2009年に読んだ本とかまとめ。

音楽篇のほうがまだ半分くらいしかできていないのでとりあえずこっちの方から。
ちなみに、今年出た本ではまったくなく、今年読んだ本のリスト。とりあえず十冊挙げてみると、こうなったというところで。

イスマイル・カダレ - 誰がドルンチナを連れ戻したか - Close to the Wall

誰がドルンチナを連れ戻したか

誰がドルンチナを連れ戻したか

カダレは他にも「砕かれた四月」と「死者の軍隊の将軍」があって、「将軍」も良いけど個人的な好みではこちらを挙げたい。伝承とリアリズムが絡み合い中世に現代を仮託して語られた幻想的な死者の物語。「将軍」もまた死者にまつわる話だということについては「ドルンチナ」解説でも触れられている。
なお、塩川伸明民族とネイション―ナショナリズムという難問 (岩波新書)で、クロアチアセルビアの民族間対立に触れ、第二次大戦期のファシスト・イタリア保護下のアルバニアに併合されたコソヴォについて「アルバニア人の多くはドイツ・イタリアと協力してセルビア人虐殺に加わった。このような大規模な民族間の相互殺戮は、戦後長らく「忘れられるべき汚点」とされ、語ること自体が抑圧されてきたが、それが数十年後に噴出することになる」と述べている。想起すること、記憶を掘り起こすことを主軸に据えた「将軍」は、この「忘れられるべき汚点」を同時に掘り起こすものとして書かれ、読まれたのだろうかと考えた。これが世界的に出世作となった理由とも関係するのだろうか。

古井由吉 - 白暗淵 - Close to the Wall

白暗淵 しろわだ

白暗淵 しろわだ

古井由吉の今作も戦後の時間を書く作品だった。出たのはもっと前なのだけれど、結局読み終えたのが今年だったので。最近まで新潮に連載していた連作が完結したはずなので、来年はそれが出るはず。

笙野頼子 - おはよう、水晶−おやすみ、水晶 - Close to the Wall

おはよう、水晶―おやすみ、水晶

おはよう、水晶―おやすみ、水晶

これは去年の十二月刊行だけれど読んだのは今年。今年は「海底八幡宮」が雑誌掲載から一年を経てようやく単行本化されたけれど、フリマ本の準備に掛かっていたせいでいまだ読んでいないと言う醜態。「水晶」は「海底八幡宮」に至る人称三部作の書かれた時期をカバーしているので、そこら辺の参考としてもおすすめ。笙野の文章はやはり圧倒的で、エッセイのようにも思ってもこれはほとんど小説作品のような強度を持っていて軽くは読めないなあ。Panzaさんの精読ブログとか私とか岡和田さんも出てきますよ!

青木淳悟 - このあいだ東京でね - Close to the Wall

このあいだ東京でね

このあいだ東京でね

岡和田さんが論文を書いたということで読んだのだけど、小説の形式、語りの側面をかなり妙な仕方でアプローチする青木淳悟は非常に面白く読めた。記事でも書いたけど、「どこまでやれば小説でなくなるか」実験ともいえ、物語だけではなく小説を読みたい、それも「ヘンな小説」を読みたい、という人には面白いかも知れない。しかし、好みが分かれるだろうなという小説。デビュー作「メルヘン」が文庫化されたのでそちらでも。

小島信夫 - 月光・暮坂

月光・暮坂 小島信夫後期作品集 (講談社文芸文庫)

月光・暮坂 小島信夫後期作品集 (講談社文芸文庫)

小説の実験、といえば小島信夫のこれを。読んだのは今さらだけれど、やはり小島信夫は面白い。どういうつもりで書いているのかサッパリ分からなくなるような独特のスタンスと記述が読むものを困惑に陥れるのが快楽だ。読んでいると随所ににツッコミを入れたくなるようなところが沢山ある。切りだした話の大事なところを平気で忘れたりするのは序の口で、「返信」での、自分に来た手紙のことを数ページにも渡って引用したと見せかけて、引用の直後に「我に返って手紙の封を切った。それから読みはじめた」とあるのには呆然としてしまった。老齢のボケで書いているように甘く見た読者を一気に罠に掛ける小島信夫の計り知れなさ。

伊藤計劃 - ハーモニー - Close to the Wall

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

今年特に衝撃的だったのは「虚構機関」で短篇を読み、その面白さに作者を検索して見つけたブログで伊藤計劃の死を知ったことだった。私が「虚構機関」を読んでいたその時にネットで作者の死が知られるようになったみたいだった。今作は著者が病床で書いた、各成員の健康維持が社会の至上命題と化した「生命主義」社会というユートピア/ディストピア小説。著作を読んでいくごとに、それが面白ければ面白いほど、まだこれからの可能性が永久に失われたことが惜しくてならなくなるという悲しい体験をせざるを得なかった。今作は日本SF大賞を受賞した。

円城塔 - Self-Reference ENGINE - Close to the Wall

Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

伊藤計劃とともに、虚構機関掲載の短篇が面白すぎた円城塔のデビュー作。ラファティ、ラッカー、ベイリー、ボルヘスカルヴィーノといった名前が連想される、傑作奇想短篇群によって構成された一冊。ものによっては全然意味が分からないものがあるけれど、とにかく面白い発想と展開とヘンなユーモアが楽しい。

下條信輔 - サブリミナル・マインド - Close to the Wall

サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ (中公新書)

サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ (中公新書)

最近のSFでの脳科学的なテーマを齧っておこうと思って読んだ一冊。ちょっと古い本だけど、心理学、脳科学の知見、学説がざっとまとまっていて非常に面白い。自分では自分の心の動きをそれほどわかっていない、ということをテーマに、様々な説、事例を挙げて論述していく。

オリヴァー・サックス - 妻を帽子とまちがえた男 - Close to the Wall

妻を帽子とまちがえた男 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

妻を帽子とまちがえた男 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

正直、今年のベスト一冊、といったらこれになるだろうか。今年どころではないレベルでベスト級の本だ。科学ノンフィクションとして興味深いばかりか、人間性への問い、社会への問い、様々なテーマが問われる。病と闘病を物語的に受容してしまっていることへの懸念は覚えつつも、いくつもの事例で何度も感動してしまった。自閉症、チックその他神経、脳にかかわる病気などへの偏見を少しでも解消していくためにも、もっと読まれて欲しい一冊。

向井豊昭 - DOVADOVA

DOVADOVA(ドバドバ)

DOVADOVA(ドバドバ)

12月6日の第九回文学フリマに参加します。 - Close to the Wall
向井豊昭唯一の長篇作品。「怪道を行く」は去年の記事があるので、今年はこちらを。
去年なくなった老齢の作家向井豊昭の作品を今年はたくさん読んだ。三冊の全単行本を再読しつつ、雑誌、アンソロジー掲載ものから岡和田さんから借りた自費出版ものまで。その読んだ作品のことを幻視社第四号の原稿に書いたわけだけれど、向井豊昭は貴重な作家だったのだな、という思いを強くした。アイヌでないものがアイヌ問題について語ると言うことの悩みは、和人たる私からすると重要なテーマだ。思うのだけれど、アイヌ問題を差別問題と捉えるなら、その最大の当事者はしかし差別者側の和人に他ならないともいえるはずで、その意味では向井豊昭アイヌ問題についての当事者でもあったのだろう。
もちろん、向井豊昭を「アイヌ」だけでくくることは出来ない。言語へのこだわり、権力への抵抗、笑い、排泄へのヘンなこだわり等々、興味深い点は数多く、雑誌掲載作等未だ読めてない作品も数多い。幻視社では向井豊昭を応援します。


岡和田晃

知人であり幻視社同人につき番外篇的に挙げるけれど、今年は岡和田晃の年だった。文芸評論、RPG論、翻訳その他で活躍する新進の批評家であり、幻視社同人としても活躍しているわれらが岡和田晃は今年だけでも単著

ガンドッグゼロ リプレイ アゲインスト・ジェノサイド (Role&Roll Books) (Role & RollBooks)

ガンドッグゼロ リプレイ アゲインスト・ジェノサイド (Role&Roll Books) (Role & RollBooks)

と共著の
社会は存在しない

社会は存在しない

その他、RPG翻訳三点にかかわり、五冊の本を出している。そして、彼のRPG仲間だったという伊藤計劃の「虐殺器官」を論じた評論『「世界内戦」とわずかな希望――伊藤計劃虐殺器官』へ向き合うために』で、日本SF評論賞優秀賞を受賞した。大賞では伊藤計劃の「ハーモニー」が、評論賞では伊藤計劃の「虐殺器官」論が受賞と伊藤計劃の年でもあった。
SFWJ:hyoron005
この評論は以前彼のSF乱学講座での講演でも予告されていたものだった。その講演の様子は私もレポートしているので乞う参照。
SF乱学講座 岡和田晃 - 「「ナラトロジー」×「ルドロジー」――新たな角度からSFを考える」 - Close to the Wall