佐藤亜紀 - バルタザールの遍歴

バルタザールの遍歴 (文春文庫)

バルタザールの遍歴 (文春文庫)

佐藤亜紀の第三回日本ファンタジーノベル大賞受賞のデビュー作。私が読んだのは矢川澄子解説の新潮文庫版で、これ、買ったのが五年以上は前で、積んでおくのもいい加減にしろと思い、ようやっと読んでみた。何というか、面白いだろうことがだいたい分かってしまう本って逆に後回しにしてしまうことがあって、これはその典型。

一人の体に二人分の精神が宿っている、という逆分身ものとでもいうべきモチーフを、第一次世界大戦頃のナチスが勢力を拡大しつつある時期のウィーンとかを舞台に物語は展開していく。まあ、私は教養と呼ばれるものがまるで欠けているので、ここら辺の歴史小説的なバックグラウンドをちゃんと理解できてはいないのだけれど。

でまあ、これが評判や予想通り凄い。うんざりするほど鮮やかな上手さ。魅力的な設定と、文章、語り口の流麗さでぐんぐん読ませる。物語の魅力を十二分に見せつけ、小説の王道と言ってもいいような堂々とした出来で、これを日本人の20代が書いたということに選考委員が衝撃を受けるというのも当然だろう。

いつか、佐藤氏は自分の小説にある本歌取りやパロディに気づかずに的を外した書評していた批評家をバッサリやっつけていたけれど、私なんかまあ全然仕込みがわからない*1。唯一気づいたのはナボコフの「セバスチャン・ナイトの真実の生涯」ネタ、というか、はっきり主人公が「セバスチャン・ナイト」の小説を読んでいる、と明示される以上、明らかに読者に気づかせるために名指されているところくらいだった。このくすぐりは、たぶん、二人が一つの体をもつという今作のモチーフと、「セバスチャン・ナイトの真実の生涯」という小説のモチーフとが類縁的だということを示しているのだろうと思う。ナボコフのものも、二人が実は一人、という逆分身もののモチーフをもっているので。

ただ、このナボコフのモチーフが単なる先行作品の例示に止まらない意味を持つのかどうかはナボコフの方を忘れてしまっているのでよくは分からない。

ナボコフといえば、佐藤亜紀が好きな作家のなかでも別格として挙げていて、「小説のストラテジー」でも「ロリータ」な分析をしている。「セバスチャンナイト」は何らかの形で下敷きにしているのだろうか。

読んでいる内に忘れてしまったけれど、「ミノタウロス」が凄いらしいという話を聞いて、そういえばこれを持っていることを思い出したのがきっかけで読んだのだった。さて、来月「戦争の法」が出るらしいので次はそれかな。

*1:その批評家、以前私も笙野頼子がらみで批判した覚えがあって、その時とだいたい同じパターンを踏んでいたのには笑った。あの人に女性作家について書かせてはいけないと思う