2022年9月末 幻戯書房より『後藤明生の夢 朝鮮引揚者の〈方法〉』が刊行されます

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別記事でも書きましたけれども、先年一部を雑誌連載した後藤明生論が『後藤明生の夢 朝鮮引揚者(エグザイル)の〈方法〉』として刊行されます。九月末に入手できるのではないかとのことです。

本書は2017年から未來社のPR誌、季刊「未来」に六回連載した「『挾み撃ち』の夢――後藤明生の引揚げ(エグザイル)」を第一部とした、全三部構成の評論です。「未来」でのタイトルは主題が第一部のタイトルで副題が全体のタイトルになっていて、これまでは「後藤明生の引揚げ(エグザイル)」として言及していたと思いますけれど、第一部タイトルを生かしつつ諸々協議の上、『後藤明生の夢 朝鮮引揚者(エグザイル)の〈方法〉』と改題しました。

内容は表題の通り、詳細は下記の目次をご覧頂ければと思います。後藤明生の作品を植民地朝鮮からの引揚者という視点を重視しながらおおよそ通時的に追っていくものとなっています。後藤明生といえば蓮實重彦による『挾み撃ち』評価や、渡部直己芳川泰久らによる初期短篇の分析が批評としては存在感があり、『挾み撃ち』『夢かたり』、引揚げ三部作などについてのポストコロニアルの観点からの研究も朴裕河西成彦らのものや論文等も書かれていますけれど、後藤の作家活動全体を概観したものは今までありませんでした。

もちろん『挾み撃ち』や引揚げ三部作なども重要ですけれど、「異邦人」などの初期の短篇や『使者連作』、『スケープゴート』といったほとんど言及されることのない作品も朝鮮・引揚げという文脈からは重要ではないかということなどを論じています。大阪に朝鮮を見出す『しんとく問答』も然り。

文学評論に必要な素養や、そもそも後藤が言及している作品をきっちり読んでいるかと言われればまだ全然というところの私が後藤明生論を書くのに相応しいかと言われれば我ながら疑問に思うところもあるのですけれども、誰も一冊通して書いていなかったのだからしょうがない。何か忘れていないか、この論じ方で良かったのかはつねに考えることですけれど、私なりにひとまず一本線を引いたので、これからの後藤論のとっかかり、叩き台になってくれれば良いと思います。

本書の原型は「未来」連載以前に、岡和田晃さんと未來社編集さんとで執筆が始められ、私が書いた原稿を三人で集まって意見や感想を述べ、ここはもうちょっと書いた方が良いとかこれならこの文献があるなどの助言を元にリライトして、という過程を経て書き上げられたものです。この三人での会合で2017年には終章まで書き終えられていたのが、紆余曲折あって現在のかたちになりました。このお二方がなければ本書は書かれませんでした。

以下、細かい目次を載せておきます。

目次

序章 私という喜劇――後藤明生の「小説」

第一部 『挾み撃ち』の夢――〈初期〉
 第一章 「異邦人」の帰還――初期短篇1
  日本ポストコロニアル文学の裏面
  「赤と黒の記憶」の喪失感
  「異邦人」とは誰か
  「関係」の多重化される〝関係〟
  「無名中尉の息子」の恐怖
 第二章 ガリバーの「格闘」――初期短篇2
  「わたし」への遡行――「笑い地獄」
  記憶喪失の現在――七〇年連作1
  健忘症者の戦い――七〇年連作2
  漂着と土着――七〇年連作3
  「挾み撃ちにされた現代人」
 第三章 「引揚者」の戦後――『挾み撃ち』の夢1
  上京の「夢」
  「土着」からの拒絶
  「挾み撃ち」の戦後
 第四章 「夢」の話法――『挾み撃ち』の夢2
  「とつぜん」と「当然」のあいだ
  夢の話法
  「わたしの『外套』」
  『挾み撃ち』のその後

第二部 失われた朝鮮の父――〈中期〉
 第五章 故郷喪失者たちの再会――『思い川』その他と「厄介な問題」について
  忘れられた朝鮮語――「虎島」ほか
  父を訪ねる旅――『思い川』
  故郷喪失者たちの位置――後藤明生、李浩哲、李恢
  「厄介な問題」と「わたしの記憶」
 第六章 引揚者の傷痕――引揚げ三部作1『夢かたり』
  「不思議な別世界」――日本人と朝鮮人の境界
  民族共存の(悪)夢―― 映画作家日夏英太郎
  引揚者たちの戦後――植民地主義の傷痕
  二色刷りの絵
 第七章 それぞれの家/郷――引揚げ三部作2および『使者連作』
  今と過去の家/郷――『行き帰り』
  「居心地の悪い場所」――『噓のような日常』
  死者たちの追悼――『使者連作』
 第八章 「わたし」から「小説」へ――一九七九年・朝倉連作と『吉野大夫』
  亡父という呪縛――朝倉連作
  「小説」の「小説」――『吉野大夫』
  「小説」への問い――方法としての「異説」

第三部 混血=分裂の近代日本――〈後期〉
 第九章 分裂する日本近代と「転向」――『壁の中』
  『挾み撃ち』を書き直す
  「ゼンキョートー」と『悪霊』――ロシアの百年後の日本
  「舶来のマドンナ」――キリスト、マルクス、近代日本の「転向」
 第十章 メタテクストの方法――八〇年代1
  汝、隣人ソクラテス――『汝の隣人』1
  言葉と愛――『汝の隣人』2
  「ふるさとを取り上げられる」――津軽連作『スケープゴート
  手紙というメタテクスト――『謎の手紙をめぐる数通の手紙』
  「超ジャンル」としての小説
 第十一章 戦・死・墓――後藤明生の〝戦争文学〟・八〇年代2
  模倣という戦い――『蜂アカデミーへの報告』
  不参戦者の〝戦争〟――『首塚の上のアドバルーン
  失語の危機との闘い――『メメント・モリ――私の食道手術体験』
 第十二章 日本(文学)を分裂させる――九〇年代
  文芸学部という場――教師としての後藤明生
  志賀直哉天皇共産主義――『この人を見よ』
  混血=分裂=増殖のメカニズム――『しんとく問答』
  「模倣」という方法――『日本近代文学との戦い』
  異邦人の見た日本

終章 自由と呪縛――引揚者という方法

引用・参照文献
後藤明生略年譜
あとがき
索引

詳細な年譜は講談社文芸文庫や『日本近代文学との戦い』などでの乾口達司氏によるものがあり、『後藤明生コレクション』にもそれらを元にした年譜が載っていますので、本書では本文を読むのにガイドとなるよう既存の年譜を縮約した略年譜をつけました。

また、索引は人名索引、事項索引、題名索引と三種あり、私の要望で人名索引をできるだけ充実させました。「針目城」のなかで出てくる歴史的人名などはともかくとして、訳書の訳者も全てとはいかなかったのですけれど、できるだけ。事項と題名は編集の方からの草案にいくらか私で追加したくらいです。網羅的なものではありませんけれども、なかなか面白いのではないかと思います。