共著『北の想像力(仮)』が刊行予定です

既に文学フリマ会場などでチラシを配布したり、執筆メンバーの一人忍澤勉さんが告知されたりしていますように、
文フリの午後 その三 - 散歩の途中に、ふと思う。
岡和田晃さん編集による北海道SF・文学の評論集『北の想像力(仮)』が北海道の出版社寿郎社から来年四月に刊行予定となっており、私東條慎生も参加しました。

画像(クリックしてオリジナルサイズを参照下さい)を見て頂ければお分かりの通り、総計二千枚A5判七百ページ超という、地域文学の、というかSF評論集としてみても、(たぶん)前代未聞の物量を誇る文字通りの巨大な本となっており、価格も予価七千円という驚愕のしろものです。

ここに私は鶴田知也論「裏切り者と英雄のテーマ ――鶴田知也コシャマイン記」とその前後」という注釈含めて百枚ほどの原稿(と数百字のブックガイドを九冊分)を書いています。「コシャマイン記」といえば、アイヌの歴史を題材にして、一九三六年に第三回芥川賞を受賞したことでやや知られている作品ですけれど、作者鶴田知也は近年文芸文庫から作品集が刊行されるまで戦後ほとんど忘れられていた作家でもあります。葉山嘉樹の同郷で、プロレタリア文学誌「文芸戦線」からデビューし、農民文学の書き手として、また戦後は農業運動の指導者として活躍し、晩年は草木画家となった人です。

私の原稿は、代表作「コシャマイン記」を中心に置いて、鶴田の主要作品を選び解説していきながら、主にデビュー以前から昭和戦前期までの活動を追ったものです。プロレタリア文学運動から出発したある小説家が、戦争へと進む社会で弾圧と統制に見舞われながら、いかにに抵抗し、また敗北していったか、その軌跡をたどっています。私は最近「戦前」という言葉を想起することが多いのですけれど、鶴田知也のこの「戦前」の経験を読む意義は今もあるんじゃないかと思ったりします。

作品が手に入らず、その作家活動も知られていない鶴田知也について、これほどまとまって紹介された論考は戦前から数えても他にないと思います。文芸評論の文脈においては、一九七二年初出の多岐祐介による「実感の復権*1以来のものでしょうか。

ちなみに、日本で一番鶴田知也について詳しいのは、文芸文庫で年譜を担当された小正路淑泰さんという人で、追うのが難しい戦後創作について網羅したうえで農業問題の面から見た論考を書かれていて、とても参考になります。拙稿にも国会図書館にない重要資料の提供をいただいたり、事実関係のチェックなどをしていただきました。小正路さんの協力がなければ決して書けなかった原稿です。

評伝あるいは長い解説のようなものではありますけれど、文芸文庫『コシャマイン記・ベロニカ物語』を読まれた方には是非とも読んで頂きたいと思います。

以前SF乱学講座で行った「忘れられた作家・鶴田知也を読む〜北海道・開拓・アイヌ〜」という発表は、この原稿をもとにしており、多少その後の調査での新発見を盛り込みましたけれど、ほぼ同内容のものです。

私以外の皆さんの原稿もいずれも読み応えのあるもので、拙稿のようなニッチなアプローチが許容されているように編集方針も尖っており、なかなか凄いのですけれど、とりあえずここでは拙稿の告知だけしておきます。

七千円という個人で買うには難儀な本なので、買わずとも図書館にリクエストを入れるなりしていただければと思います。

また、こちらに執筆者のひとり松本寛大さんによる紹介が載っているそうです。

本格ミステリー・ワールド2014

本格ミステリー・ワールド2014

以下目次

北の想像力

序論 「北の想像力」の可能性


第一部 「北の想像力」という空間
 田中里尚「迷宮としての北海道―――安部公房榎本武揚』から清水博子『ぐずべり』へ」
 宮野由梨香「「氷原」の彼方へ――『太陽の王子 ホルスの大冒険』『海燕』『自我系の暗黒めぐる銀河の魚』」
 倉数茂「北方幻想 戦後空間における〈北〉と〈南〉」
 石和義之「北と垂直をめぐって――吉田一穂」


第二部 「北の想像力」とSF史
 巽孝之×小谷真理×松本寛大×増田まもる×岡和田晃「第五十一回日本SF大会Varicon2012「北海道SF大全」パネル再録」
 三浦祐嗣「北海道SFファンダム史序論」
 藤元登四郎×岡和田晃荒巻義雄の謎――二〇一三年の証言から」


第三部 「北の想像力」と科学
 渡邊利道「小説製造機械が紡ぐ数学的《構造》の夢について――北海道SFとしての円城塔試論」
 礒部剛喜「わが赴くは北の大地――北海道SFとしての山田正紀の再読」
 高槻真樹「病というファースト・コンタクト――石黒達昌「人喰い病」論」


第四部 「北の想像力」と幻想
 忍澤勉「心優しき叛逆者たち――佐々木譲を貫く軸の位置」
 松本寛大「朝松健『肝盗村鬼譚』論――「窓」の向こう側の世界」
 丹菊逸治「SFあるいは幻想文学としてのアイヌ口承文学」


第五部 「北の想像力」とリアリズム
 東條慎生「裏切り者と英雄のテーマ――鶴田知也コシャマイン記」とその前後」
 横道仁志「『ひかりごけ』の罪の論理」
 岡和田晃「辺境という発火源――向井豊昭新冠御料牧場


第六部 「北の想像力」と海外/メディア
 岡和田晃川又千秋「魚」
 藤元登四郎フィリップ・K・ディック『いたずらの問題』」
 橋本輝幸「キャサリン・M・ヴァレンテ「静かに、そして迅速に」」
 渡邊利道侯孝賢『ミレニアム・マンボ』」
 石和義之「伊福部昭『SF交響ファンタジー』」


第七部 「北の想像力」を俯瞰する
 北の想像力を考えるためのブックガイド(170作品)
 北の想像力の地図
 索引

*1:『文学の旧街道』旺史社、所収