2016年に見ていたアニメ1

年末のアニメ感想。今年はクールごとにまとめた。だいたいクールごと好きな順から並んでいるけれども、上位以外はそんなにちゃんと決めていない。良いと思ったものと、当該クールでどうかと思ったもの一作を取り上げるという感じ。四万字を越えてしまった。さすがに長すぎる。見ながら適宜メモったものやツイッターで書いたことを編集してたら、やたら長くなってしまった。ショートもの除いて70作品くらい。

2016冬

この素晴らしい世界に祝福を!
今期トップクラスに面白かった。異世界転生ものというウェブ小説で流行しているジャンルの初アニメ化作品ではあるらしいけれど、冒頭から「トラック転生」という、トラックにひかれて異世界に転生という定型シーケンスを捻ったトラクター転生――トラクターなので誰かが轢かれそうになったわけでもなく、また自分が轢かれたわけではなく、心理的なショックで死亡――という無茶な展開で構成する、ジャンル定型を意識したギャグ作品になっている。転移で持って行けるアイテムは何でも良いと言われてショック死したことを笑った女神をそのアイテムに指定するなど、メタギャグを連発しつつ、アイキャッチがゲームのPAUSE画面を模したものになっているなど細かい工夫もあり、無一文の転移者だから住むところもなく馬小屋で肉体労働に従事し、労働者たちと仲良くなって酒食に興じて嘔吐するありさまを壮大な音楽に乗せて描写する一話クライマックスは素晴らしい。おおむねテンションを落とさずに、金をギャンブルに費やすダメ男みたいなポンコツ女神や、火力一点集中すぎてつねに残弾一発の魔法使い、マゾが高じて防御力しかない戦士などの人材に恵まれたパーティでの異世界ファンタジーを描いており非常に楽しい。一点突破の能力を持つダメというかアレな人たちが、寄り集まってダメなまんまなんとかして生きていくっていうさわやかな作品。異世界転生ハーレムものを捻ったギャグにしているので、そうしたものが好きではない層にもリーチしたんじゃないかなと思う。雨宮天のギャグ演技がすばらしく、福島潤のアドリブもいい。サキュバス回での茅野愛衣の「ぶっ殺してやる!」は緩急も相まって素晴らしい演技でしたね? EDも牧歌的で雰囲気がよく、OPでは曲調が変わる間にサブタイトルが表示される印象的な演出は、金崎監督恒例ものだ。レイヴンズはコンテが別人なのにそうだったのでOPの間にサブタイトルを入れるのは監督の方針だろう。基本のキャラ絵が原作から比べてかなり見劣りするのが難点というか、濡れた服を着ているみたいな胸をやたらと揺らしたりする描写に力が入ってたり、アクアの尻丸出しのノーパンノーブラとしか思えない服装とか、なんでそんな描写を入れるのかわからない部分もあるけれど、OPの爆弾岩を切りつけるところとか、表情や顔の崩しが魅力になっている作画なのは間違いない。モブとかだと顔より明らかに体のほうが線多い絵になってたり、こだわりを感じるのは確か。たいそう期待度の低い企画だったらしいんだけれど、キャラデザ含め、スタッフの好きなようにできたというところが大きいんだろうと思う。

ファンタシースターオンライン2ジアニメーション
冬でわりと好きだったのがこれ。ネットゲーム内アニメではなく、ネトゲをしている学生を主人公にしたネトゲプレイヤーアニメで、主人公に目をつけてPSO2をやらせる生徒会長泉水リナのキャラクタが非常によかった。表向きは優秀な生徒会長なのに本質はぼっち気質で、ネトゲではソロプレイでレベルを上げまくって、プレイヤーたちのあいだでは「孤高さん」と呼ばれているとかいたたまれなさがきわまっていて、仲間がほしいけど言い出せないみたいなもどかしさに悶える会長萌えアニメ。しかもネトゲアバターがCV玄田哲章諏訪彩花CV玄田哲章、とかいう素晴らしいキャラ設定が萌えキャラ玄田哲章を生み出し、序盤は勉強もネトゲも充実だ、みたいな進研ゼミマンガみたいなトンチキ感、ネトゲ入門アニメみたいなオモシロ感があった。恬然とネトゲ実名プレイの主人公の大物ぶりや、友達がネトゲで荒らしをやってたエピソードでのリアルとゲームの両面を知ることで仲良くなれる、とか驚くほど健全な話運びもいい。後半、玄田哲章の出番が少なくなるのが最大の欠点。アニメではゲームがゲームではなかった、という話なのに、同時にやってた原作ネトゲ版のPSO2では、現実がゲームだった、という話をやっていたらしく、面白いギミックだ。ファンタシースターは4をメガドラでやっていたので思い出深いゲームだけれど、4しかやったことはない。ダークファルスが出てきてびっくり。

灰と幻想のグリムガル
異世界転生ものといえば、これもそう。元の世界の記憶が無い転移タイプ。「あいうら」の監督キャラデザによるそれを彷彿させるフェティッシュな身体描写、水彩風の背景も良い雰囲気。背景は静止画と思わせて複数レイヤーで細かく動かすなど凝っていた。一話の「これは命のやりとりなんだ」というなんか恥ずかしいセリフを二度繰り返したあたり、これは現実は厳しいぞ系のきっつい作品か、と思ったらそれほどではなかった。異世界ものを、リアルよりにアレンジしたものという意味で、このすばと好対照をなす。フィクションにありがちの女風呂のぞきを実際にやったらむっちゃ空気が悪くなって関係にひびが入るリアルさはわりと面白かったけれど、ランタの暴言は普通に人として付き合いたくないレベルなので、追放しろよって思えてなあ。このすばと同じく、ゲームベースのファンタジー世界観のパロディ的側面がある二作だけれども、どちらもスキルを覚えて、安宿に泊まり、労働して飲んで喰ってという日常性が前景化する共通点がある。ギャグに振ってもリアルに振っても日常を維持する労働の大事さが出てくるのは時代か。11話で昔の仲間にディスペル、と涙声で唱える安済知佳の演技が印象的だった。話題の落合福嗣も木訥声としてなじんでた。企画の関係かでヴォーカル曲を何度も劇中に流すのは曲は悪くないけどちょっとアレで、マナト葬送のときはあれはむしろ無音で見るべきかとも思った。

紅殻のパンドラ
士郎正宗原作六道神士作画というマンガをろこどるの監督でアニメ化するというなかなか妙な組み合わせの作品。アンドロイド少女と全身義体化少女のコンビが、ある島で出会い、そこでのわりあい深刻なトラブルに巻きこまれたりするって感じで、お互いがお互いの姫にして騎士でもあるというアツい百合で話が進んでいく。士郎作品にはくわしくないけれど、六道作品ならではの要素が色濃いように思われ、オタク的濃さというかギャグというか、わりあいブラックなギャグというかエロをまぜつつ、ほんわかした二人とそのわりには結構陰惨な事態が起こっている。魔法少女もののコンセプトを持っており、人助けが主目的だけれども、大事件の際にでた死者に特に注意を払う描写がない、というのは、これは六道のバランス感覚だろうか。ブラックでしたたかな印象がある。まあサイバー百合アニメとして楽しく見られる作品だ。EDのTECHNOBOYSPULCRAFTGREEN-FUNDは、トリニティセブンのEDの人でもあって、ポコポンって感じの音をよく使うのでそれだけでこいつらだ!ってわかる。

ディメンションW
超エネルギーが日常化した近未来での事件を解決するSFミステリっぽい作品で、コイルという別次元からエネルギーを供給するアイテムが世界観の核になっている。このコイルを使わず、違法コイルを回収する仕事をしているアナログ男のもとに、電子の塊アンドロイド少女が転がり込んできて、というデコボコバディもの。パンドラと同クールにやっていたのが面白い。原作をかなりハイペースで進めたようだけれど、ロボ少女ミラのかわいさで一点突破な魅力がある。ツンデレオッサンと素直なロボット、これ鉄板の組み合わせってやつだ。面白かったと思うけど、あんまり書くことがないな。OPがコンテ演出動画検査までやってる梅津泰臣で、見事なダンスを披露しているし、Studio3Hzといえば天体のメソッドだからかEDが江畑諒真の一人原画だったりとかわりとすごい。上田麗奈ポンコツロボット感がよかったし、ラジオも面白かった。上田麗奈があんな人だったとは。

アクティヴレイド-機動強襲室第八係-
近未来、パワードスーツによる犯罪が多発するなかで警察もそうした装備を用いて犯罪対策に当る状況で、その警察組織を主人公とする作品。ヒーローものと公的組織ならではの面倒くささを笑いにしつつ、アクションバトルにコメディを加味した雰囲気が良好。事前の「正義執行」だとかのキャッチはどうなんだと思ったけど。主人公の女性が空回りはしても能力自体は高いということを描写するくだりは良い。自衛官になった瀬名の元カノが、別れたことを根に持っているけれどもプライドが邪魔をしてよりを戻せないいらだちを瀬名にぶつける面倒くさい人ですばらしい。瀬名に謝罪させることで気持ちよくなる変な人になっている。西田亜沙子キャラデザ作画監督による絵がいい。

霊剣山 星屑たちの宴
これ妙に面白い。全篇仙人になるための修行のお話なんだけれど、ネット小説らしく、日本のそれのようにきわめてゲーム的な世界観で作られている。ある村で課題をクリア出来る条件を満たしてもクリアせずにおき、住人全員の好感度をマックスに高めてからイレギュラーな手段でクリアしたので、あり得ないほどのクリアボーナスアイテムを手に入れる主人公とか、まさにチートそのもの。日中合作アニメで、最初はやや見方に迷ったところもあるけど、三話あたりでこれはずいぶんちゃんと面白いぞとわかった。中国はやはり感覚が違うのか作家作品の個性なのかわからないけれど、ゲスさや下品さがかなり激しく、翻訳でそうとうおとなしくはなっていても、なかなかのもの。まあみんながわりとクズなので、良い感じに毒はあっても不愉快にならないバランスではある。友人との関係をゲイ友なの?と聞いてきたり、男もレズパートナーもいないとか陰口をたたかれた女性がやってきて決闘することになるけど、私たちの関係も行き詰まってきたし、勝負がついたらわたしたち(女性同士で)結婚しようか、と言い出したりして、どうも同性愛も日常だからレズがどうのと言う罵倒が差別にならない、というバランスのつもりっぽくて、どうかと思わないでもないけど面白い。いやまあほんとゲスいギャグが満載なんだけれど、異文化理解的に面白い。このすば、グリムガル、霊剣山とゲーム的世界観ファンタジーが揃い、うち二つはネット小説発というクールだったわけだ(PSO2というネトゲアニメも含めて良いかな)。ゲーム的世界観と仙人が融合するところさすが中国って感じだ。

●大家さんは思春期
二分のショートアニメでタイトルから想像されるようなエロはなく、あるアパートにすむ男女ふたりがその大家の中学生少女を愛でる話。四コマ原作を詰め込んだなかかなかにハイスピードテンポでほのぼのストーリーを描く好作。作画レベルが高く、特に四話は今クールでも必見の話数。冒頭の主人公の肩から方向転換する前のめりの動きとかもうそこから違っている。人の話を聞きながらでも、表情だけでなく体も動くあたりとか、何処をとっても誰かが動いている。人は静止などしないという鉄の意志がある。濱口明の一人原画で、この人次クール三者三葉の作画が凄い回でもいた。まあ、このアニメ全部じゃないけどだいたい原画は一人で回してるはず。下着を買いに行く回で女性一人原画だったりとかしてた。OPのクレジット演出で石浜真史かと思ったら吉原達矢だったという。そういや手法が結構違うか。この監督、ディメンションW一話に原画参加していて驚いた。

最弱無敗の神装機竜《バハムート》
学園ハーレムバトルアクションラノベ原作アニメ。ダンデライオン以上に春日歩イラストをうまくアニメ絵にしている印象。わりとそれだけで見られる。ガンガンオンラインの漫画版を拾い読みしてみると、作品の重要な背景をすっとばしているので、印象がかなり変わってくる。機龍を操れることが前帝国の人体実験にかかわっているらしいこととか、兄との確執とか、世界設定の骨格が見えづらくなっているきらいがある。ヒロイン個別回がラノベ一巻、に相当してしまうので、キャラを揃えようとすると超ダイジェストになるという小説とアニメの相性の悪さが突出するのが宿命だなあ。良い点は、クルルシファーが胸のことでいじられたりコンプレックスを持たされたりということがないところ。この手の作品ならまずそこでキャラ立てすることが多いけれど、凜々しい雰囲気のまま通しているのが、あまり類を見ないセンスで良いと思う。ただ、そのコンプレックスネタは解説役の妹が担当していた。女装ネタはこの主人公ならやるとは思ったけど、EDのヒロインに混ざっていたのは笑った。主人公も女性キャストだからメインキャストが全員女性という空気。

プリンス・オブ・ストライドオルタナティブ蒼の彼方のフォーリズム
架空競技によるスポーツ、片方は男性向け18禁ゲーム、もう一方は女性向けいわゆる乙女ゲーム、という非常に好対照な作品が同クールにて放送されていて、とても興味深かった。大橋彩香もプレイしていたというストライド、これはパルクールとかフリーランニングとかの街を自在に走り回るアレを競技に落とし込んだもの、というショートカットありの変則リレー走と思えばいいけれど、このバトンタッチのタイミング出しをする係が主人公で、男同士の絆を繋ぐ女性主人公、という位置づけはなんとも面白い。競技のわかりやすさや主人公の位置づけの重要さがきちんとしていて、新宿駅近辺とかの見慣れた場所を走っているシーンとかは結構面白いけれど、道なき道を体さばきで突っ走るような通路の概念をハックしていく面白さはあまりなく、後半はちょっと微妙に感じた。なもので、ルールは非常にわかりづらいけれども、競技そのものの考え方を変えていく展開で盛り上げていったフォーリズムが後半は非常に魅力を増していった。エロゲー原作らしいユニフォームだったり、恋愛要素をカットしたので主人公の位置づけが曖昧になってるところはあったけれども、その分競技ものとしての純度を中心に展開していったのはよかったし、同じ部員同士での天才肌と努力家のライバル関係は百合だなーって。エロゲと乙女ゲーでプレイヤーキャラとの恋愛ルートをカットしたため、両方とも同性の関係が煮詰まってくる。

ラクエンロジック
カードゲーム原作アニメで、人間と女神的存在がキスしてトランスという名の合体をして戦う、という合体がふつうに性的で、主人公コンビ以外がおおむね女性同士なので百合っぽいのとか、キャラデザとか画面の色彩感とかがわりと良い感じだけれど、盟約者と女神というセットで出てくるキャラが多すぎて関係性を把握しづらいのとか、そのコンビの信頼関係の描写とかが物足りないとか、なんかいろいろもったいない。唐揚げを何故か色っぽく食うシーンとか、ところどころよく動くシーンが面白かった。ショートアニメらくろじ部も画面の色彩とか面白いしこっちを長くやっても良いな、と思ったらまだやってる。興味深かったのは数少ない男性同世代キャラオルガで、彼一人だけが契約相手を見つけられずくすぶっていた。相手を見つけて他の女性メンバーとも仲よくなっていく主人公と、その対照的位置としてオルガがおり、戦力外なのに上から正論を言ったりするオモシロキャラだったのが、後半、女性に囲まれる主人公と、そこから疎外されるオルガ、という位置づけがオルガをラスボスへと向わせていき、しかし、オルガを気に掛けて正面からぶつかってくるのはヨシチカだけで、彼のカード散逸を防いだのもヨシチカだった。ヨシチカのカードは女性陣が守ろうとするけれども、一枚逃してしまう。ハーレムものにおいて、誰にも選ばれなかった者を露骨にライバルにするという展開は意図したものなのか。メタハーレムもの的意識でもあるのかな。

●だがしかし
いつぞやのサンデー改革の時によく言及されていたので漫画を読んでみたら、匂い立つほどうすた京介臭がするギャグ漫画なところが面白かったのだけど、アニメではそこらへんが脱臭されていて残念。悪くはない。

ナースウィッチ小麦ちゃんR
タツノコ2chネタで受けたアニメをいまやる、というのは何なのかわからなかったけれど、ふでやすかずゆきとかが脚本を書く、深夜でやるキッズ風ギャグアニメといえばだいたいわかるのではないかと思う。積極的に見るほどでは、という感じはあったけれど、ブリとバラ肉のカードゲーム「ブリバラ」とかいう自社アニメを積極的にパロっていく姿勢、悪くない。小麦よりもつかさというキャラのほうが主人公していて、そのボーイッシュなキャラクターのせいか、周囲の人物がつかさの好きなのは小麦かここなだと百合方向に勘違いしているというの、あまり見ないパターン。つかさの男性的と思わせて内面は乙女チックというもの自体はベタだけど。スペースダンディにでてた佐武宇綺のリリアというキャラがラスボス的に出てくるんだけれど、このキャラのダンスシーンは突出してたと思う。渡辺明夫キャラデザのタツノコプロCG班による制作なので、プリティーリズムっぽさが感じられ、足の動きや飛んだりはねたり、振り付けが激しく、プリパラとかでは見ないような印象。プリパラのダンスシーンもかなり出来が良いけれど、リリアのダンスシーンぐらい見返したものはなかった。

無彩限のファントム・ワールド
作画レベルなどが非常に高いのは確かだけれども、このクオリティでハーレムお色気ラノベアニメをやるという試み自体になんか嫌味を感じてしまう。まあ一話のエロを過剰に盛り上げてギャグにしていくセンスはよかったし、幻想のギミックを使った話に悪くないところはあり、久野美咲メイン回のファンシーっぷりとかには、スタッフはこれをやりたかったんじゃないかと感じられるものがあったりはする。どちらかというと一話以外エロ要素が中途半端かな。胸は揺らしてもパンツは見せない、というルールなところとか、抑制があるのは京アニらしいか。キャスト陣が面白い人ばかりだったので、ラジオや動画番組がちょう面白かったという印象。田所あずさはこういう人だったのか、とか宣伝動画でのかわいがられる久野美咲とか。下野紘の安定感はやはり得がたいものがある。もっとも人に胸を触られた声優、女性ならたかはし智秋だろうと思うけど、男性は下野紘だろう。ラジオ、月に1200通メールがくるらしいけど、すごいな。

ハルチカ〜ハルタとチカは青春する〜
同じ男の先生を好きになった幼なじみの男女、が吹奏楽部の部員集めに謎解きをするミステリアニメ。ずいぶん前に原作を読んだことがある。そのときから、その変なデリカシーのなさ、人のプライバシーに土足で踏み込む印象があったけれど、二話で思い出した。説明する前に人を押さえつけて遺品に絵の具を塗る、というのはショウアップを前提にした悪趣味ではないか。殺人事件でもないのに、妙に劇的な見せ方をしようとしているズレがある。まあそれで続刊を読まなかったシリーズだったんだけど(某人お勧めの似鳥鶏の葉山くんシリーズと米澤穂信の学生ものの二シリーズは続きを読んだ)、キャラデザ西田亜沙子のキャラが良いのでまあ見ていたら、五話は沈黙によって真実の傲慢さを見据えた話だったような気がする。難聴で補聴器をつけているツリ目芹澤さんのキャラデザがよくて、11話のチカの明るさによって芹澤さんが難聴を恢復させてゆくという百合展開そしてラストの表情演出が細かくていい。そこらへんは良かった。どうでもいいけど、大家さんは思春期、と人物関係が綺麗に対照的だなって思った。年長者男女二人が中学生女子を愛でるのと、高校生男女が年長者男性に恋慕する、そして男女間では恋愛関係で描かない、と。

●弱酸性ミリオンアーサー
去年から始まってるショートアニメだけれど、ちょぼらうにょぽみのキレた原作を、キレた監督がキレた声優で作る、という無茶な作品。本気でやってる宴会芸みたいな勢い。

旅街レイトショー
二話が、不良少女と優等生の自分を作ろうと無理する少女との同族だからこその接近と喧嘩のすえに、つばを吐いて別れた相手のことが大人になっても忘れられない、というすっごい百合(殴り合い)エピソード。本当の友達になれる人はあとからわかるかも知れません、とナレーション。三話の子供の話、四話の老年恋愛と、なかなか面白い切り口で描かれた全四話の紙芝居ショートアニメ。

ヘヴィーオブジェクト
全体的にアメリカ映画っぽい気の利いたやりとりをさせようとして喋りすぎている感があるけれど、ミリンダめあてに流し見っぽく見てたら、16話、ある少女が戦闘中に歌うシーンで同乗の主人公の悲鳴が合いの手になってたシーンは笑いが止まらなかった。そこだけで記憶に残る作品。

●どうかと思った発言
「この素晴らしい世界に祝福を!」はコンプレックスまみれの視聴者を徹底的にいたわった作品? - Togetter
この時期もっとも怒りを感じたのはこの一連の発言だった。美少女アンドロイドが落ちてくるハーレムアニメのEDを真似てパンツを飛ばしたり、「もう日本国民は小隅レイでまとまっているといってもいいぐらいです」というヴォーカロイド萌えや技術者に都合の良い展開じゃねーかという側面がある小説書く人がどういうつもりでこんなことを言ってしまえるのか意味不明だし、三分見ていればわかるメタ・パロディものをそのメタ性ギャグを無視した批判の的外れさ。人から見た恥ずかしさばかりが基準にされる言説の余りの恥ずかしさ。コンプレックス商法じみた煽りを許容しうるわけもないし、作品の基本コンセプトすら読み取れていないうえに、フィクションを読者の主人公投影モデルでしかみない読解の貧しさ。去年の記事でアスタリスクと落第騎士の比較の仕方について私が書いた危惧にも近い思考だ。こういう考えが結局悪書追放に帰結する以上、やはり萌えアニメハーレムアニメを擁護していこうなって感じる。いろんなアニメがガルパンを参考にすればいいとも言っているけれど、萌えミリタリーなんて「良識」派からすればこのすば以上に「悪書」だろう。「悪書」などという概念そのものを破棄しなければならない。こんなものは恣意的で能天気な啓蒙でしかない。そもそも、人に向上心を説く前に目の前の作品をきちんと見る努力が必要だと思う。*1
https://twitter.com/nojiri_h/status/765738602328240128
以上を書いた後で、最近再度言及しているのを見つけた。つまりはろくに見ていないアニメを勝手にカテゴライズしたうえで、そのカテゴリ批判をこのすばにあてはめてたら、批判殺到で見当違いだったらしいので方針転換し、カテゴリへのレッテル張りだけは正しかったと自己正当化している。しかし、当初の発言はそういうものではなかったし、異世界チートハーレムなる「悪書」を具体的に読んだ形跡はない。冒頭に書いたように異世界チートハーレムはアニメになっていないのに、そのパロディがアニメになった、と話題になっていたわけで、アニメで見た可能性もない。せいぜいまとめサイトで嘲笑的にネタにされているのを見た程度ではないか。あるいは自衛隊アニメに批判的だったから、それだろうか。
http://twilog.org/nojiri_h/search?word=%E7%95%B0%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%88&ao=a
正直、異世界チートハーレムものについて氏が言っていることは矛盾だらけでただただ偏見が垂れ流されているのがわかるだけだ。世界一かっこ悪い文化だという根拠はただ見た目つまり偏見。ガルパンや、軍艦を美少女化しダメージを受けると着衣が破れる艦これのような萌えミリタリーと異世界チートハーレムの見た目に、どれだけ差があるというのだろう。百を超える美少女キャラを部下にできて、結婚できるシステムと聞いたけれど、外から見ると異世界チートハーレムとなんか違うのか? そもそもオタク趣味なんて、かっこ悪い幼稚だといわれる趣味を大人になっても続けているようなかっこ悪いものと見なされていたんではなかったか。異世界チートハーレムだけを自らと切り離して差別しようなんて。一方的な決めつけで相手が何をするべきか宣下するこのパターナリズム。若者がそんな頭ごなしの説教を真に受けると思っているのだろうか。

●プリパラ
もう三年目なのでここで。サイバー世界で人気のアイドルが勝負に勝って権力を手に入れたら階級的独裁体制を敷いたので、それに対抗するため主人公たちは地下レジスタンス活動をはじめ、最終的に独裁者を倒してアイドル民主制を取り戻す、という筋書きはこれもうサイバーパンクだな。ボス格ひびきのセリフ「革命には犠牲がつきものだ」とか、あからさまに革命を意識した楽曲等、設定筋書きがわりあいハード。仮想空間内で人々の集合意識が具現化したボーカルドールなる仮想人格というSFギミックが主軸となった1stシーズンからかなりSFしてる。ひびきはボーカルドールになりたがった独裁者で、女神はアイドルになるために赤子に転生するし、「みんなアイドル」のスローガンが物語展開を支える理念になっており、革命と人と人でないものの境界を融解するアイドルサイバーパンクといえるのかも知れない。ガァルルとアロマゲドンのチーム結成を描いた104-106話あたりはとてもよかった。ちょっとキャラ増えすぎてきたかな。シオンの扱いがおざなりに感じる。巨漢少女ちゃんこが、ちゃんと3Dモデルつきのライブシーンを作られていたのが凄かった。自分の身体に圧倒的自信を持つちゃんこの描写は、女装少年レオナの平然たる描写とともに、特筆ものだろう。次期からリニューアルするようだけれど、主人公続投でどうなるのか。ニコ生で配信されたプリティーリズム劇場版も四ルート見た。男子アイドル回の熱さはよかったしこれがキングオブプリズムになったんだなと感慨がある。キンプリはラインライブで配信されていたのを見て、これがかあ、と楽しく見ることができたけど、明らかに90分尺作品の前半で終わっていたので、続篇制作は喜ばしいニュースだった。黒川冷が浮いていたTV版から見ていると、いつものじゃないかという感じはあるけれど、そのいつものがもうアレなので、やたらなテンションと濃さはなかなかのものだった。

2016春

コンクリート・レボルティオ〜超人幻想〜THELASTSONG
ボンズ會川昇を原作とする、昭和のパラレルワールドとしての「神化」の日本を舞台に、さまざまなヒーロー、超人、怪獣、妖怪が遍在する世界を描いた作品の2クール目。特撮やアニメにおける「正義の味方」を通して、サブカル史、昭和史を描くという多様な視点から読める作品で、2015年から16年にかけての特筆すべき傑作のひとつだと思うのだけれど、なにぶん私には元ネタがかなりわからず、また間を開けて放送される間にいろいろ忘れてしまっており、かなり細部を読み落としてしまっているのであまり突っ込んだことは言えないけれど。爾朗の姿を通じて、「『正義は人の数だけある』なんて使い古された言葉」、と正義の相対性のまえで立ち止まることを批判的に描き、「現実を変えることなどできないと笑う」シニシズムへの批判を姿勢として、昭和のヒーローを読み直す。戦後日本を舞台とする本作の特徴のひとつは、数多の昭和史的事件、学生運動などの政治的運動を通じた政治性・社会性の導入だろう。一貫して挿入されてきた「歌」、二期や最終話サブタイトルにも使われた歌というのも、そういうニュアンスじゃないかと。デビラ回では広場を通路と変えることで、集会を禁止するという「合法的」なデモや集会の排除という歴史がデビロへの警官の対応や「新宿西口地下「通路」」という張り紙にきっちり書き込まれていたのが印象的だったし、劇中ではしきりに政治運動が描かれていた。なかでも、金嬉老事件をモデルにした立てこもり事件が出てきたのに驚いた。朝鮮を言外に示している、という使い方ではなかった気がするけれども。それとあわせて非常に面白かったのは、ラスボス里見は超人と一般人を反目させて、追い詰められた超人たちを日本から追放しようというマッチポンプの計画を立てていたことが明かされるけれど、これ、ちょうど『北朝鮮へのエクソダス』を最近読んだこともあって、在日朝鮮人の帰還/帰国運動の歴史が重なってくる。職を求めて、あるいは労働力として戦時動員された朝鮮人は戦後一方的に国籍を剥奪されて貧困に落ち込む人が多くなりそれによる生活保護が増え、そうした人々が左派化することを政府が懸念して帰国運動という棄民政策への流れをお膳立てしたわけだけれど、これが里見と重なりまくる。帰国運動は1959年から80年代まで続いていて、舞台になる年代とも重なるけれど、さて、どこまでこれは意図されたことなのか。80年代、シニシズムやしらけともいわれる時代の前までで終わるのも、現在に至る状況を準備したものとしての七〇年代を描く意図だろうか。原爆の化身としての爾朗、これにゴジラが重ねられていて、原子力などのエネルギーと超人が重ねられている問題も主軸だったりするんだけれど、そこらへんはやはり原発問題への意識だろう。ツングースカ隕石の化身里見がソ連に擬されており、それをチェルノブイリと繋げる見方があるけれど、私は長崎の化身はいないのか、と思った。皮肉な運命に悩みながら正義の味方に憧れる爾朗の思い、それを肯定するラストは良かった。これで超人幻想のタイトルは回収したけれど、「コンクリート革命」って由来とかどっかで説明されていたっけ? 構成が凝っているので、充分に把握するのは難しいけれど、一話完結話数も充分面白く、それが全体にも生きてくる。ボンズらしくアクション作画もみどころで、特に柴来人関連の作画はさすがだ。ところで23話でアースちゃんが墜落した場所は、御茶ノ水駅のお茶の水橋で、後藤明生『挾み撃ち』で語り手が立っていたところ。講談社現代新書全学連全共闘』を読んだら作中事件がばんばん出てくるので、わりと今作のサブテクストとして見通しが立つかも知れない。ただ出てくるのは学生運動だけではないので、もうちょっと別の昭和史、政治運動史をさらう必要がある。

●聖戦ケルベロス竜刻のファタリテ
良作が多かったように思う今クールにおいて、やや埋もれている感があるけれどもとりわけ個人的に推しておきたい作品がこれ。「聖戦ケルベロス」というスマホゲームのアニメ化、ということで、レヴィアタンやら戦国コレクションなどの、オリジナル要素の強いアニメ化をされることが多いスマホゲーム原作アニメとして気になってたのだけれど、ネタ的に見ても真面目に見てもとても良い。三国が緊張関係にある大陸で、十年ほど前の邪竜ダガンゾートの封印失敗のさい、両親を亡くした主人公ヒイロが従者ギルーとダガンゾート打倒の旅を続けている、という導入なんだけれど、一話で通りすがりの者として非道を見過ごせず、敵に斬りかかるもまったく敵を倒せず、無茶苦茶弱いことが露呈するという本当の最弱主人公なのがすごい。このとぼけ感がちょっと面白かったのと、一話は敵の褐色亜人少女シャリシャルーが明らかに作画で贔屓されている動きがよかった。これ次を見るかどうかどうしようかな、と迷っていたけれど、二話から本格的に私の好きなトンチキファンタジーだとわかってからは非常に楽しく見ていた。イクシオンサーガDTとか、レヴィアタンとかの感じというか、B級感というか。主人公を家に招いた少年との、「厄介になってやる」「厄介なんだよ」「厄介になってやるといっているのだから、厄介だ」というやりとりの浦沢脚本のカブトボーグ感というか。スライムにすら勝てない最弱ぶりはものすごいし、竜の口から出てきたヒロインの電波セリフに仲間たちがひいて普通に置き去りにして逃げ出していく展開とか、「蟻地獄だ、気をつけろ! 助けてくれ!」「だがな、俺の剣が黙っちゃいない、あれ、剣が無い、しまった……!!」とかのセリフが秀逸で、松岡禎丞による強そうな主人公ボイスでクソ間抜けなセリフ言わせるのが面白すぎる。敵側にいる博士が「誰かが捕まってないとお前が困ると思ってな」といって、捕まっていたヒイロを逃がした椅子に自分が座っているのを敵ボスに見つかるシーンの面白さはヤバい。ネタやギャグをきちんと話に繋げて進ませていく脚本は理知的で、7話、ヒイロの親の死を回想させた後に、従者ギルーはオークと人間の女が両親だったけれど、女のせいで村が人間に襲われたとして両親が処刑される場面を回想し(井戸の演出が細かい)、そこへ人間とオークを融合させた怪物が襲ってくるという風に展開する脚本が秀逸だった(今年亡くなった井内秀治コンテ)。この話数で見られた、オークと人間、竜と人などのハイブリッドな存在というテーマが最終話できっちり回収されていたのは感動した。竜の心臓を持つヒイロ、人造人間サラート、オーガと人間の混血ギルー、362歳で虎と融合させられた亜人シャリシャルー、トカゲ男パルパ、猫耳女エリン。人間と人間でないものとのハイブリッドという全体モチーフが綺麗に統合されている。聖戦ケルベロスというタイトルは、三国で緊張状態にある様子を三つ首の獣に喩えたものらしいけれど、竜刻のファタリテとしての本作ではそれを異種混交・融合のモチーフとして組み込んでいる。それでいて、設定や展開に埋め込まれている異種混交のモチーフを、台詞なり演説なりで言葉として語ったりはしていないところが奥ゆかしい。このモチーフはもしかしたら原作ゲームのシステム由来なのかも知れない。最終回、ボスに協力し、この物語の元凶だっけれど、いちおうサラートの親でもあったバッハロッパ博士の墓前で「めでたしめでたしですな」とかいうギルーは畜生すぎる。なんにしろ注目すべき傑作のひとつ。ちょっとチープでギャグも効いてて最後に綺麗にテーマを回収して終わる旅するファンタジー、この居住まい、懐かしい90年代の夕方アニメって感じがした。

三者三葉
十数年の連載期間を持つきらら系の古参漫画で、以前未確認の感想でこれをアニメにすればと書いたら未確認のヒットがあったのか、見事にアニメ化。三人の女子高生を中心に描いた四コマなんだけれど、セリフのやりとりが毒気いっぱい、というか思ったことをストレートにいう人たちだらけで構成されていて、毒舌一杯だけど建前の面倒くささをすべて取っ払うさわやかな原作を、しかし主要三人の毒舌をかなり抑え気味にしたのが、何故そんなことをするのかと釈然とせず、序盤はかなり評価に迷った。特に「葉子様」は、金持ちだったときの気分が抜けず、ふと他人に高慢高圧的に振る舞ってしまうというドS行動がほぼカットされており、「葉子様」と呼ばれている所以と整合しないという箇所がいくつか出てしまっていた。とはいっても第一話からどうしてこんなにと思うほど作画に相当の枚数をかけており、仕草の芝居の細かさはほとんどクール随一なくらいすごかった。デフォルメされた猫が蟲師の蟲みたいなフルアニメかよって動きしているのも笑う。二話の動画にスタジオカラーがあるのはどういうことか。毒舌要素を緩くして、萌え路線というか売れ線に寄せようとしたのか、と思わせるところはあるけれど、中盤からは薗部などのキャラクターも増えて毒々しさも充実し、作画の充実ぶりもあいまってかなり楽しい作品だったと思う。原作つきるまでやってほしい。特に印象に残るのが双葉役の金澤まい、この声は井澤詩織以来の衝撃があるな。私服デザインの担当がいて、これは双葉のロングスカートがキャラ性の裏をかいてきてよかった。葉子のバイト衣装も。ED曲名を「ぐう畜パレード」って呼んでる人がいるのは作品とマッチしすぎて笑ってしまった。歌詞で三人の個性を表わすとき、「笑顔になれるもの ごはん お金 ここでは言えない」のくだりは面白すぎた。また、田中将賀野中正幸、濱口明、谷口淳一郎といった作監キャラデザ級の人たちが集まって、監督木村泰大自身もコンテ演出原画で参加のOPがすごい。

ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?
ネットゲームで結婚というシステムを使ったら、その相手がリアルとゲームを区別せずに、現実でも結婚したものと思い込んできた、そしてそれが実は同じ学校の生徒で、というような導入のネトゲものラブコメなんだけれども、異様に感覚がまとも。タイトルはそもそもが、現実とゲームが別だと思った?という意味でもあり、同じ人間が操作しているものが別などということはあり得ない、というわけでヒロインアコは最初からその区別をしていないからこそ、虚像や嘘に騙されない。そのアコは不登校だったわけだけれど、そのことに真摯に向き合う主人公の健全さ。現実とゲームの区別を認めないヒロインによって、執拗にそれらは別だと強弁する主人公のそのこだわりが妄執でしかないのではないか、ということを露呈させていく。まあそういうのはいいとしても、日高里菜ブロント語を喋らせるアニメというたいへん愉快な作品。数多あるネットネタも、どれもが十年くらい古かったりして、やや懐かしのものなので、ネットスラング多用が恥ずかしくなっていないのは面白い。いやしかし、ブロント語は文法的におかしすぎるのだけれどそれゆえに気分はダイレクトに伝わってくる類いのあれで、非常に印象的なネットスラングのひとつだ。「俺の怒りが有頂天」とか「黄金の鉄の塊」とか、この作品とかでベースになってるのはラグナロクオンラインとかみたいだけど、ブロント語含めたFF11ネタとかは東方陰陽鉄とかで知った。

田中くんはいつもけだるげ
基本は無気力男子と母性的男子の夫婦チックなコンビに萌えるBL感あるコメディだけれど、二話以降女性キャラも増えて、男女ともにターゲットに収める作風。原作はガンガンオンラインでたぶん最初から読んでたはず。川面監督、飯塚晴子大塚舞シルバーリンクののんのんスタッフとある程度かぶる。それゆえ、のんのん的な間を使った演出がこなれていて、OP入りのタイミングやアイキャッチなどが面白い。長身でちょい威圧感ある男子が実はスイーツ大好き、というのは少年メイドともかぶる、女子受けする男子像だろうか。性欲はないわけではないけれど、面倒だから恋愛はしない、という田中のバランス感。宮野役の高森奈津美が小動物系ハイテンションで盛り上げまくる。すばるみたいな子犬系(元気な)、という感じ。川面監督と聞いて、のんのんからこれか、と意外に思ったけれど、見てみるとのんのんで培った作風がじつにうまくはまっていて、非常にいい雰囲気の作品。飯塚、大塚という作監ラインナップはすげえ、と思ったけれど大塚舞が小物デザイン担当で作監は序盤しかやってなかったのは次期の美術部アニメでキャラデザ作監だったからなのか。出雲神社行こうとして、「どこかわかってるのか」、「鳥取でしょ」「島根だ」のやりとりが好き。

ふらいんぐうぃっち
東北青森を舞台にした、魔法使いが普通にいる世界の日常生活を描いており、とても落ち着いた雰囲気の作品。東北弁といえば秋田にいた祖母からの電話を取ったことがあるけれど、何を言っているのか何一つわからなかったことを思い出した。OPのマルフクの看板、非常にいいネタなんだけれど、コメントとか見るともしかしてこれネタわかっていない人がいるのか。まあしかし、魔法使いの猫の名前がユーゴスラヴィアの建国の英雄とは意識が高い。一話を見てから、原作を見てみると、これが露骨なくらいよつばとの影響下にあって、アニメではそれが綺麗に消えているのは驚いた。序盤は間をオチに使うのに頼りすぎてうまくないなと思ったんだけれど、そこらへんはよつばとフォロワーっぽかったかな。これも私服バリエーションが多く、そして上品な作風に見せかけて、足や下半身アングルのフェティッシュさとか、ローブを着ているのに体型が出ている犬養とか、じつはそうとうにエロい作品だと言うことは忘れてはならない。等身が高いだけに生々しいところがある。細部へのこだわりは、そうした部分だけではなく、人間や小動物の仕草の丁寧な描写や、普通は省略されるような行動をいちいちシーンを割いて描くことで、のんびりとした間を演出しているのは良い点。三者三葉は動画枚数が凄かったけれど、こっちはコンテ段階で工夫があるように思う。もふもふで夜には人間に戻る獣人とか、萌えの粋を集めたようなキャラの犬養と主人公の姉の酔っ払ってべたべたしてるシーンの官能的な百合っぽさは印象的。10話の受粉に使うマメコバチを男女で指を伝わせていく描写は、これは隠喩的なものだと理解していいんでしょうか? 関東人が東北に来たことで体験する地方の生活の目新しさと、魔法を使うことで見えてくる世界が特に千夏に新鮮に映るという双方向的な日常を描いていく。

キズナイーバー
人の痛みを共有させられてしまう、キズナシステムの被験者にさせられてしまった少年少女の悩みを通じて、友情を描く、というとても真摯なジュブナイル風青春アニメで、小説とかでこういうのありそう。繊細なタッチによるキャラデザが秀逸で、TRIGGERアニメにしてはノリが上滑りするような退屈さがなくて、非常に好印象。岡田麿里作品って、学生を主人公にしても学園に対するフェティッシュがなくて、今作もシステムを強制することに対する抵抗がずっとあって、その感覚のまともさに安心する。ニコはエキセントリックなキャラで、久野美咲としてはちょっと異色のキャラな感じはするけど、非常に良い。後半、勝平が法子を救出に行くシーンの演出とBGMは良かった。突出したところはないけど佳作だなと思ってたら、以下のような批判記事を見てびっくりした。
http://anond.hatelabo.jp/20160522084213
この記事を見た後に当該話数を見たけれど、千鳥が「素敵になってきた」と言うシーンって、セリフだけ残して対立関係にある組織の紋章を映して重ねている演出がされている場面だ。上の記事ではまったく単純な他意のない情報しか提示していない、とか言っているけれど、その指摘しているシーンはまさに画面演出全体で他意、を表現しているシーンなわけ。唖然とした。画面をまったく見ていない。作品で描かれていることを、これくらい描いておけよ、と批判しているナンセンスな文章。
http://anond.hatelabo.jp/20160522202733
シーンについてこの記事で詳細に書き起こしてあるように、前後を見ればこれくらいは文脈がある。こんな普通に画面を見ていたら言えるわけがない破綻した論拠をもとにした中傷が、なんとなく同意されてそこそこ流通してしまうのが恐ろしい。ブックマークコメントでも、明確に読解の甘さを指摘したのは数人しかいない。世にあふれる「クソアニメ」言説というのはこういう読解がベースになっているのかと思うと、いろいろ腑に落ちると同時に、やはり作品は実際に見ないとならない。OPはブンブンサテライツの遺作になるのだろうか。ED「はじまりの速度」がとても良い。

くまみこ
東北地方で田舎に住む巫女と、喋るクマとのシュールコメディ。田舎でなおかつ離れでほぼ一人で暮らしているマチは中学生で、脱田舎をこころざし都会に出たいと思っているけれど電化製品が使えず、電車にのるのも勇気が要り、衆人環視に耐えられないという田舎オリエンテッドな少女で、それをデジタルガジェットを駆使するクマのナツが生暖かく見守る、というコメディ。特徴的なのはこの都会アレルギーとタブレットを使いこなすクマ、という取り合わせのシュールさにある。アニメとしては少女マチのかわいさを全力で描こうというようなこだわりが感じられるところがあり、動画工房グロス担当した三話などのアングルや作画はハイレベルだった。最終話近辺でかなり批判が盛り上がったけれど、じつはそこで批判されたことって、前半部分を見た時の私の感想と近かった。そもそも、このまちとナツの関係って非常に共依存的で、しかもまちは都会で生きて行くには不器用すぎるので、外から見るとナツが正しいように思うけれども、ナツ自身、田舎でしか生きていくことができないように仕向けてもいるようで、まちは田舎を嫌って都会を目指す気持ちもゆらぎがちだ。つまり田舎というのはそうした抜け出せないものとして二人の共依存関係があるということだとすれば、抜けたくても抜けられない場所として田舎を描いているという田舎ヘイト作品としてはかなり周到に感じたわけだ。田舎ヘイト、というのはラジオとかでもよく使われていたけれど、それはまちの田舎コンプレックスネタでもあると同時に、作品の特徴を確かに掴んでいる。「ノーハート」よしおは、まちの近しい親族として貴重な存在だけれど、そのよしおはまちを着替えさせるために無理矢理服を脱がせるような犯罪者じみた無神経さで、よしおの存在は田舎ヘイトとしての本作の最大の特徴でもある。そして、終盤特に露わになったけれども、ナツも微妙に距離を取っているし、よしおはノーハートだし、そしてまちにはなぜか両親がいない。彼女には無条件で味方になってくれるような存在がいない。よしおがまちを、村の生け贄的に発言したのが原作者からも非難をかったけれども、構造的には正確な読解ではないかと思う。そういう意味ではアニメスタッフの原作読解は個人的には評価しうるけれど、大方の視聴者はそうは見てなかったみたいだし、9話やラスト2話のオリジナル話数において、原作のシュールさというか雰囲気のトレースに失敗しており、そこがアニメラストのブラックなオチへの批判を招いたと思われる。まあそもそもあまり中身のないだるい話を引っ張って盛り上げて最終回っぽくするのは区切りがちょうどよくない原作のアニメ化につきまとうものだけど、それもあった。OVAにおいて後日談なりが描かれ、それを見てほしいと言われるけれども、未見なのでなんとも言えない。しかし、圧倒的に脚本家が批判されているけれど、こうした全体構成にかかわる決定権は当然プロデューサーレベルにあるはずだろう。九話はまさに、そうしたスポンサーの横やりが作品を台無しにする、という話だったのを考慮する必要がある。まあこの話が通っている以上そう単純に上からの横やりがあったとは言えないけれども。

学戦都市アスタリスク
派手さはなかったかも知れないけれども、近年の学園能力バトルものラノベアニメとしてはかなりいい。要所要所でのアクション作画もかなり動かしていて最終話もよかった。2クールで六巻程度を費やしたようで、わりあい原作を大切にしたアニメ化だろう。掘り下げられたキャラが集まって、ここからが本当の戦いだ、と盛り上がるところで終わる。この作品かなり気を使って作られていると感じる。基本が学園ごとの対抗戦というスポーツっぽい枠組みになっているし、一話で下着を目撃し胸に触ってしまう出会いから始まったのにもかかわらず、決勝に勝っても缶コーヒーで乾杯して膝頭をこつんとぶつけて締めたあたり、いやはや健全だ。また、一見ハーレムものっぽくて最後に結成したチームは主人公以外全員主人公狙いのヒロインで固められていてこれはもう毎日が修羅場の常在戦場チームになっているけれど、じつは百合描写が多いのも面白いところ。二期一巻のジャケを飾った沙夜と綺凛もこれは公式がそれをわかっているようだし、ウルサイス姉妹の吸血百合とか、擬体化で助けられたカミラがエルネスタに自分は半分お前のものだという関係とか、各勢力内でのキャラを百合っぽく関係づけるのはかなり自覚的にやっているはず。これ、東方とか艦これを参照してるんじゃないかと思ったけど気のせいかな。まあ、だからツンデレヒロインと化したレスターをもっと出さなければいけないね。ユリスが助けたいと思っている孤児院時代の親友オーフェリアは、改造された結果毒素をまき散らして植物も育てられない体にされており、つまりユリスが技を披露するときほころべ、咲き誇れといいながら花の名前を叫ぶのは、この花の開花がたどる過程を示す叫びひとつひとつが、すなわちオーフェリアへの祈りでもあった、というのは良い伏線回収だ。キャラとしてはやはり紗夜が面白い。ダウナーに見えて積極的、クールに見えて少年のような稚気あふれるメカニック。どどーん。バハムートのリーシャと仲良くなれるな。二期EDも非常に良かった。

Re:ゼロから始める異世界生活
ネット小説の書籍作品のアニメ化、ということになるのか、異世界ものとループものを組み合わせたもので、死ぬとある特定地点まで戻る能力を持つけれどそれ以外は凡人という主人公が自分を助けてくれたある少女のために奔走する、という筋書き。自分が死ぬことになる原因を突き止め、解決策を模索するというミステリ的な趣向もあり、なかなか面白い作品。冒頭、異世界転移をすぐには理解したのに、ループにまったく気づこうとしないのは、まさにこのループしていることこそが本筋で手早くやれなかったからだ。異世界という枠組みがここではとりあえずの枠組みでしかないということで、異世界ものというジャンルの特質がうかがえる。主人公の自分の視点だけで一方的にまくし立てるアレっぷりは、主人公の能力が人に知られてはならないものだということの反映でもあり、自分の知らないところでヒロインが死ねば対処不可能になってしまうため、どんなことをしてもそばにいなければならないということが軋轢を生み出す後半の展開を準備する。この主人公の性格のアレな感じはいろいろ賛否あったけれど、この主人公にこんなに腹が立つのは、これは小林裕介の芝居が上手いからだと植田佳奈田村ゆかり堀江由衣に評価されたのはラジオでのトークでとはいえ凄いな。とはいえ、さんざん宣伝的に煽った18話が個人的には最も退屈な回だったあたりで、作り手側との非常な齟齬を感じたということはあった。今年いわゆるラノベアニメとしてもトップクラスの人気になったこの作品を知っていれば、川なんとかのラノベではいま売れるための絶対の方法は主人公に努力させないことです、などという詐欺師の口上みたいなでまかせを真に受けることはなくなるぞ。

ジョーカー・ゲーム
戦前日本にはD機関というスパイ機関があった、というIFからはじまるスパイものミステリ小説のアニメ化で、これはなかなか良かった。青年中年男性ばかりの登場人物だけれど、わりと柔らかな絵柄の作画と、ベテラン男性声優を集めたキャスト陣も安定しており、基本一話完結で見やすいのもいい。戦前日本の超優秀スパイが主人公というのはどうなるものかと思っていたら、アニメを見る限り、この作品は合理性に基づいたD機関の理念によって、非合理精神主義の日本帝国陸軍的なものを徹底して批判する構図で描かれたものだった。初回前後篇の話もまさしくその点が死角としてオチになっていたわけだし、中野学校だったか、陸軍主導のスパイに完全勝利する中盤の話とか、むしろこの図式が露骨すぎる感すらあった。最終話も、D機関が女を採らない理由を、無駄に人を殺すからだとミソジニー的に描きつつ、機関トップの温情や、ある女性への思いでD機関を辞める人間を、合理的になりきることはできない、というアイロニーにおいて描くことで相対化してみせる。D機関そのものが、戦前日本の精神主義批判のためのIF、という感じ。あまり右翼だ左翼だと喧しくなったりしなかったので、うまい案配に落とし込めたんだろう。原作はどうかは知らない。下野紘が格好いい役を貰っている、と思ったらメインを張る回で冒頭以外喋らないのが、こう、不遇というか、しかし単独回としては特に印象的な回ではあったので、なんというか。

はいふりハイスクール・フリート
ミリタリ美少女もの海バージョン。ひとつの軍艦を女性数十人で動かす、という楽しさがいい。ただ、萌香を助ける、という全体目的と、海上スキー的なスキッパーによる救助シーケンスの鮮やかな印象からすると、基本的なコンセプトって海難救助もののプロットに見えるんだけれど、そこに意味不明のタイトルトリックをしかけたことで、いつキャラが死ぬのか、的な作品の主旨とは逆の期待ばかりが投げかけられてしまった不幸がある。「はいふり」は実は「ハイスクールフリート」でした、という騙しは、本当に意味がなかった。ここまで意味不明で視聴者に無意味に悪いバイアスをかける広報戦略もない。じっさい私も序盤はゆゆゆみたいなことをやるんじゃねーよな、とどう見たらいいか曖昧に見ていたところがあり、戦闘シーンの劇伴の妙な明るさとか、意図的な攪乱を入れてきているように感じて、どうもよくわからないと思っていた。途中からは、これは美少女殺してシリアスでしょ的作品ではないことはわかったので概ね楽しく見られたし、パラシュートを使った軍艦ドリフトのあたりとかの無茶さは面白かった。赤道祭の学生たちが自主的にやってるレクリエーションの微妙な感じもそれっぽくて非常によい。パンツを見せるなんてことはしないけれども、スカートの裏にあるペチコートが存在を主張するペチコートアニメ。のんのんびより原作者のキャラと作画は安定していた感じ。ただ、やはり企画や宣伝の仕掛けと作品になにか齟齬があるような違和感がある。

少年メイド
母親を亡くした少年が、母の弟で服飾デザインをしている男の家に住み着くことになり、その家事ができない彼の代わりに家事大好きな少年がメイドとなって、という作品で、こう、趣味全開なんだけれど、穏当なコメディに収まっていて見やすい。同じ大切な人を亡くした者同士、共有するものもありつつ、距離もあるという関係を組み立てながら死の痛みを解きほぐしていく優しい作品。キャラデザがよくて、男子も女子もひたすらかわいらしい。OPは江畑諒真でその歩き方、動きですぐわかる。楽曲は神田沙也加のユニットで解散してしまったらしいけれど、曲は良いと思う。この家でのゴキブリの隠語が髭男爵なので、キャストに髭男爵本人を使うというネタ笑う。

境界のRINNE
二期も地味にとっても面白い作品でよかった。役所のクズっぷりを丹念に描く28話とか、リフォーム詐欺とか悪徳商法を題材にするなど、生活に密着した話の展開がRINNEらしい。49話は貧乏が人の心から余裕を奪っていく痛ましい話だった。ヒロインは食べ物をくれるし金を貸してくれるから天使だ、と話しているところを本人に聞かれて失望されるとか、りんね自身はクズ過ぎる父親よりよほどまともなのに、それでも貧乏ゆえの余裕のなさがここで墓穴を掘る。金持ちのプレゼントは貧乏人に無意味という価値観の違いが笑えるというか笑えないというか、この金と貧困のリアリズム、だからこそNHKで放送される価値があるのかも知れない。同性の友人がりんねに「恋にも勝る友情を育んでみせる!」と叫ぶのは、名言過ぎてすごい。昭和ネタの数々もはじけていて、砂浜でバブル期の幽霊が作った砂の建物が「バブルの塔」と呼ばれ、波にさらわれ「あ、バブルが弾けた」のくだりなどなど。というか、31話、ペットのワニが花澤香菜で飼い主が能登麻美子というキャスティング、何だったんだろう。やってる限りは見る。

ビッグオーダー
最初はもうこの人のはいいかな、とは思ってたんだけれど、このトンチキさとシリアスな顔して繰り出されるギャグが渾然一体となった面白さは、なんか得がたい資質ではある。不死身だからといって死に芸を繰り返すヒロイン、攻勢に転じるところでジャズ調の軽快なBGMになってオモシロ加減が加速するありさま。想像妊娠で本当にその場で瞬間的に腹がふくれるヒロインその他、意表を突くセンスで結構面白くはあった。久野美咲ヤンデレ妹がよかったですね。

坂本ですが?
以前漫画を試し読みしたとき、何一つ面白くなかったので見るつもりがなかったんだけれど、高松信司監督というのもあり、ふいと見てみたら案外面白かった。ベテランを揃えた声優陣とか、結局上手いところに収まっていく悪人を作らない感じのギャグとか、悪い気分にはならないでき。十話、OPを街中のBGMとして流す演出は非常に面白い。イントロのナレもそのままで、時間が無いというわけではなさそうなので、やってみたかった演出、だと思う。カスタマイZは解散してしまったけれど、K二期と今作OPあたりは作品ともマッチした良い曲だったと思う。シドニア二期のはちょっとな、とは思ったけど。一部の人にはH・A・M・A、HAMAだよ、のグループとして記憶されるだろう。

ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない
言わずと知れた作品だけれど、特に十話レストラン回、億泰の高木渉が面白すぎる。説明の合間の気の抜けた相づち、緩急、「バカ軽ぅー」とか「肩こりがなくなったァー」とか最高。30話とかも、すごい面白いギャグ回だ。ナレーターが猫フラワー役やってて面白い。猫の化身の花とスリリングな戦闘を演じるボス、面白すぎる。四部は吉良の日常を維持したいという目的から、ちょっとしたことが深刻な危機になるので、ものすごいちまいことに全力投球するので超面白い。新OPで、作詞にエンドケイプさんの名前を見つけて超ビビる。十年前から文学フリマでの同人誌に小説を書いてもらってて、会場にもよく来てくれる人なので。作詞もする人なのは知っていたけれど、ここでこうして遭遇するとは意外すぎた。

アイカツスターズ!
無印はまったく見ていないけれど、ちょうど良い機会に新作としてスタートしたので見ている。プリパラと比べて対象年齢が高めだな、と感じる話運びで、8話に香澄真昼役、ビルドアップする宮本侑芽が出てきて沸いた。GJ部だ。時々あの人どうしてるんだろうと思う新人声優だったので喜ばしい。また白銀リリィの楽曲「Dreaming Bird」がとんでもない変拍子プログレアニソンなので必聴。イントロ6拍子、Aメロ3拍子、A'メロ4拍子、Bメロ7拍子からの早口8分3連符で4拍子のサビに繋げる構成を二分に圧縮という濃さ。初期EDのEDMっぽい曲調も良かった。小春の位置づけが非常に良いと思っていたら途中で抜けるからだった。ガチ百合だと評判の劇場版を挾んだあとの話数でゆめとローラがやたらカップル感を出していたのは面白かった。

●ショートアニメ
鬼斬は、オープニング、視聴者の目を引きつけつる胸が揺れるカットを小分け、小出しにして、実際以上に動く部分を少なくして時間を持たせる作画テクニックに感心する。ショートアニメらしい、ギャグ展開で悪くはない。パンでPeace青春は食べ物です、という力強い曲名のOPが印象的。少年アシベ GO!GO!ゴマちゃん、ごまちゃん東山奈央、でアシベ父が津田健次郎というキャスティング、それでいて佐倉綾音が男の子とその母親をやったり、いろいろ面白く、数人の人物以外、キャストに役名がまったく記されないので、なんかすごい声優(当て)アニメという感じがある。博愛固めとか、なんか微妙にBL感ある作品だねこれ。

●今期のどうかと思う作品
あんハピ
色彩やら絵やら基本的な部分はわりと好きではあるんだけれど、この作品、さまざまなマイノリティを不幸だと分類して特別クラスに収容し、特別の課題を与えて「幸福」になってもらう、という設定でこれはとんでもないと思った。二次元愛好、虚弱、重度の方向音痴等の「不幸」属性は明らかに障碍や性的マイノリティじゃないか。どんなに不幸な境遇だとしても、世界を美しく見ようとするなら幸福じゃないか、という悪い意味で宗教的思想に見えるところがある。学校制度が前提にされているのでなおさらだ。主人公たち的には仲の良い友達を得て、というのはあるにしろ。しかし、そもそも、たとえば主人公のはなこは、不運でも自分を不幸だとはまったく思っておらず、そのことはこの作品において重要な意味を持つはずだけど、継続中の原作ものなのでそこまでは展開していない。メインキャラも多くは自分が不幸だとはあまり思っていない。でも学校は特別クラスに収容し、その時一部の生徒はその横暴に反抗するわけだけど、教師は威圧し沈黙、以後、生徒たちはこのカリキュラムに従うことになる。学校は思想洗脳装置だ、という批判をしたいわけでもなさそうだし。まあ教師がわりと自覚的に悪役を買って出てるところがあるけれど。当時見ていた時から、あんハピに何か微妙な違和感があり、それを上手く言葉にできないな、と思っていたけれど、その違和感をとりあえず書いておくと、こういうことになる。私が不幸だなどとは誰にも言わせない、とは何故誰も言わないのか、というか。「不運な少女は現実を受け入れる」というあんハピレビュー記事タイトルを見て、私の今作への違和感が集約されている言葉だと思ったので、この項を書いている。とはいえ、ED「明日でいいから」は今年ベスト楽曲候補のひとつ。

長すぎて字数制限に引っかかったので、続きはこちらで。
2016年見ていたアニメ2 - Close to the Wall
1/5.人名タイトルなどの誤記修正

*1:ただ、「異世界転生チートハーレム」と揶揄されるようなものの実例って見たことがない。魔法科高校、はチートといえるけど、ハーレムかっていうとちょっと違うしSFだし、自衛隊のは未見。この揶揄、魔法科高校に向けていれば支持されたんじゃないかな。作者が同様の理路で叩かれていたし