田中小実昌『アメン父』『ミミのこと 他二篇』『香具師の旅』『田中小実昌ベスト・エッセイ』

田中小実昌哲学小説集成』を読むためというのも兼ねて、代表作をざっと読んでいた。『ポロポロ』は以前の記事で書いた。

アメン父

十字架もなくそこを教会とすら呼ばないなど、個性的な牧師だった田中の父についての事績をたどるように見えて、資料を引用しながら勝手に変えていると平然と述べる方法や脱線する語りなど、本書の体裁もまた評伝の枠には収まりきらない、独特の長篇小説。

明治の頃にアメリカで洗礼を受けた田中種助――遵聖の洗礼名を持つ父について、自身の記憶も含めて父のありようを描いていくけれども、伊藤八郎という妹の夫が揃えてくれた資料を自分にはちゃんと使う資格がないのではないかと言いながら適宜書き換えながら使っていると自ら明かし、宗教の問題を心の問題として捉えることに一貫して反対し、『ポロポロ』でも示したような「物語」性を批判して、伝記的な書き方・出来事を順序立てて語るという方法も否定し、そうして父の信仰のありようを田中小実昌の視点から描こうとする特異な作品になっている。

たとえ伝記ふうではなくても、ぼくたちがなにか言ったり、書いたりするときは、順序だってはなしたり、書いたりする。そうでなければ、実際に書けないのかもしれない。しかし、そんなふうに父のことを書いても、ちがうんじゃないか。なんにもならないんじゃないか。
 父は、師であり、洗礼もうけた久布白直勝牧師の考えから、だんだんはなれていき、ちがってきた。とこんなふうに言う(書く)のがふつうで、こういう言いかた(書きかた)はわかりやすいが、事実はそうではない。47P

そういう方法意識かと思えば方法的という書き方でもない。「不マジメさに徹底はない。だらだらとマジメでないだけだ」(55P)と語り手が自己言及するように、不真面目さをだらだらと続けること、真面目な方法意識から逃げ続けることが一種の方針としてあるような印象を感じる。

旧約聖書でも新約聖書でも、偶像を拝するな、ということが、くりかえし書いてある。そのことばかりと言ってもいい。
 それは、よその神さまをおがまれちゃ、こっちの商売にさしつかえるからというよりも、ほとんどの人が偶像こそは宗教だとおもっており、偶像はついおがみやすいので、その安易さをいましめたのだろう。偶像はおがみやすく、自分にもしたしみやすいが、インチキでニセモノで、おがみやすいからって礼拝しても、むだなことではないか。31P

きよらかさや、聖なるものへのあこがれ、いや、はっきり言ってしまうと、ココロのはたらきみたいなことは宗教にはカンケイない、逆に、つまずきになるだけだ、と父は言っていた。
 だれでも、宗教はココロの問題だとおもってる。ところが、宗教はココロの問題などとおもったら大まちがい、と父は言う。これは、ふつうの考えとはうんとちがう。ちがってもしようがないが、泣きごとめいたくりかえしになるけど、こんなことも、なかなかわかってもらえない。34P

父は荘重な男ではなかった。かるいことと重いことでは、かるいことを好んだ。世間では、人間に重みがついた、などとほめたりするが、父は、そんなのはきらいだった。イエスによってかるくされるのであって、イエスのために、その人に尊厳さがくわわったりするのではない。65P

そのころの父は、まだアーメン一辺倒ではなかったかもしれないが、宗教でしか生きられない、とおもっていただろう。この世のことは、知識でも経験でも財産でも、持つことからはじまるが、宗教では持たないことがだいじとされる。
もっとも、信仰をもてというけどさ。あとで、父は、信仰をもてないことになやみ、アーメンを受ける。そして、これまた受けるだけで、もってはいけない。もってると、それこそ信仰や信念になる。アーメンは信念ではない。81-82P

偶像でも宗教でもない信仰。そういうダイレクトにこれだと指し示せない、否定形の迂遠な過程を経ることでしか語れないものについてぐだぐだとしかし何らかの確信を持って続いていく叙述、方法的とも言い得ない語りのなかから描き出そうとする試み。

「この本は父の伝記でもなく、ぼくの父へのおもいででもなく、(いまでも)アメンが父をさしつらぬいていることを、なんとか書きたかった」とあとがきにあるように、その父のありようにさしつらぬかれた作者の応答だろう、とそう感じるほかないものがある。途中で教会の看板がなくなった話が脱線していってついになぜ消えたかが語られないまま終わるのに面食らったけれども、看板の消失の話が消失するみたいなダジャレだったんだろうか、と思った。

『ミミのこと 他二篇』

直木賞受賞作の二短篇「ミミのこと」「浪曲師朝日丸の話」に加えて候補作の長篇『自動巻時計の一日』を併録した作品集。どれも1970年初頭に発表されており戦災孤児や戦後の米軍関連施設で働く人たちが描かれていて、戦後の生活の空気が色濃く感じられる。直木賞受賞作の二短篇はともかく、『自動巻時計の一日』が品切れなので復刊を考えていたら受賞時のエッセイを追加して直木賞シリーズとして一冊に出来るな、と考えたのかどうかは不明だけれど、中公文庫には田中の小説がラインナップにないので哲学小説集成とあわせて代表作を編んだかと思われる。

「ミミのこと」、米兵が通りに立っている娼婦を捕まえる「パンパン狩り」から逃れてきた聴覚障碍の娼婦ミミと語り手が広島の米軍基地で出会い、その後東京で奇跡的に再会して生計を立てさせるために耳が聞こえないのにストリップをさせる、という顛末を描いた短篇。聴覚障碍でコミュニケーションが難儀なのでそう見えるだけなのか、知的障碍もあるのか、そういうどこか不思議な女性「過去も未来もない女」との交流とやりきれない幕切れが、語り手のハッピィというあだ名の褪せた感触を通して描かれている。ソルジャーズ・メスで兵士の食堂って意味になるのは良いんだけど、そこで働く人のことを「メス・ボーイ」と呼ばれるとだいぶ卑猥な意味に見えてしまう。

浪曲師朝日丸の話」、語り手の軍人時代の友人が広島の原爆孤児を引き取って育てていて、それが美談として新聞に載った。そこから戦時中の二人の交流を回想したりするんだけれど、朝日丸は育てた孤児たちに次々子供を産ませていてそれを週刊誌に書かれないか語り手の妻が心配しているという話。原爆孤児を育てていた朝日丸が、その孤児のうちの年長の少女から乞われて体の関係を持って、他の孤児たちも羨ましがって次々関係を持って赤ん坊がたくさん生まれる、というなんというか、戦後というのはそういう現代的な倫理観・家族観が成立しない状況なんだろうなと思わされる。しかも「自分のメカケ」にしたばかりかストリップ劇場に出して稼いでいるらしく、本当にとんでもなくてすごい話だなと思うんだけど、こうして戦後の人たちは子供を産み育てていたのか、と思いもする。父方の縁がある妻との関係を語り手がどうも近親相姦くさい、と思う奇妙な感触が全体を覆っている。

『自動巻時計の一日』

もう、だいぶ前から、おれは、一日のことを、書いてみようとおもってた。そして、 とつぜん、かたいような、やわらかいような、あったかいみたいで、つめたいものにふれ、びっくりして、目をさますところから書きはじめるつもりでいた。123P

著者自身にも似た、妻と二人の娘を持ち、駐留軍の施設に勤めながら通勤の合間に英語の小説の翻訳をしている語り手の一日を描く長篇小説。だらだらと一日を描いてるとも言えるけれど、著者ならではの観察思索とともに翻訳小説そのものが差し込まれ、重層性があり退屈はしない。

目が覚める時から眠る時のあいだの出来事や思ったことを書き並べていくことで小説が成立するというのは驚くべきことのようにも思えるし、だらだら書くだけなら誰にでも出来るとも言えそうで、しかしそれで読ませる作品にするのは誰でも出来ることではないだろう。

途中に出てくる翻訳小説の内容やそれをどう訳すかを語り手が考えているところや、基地での金貸しに関するエピソードもかなり面白い。とはいえ、語り手がトイレで大をした後手を洗わないことにしているという妙なこだわりは勘弁して欲しいなって思った。本当に。今もそういうおじさんいるけど。

翻訳している小説(これは実在のものなんだろうか)から連想して、「ジャスト・ハッピィ」になりたい気持ちを自分が持っていることに気づき、金があるとか家族仲とかとは別の、「ただしあわせ」というものへの思索が、最後、子供に怒っている妻は今が一番幸せな時かも知れない、と思うところが、あえて言えば今作のベースラインのようにも思うけれども、そういう読み方に作者は興味を持たないような気もする。幸福へのぼんやりとした思いや、やはり戦後の米軍基地が舞台なのもあり、戦争についての誰彼の発言がところどころに差し挾まれるところがある。

幾つか長めの引用を。最後の一節は特に良かった。

小説には、つまらない話を、おもしろおかしくしゃべり、みんなを笑わせ、あとで、 つまり自己嫌悪におちいる人物(たいてい作者とおもわれる人物)がよくでてくる。しかし、おれには、あんまりそんな経験はない。はずかしい、というような気持とも関係があるみたいだが、こっちのほうも、ひとにくらべて、程度がかるいようだ。なぜだろう、と考えてみたこともあるけど、生れつきなんだな、とおもっちまう。「生れつき」のようなどうしようもないことを、自分や、ひとに説明しようとするのには、 やっぱり小説かなんかでないとだめかもしれない。114P

なまけ者ばっかりだったら、戦争もおこらない。戦争って、しんどいもんだからさ。とうてい、なまけ者には戦争はできない。戦争に負け、こんな、あわれなことになったのも、みんな、日本人が勤勉すぎたせいだ。ねえ、きみ、こりゃ、どうしても、革命が必要だよ。なまけもの革命さ。人類の永遠の平和をねがうならば、みんな、すべからく、なまけ者になるべきだ。242P

「ね、殺されちゃいけない。殺されちゃ損? おまえ、おまえ……ぜんぜん、わかってないんだな。殺されるのは、いけないことなんだよ。損や得はカンケイない。Just that's not right (to) be killed. わかる? 殺されるのは損だなんて……おまえは、わるいやつだ。人殺しだよ。おれも殺した。だから、殺されちゃいけない。殺すのと、殺されるのと、どっちがいけないか、なんて、かってなおしゃべりをきいてると、ゲロがでる。いいか、わるいかの問題じゃないよ。殺されちゃだめだ。」250-251P

香具師の旅』

普段行かない本屋で小学館P+Dブックスのを見つけたので河出文庫の中古を探すより良いかと思って買った。税込み715円で確かに安い。直木賞受賞作の二短篇が収録されている短篇集で、なぜ本書全体が受賞ではなかったのか良く分からないな。中公文庫で二篇は読んだので残りを読む。

表題作「香具師の旅」は恐喝で刑務所に入れられた知り合いの保釈金作りで北陸を旅する香具師の語り手が、賭博師(ブショウシ)、旅(ビタ)、靴修繕針(ゲソマッバ)、商売(バイ)、東京(ドエ)、女郎(ビリ)、易者(ロクマ)、催眠(ミンサイ)術、乳房(パイオツ)とスラングまみれで語る一篇。この業界用語というか、ただ単純に順序を入れ替えたものだったり、略していたり、東京=江戸=ドエと変換過程が分かるものや分からないものなど色々で面白い。そのなかで乳繰り合うだけだった娘と急にそれをすることになった冬の季節の初体験のセンチメンタリズムが描かれる。

「母娘流れ唄」、同じく冬を舞台に、寂れた地方の雪国での親子との数奇な運命を描く一篇。これは特に書き出しがなかなか格好良くて、おおと思った。ハードボイルドものを訳していた経験が生きているのかなと思うけれど、中身は母とも娘とも関係を持った男の話でなかなか節操がない。

「鮟鱇の足」、語り手の妻の麻子は、麻子の兄とその妻由子との食卓に誘われても決して顔を出さず、兄の二度の結婚式にも顔を出さなかった。そして語り手は妻が初めてだけれども妻はそうではなく、初体験の相手の名前を決して出さない、と近親相姦を匂わせ続けて終わる妖しい一篇。出されたものは何でも食べるから好き嫌いがあるわけではない、と麻子が兄のことを語っているのは、自分を差し出せば兄はえり好みせず関係を持った、という示唆なのだろうか。「浪曲師朝日丸の話」にも近親相姦のモチーフがあって、それが連繋しているかのような印象もある。

「味噌汁に砂糖」、セックスを拒絶しつづける妻とのいざこざのなかで不倫相手と結婚を決意した時に彼女が作った味噌汁が砂糖を入れた「バケモノの味」でその決意が引っ込んでしまった、という話。拒絶云々はともかく、とにかく挨拶を嫌うという語り手のこだわりが印象的。儀礼嫌いだからか二人の関係も、夫が妻の下宿に転がり込んだだけだから夫婦でも恋人同士でもない、と妻に言われる奇妙なもので、夫婦関係のバランスの不可思議さがある。基本的にどれもシモの話から人情を描くようで、昭和の小説という感じがする。

大庭萱朗編『田中小実昌ベスト・エッセイ』

ちくま文庫で出ていた六巻本のエッセイコレクションから概ねそこでのテーマごとに採録し、未収録のものも多数追加したベスト盤的な一冊。ひと、おんな、旅、映画、コトバのテーマとともに自伝的な長めのエッセイも収められている。

なかには小説で読んだエピソードの元ネタのような文章もあって、ある程度事実を元にしつつ書いてるんだろうなというのはまあ思った通りでもある。両方読んでいるとどっちが事実として書かれているのかごっちゃになりそうだ。ストリップを始めたエピソードはかなり歴史的に重要な気もする。

途中で後藤明生の名前が出て来る。田中はだらだら飲むのが好きなのに、後藤は軍歌を一字一句正確に歌い上げたり「玉砕調で暴力的で」、朝まで酒が続く上に逃げようとすると怒鳴って追いかけてきたりする、と体育会系の悪いところがバリバリに出ている話が出て来て、なるほどなという感じ。

小説家なんてのは週に五日ほど仕事をしてれば充分だという話を何回かしているんだけれど、にわかには信じがたい話だ。そんなに筆が速かったのか。小説とエッセイは別にカウントしてるのかとも思ったけど、どうも違うような。その空いた時間で映画を見尽くし、バスに乗ったりしている。

翻訳家の師匠として中村能三の名前が出てくる。ヨシミと読むけどノウゾーさんと呼ばれていて、大久保康雄と並んでプロの翻訳家の草分けだったらしい。最近文庫化されたステープルドン『シリウス』の訳者だ。亡くなった時麻雀をしていて、そのメンツが海渡英祐、永井淳柳瀬尚紀というのが面白い。

著者の小説へのスタンスとしてテーマがないので題名もいらない、『自動巻時計の一日』にしても自分は題名をなしで出したかったけどダメだったという話もある。

「哲学ミステリ病」というエッセイで哲学もミステリも謎を追うことでは同じだと言いつつ哲学のミステリは解決を目指すのではなく、「ミステリにフンサイされる」という言い方をしているところがあり「ミステリをうける」というのは著者のキリスト教についての言い方と非常に似ている。

抄録された「昭和19年……」というエッセイには次のようなくだりがある。

あの戦争が、物語なのか? ぼくにとって、あの戦争は、じつは、あの﹅﹅という言葉もつかない。言いかえれば、ぼくにとっては、歴史﹅﹅でもないのだ。歴史とは、あの﹅﹅毛虫がこの﹅﹅蝶になるのを見るようなものだろう。毛虫を、げんに目の前に見ている者には、蝶の姿は見えない。見えるなんておもうのは、観念がつくりだす錯覚だ。274P

これもまた著者の物語批判の一例だろう。

日本の私小説とは別のことだとして、「客観性がないことこそ、小説の本領ではないか」(186P)と述べているところは気になるところだ。

しばしば小島信夫が出てきていて、田中小実昌もまた小島信夫の弟子筋という感じがある。世代としては小島信夫の次が後藤明生田中小実昌で、田中小実昌の次が保坂和志という感じだろうか。むろんそう単純な訳もないけれども。