後藤明生を読む会編『後藤明生を読む』

後藤明生の教え子で後藤研究の第一人者というべき乾口達司さんらによって関西で2009年から行なわれてきた読書会の15年越しの成果となる一冊。論考、討議、ノート、エッセイ、創作のほか、後藤の弟さんによる引揚げ体験記や、後藤の学生時代の詩も収録されている。Amazon楽天のプリントオンデマンドおよび電子書籍での刊行。

乾口氏のブログで論集刊行を目指して会合が開かれているのは随分前から知っていて、学術誌の研究動向の記事でも触れられていたものがようやく活字化されてまさしく待望のもの。刊行までに時間がかかっており、企画立ち上げから関わってた人など何人か既に亡くなってもいる。弟さんや娘さんのエッセイ、後藤本を出した編集者のほか、そうした物故した参加者の文章も収められており、会の長年の活動の一つの記念碑となっている。会員が九州は後藤の母校への訪問で見つけた初期詩篇の収録と解説などもたいへん貴重な業績と言える。

ただ、収録した文章の多彩さに比して論じる対象作品に偏りがある。各論考は精緻に掘り下げて面白いけれども、その分まとまって論じられているのが初期短篇と『夢かたり』、『挾み撃ち』に留まっていて、80年代以降の作品がない。また全体像をフォローできる概説があればと思う。現時点で400ページを超える分量なので苦肉の目次かと思われるけれども、マイナーな作品に照明を当てるような文章が欲しいとも思う。しかし初期作品に偏っているのは続篇の論集を目してのこととも思われるし、本書はまだ成果のほんの一角だろう。だからこそ是非とも続篇の刊行を願う。

読んでいて発見だったのは、乾口氏と同じくらいの本数を書いている来多邨平という1950年生まれの会合参加者では最年長の書き手で、読む会においても中核をなす人物かと思われ、論考のレベルも高くて、乾口氏もそうだけれど後藤明生で一冊くらい充分に書ける人なのではないか。来多邨氏、この生年で元出版社勤務と言うことは後藤明生の原稿を取ったりしたことがある人だったりするんだろうか、と思った。まあそれはどうでもいい話。

詳細な目次はこちらで見られる。
後藤明生を読む会編『後藤明生を読む』目次: 乾口達司の球面体日記
後藤明生を読む会

以下各篇について。

論考

●乾口達司「Sの誘惑――「S温泉からの報告」における温泉の<効用>」
「S温泉からの報告」を、温泉文学という点で川端康成を召喚しゴム管を加えた者同士という見立てを踏まえつつ論じながら、Sの字を描くようなさまざまな揺らぎを見出し、同時代のカウンターカルチャーとの関係を見る論考。温泉の水を飲んで健康になったかと思えば下痢として排出される水の両義的なエレメントをカウンターカルチャーへのアンビバレントな態度として見つつ、それは「文学」への態度でもあるとしてその距離を測定し、川端らの温泉文学の伝統からの切断を見出してもいる。水への着目が実は後半の後藤長女のエッセイとも共振する奇遇があるのも面白いけれども、同時代の政治運動との関係としては「ある戦いの記録」というあからさまな政治運動のパロディでもある短篇はどう位置づけられるのかは気になった。

●甲木文武「「書かれない報告」論 <物語ること>について――無名氏というメディウム――」
後藤の楕円の思想を検討しつつ、エッセイ「円と楕円の世界」は三島由紀夫の自決を踏まえて書かれているけれども、実際に三島の短篇「荒野より」との比較を行なうところがとても興味深い論考。

「喰い違いや勘違いによって支配されること」がおそらく、後藤にとっての規則性を超えた「創造的必然性」であり、〈運命〉への対抗となる。「言葉が他の言葉と自由に戯れ、結合し」、〈物語ること〉が駆動すること。そして、言葉に逢着することによって記憶が遡及的に浮き彫りになること。このパラドキシカルな構造において、都度、虚実の不可分な界面に組成される語り手を、後藤は自己として定位した。88P

ここのくだりが印象深い。本書で唯一拙著も引かれている論考だった。

●来多邨平「記憶、断片――『夢かたり』をめぐる断章」
『夢かたり』を「「思い出」という名詞(いわば絵画的)というよりは、むしろ「思い出す」という動詞(いわば音楽的)をめぐって書かれた本」105P、と指摘してその想起のありようを丁寧にたどっていく論考。小説の叙述をたどって、語り手が強く覚えている「天狗鼻のアボヂ」のことを再会した級友が覚えていないという記憶のズレについて、「キンソーナー」と「天狗鼻のアボヂ」を混同した上にアボヂを強く覚えていたのは芥川の「鼻」と関連して印象づけられていたからだ、と推測するところは面白い。注釈において、戦前は平凡社の『書道全集』には「中国編」「朝鮮編」「日本編」の三部構成だったのが、戦後版では「朝鮮編」が跡形もなく消えてしまっているという朝鮮の消去について触れている箇所も興味深い。

●松井博之「『行き帰り』について」
立ち上げから関わっていたという新潮新人賞評論部門受賞者のメールに乾口氏がコメントを付けた記事。『行き帰り』の紫陽花が100ページほどあいだを開けて出てくる、明確に思い出せないけど知ってる、そういう既視感を与える仕掛けについて書いている。そしてこの文中にある大森荘蔵吉田健一の時間論について対面時に本人が語っていたことを乾口氏が補足している。また松井氏は小島信夫に入れ込んでいたといい、「小島信夫後藤明生」というテーマで論考を書こうとしていたということを伝えている。これは書かれて欲しかったテーマだった。

共同討議

●乾口達司、来多邨平、小林幹也、竹永知宏「『挾み撃ち』をめぐって」
よく読むと『挾み撃ち』には現在時と思われる時間軸が二つあるという事実を指摘し、語り手の素性や、同じことについて書いてもその都度微妙に異なっているなど、語りの場当たりさやいかがわしさに注意を促す。乾口氏が証言するところでは、「ある日のことである」という書き出しは芥川の「蜘蛛の糸」の「ある日の事でございます」を踏まえたものだという。お釈迦様に導かれて生まれて初めての書き下ろし長篇小説を完結させられますようにと言う願いを込めたと。これは知らなかった。竹永知弘は『挾み撃ち』がさまざまな文学的引用で出来ているのは、60年代に文学全集が出揃っているのが重要ではないかとし、「円本とはまた違って、文学全集というデータベースが完成した上で出て来た世代というのが内向の世代であったといえるのではないでしょうか」190P、と指摘している。来多邨氏は『挾み撃ち』の題名について、「挟」は1946年の「当用漢字」に含まれておらず、手書きで「挟」と書いていても「挾」と表記せざるを得なかったらしく、その後「常用漢字」に入るのは1981年になってからなので『挾み撃ち』はそのあいだの「狭間」の題名だと指摘しているのが面白い。

ノート

●来多邨平「『夢かたり』の彼ら――本田君・家族ぐるみ・萩原恭次郎
『夢かたり』を子細に読み込み、特に「高崎行」の萩原恭次郎の詩碑の「誤引用」に語り手の心情が刻まれていることを指摘し、記憶のあやふやさを状況ごと記述することで記憶の変容を込みで語る後藤の手法を分析している。

●乾口達司「永興神社と永興天主教堂――永興・南山と後藤明生――」、後藤の曽祖父が建てたという永興神社の記録を朝鮮総督府の官報などから見つけ出したり、また幾つかの小説に出てくる「ドイツ人神父」を「グ、ステゲル」と推測し彼が北朝鮮に逮捕され処刑されいる事実を突き止めている。

資料

後藤明生「五月の幻想」
資料として収められた「五月の幻想」は、後藤の母校朝倉高校に額装されて飾られていたものだった。1952.5.13の日付がある63行の詩篇で、橋のたもとにパオがあるとされているのは一読明らかに『挾み撃ち』にも現われるお茶の水の橋から見えるあの風景だろう。書き出しの「大東京の眞中、ボクは迷子だ」という一節に、後藤の初期作「星夜物語」の冒頭に街の雑踏が描かれていたのを思い出す。強引かも知れないけれどもポーを連想させるものがあって、「赤と黒の記憶」が「早過ぎた埋葬」をキーにしていたのを考えるに後藤初期はポーが重要ではないかと思う。

●乾口達司「「五月の幻想」発見記」、来多邨平「「五月の幻想」への二、三の註」
これらはこの詩の見つかった経緯とその注釈となっている。ここには「後藤明正」が作詞をした学生歌も採録されており、乾口氏は地元の人の話を聞いた上で、ここに出てくる山が確かにそこからは見えるけれども古い国制では別の国に属する山で、これは「ヨソモノ」の発想だと指摘しているところが面白い。来多邨氏は注釈で、押しかけたわけでもない者まで「引揚者」というのはおかしいと批判しているけれど、かといって「追放者」はさすがに「引揚者」以上に刺々しくスティグマ化が強い言葉で、言い換え例としては不適当だと思う。私は引揚者にエグザイルとルビを振っておいたけれども。

エッセイ

●金窪幸久「勇気ある書出し」
問い合わせを受けた時にはコロナ禍で中断していたため読む会に参加することなく亡くなられた方が生前残していたエッセイ。後藤や会に興味を持って読んだ「関係」の書き出しへの感想を語っており、またタイトル通り快活な書き出しで始めていて面白い。

●名嘉真春紀「なぜ読み、書くのか? それは後藤明生を読んだからだ。」
『この人を見よ』などを担当した編集者による、出会いのきっかけになった金井美恵子から先輩格の小島信夫と森敦からいとうせいこう奥泉光佐々木中などなど読むことの重要性と後藤明生はいかに読まれたかを考えるエッセイ。読むことへの着目が編集者らしい。

●安田誠「文学とは風である」
「縦覧」という乾口氏たちが出していた雑誌の後藤追悼号からの追悼文の転載で以前に読んだことがある。近畿大学近くの学生が勉強よりも遊びに手を出してしまうという「親不孝通り」の飲み屋での、後藤が言った表題のセリフにまつわる記憶を回想する。

●松崎元子「父と水」
娘による家族の目から作品を再読したエッセイ。禁煙禁酒してから食べ物の味がわかるようになったと言う父の作中に、水の味に感動する場面があるのを不審がったことから、そういえば自宅には昔ミネラルウォーターの空き瓶があったということを思い出し、週刊誌の編集部にいたことで当時の珍しいものが手に入りやすい環境だったのではないか、と推測している。後藤の初期作品は週刊誌の編集者だったことで時代の新しい風俗を取り入れたものがあることは意外に忘れられがち。水への着目が乾口氏の論考と通底していてそこからも面白い。

●後藤忠彦「私の引き揚げ体験」
2020年に亡くなった明生の一歳下の弟による体験記。書かれたのは10年ほど前らしい。同行者なので後藤明生も小説やエッセイに描いているものと似た体験が書かれているけれどやはり違うところもある。この悲しみを世界中の誰にもさせるべきではないという結句が重い。ソ連兵が入り込んで娘を連れ出そうとしたところで品の良くない噂の立つ旅館の仲居さんが勇敢に啖呵を切って娘を守り、その時「脱退軍人」が二人いたけれど騒ぎの間中隠れていたことがあとでわかり、「兵隊さんて臆病なんだ」という述懐をしている。

小説

●安亜沙「いしのにんぎょう」
小説。アラン・チューリングの生涯をパロディにしたロボット、アンドロイド、人形を題材にSFを取り入れた純文学スタイルの小説で、クリックという人名など自由意志や遺伝・継承などをテーマにしているようで面白く読んだけれども後藤との関係は、どうだろう。うまく掴めなかったので再読する必要があるなと思った。

いくつか他に気になる論点もあるものの、とりあえずこんな感じで。