- 作者: ゾフィアナウコフスカ,加藤有子
- 出版社/メーカー: 松籟社
- 発売日: 2016/01/09
- メディア: 単行本
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このように考えだされ、実行された大宴会は人間の作品だった。人間がその実行者であり、その対象だった。人間が人間にこの運命を用意した。
それはどんな人間だったのか? 95P
スピンオフが出たと思ったら翌月には〈東欧の想像力〉第十二弾が出るというハイペースな展開を見せる松籟社の今回の新刊は、ポーランドの作家ゾフィア・ナウコフスカの短篇集『メダリオン』、1946年刊。
以前、ブルーノ・シュルツの記事で彼を世に出す助けとなった作家として名前を出したことがある人物で、シュルツの『肉桂色の店』の原稿を読んで出版の手はずを整えたのが彼女だという。翻訳はシュルツ研究の加藤有子というのはその縁だろうか。1884年に生まれ、1906年には作家デビューしており、戦間期から戦後にかけてのポーランド文壇の中心人物でもあった。ペンクラブ副会長のほか、国際会議にもポーランド代表として出席するなどし、戦後には二度国会議員に選ばれてもいる。しかし戦後は社会主義リアリズムの枷のなかで作品発表が思うようにできなくなっていった。「三国分割期、大戦間期の独立の時代、第二次世界大戦直後の社会主義時代という三つの時代にまたがって、文壇の中心にあり続け、政治的な影響力を保った二十世紀ポーランドを代表する文化人である」、と解説にはある。
そのナウコフスカは、1945年ナチス犯罪調査委員会に参加し、証言者らに接する過程を題材にして、委員会活動と並行して45年の春から夏にかけて次々と雑誌に短篇を発表する。これが『メダリオン』としてまとめられ46年に刊行された。解説いわく「世界的にも最初期のホロコースト文学」。
〈東欧の想像力〉でも最薄の一冊で、本篇は八つの短篇で百頁に満たない。既訳が三篇あり、未知谷の『文学の贈物』に「シュパンナー教授」、集英社の『世界短篇文学全集10』に「墓場の女」「線路ぎわで」が訳されている。また、シュルツ全集第一巻にナウコフスカ論がある。
ナウコフスカの調査委員会活動を直接の素材としているこの短篇集は、その由来通り、証言者の証言を聞き取ることを主とした証言文学だ。最後の一篇以外はナウコフスカあるいは書き手は直接にはあまり作中に現われず、証言者の言葉にならない表情、仕草などを発話に添えるように書かれている。とはいえ導入として顔を出す部分もあり、以下はナウコフスカ自身の知人たちの死の知らせを受け取っての述懐だ。
人びとはあらゆる方法で死んでいく、ありとあらゆるやり方で、どんなことも口実にして。もう誰も生きていないし、しがみつくもの、守り通すものはないように思えた。死はそれほどまでに遍在していた。墓地の地下礼拝堂には棺が列をなして置かれ、順番に自分の埋葬を待っているかのようだ。個人的な、凡庸な死は集合的な巨大な死を前にして、何か不適切なものに思えた。けれども、はるかに恥ずべきは、生きているということだ。38P
証言者つまり生き残りの人々の言葉は、残酷で陰惨な人間による人間に対する仕打ちの数々を、時に非常に言いづらそうに言葉にしていく。そこはつねに人が軽々と死んでいく場所で、たとえばSSの女看守が死体を嘲笑しながら蹴飛ばす場面などが語られている。それを見た女性はこう語っている。
女たちの名前を記憶できなかったことが恐ろしいのです。あそこにいたのは価値のある、尊敬すべき女性たちだったのですから。今、彼女たちのことを家族が探しているかも知れません。ちょうど私が子供たちを探すように。でも私は誰が誰だったか思い出せないのです。35P
この生き残りの悔悟とともに、収容所で労働させられ、何かあればすぐに人が殺されていくような状況を生き、「数時間ソヴィエトが来るのが遅れたら」死んでいただろうという証言者はこう語る。
私は生きたかったのです。どうしてかわかりません、だって夫もなければ家族もなく、誰もいなかったのに、生きたかった。片目がなく、飢えて凍えていて――そして、生きたかった。なぜかって? お話ししましょう。あなたに今話しているように、すべてを話すためです。彼らが何をしたのか世界に伝わりますよう! 64P
悔悟と共に語り残すべき使命とが、この人のなかで混在してることが見てとれる。
「線路脇で」という短篇では、収容所へ送られる列車から脱走した女性が描かれる。車体の床板を剥がしてレールの間や車輪の間を抜けて線路脇に脱出するらしく、車輪の下に落ちたり、投げ出されて柱や石にぶつかり死ぬものもいたという。ある女性は、脱出に成功したものの、膝に銃弾を受けて動けなくなっていた。周りの人びとは、対処しかね遠くから見ているばかりだった。近くにある死体は彼女の夫のもので、警察に対して彼女は自分を殺すよう要求したけれども、警察もなにもしない。一人だけ、タバコとウォッカを持ってきた男がおり、最終的に彼が彼警官から銃を借りて彼女を撃ち殺す。証言者は、男が彼女を可哀想だと思ったようだと語る。誰も手助けすることが出来ず、傍観するだけだった状況を、自分がそこで何をしたのかを明言せずに語る証言者の姿がある。ユダヤ人の苦境をただ眺めているポーランド人、という状況をその傍観者自身の証言から描く短篇となっている。
「人間は強い」という短篇では、ある男性が多数の窒息死体を溝に埋める作業に従事していた様子が証言される。ユダヤ人やジプシーたちの多数の死体が一日十三回もトラックで送られてきて、それを一日中埋める。
ある日――それは火曜でした、その日ヘウムノからやってきた三台目のトラックから、地面に私の妻と子供たちの死体が投げ出されました。男の子は七歳、女の子は四歳です。そのとき妻の死体の上に横になって言ったんだ、撃ってくれと。
私を撃ちはしなかった。ドイツ人は言ったのです。「人間は強い、まだよく働けるだろう。」そして私が立つまで棒で叩きました。87P
この男性は脱出し、逃走過程で親切なポーランド農民に出会い、食べ物と帽子を貰い、「人間らしく見えるように」髭を剃ってくれたという。
冒頭にある「シュパンナー教授」は、人間の脂肪から石鹸を作った事例を扱った短篇だ。いわゆるナチスの人間石鹸というのが知られており、ナチスがユダヤ人の死体から石鹸を大量生産した、という話があるけれども、これ自体はデマとして否定されている。しかし、この教授が人間の脂肪から石鹸を作ったこと自体は事実で、この短篇はその調査過程の記録となっている。ただし、その死体はユダヤ人ではなく、近隣の精神病院や刑務所の死体を使ったもので、脂肪から石鹸を作るために殺したこともない、という調査結果が2006年に出ている。この短篇ではその教授に関わった人物の証言を記録している。死体をどうしたか、どのように作成したのか、ということを、教授が死体を用意するためにさまざまな場所に連絡したことを、そして作成されたそのにおいの強い石鹸が、よく汚れが落ちると言うことを。最後に呼ばれた二人の学者の証言者は、教授がそのような石鹸を作成することを推測できたか、という問いに対し、いずれも出来たと答えている。一人は、党員として従順だから、命令があればそうしただろうと言い、もう一人は、ドイツが脂肪不足だったからだ、と理由を答えている。解説の言うとおり、アーレントの「悪の凡庸さ」の事例だ。
本書では、さまざまな証言を通して、さまざまな人間の姿を提示している。しかしそれはどれも陰惨で、証言者自身、自分が何をしたか明らかにせずに傍観者のように語らざるを得ないような罪責をもたらすものでもある。作中に、現実は耐えられる、なぜならそれは切れ切れににもたらされるからだ、というナウコフスカの記述がある。これは同時に、耐えるためには現実を断片化せざるを得ないと言うことでもあり、人間が人間にした仕打ちを語る本書において、その「人間」こそが破断し断片化してしまっているのではないか。
墓地に砲弾が落ちる時代がやってきた。墓を飾る像や肖像レリーフ(メダリオン)が割れて並木道沿いに落ちている。中身が開いた墓は、割れた棺のなかの死者をさらけ出していた。43P
「メダリオン」とは墓に刻まれた円形の肖像を指す。その言葉の本書唯一の出現箇所において、メダリオンという人間の肖像は「割れて」、死者がさらけ出されている。これこそ、本書の提示しているものの小さな似姿だろう。本書原題はメダリオンの複数形、Medalionyとなっている。いくつもの砕かれたメダリオンがここにある。
本書は学校などで読み継がれ、ポーランドでは知らぬ人がいないほど有名な作品だという。社会主義圏では翻訳が多いけれども、ドイツでは56年にベルリン、68年にフランクフルトで訳が出たほか、西側諸国では翻訳が遅れ、英語版は2000年、フランス語版は2014年に出ている。日本語版もこうして出版から七〇年経って訳出されたことになる。ただ、『世界短篇文学全集』は1963年なので、一部には知られていたようだし、ナウコフスカ自身は知名度が高く、文学事典のたぐいや『東欧を知る事典』でも項目がある。
また、本書については広島修道大学人文学会の「広島修大論集 人文編」2006.9月号に詳細な論考があり、ネットから全文が読める。Urszula Styczekというのはウルシュラ・スティチェックと読むようで、おそらくポーランド出身の人の日本語論文。この人は他にも原民喜論があったりする。
CiNii 論文 - アウシュヴィッツ収容所について語るポーランド作家 ゾフィア・ナウコフスカ
以下のような指摘がある。
戦時中,ナウコフスカはワルシャワで小説や日記を書き続けて,インテリの作家の立場から当時の占領期の情勢を非難した。その故に,いつでも逮捕され,政治犯として収容所へ送られる可能性があった。242P
この論文では人間石鹸の「生産」と書かれていて、デマが無批判に取り込まれている憾みがあるけれども、「線路脇で」の読解などが面白い。
加藤有子が解説で映画『ショアー』を挙げて、そこで問われていることの多くがすでに『メダリオン』に書かれていることなどを指摘しているように、「最初期のホロコースト文学」としての先見性や歴史性の点からも注目されるべき作品だろう。45年ころに書かれているため、解説が書くようにホロコースト認識に古いところがあるようだけれども、証言それそのものに語らせようとしているその手法により、作品の大部分はやはり古びない。ページ数においては小著だけれども、その存在は大きい。
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