Kihirohito - 護法少女ソワカちゃんシリーズ

かなり今さらな感じだけれど「護法少女ソワカちゃん」を紹介してみる。本当はこの文章は六月頃には大半を書き終わっていたのだけれど、都合四ヶ月ほど放置してしまっていた。フリマも終わり、およそ十ヶ月ほど悩まされた十二指腸潰瘍を疑われた腹痛もたぶん治り、(心理的な)余裕もできたので、やっとこさ書き上げた。

というわけで、奇才Kihirohito氏によるニコニコ動画で展開されているオリジナルPVアニメシリーズ、「護法少女ソワカちゃん」です。

これ、知っている人は当然すでに知っているのでしょうが、知らない人はそのサムネ絵のヘタレな感じで敬遠してしまっている人も多いのではないか。それは大変もったいない。きわめて趣味の分かれる作風だけれども、一度見てから判断しても遅くはないと思う。ただ、音がチープなのはダメだ、という人や、ボーカロイドの曲なんて聴くに値しないと思っている人にもアピールするかはちょっと微妙だ。

ただ、ニコニコ動画にある初音ミクのオリジナル曲に興味が持てない、という人の一部には面白いのではないかと思う。私も、ニコニコ動画ではミクのオリジナル曲というのはほとんど聴かないタイプだからだ。なんというか、ツールのはずの「初音ミク」が、架空のアイドルという形で、各作曲者が「初音ミク」というキャラに歌ってもらっている、というような、独特の雰囲気が苦手だ。

ソワカちゃんシリーズはニコニコ動画で人気を博すミク系オリジナル曲とは、かなり感触が違うので、私のようにミク系オリジナル曲が苦手だという人も一回聴いてみると良いと思う。ただ、人を選ぶ度合いは、ミク系オリジナル曲よりもソワカちゃんシリーズのほうが遙かに高い気もするのだけれど。初音ミクとは違う意味でオタク向けではあると思うので。

というわけで、名前だけは聞いたことがあるけど、変な絵だし、よく分からない、という人に向けて、特にわたしの好きな作品を十個ほど選んで紹介してみたい。みんな、ソワカちゃんを見るんだ!

タイトルを見て分かるとおり、仏教ネタで魔法少女ものをやるというようなトンデモな発想ながら、楽曲そのもののレベルの高さ、初音ミクを模写したつもりがなぜか別のキャラにしか見えないマウス絵、これでもかと仕込まれたパロディ、引用ネタの多さと密度とバラエティの豊かさがカオスな雰囲気を形づくり、きわめて独特なアングラサブカルオタク的Flashアニメとなっている。

ネタは、仏教(しかもかなり真面目な教養がある感じ)や、オタク、サブカル現代思想、文学から発表場所であるニコ動ネタ等、およそ80年代カルチャーをメインに、現在に至るまでのさまざまトピックがちりばめられており、その異常な守備範囲の広さには圧倒されるばかり。

そもそも、わたしがこの作品を知ったのは、伊藤剛氏のブログで再三紹介されていたのを見てから。最初はスルーしていたのだけれど、下の記事で大変熱心に嵌っていることにつられ、末尾にソワカちゃんまとめwikiが紹介されていたのを機に、そこから第一話をたどって見たのが最初。
2008-05-02 - 伊藤剛のトカトントニズム
ソワカちゃんまとめwikiは、作品に仕込まれたネタを知るにはとても重宝するので、是非参照しながら見て欲しい。
ソワカちゃん疏鈔 - 護法少女ソワカちゃん まとめWiki

●【初音ミク護法少女ソワカちゃん【オリジナル】

で、そこで見たのがソワカちゃんopである以下の動画。まずはとにかくこれを見て欲しい。


このいかにもアニソン調なポップなメロディで、いきなり大江健三郎の「万延元年のフットボール」の朱色の塗料で顔を塗り、素っ裸で肛門にキュウリを差し込んで首を吊ったという友人の死に様ネタが出現。いや確かにあまりにもネタにしたくなるシーン(というか大江はネタの宝庫だ)だけれども、いきなりこれを持ってくるかというセンスにわたしはこの時点で瞠目させられた。

そのほかにも、空也上人をクーヤンともじって弟キャラに持ってきたり、「使徒使徒ぴっちゃん」とか、口から出る文字で攻撃って「ワギャンランド」かよ、とか「恋の真言マントラ)唱えてみせるの」という無理矢理少女っぽいフレーズを入れてみたり、ニューアカの代表格中沢新一クロマティ高校経由でネタにした「メカ沢新一先生」という複層パロディや、「五十六億七千万年後に愛してる」「あなたと合掌したい」という「創聖のアクエリオン」を仏教でパロったフレーズの秀逸さ、はてはエヴァネタで「残酷な仏のテーゼ」など一発ネタのオンパレードにわたしはこの時点ですでに嵌っていた。いや、もう「日蓮系」とかのきわどいネタとか、ネタ仕込みすぎて全然突っ込みきれない。文言だけではなくて、マウス描きだけれど妙に細かいところまでこだわる絵がまたネタ満載。

振れ幅の広いネタ仕込みに、視聴者はどこもかしこもネタなんじゃないかというネタ探しに躍起になり、作者はいったいどこまで考えてこれを作っているのかというレーモン・ルーセル的疑心に苛まれるありさま。

●虚空蔵からのメッセージ 護法少女ソワカちゃん第6話挿入歌



OPと来たらEDとも思ったけれど、ここは涙を呑んで飛ばして第六話、投稿順では五作目に当たるこれで。ちなみに紹介は投稿順準拠です。

打ち込みのアップテンポなリズムが主導するかなり格好良さげなテクノポップ。話はよくわからなくても、とりあえず曲が印象的でフレーズがすぐ頭に残るので、最初に見たとき、すぐ気に入った曲だ。

「虚空蔵菩薩」アカシックレコード(アカシャ年代記)とルビを振るセンス。というか、虚空蔵のサンスクリット語はアカシャガルバというらしく、元々同根のものという説があるようだ。ちなみに、虚空蔵は後の動画で「ヴァリス」とルビを振られている。

ネタとしては、途中のソワカちゃんが見ている掲示板での「自演だろ」に対する「慈円だろ」レスや「三苦三苦(みっくみく)にしてあげる」などの仏教小ネタが秀逸。「慈円だろ」はソワカちゃんスレで多用されるフレーズとなっており、ファンに親しまれている。

また、間奏部分で人の唸り声のような音を入れるところなど、わたしは完璧に平沢進リスペクトだなと思いこんでいたのだけれど、本人的には平沢を特に意識している訳ではないらしい。ソワカちゃんシリーズを見ていて名前が浮かぶのが、平沢進P-MODEL)と戸川純とかなんだけれど、本人的に趣味なのはニューオーダー等のニューウェーブ系のバンドらしい。ただし、どれも80年代的な人たちではある。

●修羅礼賛 護法少女ソワカちゃん第11話の歌



次は今のところ話数としては最新の11話。投稿順ではかなり早い時期に今のところの最新話がアップされている。ある程度重要な部分を点描的にアップしていき、後からその間を埋めていくという作者の独特の作劇法が見られる。話が間延びするのを防いだり、展開を引き締めるためのものだろうか。

曲としては、ファンキーなスラップが効いたベースがとにかく格好いい。イントロからサビまでベースが主役。クライマックス直前の盛り上がりを演出する雰囲気作りがうまい曲だ。

ネタとしては、ドラクロワの絵のパロにかなりひどく描いたコロ助やピーポ君を出してみたり、作者大好き「ねじ式」ネタなどがいきなり出迎え。そして出てくる中ボスらしき連中が、「汚れちまった三兄弟、ゆあーん、ゆよーん、ゆやゆよん」(http://www.chuyakan.jp/14search/poem/03.html中原中也記念館より)という中原中也ネタ。「汚れちまった」というのは、彼らがショタだからだろう(ソワカちゃんではなく、倒れているクーヤンの服をめくろうとしている)。この、教養をメタメタにするひどいネタ仕込みが作者の真骨頂。

ちなみに、ゆやゆよんというロックバンドがある。
ゆやゆよん - YUYAYUYON - | Listen and Stream Free Music, Albums, New Releases, Photos, Videos

●香巴拉の門 護法少女ソワカちゃん 第9話の歌



投稿者コメントの「作者はウヨ!!注意!!」というフレーズが人気の第九話の歌は、スカ調(でいいのかな)のノリの良い曲調と、サビのメロディが特に秀逸な一曲。これも一発で気に入った曲だ。イントロからの小気味よいドラムとうねりまくるベースが気持ちいい。

この動画はサブカル、宗教、オカルト、思想系のネタがまたたっぷり仕込まれていて、詳細はまとめwikiのページを見てもらうのが早い。丸尾末広とかはわたしはよくわからないのだけれど、地図の真ん中が「空虚」になっていて明らかにロラン・バルトネタだったり、目的地の病院が明らかにポタラ宮だったり、その病院になぜかマリリン・マンソンが体育座りしていたり、歌詞でニコニコ動画での初音ミクオリジナル曲でもかなり有名な「メルト」と矢沢永吉をつなげた「メルト溶けてしまいそう ホワイなぜに?」のフレーズが秀逸だ。

最後は定番のドグラマグラの有名な台詞を織り込みながら、メカ沢先生がいる地下アジトに到着する。なお、そこにいる執事AとメイドBは、吉本隆明浅田彰浅田彰は女装メイド姿で登場。これはひどい。柄谷と蓮實はいない。

●南無666 護法少女ソワカちゃん第10話の歌(その2)



飛びまして(話数的には飛んでないけど)10話の歌その2。その1の「機械居士かく語りき」は泣く泣く飛ばす。その1は「虚空蔵」のルビが「ヴァリス」になってたり、敵組織がPKD(フィリップ・キンドレッド・ディック)だったり、憲法九条の暗号とか言うトンデモネタとか、コミケ会場と将門の怨霊が核融合した「マサカドインパクト」だとかいうひどいネタもさることながら、ニューオーダーブルーマンデーをパロったイントロが最高に格好良い上に「カクテキ」なんつうひどいギャグで落とすセンスが好きなんだけれど、それ以上に南無666が凄いので仕方ない。

南無666は、楽曲面でも歌詞、ネタ面でも、トップクラスの傑作だと思う。とにかくAメロ部分からメロディの良さが際立っている。コーラスも効いていて爽快。歌詞も、目の前に立ちはだかるモノリス状の壁を、トンネル効果の理論で素通りするという量子力学の理論を人間レベルで適用するトンデモ展開には唖然。なお、壁を通った後にソワカちゃんとクーヤンがなぜかメカ沢先生の頭をラグビー風にパスしあっているけれど、それはアンリ・ルソーの絵をパロった横尾忠則の絵が元ネタ。以下参照。
ルソーが楽しませてくれた1時間: Kimio’s Diary 「がらくた日記」
二番サビの「蝋燭の火で棺を覗き込めば 胸の裡(うち)なる黒弥撤(くろミサ) 遍(あまね)く世界を光が照らそうとも 地下深くで息づく闇の旋律(メロディー)」というフレーズは元が春日井建の短歌のオマージュらしいとしても、とてもセンスあるメロディと詞のあわせ方だと思う。この手の歌詞センスはソワカちゃんシリーズ以外の楽曲で良く出ているので、ここが気に入った人はそっちを見ることをお勧め。

●波浪!!ソワカちゃん花まつり 護法少女ソワカちゃん第1話の歌(その1)



そしてここでようやく第一話が投稿されはじめる。これはその1。OPと似たポップなアニソン路線で、これもまたベースが活躍するアレンジが秀逸(修羅礼賛とこの曲はベース演奏動画が投稿されている)。

とってもポップで楽しげな曲で完成度も高いのだけれど、なによりわたしが衝撃を受けたのは、とってもポップなサビのメロディに般若心経の「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶」というフレーズをのせて歌わせているところ。正確には最後のところの「薩婆訶」は「ソワカちゃん」と変えられているけれど、ここのポップすぎる般若心経部分は仏教少女アニメソングとしての面目躍如と言うところか。

他の部分では「具なしナポリタン ケチャップ味の暴力」(これはロフトでのイベントで実際にメニューとして販売されたらしい。調理の人が困惑していたとのこと)とか、「科学の限界も画力も越えて キルユー☆」などのフレーズが笑える。「科学の限界も越えて」はネギ踊りの某曲ネタ。

●はすのうてな 護法少女ソワカちゃん第1話の歌(その3)



そしてその3。これが投稿されてからの伊藤剛氏の記事からわたしは見始めたので、当時これが最新の投稿になっていた。(一話のその2はシュルレアリスム系絵画のパロディのオンパレードの不気味な楽曲で、レメディオス・バロなどの私も好きなネタが結構多いので、キャッチーではないが、面白い)

これは楽曲面では明らかにトップクラス。ロック調でドラマティックなメロディも曲展開も素晴らしい。しかし、父親の死を受けてのシリアス展開なので、歌詞面での遊びは少ない。その意味でソワカちゃんシリーズではかなり異例の作品になっていることは注意。歌詞面ではかなりシリアスだけれど、動画面では、結構ネタが豊富だ。警察署での「迷ったらすぐさま撃て! 国家権力なめんなよ」という段幕といかれたピーポ君の絵面は、なんかいかにもアングラな雰囲気だ。

ただ、「迦陵頻伽(かりょうびんが)」「蓮の臺(はすのうてな)」等の宗教的モチーフを上手く盛り込んだ歌詞センスはさすが。


と、ここまでの七曲がソワカちゃんシリーズ。以上に選んだのは特にアップテンポで一聴のインパクトがあるものを中心に、自分の趣味で選んでいるので、演歌風のものやエンディングテーマ、あるいは独特な雰囲気のあるものがオミットされている。以上のものを聴いてもピンと来なかったら、他のものも聴いてもらいたい。

また、Kihirohito氏の別シリーズとして、過去に作った楽曲をリメイクしたものや、ソワカちゃんシリーズではない新作などもアップされている。以下に残りの三作を紹介したい。これらは、ソワカちゃんシリーズにも劣らないクオリティで、かつ作風もやや異なるものがある。

千々石ミゲル友の会



まずはこれ。千々石ミゲルというのは、リンク先のウィキペディアにもあるように、天正遣欧使節団の一人。後に棄教した人物でもあるらしいが、詳しくはわからない。なぜこの曲が「千々石ミゲル友の会」なのかも、よくわからない。Kihirohito氏の曲には他にも、棄教をテーマにしたとおぼしきものがある。

歌詞の不可解さもかなり凄いが、楽曲が辺にポップなのが不思議さに拍車をかけている。

●密猟の夜



不気味さ全開のおどろおどろしくうねるベースラインが印象的な楽曲。歌詞のただならぬ雰囲気がすごい。直接的に何かを語るわけではない宙づり感が、ソワカちゃんシリーズ以外でのKihirohito氏の詞の特色。これは私はメロディが特に好きだ。サビのぐいぐいくる感じが良い。

●そんなところに神は宿らない



おそらく、Kihirohito氏作の曲のなかで、トップクラスの人気があるのがこれ。やはり歌詞はかなり間接的だけれど、それぞれのフレーズがなかなか印象的。そして、ポジティブだかネガティブだかわからないけれど、なんだか希望を感じさせるメロディが非常に印象的。これは確かに名曲。


というわけで、以上十曲、私的に紹介してみました。かなりはまって、ピアプロからmp3wpダウンロードして、携帯mp3プレイヤーに入れて聴いたりしています。


ソワカちゃんシリーズのマイリスト
護法少女ソワカちゃん by kihirohito - ニコニコ動画
旧作リメイクシリーズ夢野久作じゃない、「夢の旧作」。
夢の旧作 by kihirohito - ニコニコ動画
カバー等のリスト、「袋のままで行く」
袋のままで行く by kihirohito - ニコニコ動画
作者Kihirohito氏のブログ。
逆転写無縁仏 - Yahoo!ブログ
Kihirohito氏のピアプロ。mp3などがダウンロードできる。
piapro(ピアプロ)|kihirohitoさんのページ
ソワカちゃんシリーズまとめサイト
ソワカちゃん疏鈔 - 護法少女ソワカちゃん まとめWiki