ロバート・イーグルストン - ポストモダニズムとホロコーストの否定

ポストモダニズムとホロコーストの否定 (ポストモダン・ブックス)

ポストモダニズムとホロコーストの否定 (ポストモダン・ブックス)

本自体は年始くらいには買ってあったのだけれど、昨日までの南京事件議論も書くことは書いてしまったなと一段落した気分だったので、丁度目についたこれを読んでみた。この本、あまりに既視感だらけで面白くなってきてしまうほどここ何回かで書いた記事と相似の議論が頻出していてびっくりする。

それはさておき、本書はポストモダニズムの見地からホロコースト否定論を論駁する、というのを目的にしていて、「ポストモダニズム?」という人にとってはその文脈がいまいち見えてこないかも知れない。乱暴に要約すると、ポストモダニズムが歴史の客観性を否定することで、ホロコースト否定論のようなものまでをも相対主義的に容認したのではないかというようなポストモダニズム*1批判に対し、この本では「ジャンルの規則」というような観点(これがポストモダニズムの見地、なのかな)から歴史学には歴史学として当然遵守されるべきルールがあり、その「ジャンルの規則」から外れる否定論を「歴史」ではない「嫌がらせの発言」にすぎないものとして峻別し否定する、という形でまとめられるかと思う。

つまり、何度も繰り返し皆が言っていることだけれど、歴史学とニセ歴史学(=歴史修正主義)ということがここではポストモダニズムとの関係から語られている。

もうちょっと丁寧にまとめている記事があったのでこちらをどうぞ。
イーグルストン『ポストモダニズムとホロコーストの否定』(岩波書店) - あれぐろ・こん・ぶりお
しかし、読んでいてホントに既視感がすごい。まあ、ホロコースト否定論も南京事件否定論もやっていることは特に変わらないのだからそれも当然だけれど。ちょっと関連するところをいくつか引用。

ホロコースト否定論はジャンルの規則に反している。したがってホロコースト否定論は、歴史学というジャンルの一部ではなく、別のジャンル、すなわち政治もしくは「嫌がらせの発言」というジャンルの一部なのだ。
54P

「嫌がらせの発言」というのはいいな。こんなのも。

もし否定論者が道理をわきまえるということの正当性を信じるならば、彼らはファシストや否定論者ではないはずである。
69P

これ、確か似た感じの文言をどこかのブクマで見た覚えがある。
イ・ヨンスクによる解説からいくつか。

ナチスホロコーストソ連強制収容所はどちらが悲惨だったのかと問うのも、それらが同じものの異なる現われだととらえるのもナンセンスである。南京、シンガポールカンボジアグアテマラ東ティモールルワンダの虐殺はそれぞれ特異性を帯びた事件であり、他のなにものにも還元できない。あまたの殺戮行為にひとつの物差しをあてはめて比較計量し、決算表を作るべきではない。もしそうするなら、それは絶滅収容所でおこなわれたように、「死」を計量化し、人間を交換可能な単位におとしめるという暴力を作動させることになる。
 しばしば否定論者は「加害者も被害者も同じように苦しんでいるのだから、被害者の苦しみだけを尊重するのはおかしい」という。しかし、こう述べているとき、否定論者はやはり苦しみの決算表を作っているのだ。なぜなら、そこではたがいの苦しみを秤にかけているからである。
94P

続く部分にも重要なことが書かれているけれどとりあえずここだけ引用するけれど、もう既視感どころか4日のコメント欄の議論についての鋭い批判になっている。

否定論者は「犠牲者の発話の権威」に反発しているのであり、マイノリティからの異議申し立ての声を抑圧しようとしているのである。それは「なぜマイノリティや犠牲者の発話だけが尊重されるのか。わたしたちの声も聞いてくれ」という懇願にはじまり、ひいては「マジョリティにはマジョリティの立場があるのだ」という「開き直り」に行き着く。犠牲者や被害者からの証言が、これまで安心して居座ることのできた砦を揺るがしていると感じたときに発せられる攻撃的言辞が、あらゆる否定論の本質をなしている。
99P

懇願どころではないがその素晴らしい実例↓

gingin1234 2009/06/04 00:56
> 彼らは「中国」という「キャラクター」を笑いのネタにして嘲笑することでコミュニケーションを図っている。そこに悪気はないとはいってもこれはほぼ差別に近い。

いや、実際に中国人は今や犠牲者数は60万人とか言い出しているわけで、「中国人が南京事件の虐殺者数を息を吸うかのごとく当たり前のように水増ししている」のは、嘲笑ではなく完全な事実なのですが。
http://blog.goo.ne.jp/dongyingwenren/e/e40f087b1a42cce9e5afbace4ec9e0b0

これは、完全に原爆と同じ構図。取り敢えず被害者数を水増ししておけば、日本政府から賠償金やら義援金やらの特権を駆使できますからね。中国人も、ヒバクシャも、どいつもこいつも鬱陶しいったらありゃしない。
http://d.hatena.ne.jp/CloseToTheWall/20090603/p1#c1244044601

でもまあ、この人を取り上げるのはある意味で負けかも知れない。こんな誰にでも分かるほどに酷いものを叩いたところでしょうがないからなあ。

*1:年末の東浩紀関係のアレね。