三井誠「人類進化の700万年」

人類進化の700万年 (講談社現代新書)

人類進化の700万年 (講談社現代新書)

読売新聞の科学部の記者である著者が、最新の学説を平易にまとめた人類学入門。

もろもろの学説を中立なスタンスでまとめた、というものなので、とりたてて新鮮な驚きというのがあるわけではないが、教科書や漠然とした知識として持っている人類史にかんして、いまではいろいろなアップデートがなされているということがわかり、小さな発見が満載されている。とくに、遺伝子学から見た人類進化の足取りにかんする終章は全編トリビアの嵐、といった感じで興味深く読めた。

様々な仮説がいまだ定説とはなり得ていないものとして紹介されているので、印象がぼやける感じもするのだけれど、ある程度分かっていることと、まだまだわかっていないこと、これだけはほぼ確定している、ということが混在する人類学の面白さというのが表れていると見るべきだろう。

進化にかんするメカニズムについても遺伝子の面から説明を加えている。突然変異はある確率で起こるのだけれど、それによって変異する性質が、たとえば生存環境にたいして有利に働くと、その遺伝子を持つ個体が繁殖に成功することになり、結果として自然淘汰を生き延びる。対して、変異しても特に問題ない性質もある。ビタミンCを体内で生成する遺伝子は人間では働かないが、これは森などで果実を獲ることができるため、変異が不利に働かなかったからだと考えられる。しかし、この性質は、船舶などでの乗組員が壊血病にかかる原因となっている。変異は変異だが、それが環境に対して有利に働くき繁栄するか、不利に働き淘汰されるか、中立な変異であるか、それはある意味環境、運次第だということだろう。

人類が言語を獲得したのはおよそ七万五千年前と言われ、言語能力にかんする遺伝子の変異が可能性として指摘されている。そして、七万五千年前といまの人類とでは能力は同じ(つまり、当時の人類を赤ん坊の状態で今につれてくれば現代人として問題ないということだろう)だという。しかし、心、というか自意識というか、そうしたものが生まれたのは果たして同時期なのかどうか。言語の有無が意識の発生とどう関連するのか。ここらへんの研究というのはどうなっているのだろう。それは本書では追求されていない。まあ、それは本書の範囲外だろう。

明らかな本書での不満は参考文献やこの本を読んでから興味を持った人が何を読めばいいのかの指針がないことだ。入門書の最低条件だと思うのだけれど、案外これを蔑ろにしている本は多い。そこはマイナス。それ以外はよくまとまった平易な解説書として良いのでは。