佐村河内守 - 鬼武者 オリジナル・サウンドトラック

鬼武者

鬼武者

現代ジャパニーズ・トラッドシリーズ。これはカプコンのゲーム鬼武者サウンドトラックで、ゲーム使用楽曲を収録したサントラディスク(総曲数100以上のうち、40曲程度を収録しているらしい)と、その元となった佐村河内守の交響組曲第二番「Rising Sun」の生演奏を収録した二枚組になっている*1
http://suleputer.capcom.co.jp/oni/
レーベルの紹介ページ。そこそこ充実しているので、基本的な情報はここで見て欲しい。

これはゲーム音楽の枠を明らかに超越した凄まじいアルバムだ。作曲者佐村河内守は被曝二世で、そのためか十代から始まった聴覚障碍によって三十代で全聾になり、同時に頭の中で轟音が響く頭鳴症に罹り、明るい光を見ると発作が起こるため室内でもサングラスが欠かせず、腱鞘炎のため相当な腕前であったピアノも弾くことが出来なくなるという、何重苦なのかわからないその人生はまさに壮絶と形容するほかない苦難に満ち満ちている。

そして、全聾という作曲家にとっては致命的だろう障碍を乗り越えて制作されたのがこのアルバムに収録された楽曲群。全聾となった佐村河内は脳内再生したクラシックの楽曲を耳コピで譜面に起こし、それが実際の楽譜と「完全に一致」したことで、この仕事を受けることを決めたという。絶対音感もあるのだろうけれど、どの楽器がどの音を鳴らせばどんな風に聞こえるかというのを完全に把握している、ということだと思う。どんな超人だ。指揮者とかだったら当然のスキルなんだろうか。

楽曲はオーケストラのド迫力の音の厚みと、戦国時代を舞台にしたゲームの雰囲気を盛り上げる和楽器の音色とが融合したきわめて個性的なものになっている。ただし、オーケストラが生演奏なのは組曲「Rising Sun」のみで、ゲーム中のオーケストラ演奏は打ち込みによるものだ。

その「Rising Sun」のオーケストラ演奏というのがものすごくて、150人クラスのオーケストラに、琴、和太鼓、篠笛などを交えた和楽器奏者50人ほどを含めた200人以上が演奏している。これはギネスブックに載っているらしい。この演奏には和太鼓で林英哲が、能管で一噌幸弘が参加している。ちなみに、尺八の横山勝也は武満徹の琵琶と尺八とオーケストラによる楽曲「ノヴェンバー・ステップス」の初演に参加した人。「ノヴェンバー・ステップス」は私には前衛過ぎて好きになれないけれど。

曲のタイプとしてはやや映画音楽的な方向性で、親しみやすいメロディというものには薄いけれど、迫力、格好良さ、そして和楽器の音色などなど、これらの楽曲が非常にレベルの高いものであることは間違いない。圧倒される、というべきだろう。技法的にもかなりのレベルの代物らしいが私にはそこはよくわからない。音楽的にはマーラーなどの後期ロマン派の書法、と評されている。

まずは鬼武者のOPを見てもらうのが早い。これはオーケストラ演奏での音源だ。

和楽器はさすがに主旋律を担うわけではない(オーケストラのアンサンブルに埋もれてしまうのだろう)けれど、効果的に用いらている。これは、生演奏のRising Sun第一楽章をそのまま使っている。

劇中の楽曲は打ち込みだけれど、本当に打ち込みか、という瞬間もある(ブックレットには、和楽器群の音は各界最高の奏者から譲り受けた音源を使用している、とある。)ほどの出来。楽曲はどれも格好いいものばかりで、焦燥感を煽るような鬼気迫る楽曲が多い。まさに、「鬼武者」という言葉通りの音だと思う。本職のクラシック作曲家を起用しているだけあって、そのオーケストラ楽曲のクオリティは異常。

同じ和風ゲーム音楽として、「大神」と比べてみると、とても対照的なのがよく分かって面白い。大神の音楽が癒し系を目指した穏和なメロディで構成され、主旋律を和楽器に任せてストリングスなどがバックを担当していたけれど、「鬼武者」では戦国時代を意識したような緊張感と焦燥感が主調となり、主旋律はオーケストラがほぼ担当していた。それでも和楽器群は主旋律の脇を縫うように随所に挿入されていて要所要所でその音色を生かした効果をあげている。

曲数が多いので、全曲の紹介はしない。いくつか挙げれば、アップテンポで重厚かつ躍動感あふれる「麻乱」や「疾風」、「炎」といった楽曲も凄いのだけれど、メロディアスで情感豊かな「楓調」といった秀作もある。ハードな曲調では和楽器の活躍はやや脇になってしまうのだけれど、「侍」などの曲や緊張感を煽る部分では、間や空気感の表現を和楽器が効果的に演出している。

佐村河内の音楽性は、鬼武者の曲ではないけれど下の映像が分かりやすい。曲名こそ「吹奏楽のための小品」だけれど、和楽器を使ったりしていて、鬼武者の音楽と通じるところがある。

これも超絶カッコヨイ。和楽器のアクセントが効いている。収録アルバムはこれだろうか。

レスピーギ:交響詩「ローマの祭」

レスピーギ:交響詩「ローマの祭」


改めて考えても、何故こんな代物がゲーム音楽で可能だったのか。オーケストラ演奏の交響曲は第一楽章がOPで使われた以外にはゲームで直接使用されるものではなく(旋律の引用はされている)、やや独立した存在なのに、それに世界規模の大人数オーケストラを使うという金の掛け方は凄い。「鬼武者」というのはそれだけ大規模なプロジェクトだったのだろう。佐村河内は以前に同じカプコンの「バイオハザード」でも音楽を担当したことがあるようで、鬼武者はそのつながりだったのだろう。

佐村河内守についてはTBSが半年に渡る取材を行ったらしく、彼の「交響曲第一番」が核軍縮をテーマに2008年9月に開かれたG8サミットでの記念コンサートで初演される様子を追ったドキュメンタリーとして放送された。以下の映像。これ、四分割されていて全て併せて20分程度の長さで、佐村河内守の紹介としてよくまとまっていて、よくできたドキュメンタリーだと思うので、興味のある人は是非見て欲しい。そして是非これは消されないで欲しい。もっと知る人が増えて、交響曲第一番や他の作品がきちんとCDで出て欲しいと思うからだ。第一番は聴いてみたい。現状ではゲーム音楽のものと、吹奏楽のための小品くらいしかCDで出ていないようなので。

Part2Part3Part4
印象的な場面は多い。佐村河内守が人生は苦である、と言い、仏教徒だということに説得力がありすぎる。
しかし、当の佐村河内守自身はこのように障碍や被曝二世などのマスコミ的なフレームで音楽を聴かれることを嫌っているようだ。この記事のような紹介もたぶん彼には本意ではないのだろう。TBSのドキュメンタリーも佐村河内がメディア出演などを拒否してきたのを、担当者が相当熱心に頼み込んでなんとか可となったらしい。

交響曲第一番

交響曲第一番

佐村河内守に言及した音楽評論家の文章。
「世界で一番苦しみに満ちた交響曲」|HMV&BOOKS onlineニュース
「知ることは楽しい!」か?|HMV&BOOKS onlineニュース
佐村河内守「交響曲第1番」: 隠響堂日記
広島市広報の紹介。
http://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1197626895435/index.html

*1:今見ると、Amazonマーケットプレイスでは万単位のプレミア価格になっている。私はこれを三千円くらいでブックオフで買ったのだけれど、いつの間にか相当希少性が上がっているようだ