キノコ動画とキノコエッセイとキノコ学入門本

前回に続いて、生物学つながりというか、そんな感じで、最近キノコの本を読んでいた。

そもそものきっかけはニコニコ動画で東方及びキノコ動画を多数投稿しているガガンボ氏のシリーズ*1を見て、キノコについて興味がわいたからだ。


毒キノコ講座と珍キノコ講座続けて見ると、総計二時間を超えるボリュームだけれど面白くて一気に見てしまった。味のありすぎる絵の東方キャラによる掛け合いを交えた紹介なので、抵抗ある人もいると思うけれど、キノコそれぞれにキャッチコピーを付けたりして、印象づけをよく工夫している。それでいて結構学問的な説明も交えられ、キノコの毒が何故あるのかわかっていない(遅効性なので、動物の毒のように食べられないためのものとは異なるし、警戒色を持っているわけではない)とか、進化生物学的な興味をそそる。

講座の各動画でどんなキノコを扱っているかは以下にリストが作成されているので、目次代わりにどうぞ。
東方毒キノコ講座とは (トウホウドクキノココウザとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
東方珍キノコ講座とは (トウホウチンキノココウザとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

というわけで、何かしらキノコ本がないかしらと思って探していたとき、丁度発売されたのが以下の本。

サイエンスアイ新書はオールカラーのレーベルで、基本、見開きごとに説明と写真が載る形式になっていて、図版、写真が重要な自然科学ものとして好適なつくりになっている。各千円とやや高いけれど、普通の新書も八百円超えるものが多いなかではさほど気になる値段ではない。

たぶんこの新書レーベルでは珍しいと思うのだけれど、本書は学者やライターによる概説本、ではなく、キノコを名物にしたペンション経営者によるフォトエッセイという内容になっている。著者はアマチュアのキノコ愛好家で、キノコにかんする本も多く書いていて、さまざまな「自然科学図書にキノコの写真を多数提供している」人物らしい。

三十年もキノコペンションを経営してきたなかで培ってきた経験と知識を背景に、軽妙なエッセイと鮮やかな写真をふんだんに掲載して、身近なものから珍しいものまで、多数のキノコをペンションのお客さんとの交流なども含めて紹介していく、とても楽しい一冊になっている。よく知らないけどキノコって具体的にどんな感じだろうか、という人(わたしです)が手始めに読むには丁度よい軽さだ。

そういう経歴の一般人なので、シモやエロも好きなオジサンということを隠してもいない。そこらへんの感覚が合わない人はいるかも知れないけれど、そこも含めて人柄の感じられる文章ではある*2

山林を歩き回るなかで、天然記念物イヌワシの死ぬ現場に居合わせてしまった話があってこれが面白い。地元の博物館に連絡してみたら、それは知らせなかったことにしてくれと、ことなかれ主義にぶつかったり、大学の先生に引き取ってもらった後、丁度よくNHKで特集をしていたのでそのことを連絡したら、担当のカメラマンが、それは自分が巣立ちからずっと追っていた個体で間違いない、残念だ、という話を聞くことが出来たとか。滅多にないほど新鮮な状態で見つかった死体でつくられた見事な剥製は、現在筑波大学の菅平実験センターに、提供者の著者の名前入りで飾られているという。

驚くべきは、毒キノコ講座で最強の毒菌として紹介されていたカエンタケの実食事例が、著者の知り合いの話として出てくることだ。味噌汁にしたカエンタケを家族三人のうち、一人はまずくて一口で辞め、一人は夜中に吐き、知人はまずいながらもおかわりまでした挙げ句、翌朝も食べたというから恐ろしい。驚くべきことにどうも症状が出なかったようで、そのまま二週間経ってから抜け毛などの症状が出始め、しばらくして倒れて病院に運ばれた。原因がキノコとは思いもつかず、医師は再生不良性貧血との診断を下し、回復の見込みナシと思われていたところ、再生不良性貧血の処置がカエンタケに効いたのか、その人物は元気に目を覚ましたらしい。この病気がそんな簡単に直るはずがない、と医師は信じられない様子でそのまま入院させられたものの、彼は元気に退院したという。その後、著者が自著を渡して自分が食ったのがカエンタケだったということに気づいた、という落ちが付いている。Wikipedia等で見る中毒事例とはやや異なった症状に見えるけれど、やたらと菌毒耐性があったのだろうか。汁に触れてもかぶれるという劇物らしいのに。
カエンタケとは (カエンタケとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

これは極端だけれども、ある程度の毒菌ならどうにかして食ってしまおうという貪欲なキノコ欲のありさまをいくつものエピソードから感じ取れるところもいい。公には言えないけれど毒菌を調理して名物にしている料理屋(保健所にばれたらマズイ)とか、正体不明のキノコ料理を渡されて、不安ながらも食べてみたら非常にうまい、あとあと聞いてみるとオオワライタケ(オオワライタケ - Wikipedia、名前の通り毒菌。一部地域で食用ともある)をかなりの手間をかけて毒抜きしたものだったと明かされる話とか、エピソードには事欠かない様子だ。

きのこの下には死体が眠る!? ~菌糸が織りなす不思議な世界~ (知りたい!サイエンス 57)

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で、こっちは日本のキノコ学者による概説書。先のキノコ講座を見た人なら、すぐさまチェックしたのではないか。

キノコ講座の以下の回で、それまで缶詰入りで郷里の味として親しまれていたスギヒラタケによって発生した食中毒事件を扱っていて、そこでの参考文献として挙げられていたのが本書だからだ。キノコ講座のこの回は特に面白いので是非見てみることをお勧めする。

タイトルがちょっと変わっているのでどういう本かよく分からなかったけれど、読んでみると、著者の研究の紹介を交えながらキノコがそもそもどういう生物(植物でも動物でもなく、でもちょっと動物に近い存在らしい)で、どんな生態で、どういう風に研究されているのか等を紹介したキノコ学入門といった内容になっている。食と生活の方面からエッセイ的に紹介する小宮山本に対し、こちらは学問的な内容をベースにしている点で好対照。

で、キノコ講座で紹介されているスギヒラタケの件を扱った部分を見てみると、動画に比べてやたらと淡泊な紹介になっていてかなり印象が異なる。動画ではスギヒラタケ中毒事件がなぜ起こったのかということをひとつの謎として、いくつかの説を提示しつつそれを批判しながら謎を解いていく構成になっていて、とても引き込まれる語り口だったのだけれど、この本では結論が最初に来ていて、あまり盛り上がりもなく進む。ほとんど同じ内容を語っているのにだ。ここら辺、ガガンボ氏の語り口、再構成のうまさが光る。それ以外でも、毒キノコにまつわる迷信の部分でベースにしたと思われる章など、キノコ講座を楽しんだ人(わたしです)が次に読むのに良いと思う。

著者自身の研究というのはアンモニア菌という種類の研究で、このためにニュージーランドまでいって調査した話が冒頭に語られている。アンモニア菌というのはキノコのなかでもやや変わった種類らしく、動物の死体や糞尿に発生する。実はこのキノコ、日本人による研究で見つけ出されたもので、日本の菌学が世界に誇る業績なのだという。

この研究は60年代、相良直彦という学者が山林に化学物質をぶちまけてみる、というあまりにも粗野な実験を試みたところから始まる。化学物質、なかでも大量に利用できる合成化学肥料を使ってみたところ、アンモニアを出す物質(後に尿素を使うようになる)に限って変なキノコが大量に発生することに彼は気がついた。実験の乱暴さにそうとう異端児扱いされていたらしいけれど、データを地道に積み上げていき、とうとう1980年代になって菌学の世界で知らないものはいない、という菌学の事典に「アンモニア菌」が追加されることになる。ちなみに、この相良直彦氏というのは、上掲の小宮山氏がナガエノスギタケの写真を撮って出版社に送ったところ、どこからともなく話を聞きつけて電話をしてきた京都大学の先生、として出てくる。ナガエノスギタケの下にモグラのトイレがある、ということを世界で初めて証明したの相良直彦氏と小宮山氏は書いていて、相良氏のモグラの巣の調査の手際の良さに感嘆している。その件はこの本でより詳しく述べられている。

進化論的な話として、キノコはいつ地球に登場したのか、という部分が興味深い。DNA鑑定によると、現在のキノコを構成する二つの種類、担子菌類と子嚢菌類が分岐したのが四億年前、サルノコシカケの類のキノコは一、二億年前に地球に登場したという。現在見られるようなキノコの登場は二億年ほどまえになるようで、古生代中生代に繁茂していたシダやイチョウ、ソテツの仲間による大森林の時代には、地上に降り積もる有機物を分解する生物はまだいなかったらしい。石炭はその時代の産物だという説がある。

もう一つはやはり毒の部分で、なぜこのような毒を持つに至ったかはいまだ未解明だという。遅効性の点で、動物の適応戦略とは異なるわけだ。子実体は胞子を撒くための装置な訳だから、死体が菌床に都合がよいというのも考えられると思うけど、毒を持っているキノコが死体に生えるものかどうかは知らない。そもそも、山ひとつが同じ個体、という場合もあるように、菌糸を張りめぐらして生きているキノコに動植物での「個体」という考え方自体が通じない気もする。
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森の植生とマツタケの発生を論じた章ではキノコと自然環境についてのかかわりが論じられている。数十年前まで、マツタケは別に珍しいキノコでもなく、人里の山で普通に取れるものだったらしい。しかし、最近は高価なものとなってしまった。なぜかというと、以前までは人里の風景というと松林というほど、松林はありふれた光景だったのが、昭和三十年代を境に人々のエネルギー源は化石燃料へと移行し、里山が放置され、放置された松林は次第にシイ、カシの林に戻ってしまい、マツタケの発生する余地がなくなってしまうからだという。

この変化がどうして起こるかというと、まず人々が元の原生林だった場所を伐採して、そこに松を植えて管理したり、さらに日々の燃料として落ち葉や枯れ枝を採集することで、林床はつねに「貧栄養」の環境になる。岩や砂が多く、有機物の少ない貧栄養の環境で生育できる松が、そうした環境に降りてくることで松林がありふれた光景になる。マツタケは、松がそうした貧栄養環境でも生育を可能にする共生キノコとして役立っているのではないか、と著者は書いている。

マツタケの生産量は、1950年代からこの50年間で約100分の1に減少している。マツタケの減少・マツ林の消滅は、われわれの暮らしが里山等の自然環境に依存しなくなったこと、里山の外生菌根菌をコントロールしなくなったことと、実は密接に関係しているのである。
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ちょっと面白い話としては、きのこの新種記載では、慣例で味と匂いを入れるらしい。「毒きのこであってもかじって味を確かめる」というから面白い。他のどの分野でもそんなことはしてないらしいのだけれど。

本書はキノコ研究がまだまだ手つかずだということを強調していて、そして最後の章で学者も知らないレアな生態の絶滅危惧種を発見したアマチュアなど、まだまだ菌学が根付いていない状況での、アマチュアの研究の重要さを指摘している。


という感じで、これは学問的な議論もずいぶん載っていて、丁度こんな感じのが読みたかったところに非常にうまく嵌ってかなり面白かった。わりと安価なのも良い。これ以外の菌学の本となるとどれも三千円近いので、そこそこの値段で菌学のガイドとなっている本書は貴重なのかも知れない。

菌類は他にもカビも含む分類なので、あるいは次はそっちをちょっと探ってみるのも面白いかも知れない。

*1:ちなみに白黒魔女霧雨魔理沙はキノコに詳しいという原作の設定がある

*2:Amazonレビューで、毒菌体験を書くとき「ゲリベン」とか汚い言葉を使うのが不快、という人がいるけど、そういう危険も持ち合わせているのがキノコなんだから流石に難癖では