エリック・マコーマック - 隠し部屋を査察して

隠し部屋を査察して (海外文学セレクション)

隠し部屋を査察して (海外文学セレクション)

去年はずっとプルースト笙野頼子くらいしか小説を読めてなくて(後半は他に仁木稔赤染晶子で全部)、小説があまりに足りてなかった。それで年明けにはざっと推理小説とSFを五、六冊読んだけれど、どれもちょっと物足りなかった。で、これを読んでようやく欲しかったものを読めた気分だ。そうだ、奇想小説が足りなかったんだ、と。

マコーマックはカナダ在住のスコットランド生まれの作家で、これはデビュー作になるらしい。他に訳書としては「パラダイス・モーテル」が出ている。両書とも、私が手に入れたのはもう五、六年以上も前だ。でも去年、岡和田さんつながりでSF評論賞の授賞式に参加した時、訳者の増田まもるさんとお会いして、増田さんがマコーマックの新作を訳している、と言う話を聞いた。そんときの増田さんがマコーマックを語る時の嬉しそうな様子といったらなかった。まるで子供のように目を輝かせて、というのはこれを指すのだな、と楽しそうに語るので、これは読んでおかなければと思ったのだけれど、読んだのは結局今だというのはあんまりなおざりにしすぎというもの。マコーマックの「ミステリウム」は今日発売。

余談はさておき、この短篇集。マコーマックという作家は基本的にグロテスクといっていい奇想を得意とする作家らしく、本書もそうした奇想を核とした長くても20頁程度の短めの短篇が収められている。

表題作の「隠し部屋を査察して」は、地下牢に閉じこめられた人間を査察する人間を語り手にしつつ、それぞれの部屋の住人がそこに閉じこめられたいきさつを語っていくもので、一人は何千ヘクタールもの人工の森とグロテスクな人工の動物たちを作り上げ、一人は発明の天才だけれども作り上げた自動機械が動物だけでなく彼の妻の友人までをも殺してしまったため密告され、一人は森の中に実物大の軍艦を建造した農夫という具合に様々な人物が紹介されるショウケースのような短篇だ。

解説には全体主義体制下*1、「想像力の罪」で収監されている、というようなことが書いてあるけれども、登山家や発明家、農夫、魔女など、「クリエイター」あるいは、単純に「遊び」と言いたくなるような行動も出てくる。ひっくるめて言うと、ある秩序の外に出てしまうもの、秩序を惑乱させてしまうもの、というのがここで収監されている。

これにはもちろん、嘘をつく、フィクションを書くことも含まれ、その意味でこの短篇はメタフィクションの趣をも持っていて、ラストの部分はそれを示唆しているようにも取れる。

話はそれるけれど、ちょっと前に青少年健全育成法案関連で、ある参事が「小説は読む人によって様々な理解がある。その点、漫画やアニメは誰が見ても読んでも同じで一つの理解しかできないから」ということを漫画が規制される理由として挙げたことがあった。
浅川参事「漫画やアニメは誰が見ても読んでも同じで一つの理解しかできない」 島本和彦「じゃあ『あしたのジョー』が最後になんで真っ白になって笑ってるのか解釈を」 - Togetter
都条例改正問題 12/9都議会 総務委員会レポート - Togetter
開いた口がふさがらないとはこのことで、金輪際こんな人に芸術創作に関わって欲しくない。単一の理解しかできない創作物など原理的にあり得るのだろうか。どんなシンプルなものでも、その人の経験、資質がそれぞれ異なる以上、別様の解釈を導き出す。しかし、そんなことを反論してもたぶん意味はない。

事実言明としてここまで圧倒的に間違っているというのは、これは事実を述べているのではなく、「我々はただひとつの理解しか認めない」ということを宣言しているとみるべきなのではないか。それ以外の理解はつまり、この短篇のように想像力の罪を犯して「隠し部屋」行きだ、ということ。

この参事は芸術にかんする見識がないのではなく(単に「ない」だけなのではなく)そうした「政治」の語法で語っている。現実的に考えれば、この言明は結論が決まっている上での後付の理屈でしかないだろうとはいえ、ここまで見事な全体主義の論理を見ることができたことには感動を覚える。

マコーマックに戻るけれど、いろんな人がいっているように、この人の奇想はやけに乾いていて冷たいところがある。エロティックなもの、グロテスクなものも多いのだけれど、人の負の感情をドライブさせようとするところが見られなくて、ずいぶんあっさりした感触だ。扇情的でないグロテスクさというか、こういう突き放した感覚はなかなか良い。

これは「隠し部屋」のように、本質的には短い掌編的アイデアを次々とみせていくように繋いでいる構成のせいもあるだろう。ひとつひとつを掘り下げず、どんどん次へ行く。

そういう意味でも典型的なのが、もうひとつこの本のなかでもよく取り上げられる短篇「刈り跡」だ。奇想小説のお手本みたいな鮮やかな短篇で、教訓、意味など知ったことかといわんばかりに無意味に通り過ぎていく<刈り跡>が格好良い。

こういう感触はどこかで味わったことがあるな、と思っていたら、最後の短篇でのエピグラフにフリオ・コルタサルが出てきて非常に納得がいった。その「フーガ」はコルタサルの「続いている公園」を思わせる。コルタサルのたとえば「南部高速道路」なんかは「刈り跡」あたりと似たタイプの短篇だとは言えるかも知れない。マコーマック、この作風ならそりゃあコルタサルは好きだろうなと。

というわけで、非常に久し振りにこういう快作の奇想小説を読めてとっても満足した。

隠し部屋を査察して (創元推理文庫)

隠し部屋を査察して (創元推理文庫)

しかし、単行本はともかく、文庫版が四年程度で品切れプレミア価格ってのはどうなんだ。「パラダイス・モーテル」の方もいま高いな。90年代あたりの東京創元社の海外文学セレクションはキシュやらパヴィチやらカダレやらの東欧やマコーマックなど、国書刊行会ばりのラインナップですごいけれど、「ミステリウム」が国書刊行会から出るのは、もうあんまりそういうのは出さなくなったのかな。増田さんと会った時、その話をした覚えがあるけれど、社長が変わったんだっけか。なんにせよ、バラードは出るので今でも海外文学セレクションは貴重だ。

*1:ぽいけど、全体主義だと明示したところってあったかな