前回の続き海外編。
アイザック・アシモフ「はだかの太陽」
- 作者: アイザック・アシモフ,冬川亘
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1984/05
- メディア: 文庫
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このシリーズは刑事イライジャ・ベイリとロボット、ダニール・オリヴォー*1のコンビによるSFミステリで、前作ではロボット嫌いのベイリとダニールとの関係の変化が面白かったんだけれど、今作では異なる惑星に住むものたちとの文化的な差異が事件解決の壁となると同時に読み所ともなっている。ダニールはあんまり出てこない。
前作より推理小説要素が強くなっていて、またきっちりと面白い。文化的な弱点を克服しようと努力するベイリの姿が印象的で、全体に前向きな姿勢が感じられるところがいい。「鉄の洞窟」から「裸の太陽」という対比も印象的だ。
アシモフ読んだのって今年に入ってからだったりするんだけれど、今更ながら面白いと気づいた。ロボットシリーズ以外も読んでみようか。
ダグラス・アダムス「銀河ヒッチハイク・ガイド」
- 作者: ダグラス・アダムス,安原和見
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2005/09/03
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ポール・アンダースン「タウ・ゼロ」
- 作者: ポールアンダースン,Poul Anderson,浅倉久志
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1992/02/23
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バサードエンジンという、燃料を積まずに宇宙空間にある物質を取り込んで燃やすことで光速にまで加速することができる装備を持つ宇宙船は、ある事故によって減速装置が故障してしまい、どこまでも飛び続けることになる、という筋書き。宇宙船の加速減速方式が鍵(タイトルはそれに関係している)になっていて、そのためにどんどん加速していくしかなくなっていくどん詰まり感がスリリングだ。
同時に、船に乗り込んだ何十人かのクルーが絶望と失望にさいなまれつつ、船内コミュニティをいかに運営していくかというドラマがもう一つの軸。絶望に襲われた連中が殺しや自殺騒ぎを起こすのか、と思ったけれどもそういう安易なプロットは採用していないところがいい。うん、面白い。「面白いSF」のモデルケースみたいな作品。
「ロシア・ソビエトSF傑作集」
- 作者: オドエフスキー,深見弾
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1979/03
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- 作者: ベリャーエフ,深見弾
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1979/04/01
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上巻では最初のSFともいわれるものから、ロシア革命によるソヴィエト成立以前の作品を収める。全五作と少数ながら、プリミティブなタイムスリップものから、新兵器を作ってしまった話、ユーモア風のものまで多彩で、そして注目すべきはボグダーノフによる中篇(150ページと全体の半分を占める)「技師メンニ」だ。これは以前仁木稔さんの講演で触れられていた作品。
仁木稔、岡和田晃「SF乱学講座 世界を動かした驚異の疑似科学」 - Close to the Wall
ボグダーノフ『赤い星』: 事実だけとは限りません
仁木さんは
ボグダーノフのもう一つのSF小説『技師メンニ』は、『ロシア・ソビエトSF傑作選(上)』(早川書房 深見弾・訳)で読める。『赤い星』で主人公を火星に導く(だけの)役柄のメンニが延々と思想を語っているだけである。同じ思想小説でも、先に書かれた『赤い星』のほうは物語や設定のおもしろさがある。
といっていて、思想小説の類なのかなと思っていたのだけれど、全然そんなことはなくて普通におもしろく読める小説だった。技師、というように基本的にこれは火星開発を題材にした作品で、メンニというただ開発だけに集中したいカリスマ的技術者が、政治的思惑によってスポイルされてしまうという構図になっている。もちろん思想的な話も結構あるんだけれど、それだけという感じはない。これを読むと、上掲リンクで仁木さんが言っているように、ソ連が環境破壊に頓着せず開発しまくったメンタリティみたいなものが感じられて面白い。同時に技術開発を妨げる汚職も描かれているんだけれど、ここらへんはソ連的に大丈夫だったんだろうかと思うところもある。
下巻はソヴィエト成立から1940年頃までの作品。このアンソロジーでは第二次戦後のSFは載っていない。下巻はどれも結構面白い。世界征服をたくらむ五人組の野望を描くアレクセイ・トルストイの「五人同盟」やロシアSFの大御所ベリャーエフのロビンソン・クルーソーもの「髑髏蛾」、空気中にあるホコリをすべて除去する発明を題材に、科学知識の啓蒙的な側面もあるゼリコーヴィチ「危険な発明」、攻撃を全て跳ね返す発明をめぐる騒動を描くグレブネフ「不死身人間」などあるけれど、出色なのはブルガーコフの「運命の卵」だろう。
ある博士が、生物を光速で成長させることのできる光線を発明する。それがまわりに漏れて、それを家畜類の増産に使おうとする動きが現れることになり、発明は意に添わぬ形で流用され、ふとした手違いによって破滅的な展開をもたらすことになるというパニックSF。ストーリーは定型なんだけれども読み応えがある。ブルガーコフは「巨匠とマルガリータ」が積んであるのでそっちも読まないとなという思いを強くした。
全然どうでも良いんだけど、カバーめくると中の表紙には「ロシア・ソビエトSF傑作選」って書いてあるんだよね。本文は傑作「集」だしカバーも奥付も傑作「集」なんだけど、中の表紙背表紙だけが傑作「選」と誤植している。これは上下巻同じミスしてる。
「東欧SF傑作集」
- 作者: カリンティ,深見弾
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1980/09
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- 作者: ネスヴァードバ,深見弾
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1980/11
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こちらは新しめの作品を重点的に選んでいる点が対照的。そもそもSFの紹介が遅れていたりした国々なので、英米等のSFの体系的な紹介が行われてきてからのものを選んだと言うことだろう。また、扱っている国が多いために、十ページほどの短い作品が多くなっていて、やや読み応えの点で難があるのと、その国のSF史を感じられるほど分量がないというマイナスポイントがある。
特にポーランド、ハンガリー、ブルガリアをカバーする上巻は二十篇近い作品が収録されているので、その傾向が強い。つまらないわけではなく、わりと面白くても短い作品が多いと印象に残りづらい。
なかでも読み応えがあるのはハンガリーのチェルナ・イョジェフによる「脳移植」。脳を他人の身体に移植する技術を秘密裏に開発していた医師の病院に、偶然事故に遭った独裁者が運び込まれてくる。死を避けることはできない容態なのに、政府側近は絶対に治療しろと圧力を掛けてくる。医師は元々反体制組織に関わっていて、これを好機と独裁者の身体に自分の脳を移植しようと計画する、という話。「独裁者」か。
あとアントン・ドネフの「金剛石の煙」は、統計的には全く同じ性格の人間は六世代ごとに現れる、というだけの根拠で未来においてホームズとワトソンそっくりの曾孫がまたも二人一緒に行動しているというホームズパロディ。未来社会であることを逆手にとって、土星に住んでいる人間特有の癖とか、実在しない根拠を使っての自由すぎる推理をサクサク展開していくのが笑える。ショートショートならではのユーモアSF。
なかなか味のある作品を書いているパーヴェル・ヴェージノフは短篇集が邦訳されている。未読だけれど、SFではないものの幻想小説よりの雰囲気のようだ。
下巻はチェコスロヴァキア、ユーゴ、東ドイツ、ルーマニアをカバーする。この巻は作品数を絞っていて各作品なかなか面白い。チャペックも短い作品が二つ載っている。
面白いのはルーマニア編のホリア・アラーマ「アイクサよ永遠に」だ。これは全体の半分ほどを占めていて、短い長篇くらいの長さを持っている。希少鉱物をもとめて緑一杯の星、アイクサへと出発した先発隊が音信を絶ち、第二陣がその謎を解明するためにアイクサへと降り立つところから始まる。そして、そこでもまた隊員たちがひとりまたひとりと消えていくという「そして誰もいなくなった」展開のSFミステリだ。ある程度オチというか犯人の想像はつくだろうけれど、ラストの展開に全体主義批判が感じられるのは東欧という色眼鏡で見すぎなせいだろうか。
各巻末の東欧圏SF事情の解説もかなり詳しい。ユーゴSF事情のところでゾルタン・ジフコーヴィチという人物が出てくるのだけれど、この人は経歴その他から考えて、ゾラン・ジフコヴィッチ(あるいはゾラン・ジヴコヴィチ)その人だろう。
ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語 (Zoran Zivkovic's Impossible Stories)
- 作者: ゾラン・ジフコヴィッチ,巽 孝之,Zoran Zivkovic,山田 順子
- 出版社/メーカー: Kurodahan Press
- 発売日: 2010/10/15
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なお、この人の作品は他に、高野史緒編集で東京創元社から出る「新東欧SF傑作集(仮)」「新ロシアSF傑作集(仮)」の東欧編に収録されるそう。このふたつわたしはてっきり文庫上下巻で出るものだと思っていたら、ハードカバーの様子。しかも一冊本ということで、ページ数や値段が気になる。高そう。両者昨年中に出る予定だったらしいのだけれど、ロシア編はいまだアナウンスなし。
ブルガーコフ「悪魔物語・運命の卵」
- 作者: ブルガーコフ,水野忠夫
- 出版社/メーカー: 岩波書店
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テッド・チャン「あなたの人生の物語」
- 作者: テッド・チャン,公手成幸,浅倉久志,古沢嘉通,嶋田洋一
- 出版社/メーカー: 早川書房
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冒頭の「バビロンの塔」は、天まで届く塔を建設しているを描いていて、よくできたSF法螺話になっている。薬によって知性を飛躍的に増大させた人物を描く「理解」や、異星人の言語を習得していく過程で新たな認識を得る表題作はヴォネガットの「スローターハウス5」とワトスンの「エンベディング」を思い出させる。また、前成説(前成説 - Wikipedia)が事実として成立し、ゴーレムが実用化されているという世界設定を舞台にした変則ロボットものの面もある「七十二文字」も面白い。
他もどれも面白いけど、考えさせられるのは「顔の美醜について」だろう。これは人間の認識のうち、「顔の美醜」にかかわる部分だけを麻痺させる技術が実用化されている世界で、ある大学の学生にその処置を義務づけるかどうかという議論が起こった様子をドキュメンタリータッチで描いたもの。賛成、反対それぞれの意見を交えつつ、化粧品会社、広告代理店の圧力などの政治的背景を描いて、とても「ありそう」な感じを出している。
以前にオリバー・サックスの著書を紹介して、顔貌失認や「左」や「右」という概念が無くなってしまった事例について書いたけれど、そういう事例から話を膨らませてできたのがこの設定だろうか。サックスの著書でも触れられている事例が他にも出てくるので、じっさいサックス本を参考にしているかも知れないし、別にそうでなくとも有名な話かも知れない。
考えさせられるといえば「天使の降臨」を奇跡と災厄をもたらすものとして実在する世界のなかで、信仰の問題をあつかった「地獄とは神の不在なり」も面白い。
まあとにかくハイレベルな作品集。それぞれ数学、認知科学、宗教、歴史改変ものなどさまざまなネタをいろんなアプローチで扱っていて多彩だ。
グレッグ・イーガン「しあわせの理由」
- 作者: グレッグイーガン,Greg Egan,山岸真
- 出版社/メーカー: 早川書房
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さすがに面白いもののチャンのに比べてしまうとやや密度は落ちるか。特に面白かったのは「道徳的ウィルス学者」「血を分けた姉妹」「しあわせの理由」あたり。表題作は特に良い。チャンの「理解」と同じように、メタ自己認識ネタとも言えるかも知れない。
病気と治療の結果、脳に損傷が生じ、その欠損を埋めるために無数の人物の神経接続を重ね書きしたものを用いたところ、あらゆるものが好みのものになって自分の好みというものが消失してしまう副作用に陥る。主人公は、それに対処するために自らの好みを自分で調節する脳内アプリケーションのようなものをインプットしてという話。
個人的には、自分の好みというのは自分でも把握し切れるものではなくて、いろいろな音楽や本やらを見てみるうちに、あ、自分はこれが好きなのかな、だとすると、他のこれもいいんじゃないかな、という風にさまざまな作品を介して、自分の好みを自分で発見していくのが趣味の面白さでもあると思っているので、この主人公の事例はなかなか厳しい人生だとも思ったけれど、どれも楽しめるというのもそれはそれで良いことかも知れない。
ただ、それは自分ってなんだろうという疑問を抱かざるを得なくなるのではないかとも思う。いわば個性が消失したような状態でもあるわけで。ただ、この作中人物はそこまでの危機を味わっているわけでもなく、自我の連続性が揺らいでるというのとも異なる。
いくつかよく面白さがわからないものもあるけれど、やはりイーガン面白いものは滅法面白い。
ウィリアム・ギブスン「クローム襲撃」
- 作者: ウィリアム・ギブスン,浅倉久志
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ただ、黒丸尚訳は疑問符を「…」に置き換えてしまうので、それを知らないと会話文がよくわからないことになる。読んでいると、なんでいちいち思わせぶりなんだ? と疑問に思うことになるし、これも黒丸訳だと「なんでいちいち思わせぶりなんだ…」となる。
しかし、ギブスンは他に何か読むとしたら何が良いだろうか。あえて近作から行くとか、あるいはAmazonレビューで伊藤計劃が推している第二作「カウント・ゼロ」も良いかもしれんけどスプロール三部作はいま品切れまくりだなー。
ブルース・スターリング「スキズマトリックス」
- 作者: ブルース・スターリング,小川隆
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とはいっても、登場人物たちの住む世界の設定等はあるていど把握できるので、そこを楽しむことはできた。宇宙に飛び出た人間たちが惑星間を飛び回り、人体をさまざまに改造してたり、百歳を優に超える寿命だったりという、技術が進んだ未来における人間の変容、つまり「ポストヒューマン」な社会を描いている。ポストヒューマンは後半でのキーワードでもあり、また最近この言葉を冠したアンソロジーも出ているように、サイバーパンク以降のトレンドでもあるようだ。イーガンの諸作もポストヒューマンの一例といえるようだ。
話はなんだかわからない所も多かったけれど、ポストヒューマン社会の未来史としてそのヴィジョンには結構楽しめるところも多い。カバー画が格好良い。つかこれも品切れじゃねーか。一年前はまだ新品で買えたんだけれども。
*1:どうでもいい話だけれど、本書の中盤あたりになるまで、ずっと「オリヴァー」だと思っていた。あるページを読んでいたら、「オリヴォー」という表記を見つけ、誤植かと思って戻って見ても全部オリヴォーだったので自分の間違いに気づいたという