向井豊昭アーカイブ
今回は、「千年の道」の新たに発見された後半部分と、短篇「用意、ドン!」を公開します。「千年の道」後半部分は普通の原稿用紙で発見され、前半は感熱紙コピーのみが残存していたという保存方法の違いによって、両者が一続きのものだという確認が遅れました。
今回新たに公開する「用意、ドン!」は、作中にエストニアの詩人のエスペラント語訳された詩の日本語訳が差し挾まれており、ザメンホフへの言及とともに向井豊昭のエスペラントへの関心が強く出た一篇でもあります。そして、冒頭運動会で揚げられる日の丸から、エストニアの赤い旗、そしてエスペラントの緑星旗へといたる、「旗」への反省が読みとれます。
なお、作中に翻訳された詩「煙突の言語」(詩集『オリエントヨーロッパの光』より)の作者はヴラジーミル・ベークマン、Vladimir Beekman(1929-2009)といい、エストニアの作家、詩人、翻訳者で、エストニア作家同盟会長でもありました。
作中の語り手が、このエスペラントの詩を一部翻訳してエスペラントのミニコミ誌に送った所、発行者に詩集全篇の翻訳を勧められます。しかし、語り手は以下のように述懐します。
その気になって取り組んだが、やっている内にボクの気力は萎えてきた。レーニンを讃美する詩行があったり、ハンガリーの民主化を押さえつけるソ連の戦車の制圧を正当化する詩行があったりするのである。ヴラジーミル・ベークマンは、ソ連邦エストニア共和国の御用詩人だったのだ。
この詩人についてはネットでは訃報くらいしか見つかりません。トーベ・ヤンソンやリンドグレーンのエストニア語訳で知られているらしいです。
教育、言語、翻訳、権力といった向井作品の主要モチーフがちりばめられた力作です。