- 作者: オリヴァーサックス,Oliver Sacks,大庭紀雄,春日井晶子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1999/05
- メディア: 単行本
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特にピンゲラップ島は色覚異常で、以下の記述を読んで興味がわいたものだっただけに、それをサックスが訪れる、ということでとても期待して読んだ。
ミクロネシア連邦のピンゲラップ島は、12人に1人を1色覚者(錐体を持たない)が占める島である。これは、1775年頃に島を襲ったレンキエキ台風によって人口が20数人にまで減ってしまい、その生き残りに1色覚者がいたため、孤立した環境で近親婚を繰り返した結果、1色覚者の割合が高くなったものである。1色覚者は暗い場所で微妙な明かりを見分けることができるとされている。このため、ピンゲラップ島において1色覚者の人々は、月明かりの下でトビウオを捕まえる極めて優れた漁師であるといわれている。
紀行文はやっぱりそれ自体が面白くて、途中の米軍が支配している島での行動制限とか、以前は日本が支配していたのが戦後アメリカ領となった戦後の歴史に触れられていて、面白い。旅の道行きを辿りながら、進化論のさまざまや南島を舞台にしたクックやメルヴィルらの本を引き合いに出しつつ語っていくサックスの語り口がとても読ませる。
島へたどり着いてみると、色盲の同行者が島の住民を見た瞬間、誰が色盲のものなのかが瞬時に見分けられたという下りが面白い。
ただ、数日滞在した程度だから仕方がないけれ、ど色盲の島篇は正味70頁程度でそこまで踏み込んだものではない。もっとも感動的なのは、同行者が付けていた色盲の人用の眼鏡を現地の人に貸してみたところ、あまりに感動されたので、自身も大事にしていたその眼鏡をその場で現地の人にプレゼントしたエピソードだろう。自分は帰れば替えを買うことができるとはいえ、やはりなくてはならないもののはずだ。
他にも、色盲の人にしか模様が見えない織物だとか、外部から色盲の人間が現れたことで、島に伝わる色盲起源神話がリアルタイムに変質していく下りなど、短いなかにも面白い話が詰まっている。そして、色盲の人が多数とはいえやはり少数派である以上、そこには社会的階層ができてしまう。そこら辺の病のみに留まらず、病の社会的意味合いを見据える視点はやはりサックスらしい。
ラストはインターネットでの全色盲ネットワークに触れ、それこそが「全色盲の島」に違いない、とうまくまとめている。
第二部の「ソテツの島」は、ALS(筋萎縮性側索硬化症あるいはルー・ゲーリッグ病)はじめ独特の神経症が多発する島での、数十年にわたる原因究明の歴史を島への訪れと絡めて書いたもの。ALS風のものとパーキンソン病風の二種類の風土病が存在していて、一体何が原因なのかがずっと研究されていたのだけれど、ある時以降の生まれの者にはぱったりと発病しなくなり、原因究明そのものが暗礁に乗り上げそうだという状況がある。島に生えていて、飲用にしているソテツに含まれる成分が原因ではないかというソテツ説が盛り上がっては却下され、という歴史があるのだけれど、決定打を欠いている。
サックスによるそうした研究史の概説と、現地で出会った独特の振る舞いをする患者や患者らに対する全人的なケアの様子、そしてソテツそのものに対する進化論、生物学的な観察などが絡み合った興味深い紀行エッセイになっている。
やたらと註が多くて(註も註で結構面白い話が多いんだけど)、本文が短めなのが物足りないところはある(色盲の島篇はもうちょっと分量が欲しかった)。まあ、どちらも非常に面白いエッセイであることは間違いない。メルヴィルに対する言及の多さとか、文学にかなり造詣が深いところがなかなかいい。
なお、Wikipediaの表記のように、どうも一般には「色覚異常」という言い方がなされるようだけれど、個人的には「異常」という言い方にどうしても馴染めないので、「色盲」で統一します。