2023年に読んだ本と今年の仕事

今年読んだ本の10選とかそういうの。

ミハイル・ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』郁朋社

ウクライナキエフ出身の作家による1940年頃に書かれ死後20年以上経つまで発表されなかった大作。モスクワを混乱に陥れる黒魔術師の一味やキリストをめぐる発表を禁じられた作中作を用いて、作者自身の私怨を文学史に残るレベルにまで普遍化し高めたような凄味がある。

山野浩一『花と機械とゲシタルト』小鳥遊書房

精神病院で革命が起き、医者が患者を管理するものから、「精神分裂病」の患者たちが自主的に運営し「我」と呼ばれるゲシタルトに自らを委ね一人称を「彼」「彼女」とする生活を送るようになった反精神病院での幻想空間の拡大とその終焉を描く長篇。

石川博品『冬にそむく』ガガガ文庫

石川博品ほぼ三年ぶりの新刊。異常気象で年中雪が降る「冬」が訪れた世界の三浦半島のある町を舞台に、冬の冷たさと雪に閉ざされた閉塞感のなかで、それでも高校生の恋人同士がデートを重ね、かまくらや小さな部屋や布団のなかで二人だけの温度を確かめ合いながら生きる理由を見つけ出す青春小説。

黒川創『世界を文学でどう描けるか』図書出版みぎわ

タイトルからは大上段の理論的な本にも思えるけれども、主な内容は著者が2000年にサハリンを訪れた旅の様子だ。複雑な歴史と民族構成を持つこの島での旅を回想しながら、しかし後半で「世界文学」としての『フランケンシュタイン』についての試論が差し挾まれる意外な構成を採っている。

八杉将司『LOG-WORLD ログワールド』SFユースティティア

LOG-WORLD

LOG-WORLD

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月の磁場から発見された地球外生命の残した知識を用いた技術革新によって発展した近未来、さらに月には人類の記憶ログが埋め込まれていることがわかり、そのログにアクセスして調査する仕事に関わることになった主人公が、この世界、この私の唯一性をめぐる事件に遭遇するSF長篇。

室井光広『おどるでく 猫又伝奇集』中公文庫

初期小説集二冊に未収録短篇やインタビューなどを増補した著者初の文庫本。著者の故郷南会津を「猫又」と呼ぶ一連の作品は「猫又拾遺」の土俗的奇譚・幻想譚から始まり、方言、外国語、外国人など言語の土俗性とその外とが交錯する「翻訳」の主題が貫かれているように読める。

市川沙央『ハンチバック』文學界

文學界新人賞芥川賞受賞作。難病により背骨が曲がっており人工呼吸器を使って生きる主人公が、中絶という「障害者殺し」が日常化したなかにあって、それなら「殺すために妊娠する障害者がいてもよくない?」と計画する。生きることと殺すことの挑発的な問いを投げかけるばかりか、作品の大枠には「当事者性」についての問いも込められている。

高原英理『祝福』河出書房新社

文學界」「群像」や編著に発表された諸作を怪奇幻想誌「ナイトランドクォータリー」での連作「精霊語彙集」として引き継いで書かれた作品集。オルタナティヴなこの世の外への志向を、「呪なのか祝なのかもわからない言葉」の魔力をめぐる言語を通して描いた幻想小説

ボフミル・フラバル『十一月の嵐』松籟社

久々のフラバル・コレクションの新刊。アメリカのチェコ文学研究者への書簡体形式で、1989年の東欧革命の政治的動乱のさなか過去の弾圧の歴史を回想しつつ、権力との妥協を選んだ作家として屈折や痛みとともに現状を見つめながら、アメリカへの講演旅行の回想を差し挾む内的な記録のような小説集。

佐藤哲也『シンドローム』キノブックス文庫

「僕」の恋心あるいは性欲を統御しようと格闘する理知的で屈折していてくだくだしい特異な語りが友人平岩と同級生久保田葉子との関係を分析しつつ、現実では日常を破壊する異星人の侵略が始まる。内宇宙と外宇宙の交錯を青春SFとして描いたような長篇小説。

他に以下のものや準備号に寄稿した「代わりに読む人」の創刊号が出ましたね。
赤染晶子『じゃむパンの日』Palmbooks
江馬修『羊の怒る時』ちくま文庫
小野寺拓也、田野大輔『検証ナチスは「良いこと」もしたのか?』岩波書店
友田とん『ナンセンスな問い』H.A.B.
蛙坂須美『怪談六道 ねむり地獄』竹書房怪談文庫
『代わりに読む人1 創刊号』代わりに読む人

仕事

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「リベラシオン」190号に鶴田知也についての記事を寄稿 - Close To The Wall
リベラシオン 人権研究ふくおか」190号(2023年夏)に「鶴田知也再考――『リベラシオン』第一八九号を読む」を寄稿しました。表題通り前号での鶴田知也特集に寄せられた論考にコメントをしつつ、私の鶴田知也論と後藤明生論についての概要を紹介した記事です。

岡和田晃編『上林俊樹詩文集 聖なる不在・昏い夢と少女』
『ログワールド』のSFユースティティアから岡和田さん編の『上林俊樹詩文集 聖なる不在・昏い夢と少女』が刊行されます。幻視社別冊とあるように私は編集の実作業つまりPDFファイル作成のほか、表紙デザイン、校正等を担当しました。表紙はしかし表だけで、背表紙や裏表紙の情報記載は他の方がうまく仕上げてくださいました。

雑誌創刊の宣言文や更科源蔵論、林美脉子論のほか、大部分を占めるのは長篇の吉本隆明論です。ほかに詩人林美脉子氏の献詩、作家木村和史氏による上林俊樹との交流の記録、そして編者岡和田氏の1万3000字超の丁寧な解説がついており、さらに七ページにわたる詳細な著作リストが付されています。