2014年見てたアニメ

今年もいろいろ見ていた。ざっと書いておくかと思ったらあまりにも長くなったので別記事で。本のまとめ記事よりも長いのはどういうことか。まあ一年分を一記事にまとめたせいだけど。今年、というと前年から跨いだ作品もあるし、今年で終わっていないものもあるので難しいけれど、そこは適当にカウントする。
今年一番というと冬に終わったプリティーリズム レインボーライブ」だろうか。ほとんどバトル物のような対決、親達の事故の因果が子供の恋愛の障碍になるなどのやたらとハードなドラマが特徴的でシリーズ恒例の終盤の盛り上がりは凄かった。ラスト、言葉を交わさずに別れるシーンなど、演出もいい。シリーズ通していずれも傑作ではないか。今年から始まったシリーズ新作の「プリパラ」は、いま2クール目を終えたところだけれども、ライトなコメディ路線となり、キッズ向けとは思えないようなハードなシリアス要素を薄くしている。とはいえ、面白さは変わらず、というかカオスなギャグ・コメディ路線のレベルが高くて、監督脚本からいって「ミルキィホームズ」とも通じる部分があり、そちらのファンは見るべき。また、つとに秀逸と評価されていた女装男子レオナの扱いはなかなか面白いものだった。少女しか行けないと思われてた仮想アイドルシステムプリパラで活躍していたアイドルの一人で見た目まったく少女のレオナが主人公の学校に転校してきて、男子の制服を着てきた、という展開は凄い。冒頭数分で女装男子バレを引きずらずに易々と納得させ、問題ないこととして通す。また、この下りでその双子の少女ドロシーの「僕」という一人称へ嫌味をいう男子を登場させ、何か問題があるか、と切り返させるなど、ジェンダーへの目配りが効いている。男の子っぽいドロシーが女で、女の子っぽいレオナが男、というジェンダーロールの攪乱があり、平然と「お姉ちゃん」呼びを受け入れる女装男子の様子も印象的だ。無骨なラブリーさんが「プリパラ」へ行って美人キャラになるところなど、この作品ではなりたいものになれる、というアイドルシステムは男子にすら門戸を開いているところはシリーズからしてもかなりチャレンジングに見える。ギャグとしてももかなりセンスが良く、校長の横暴によってプリパラ行きが禁止された中で、どうやってライブ中継を実現するか、という難問を、学校前の道路を警察の利用許可を得て突破する、というキッズアニメにあるまじき具体性のある展開などが面白すぎる。各話ごとに感想書きたいくらいだ。元々あったスケート要素をなくして、スポ根ぽさがなくなったこととドラマのハードさが抑えられたことは同じことだろうか。

この年単位のシリーズを別とすると、今年特に良かったのは普通の女子校生が【ろこどる】やってみた。。そんなに金がかかった作品ではないみたいだけど、非常に良くできた作品だったと思う。ローカルアイドルを扱ったアニメで、ローカルらしい地道な仕事模様が作品の核になっていて、またメインの二人のお互いへの信頼と敬意のあり方が可愛らしい。シリーズ構成の綾奈ゆにこがインタビューで、私がやると百合を期待されるけれども、原作に忠実にやるのでそんなことはない、みたいなことを読んだので、まあそんなもんかと思っていたら、先輩が後輩を家に誘う回で、部屋に百合漫画があるのが見つかり、先輩は後輩がそういう人だったらそれも受け入れようと思って読んでいた、とかいう展開があり、ゆにこ騙したなア、って思った。両者無自覚な百合かと思ったら、それはブラフで先輩はガチだったという後の展開も濃密な百合じゃねーか。自覚的ゆえに抑制的な秀才型先輩と、無自覚な天然素朴な後輩、というコンビの感じも良いですね。作品のスケジュール管理も良かったらしく、ラストのライブシーンにすべてを持ってくる構成に応え、ライブ中はほとんど動きまくっていて、話の盛りあげ所と絵の盛りあげ所をちゃんと合わせていた。低予算風なのに、そう言うところがちゃんとしているのがなかなかできないことだと思う。その点「ハナヤマタ」がラストのライブでOPの再利用が目立っていてやや盛りあげきれなかった感じがするのと対照的だった。

あと、蟲師―続章―」が話も絵も出来が良すぎて書くことがないレベル。人物作画も枚数多いのがわかるし、蟲なんてフルアニメで動かしてるんだったか、また楽曲、音響も良い。素晴らしい。よくこんなクオリティで作れるものだと思う。パッケージが売れる類の作品ではないだろうに。原作は五巻くらいまで読んでたはずなのだけれど、どっか行ってしまっている。借りて読んだのだったか。

カードゲーム「Wixoss」のアニメ、Selector Infected Wixossの二部作も楽しかった。久野美咲の声はインパクトある。この声、「世界征服 謀略のズヴィズダー」に続きメインで、キャリア十年の二十歳越えの人なのにラジオを聞くと小学生にしか思えないのがすごい。「Selector」で特に興味深かったのは遊月、香月の双子姉弟間での恋愛だった。近親間恋愛の成就を願って危険なカードバトルに挑む姉遊月は最も応援したくなるキャラだった(佐倉綾音は「のんのんびより」に続いてブラコンキャラだなそういえば)。作中での近親間恋愛は明らかにセクシャルマイノリティとして書かれていて、しかもサイドストーリーだったためか、ラストになっても問題なくカップルとして成立している様子なのが上手い。「俺の妹がこんなに可愛いわけがない。」では、原作アニメともにラストにかなりの批判があり、近親恋愛への否定的意見も目立っていた。それはダブルヒロインとしてのもう一人のファンが多いからと言うのもあったろうけれども、近親間恋愛への嫌悪感を感じることが出来る事件でもあった。今年はエロゲー原作の近親相姦漫画が都条例において不健全図書に指定され、近親相姦を描くことを禁じる基準の初適用となった事件があった。
東京都の『不健全図書』に指定された「妹ぱらだいす!2」を読んでみた | 東京都議会議員 おときた駿 公式サイト
全年齢図書でエロ描写が過ぎるとして仕方ない、などと言われているけれども、まったく問題が混同されている。「近親相姦」規制を、エロ本だからしょうがないなどと言う論理を受け入れるわけにはいかない。これは思想による表現規制そのものの事例だろう。しかも、近親間恋愛へのマイノリティ差別を含んだものだ。この条例ではエロ描写のない「近親相姦」の肯定もまた不健全図書になりうるはずで、今回のことが全年齢でエロ描写やりすぎた、として規制の是非が論じられずに終わるなら、近親間恋愛への差別的条例の活用事例として残すことになるのではないか。「Selector」の二人も、不健全として規制される存在ということだ。きょうだい間では幼い時の性的虐待があり得るとして問題になるのはわかるとはいえ、ある程度年齢の行った者同士なら、それは個人的権利の問題だろう。親子関係においてはかなり権力関係が作用するので難しいとは言え、やはり近親間恋愛はセクシャルマイノリティ問題ではないだろうか。それと、近親間恋愛の否定はやはり「家」道徳、保守道徳思想から来ていると思うし、夫婦別姓反対と同じく、個人を圧殺する全体の問題ではないか。

まあ元に戻すと、「Selector」は一期から「魔法少女まどかマギカ」へのアンチテーゼを主張していたように、「何かを選んで何かを犠牲にするなんて、しない」「全部選ぶ」、全ての人の救済へのルートをたどった。タマが見つからないとはいえ、いつか出会う予感を残して終わる。「M3」もそうだけれど、岡田麿里脚本は超越的な存在による抽象的システムみたいなものを拒否している。二作ともに、その問題の根底には人間的な情念が渦巻いていて、そこが岡田の岡田らしいところだろうか(「凪のあすから」「Selector」「M3」、どれも作品の設定の根幹部分が相似形ではないか?)。ついでに「M3」、序盤は厳しいところもあったけれど、終わってみるとなかなかの大団円で、強烈なキャラで繋ぎつつ(アキラッキーとか、その手のアレな台詞センスは図抜けている)、結構楽しく見ることができたので良い作品。特にOP、ED曲がよくって、一期の主題歌はどちらも好きだった。特に、元School Food Punishmentのヴォーカルによる新バンドの楽曲は、ワンコーラスでの完成度も良いうえ、フルバージョンでは二番のサビ前で突如三拍子になるという楽曲構成でのプログレチックなセンスも最高だった。

あと、アニメ制作の裏側を描くSHIROBAKOも面白い。作品をみんなで作る、ということの熱量と仕組みの描写が面白くて、それぞれの部署が何をしているのかがよくわかる。アニメ制作アニメ、だからこそできる、実際に何をどう変えたのか、作り直したのか、それがきちんとアニメとして提示されるのがいいところだ。見ていると、アニメ制作においての主要アクターは、制作会社だということがわかる。監督もまた雇われた外部の人間だったりすることもあるので、まあそうか。そしてアニメの企画というものは原作の版元やら出資者やらがかかわるので、おそらくは監督の権限が及ぶ範囲というのは案外に狭いように思う。原作付きのものなら、ここまでの範囲をアニメ化、とかこのキャラを早めに出して、とか、そういう要望は監督も蹴ることができないだろう。無理な圧縮や改変がなされたアニメ作品などは、そういう事情があるはずで、後半はそこらへんにフォーカスするようだけれど、作品の責任問題なんかはどこまで踏み込めるのか。ゴスロリ様をもっと画面に出して下さい。

ヤマノススメ セカンドシーズン」は、半年掛けて二人の百合カップルのいちゃつきを描いたような登山アニメだった。全体に丁寧で非常に出来が良い。特に、13話の蛍回は、作画が凄い。話としても人は見る気分によって見えるものが違う、という富士登山の星空描写を継いで好対照をなしているのも見逃せない。17話では「天体のメソッド」で一人コンテ原画をやった江畑諒真一人原画作画監督回でこれもまた見逃せない回だった。「天体のメソッド」EDは、少年が階段を降りて立ち止まるシーンでの体の動き、体重移動の描写があまりに自然すぎて驚愕したし、立ち上がった少年がズボンの砂を払うシーンの自然さも、そして地面が割れて少女が空に舞うシーン等々、見どころがありすぎる映像だったけれども、その動きの特徴で、テロップを見ずに私でも誰が原画やっているのかがわかってしまう、という回だった。15分アニメということで、こういう作画に工夫をした回がやりやすいのだろう。儀武ゆう子の出演に笑った。営業かけたんだろうなあ、すげえわ。

原作を読んでいたシドニアの騎士はフルCGアニメとしてアルペジオに続き冒険的な作品。原作は止め絵の連続のような独特の画風で、動きが分かりづらいところがあったので、アニメになると動きが分かりやすくなりそこが良い。音響がかなりの迫力があるのも凄かった。

短評

この調子で書いていくと終わらないので、後はざっと。年を跨いだ凪のあすから後半の加速ぶりが話題になったけれども前半からよくできていた。「未確認で進行形は「GJ部」の藤原監督で、絵の柔らかさがとても良かった。しかし、荒井チェリーなら毒舌気味四コマ「三者三葉」をアニメ化しないのかね。同じ動画工房による月刊少女野崎くんは、コメディとして面白いし、主演の小澤亜李のどこかダミった声質(水橋かおりとか津田美波とか井澤詩織とかが個人的に近いカテゴリにある)がすばらしい。作中人物はだいたいすれ違いカップリングでコメディを構成してるんだけれど、相手を明確に恋愛的に好意を持っているのは主人公とゆづきだけ、なのかな。「ピュアギャール」でおなじみの黒星紅白によるキャラデザが秀逸な「世界征服 謀略のズヴィズダー」は、わりと楽しかったしオチもそういうもんだと思ったのに、なんかやけに世評が不評なのがよく分からない。最初は新居昭乃かと思った独特のED曲が良かった。百合暗殺アニメ悪魔のリドルは茶番を前提に自覚的に作られている楽しいアニメなのに、茶番だ、といって批判する意見が多かったのがなかなか腑に落ちなかったな。神撃のバハムート Genesisは金の掛け方もすごいし、出来もすごい。隔週でオーケストラを呼んで尺に合わせて録音したという楽曲、細かな動きも捉える作画が壮絶で、脚本もシリアスコメディ取り混ぜて面白いし、奔放奇策のアフロと真面目バカの騎士の男たちと、中身が幼女の女性と中身が数百歳の少女というヒロインの好一対造形が面白いし、沢城みゆきリタがいい。なぜこんなことがテレビアニメで可能なのか、というレベルを成立させた伝説の一社提供はマジで伝説。みんな集まれ!ファルコム学園は原作の崩し方をよく分かっている二分アニメで二期も期待。あいまいみー二期も気が狂っていてとてもよい。ノブナガンはスタイリッシュな絵で見せるタイプの漫画家の作品を、どうアニメにするんだと思っていたら、話自体がきっちり面白い作品だったので、低予算を露わにしながらもよくできていた作品だった。声当て自体が初めてっぽかった新人声優武藤志織の成長が感じられて楽しくもあった。アーススターアニメは良くできているのが多い印象。あと作業用アニメとか言っていたCGアニメ「エクスメイデン」も、わりと楽しんでいた。初回は編集少なめで一時間の長尺だったのを、批判が多かったのかかなりカットして再投稿していたのはいいんだけれど、長尺版を二度ほど見ていたのにオリジナルを没にするのはやめていただきたい。「ロボットガールズZ」も、「マジンガーZ」とかのロボットを美少女化すると見せかけて、オールドアニメのような思いきりのいい暴力を振るいまくる滅茶苦茶な作品だったので楽しかった。大胆に動きを描いた作画が今見ると非常に新鮮で、とても面白い。あと、実写ファンタジー「実在性ミリオンアーサー」がダークホース過ぎた。初回途中まで見た時にアレが出てきた時の衝撃と言ったらなかった。卑怯だわ。ストーリーとかあんまり分かってないけど、嘘予告とかネタまみれで楽しすぎる。てさぐれ!部活ものシリーズは年をまたいで連続二期やったかと思ったら来年続篇もやるらしく、期待。この石ダテコー太郎監督は今年、他にも「みならいディーバ」という、山本希望村川梨衣のリアルタイムの声と動きをCGアニメに反映させる「生アニメ」として製作され、劇中で視聴者からのネタを集めて一曲の歌詞を作りあげ、番組ラストでそれを歌う、という無茶な一時間番組を作っており、声優ラジオ的なノリをアニメにする企画に多種関わっている。そういえばご注文はうさぎですかは第四話が、「GJ部」のきららEDを描いた大島縁による一人原画回で、他話数とは違ってアンニュイで繊細な線だったのが非常によかった。作画や脚本の飛ばしぶりでは円城塔も参加していた「スペース・ダンディ」がかなりのもの。

セクシャルマイノリティ表象と差別ネタ

「Selector」の近親恋愛もそうだけれど、セクシャルマイノリティ表象が色々あったのが印象深い。年初には女子高生同士がキスすることが話のオチになる桜trickがやっていて、これはすげえな、と。しかし百合でなぜ胸と尻をやたらと強調した男性目線での体形デザインがなされているのかはやや不明。ガチ百合では難しいと思った企画側での指示なんだろうか。近年の萌えよりのアニメでは百合要素のないほうが少ないのでは、というレベルで浸透してはいても、友情や好意のレベルを超えて描写があると拒否感を示す層が多いというのはなかなか意外な発見だった。「プリパラ」での女装男子については上でも触れたけれども、女装男子をメインに扱ったショートアニメひめゴトは、実はサブキャラが凄まじかった。主人公が女装男子になる、させられる、という展開は定番的なんだけれども、主人公の弟が普通に女装男子で、弟がかかわっている生徒会は全員異性装者で占められていて、弟は男装女子と仲が良く、また女装男子同士の同性カップルがいるというのは、かなり驚いた。異性装と同性愛をミックスして見た目と性別と性指向を完全に攪乱してくるかなりの荒技を決めてくる。すごい。アニメは「乳揺れ」ならぬ、女装男子の陰嚢揺らしに執念を燃やしていたけれど、女性は見て喜ぶんだろうか? これ、原作者は女性らしく、なんというか女性作者はジェンダー攪乱のネタをよく使う印象がある。繰繰れ!コックリさんでも性別転換が可能なキャラがいるし、上でも触れた「月刊少女野崎くん」は、元少女漫画家の人がガンガンオンラインに載せた漫画が原作で、そもそも少女漫画の作者が無骨な男子高生、というネタに加えて、作中漫画のヒロインは男子をモデルにしていたりと、ちょいちょいそういうネタを加えている。聞けば「LOVE STAGE!!」という作品では同性愛男性の本番行為まで描いたと言うから、わりとセクシャルマイノリティ表象の点では結構試みはなされている感じ。ただ、そうしたセクシャルマイノリティ描写を面白いと思うことは、女性キャラを消費することへの疚しさから来ているのではないかと自分自身思うこともあり、試みとしては貴重とはいえ、そうした指向を萌え文脈で描くことそのものへの問題意識もあって当然だとは思うし、いろいろ微妙な考えが錯綜してもいる。セクシャルマイノリティ自身はこうした描写をどう思うのか、というところが気になる。

あと、アニメのうりんは原作のバランス取りのうまさをスポイルして狂騒的なギャグ面だけを強調した感じになっていて、原作の美点を捉え損ねているところが残念だった。一巻部分のラストでは、農薬使用の是非に関して原作では両方の美点と欠点とか、使われるに至る実際の理由なんかをちゃんと説明していて、「無農薬」ということにまつわる通俗的な「綺麗な」ストーリーをちゃんと批判的に扱うことが出来ていたのに、アニメではざっくりしすぎて「無農薬」という俗なストーリーへかなり寄ってしまっていた。脚本構成か、製作での問題かはわからないけれども、あのポイントを理解できない表現できないのではダメ過ぎる。「のうりん」の原作は農業高校への相当の取材を重ねて書かれていて、農業部分の解説などはかなり良くできている。そうした農業部分での出来の良さと、ギャグのぶっ飛ばしぶりとのミックスが原作の特徴で、無茶なギャグをフックにして農業問題に引き込むという手腕なんだけれど、時折そのギャグがひどいときがある。特に問題なのが四十代独身女性ベッキーを「行き遅れ」キャラとして嘲笑するところだ。元々アニメなんかでの先生キャラの位置づけが気になっていた。見た目少女か幼女の萌えキャラマスコット的な位置づけか、「行き遅れ」強烈な結婚願望か、のふたつが多い印象で、後者の場合結婚願望を嘲笑するネタがよくある。「のうりん」は完全に嘲笑的スタンスで扱われており、その結果過剰な行動を巻き起こし、それゆえにギャグキャラとして人気もあるんだけれど、原作五巻、登場キャラクターを各種の牛に見立てた見開きイラストでは、ベッキーがこともあろうに「廃牛」と見立てられており、産出能力や乳量の低下により商品価値が落ち、「ドッグフード」にするしかない、というキャプションがついているネタは、一線を完全に超えていると感じる。そうか、四十代独身女性は「廃牛」か。人間を家畜と重ね合わせるネタがギャグにならなくなるのはこういうところだ。見た時はぞっとした。

どうかと思った作品

基本的に肯定的に評価できるものだけを扱いたいとは思うものの、ここからは特にそれはないだろうと思った作品について書く。
魔法科高校の劣等生。最強レベルの実力を持つ主人公がキャバクラのように持ち上げられるオモシロコンテンツやー、と思ってまあ話題作だしと見ていたら、4、5話あたりのどこのネット右翼だよというような陰謀論的世界観が堂々開陳されるのを目の当たりにして、これほんまにあかんやつや、と苦笑いが真顔になる気分を味わった。主人公が体制側に付いて抗議行動を騙し討ちで瓦解させる悪辣なキャラというのはわかってやってるなら面白いんだけれど。主人公の物言いも、どこぞの実業家あたりが語りそうなロジックで差別待遇を正当化し、果ては反差別運動は他国に扇動された売国行為だと語り、その背景では中国と朝鮮半島が赤く色づけられている、という画面づくりには悪い意味で驚く。これマジでやばいやつや。
自己責任論と陰謀論と差別主義が混然となった政治思想が背景にある、かなり異形の作品のように思う。主人公が敵を容赦なく皆殺しにする展開とかあって、フィクションで基本的に支持される、いたぶったり弱い物いじめをしない、情けをかける、差別と戦う、といったある種の倫理的歯止めををことごとく逆張りするような傾向があるところとか、思想性ともどもものすごく幼稚に見える。見ていてキツイ感じもあったけれど、これはとりあえず全部見ておかないと批判もできんか、と思って最後まで見てみると、ラストあたりでその主人公の異様さが浮かびあがるような感じもあって、それが意図されたものだとしたらなるほど、とは感じた。設定語りが大きな魅力となっている作品を、アニメにする際に説明がバッサリカットされているための難点もあり、制作者は難しかったのではないか。とはいえ、主人公はその能力の高さで持ち上げられるところはまあそんなもんか、と思え、「異能バトルは日常系の中で」での利いた風なことを言う主人公を持ち上げる仕方が凄く気持ち悪いのに比べればストレートではあるとは思った。

結城友奈は勇者である。いろいろ設定はあるみたいだけれど、私がこれを批判的に見ているのは、一言で言うとこれ「勇者」って「英霊」じゃね、と思うから。以前のアニメで麻生太郎を出してきたタカヒロ原案ということで最初からあまり良い印象はなく見ていたけれど、「魔法少女まどかマギカ」フォロワー的な企画に「神道」「国防」「有事」「大赦天皇の恩赦)」という語彙を配置し、自身の身体を犠牲にして戦わせることは、「特攻」というかつまりは「靖国」だよねって思う。「満開」の結果として「散華」があり、それで身体の障碍を抱える、という設定だけれど、たぶん言葉としては「散華」が先にあったんじゃないか。「散華」をこういう使い方するってことは、ものすごく意識的でしょう。体制のために少女を強制的に戦わせ、その犠牲にする、ということをすごく意識的にやっている。こうした国粋的な語彙のなかに戦闘少女を繋げてしまった時点で、国に殉じた者の悲劇に没入するような作品にならざるをえない。個人的な友愛を殉国に接続する回路を「勇者」という一見ファンタジックな語彙で誤魔化している感がある。バリアフリー描写の丁寧さは、傷病兵への丁寧なケアでもあり、つまりは体制護持に資する限りにおいて、ということでもあるわけで。「日常」描写もその後の不幸を書くための思惑がありありであまり楽しくもない。「魔法少女まどかマギカ」からシステム変革の意思を抜いて国粋の文脈をつけ加えてしまった感じ。作画やらの出来はいいのに、原案が最悪すぎると思う。過敏に読み込みすぎな気はしないでもないけれど、ここで書いたようなことはタカヒロは結構意図的にやっていると思う。人物をあまり知らないけれど、麻生の件もあるし、政治的意見をかなり持っているタイプだろうから、ここらへんのことに意識的でないとは考えられない。ネットでは障碍が戻ってハッピー、という御都合結末に批判があるみたいだけれど、私はそこは気にしていない。