮文庫)

アイヌを扱った小説ではこれが面白い、とアイヌ史研究もしている歴史学者さんが勧めていたのもあって読んでみる。クナシリメナシの戦いの挫折を描いた作品で、史実とアイヌ文化をずいぶん調査して書いているというのがよくわかる。Amazonではアイヌの食べ物が「菱の実と鮭汁」だけしか出てこないという文句があるけれども、限定的であれ熊汁(肉もか)も出てきますよ。まあ、確かに毎回食事でしつこいくらい同じものを食べていてこれはどうにかならなかったのかと思うけれど、昔の食生活を調べるのは難しいのだろう。着眼点として面白いのは、アイヌのクナシリメナシの戦いと時期の近い、ポーランド第二次分割を目前にした救国ポーランド貴族団という組織を絡ませているところだ。これによって、日本とアイヌ、ロシアとポーランドと、大国に抑圧されつつある少数者という図式を密接に絡ませて強調している。

そういう意味でまあ面白いとはいっていいんだけど、やたら長いしややファンタジーな剣の達人は出てくるしオチの付け方が無理矢理な感もあり、微妙なところも多い。調べは丹念だけれど小説としてはそんなに好きではない。かと思えば巻末の『砂のクロニクル』のあらすじが本作と固有名詞を入れ替えただけに思えるくらいそっくりだった。大国に抑圧される少数民族の蜂起を好んで扱うせいか、あらすじレベルだと見分けがつかない。

なぜか最近小学館文庫から出直している。

マイクル・コナリー - ナイトホークス

ナイトホークス〈上〉 (扶桑社ミステリー)

ナイトホークス〈上〉 (扶桑社ミステリー)

90年代ハードボイルドの有名どころらしく、プリーストの翻訳で信頼の古沢嘉通訳ということで読んでみると、これは案外面白い。ディーヴァーほどウェルメイド感がなく、これなら続きを読んでみようと思う。

レイ・ブラッドベリ - 火星年代記

火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)

火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)

華氏451度』も読んだけど、こっちの方が面白い。火星植民にまつわる歴史を短篇による点描で描いていく短篇連作の手法で書かれていて、抒情的な面が良く出ていて面白いんだけど、現地人への迫害をほとんど無反省に書いているところはどうかと思う。アメリカ植民の歴史を無批判に再演する無神経さって、原書発表当時に批判されなかったのだろうか。

上田早夕里 - リリエンタールの末裔

リリエンタールの末裔 (ハヤカワ文庫JA)

リリエンタールの末裔 (ハヤカワ文庫JA)

「幻のクロノメーター」もいいけど、表題作の続きが読みたい。

林譲治 - ウロボロスの波動

ウロボロスの波動 (ハヤカワ文庫 JA)

ウロボロスの波動 (ハヤカワ文庫 JA)

AADDシリーズと呼ばれる未来史連作の第一作で、小型ブラックホールを取り巻く人工降着円盤によって巨大なエネルギーを取り出すことが可能になった時代を背景にしている。人工降着円盤という大きな仕掛けを舞台に、地球外知的生命体とのファーストコンタクトを伏線として進む。SFとしてはハードSF、小説としてはミステリの形式を採用している作品群となっていて、非常に面白く読める。続きもそのうち読む。

野尻抱介 - 太陽の簒奪者 沈黙のフライバイ

太陽の簒奪者 (ハヤカワJA)

太陽の簒奪者 (ハヤカワJA)

沈黙のフライバイ (ハヤカワ文庫JA)

沈黙のフライバイ (ハヤカワ文庫JA)

これもハードSFで知られた作者の作品。みっちり書き込む林譲治と比べるとその小説としての作風はかなり対照的で、野尻の小説はきわめて簡潔な叙述でどんどん進んでいく。野尻は少し未来ならありそうかも、と思わせる小さな嘘をブロックのようにどんどんスピーディに積み上げていき、あっと言う間に高々度に連れていく。身近な所から想像もつかないシチュエーションまでを、細かなリアリティとスピード感で一気に繋げてしまう強烈な力業はなかなか凄い。女性や女子高生といった柔らかい主人公、題材から出発して、意想外のハードな領域へと持っていく。子供のころの夢を力業で具現化させるような小説。

篠田節子 - 絹の変容

絹の変容 (集英社文庫)

絹の変容 (集英社文庫)

『仮想儀礼』は既に持っているけれど大作が多いので手始めにデビュー作で短い本作から。パニックSFの王道という感じで展開自体に意外さは少ないけれども、語り口の巧さとディテールの面白さでとても読ませる。SF関係の人が何人かオススメを挙げていたのでそれを参考に他のも読んでみたい。

中里十 - どろぼうの名人

どろぼうの名人 (ガガガ文庫 な 4-1)

どろぼうの名人 (ガガガ文庫 な 4-1)

笙野頼子についての言及か、有村悠氏の友人だという紹介で読んだのだったか忘れたけれども、ちょいちょい日記を読んでいて、そういえば百合小説で知られている人だったというのと、古い知人が百合小説を書いていて興味が出てきたので読んでみた氏の商業デビュー作。甘くメルヘン的なニュアンスと肉体関係になるかならないか、というギリギリのラインを渡っていくスリリングなエロスのある作品で、なかなか面白い。

北野勇作 - かめくん

かめくん (徳間デュアル文庫)

かめくん (徳間デュアル文庫)

すっとぼけた短篇しか読んだことがなかったけれど、その想像通りすっとぼけていてつかみどころがなく、それでいて不穏さと寂寥感を滲ませた独特の感触をもつ長篇。ロボットのかめくんを語り手にしているため、外部の情報がおぼろげになり、ユーモラスな装いになるけれども、実は割合にシビアな状況が仄見えている。品切れだったけれど、河出文庫から再刊された。

田中ロミオ - 人類は衰退しました

人類は衰退しました 1 (ガガガ文庫)

人類は衰退しました 1 (ガガガ文庫)

マーベラス公式ウェブサイト - MARVELOUS!
アニメが岸誠二、飯田里樹、上江洲誠という「瀬戸の花嫁」や「天体戦士サンレッド」スタッフによる作品ということで見てみたら、一話、二話の素晴らしい出来にはまって、四話が終わったあたりで原作既刊七巻を全て読み終えた。

原作は人類が衰退した数百年未来を舞台に、超科学力を持つものの思考回路が幼児に近く、蓄積というものを知らない妖精さんというファンタジックな存在との交流が巻き起こすドタバタを描いた、メルヘンの装いをまとっているすこし(かなり?)不思議系ブラックユーモアスラップスティックSFという感じだ。随所に本気SF要素を投入してくるあたりあなどれない。

孫ちゃんこと「わたし」という名称未設定(人間だけは固有名詞を持たない)の語り手のあけすけに打算的なキャラクターと語りがとても楽しい。イラストは戸部淑で、十年前から知っている人なのにこの人の絵のラノベを買うのは初めてだ。戸部さんのイラストはいいですね。原作はアニメに比べてもうちょっと大人びた感じで、こちらの方が原作設定には近いかなと思う。

アニメでは結構端折られているシーンもあり、特に原作第三巻の「おさとがえり」編は一冊の内容を二話で構成したため無理がたたっていると思うので、これは原作をあたってほしいところ。他の話は概ねよく、特にアニメで一番最初のエピソードは音楽演出の嵌り具合が素晴らしかった。ドアが開く時コンビニの入店音だったのは、守銭奴キャラが話す時は常に小銭のSEを鳴らしていた飯田里樹音響監督の仕掛けだろうか。

「ひょうりゅうせいかつ」ではある場面で、ここをアニメにしたら確実に村瀬克輝さんが出てくる、と思ったシーンがあって、それはアニメではカットされてたなあ。アニメは主演の中原麻衣はじめ、妖精さんの台詞など、声がつくと非常にインパクトが強くていい。特に主役で語り手の中原麻衣はつねに喋りっぱなしだけれど緩急があって台詞のセンスとあいまって聞いていて気持ちいい。

OPでは岸誠二得意の腰振りダンス作画がTVアニメでは久しぶりに見られて、しかもそれが作品の狂気を自然に滲ませていて面白いし、EDは「あずまんが大王」OP「空耳ケーキ」のメルヘンさとポップさとエキセントリックさが同居する感覚でこれはと思ったら、上野洋子こそいないものの、その相方だった伊藤真澄の曲で、これがビジュアル共々素晴らしい。