サイモン・コンウェイ・モリス「カンブリア紀の怪物たち」

カンブリア紀の怪物たち (講談社現代新書)

カンブリア紀の怪物たち (講談社現代新書)

グールド「ワンダフル・ライフ」で、バージェス動物群の記載の見直しを行った三人の英雄として描かれていたうちのひとり、コンウェイ・モリスによるバージェス動物群についての著作。

新書判で手頃だが、やはり手始めにグールドのものを読んでから、次にこれを読むのがいいと思う。一応本書でもバージェス動物群についての解説は行われているが、図版や個々の動物についての記述は薄手で、ある程度の知識がないと楽しめないだろう。また、二肢型付属肢などの用語が説明なく用いられていたりするので、節足動物の分類などについてもある程度の知識があった方がよい。

その点「ワンダフル・ライフ」では個々の動物についての記述や、動物分類の具体例などがかなり詳しいので、そちらで基本的な諸々を学んでから本書に進むべきだろう。コンウェイ・モリスは「ワンダフル・ライフ」を冗長と評しているが、そんなことはなく、きわめて丁寧かつわかりやすい基礎知識の解説を含んだ、秀逸な概説書だ。長さに見合った内容は持っている。

で、本書ではグールド以降のバージェス動物群研究のエッセンスを知ることが出来、またグールドのバージェス動物群観に見直しを迫るものとなっていて、非常に興味深い。特に、グールドのものでは生物の外形ぐらいでしか分類を判断する術がなかったのに対し、本書では分子発生生物学、遺伝子研究などの最新知見を動員した議論が付加されている。そこでは、エディアカラ動物群の時代には基本となる遺伝子セットはすでに用意されていたという見解がある。では、カンブリア紀で爆発が起こったのはなぜか、という疑問に対して、ある程度有力な見解として、捕食生物の登場をはじめとした、摂食行動の多様化が挙げられている。

「ワンダフル・ライフ」を読んでいると三章くらいまでは復習みたいな感じでさほど新鮮味はないが*1、四章あたりからはアップデートされた研究を基になかなか新鮮な知見が多く、特に発生学と遺伝子学という視点はグールドのものにはまったくなかったものだけに、非常に面白い。

*1:「ワンダフル・ライフ」では濾過食性だったオダライアの摂食様式が、捕食者に変わっているのが不思議だ。生態が見直された経緯は述べられていない