未來社のPR誌 季刊「未来」で後藤明生論を連載します

月刊PR誌「未来」|未來社
表題の通り、季刊「未来」にて、「『挾み撃ち』の夢――後藤明生の引揚げ(エグザイル)」の連載をスタートすることになりました。九月末に出る季刊「未来」2016年秋号にて、第一回「〈異邦人〉の帰還」が掲載されます。全六回、一年半にわたる連載になる予定です。

タイトル通り、後藤の朝鮮からの引揚げ体験に着目しつつ、デビュー作「赤と黒の記憶」から、『挾み撃ち』に至る作品を論じていくものとなっています。入稿を期に改めて全体の見直しをしていますけれど、初稿はすでに全篇書き終わっていまして、連載分全体ではおおよそ原稿用紙百枚程度となります。

一般に後藤作品はその方法意識や、団地という新しい生活空間を描いたものとして論じられてきました。けれども、朝鮮で生まれた植民地二世の後藤にとって、敗戦と引揚は故国に帰ることで故郷を失った故郷喪失体験だったわけで、七〇年頃の作品はその多くがこの朝鮮と引揚げ体験になにかしら関係しているにもかかわらず、そこに着目されることは多くはありませんでした。近年、西成彦朴裕河による朝鮮を主題にした論考で『挾み撃ち』や『夢かたり』などが論じられるようになりましたけれども、まだまだ研究が薄い状況です。

そもそも後藤明生を総体的に論じたものが未だ存在していません。もっとも長い後藤論は芳川泰久『書くことの戦場』の前半ですけれども、これは70年前後の初期作品を集中的に論じたものです。単発の作品論はアカデミズムにおいても多々あるのですけれど、ある程度のスパンで作家的変遷を追っていくものはありません。

というわけで、今現在の私の作業というのは、とりあえずポストコロニアル的なお題目を立てて、後藤明生のクロノロジカルな概説を試みる、というものです。まあ連載は表題通り『挾み撃ち』論で終わるのですけれど、これは全体構想のうちの第一部にあたる部分で、第二部は永興ものの短篇、『思い川』、『夢かたり』をはじめとする引揚げ三部作から『吉野大夫』までを対象にしていて、朝鮮・引揚げという点からはむしろ第二部が核心になります。こちらはまだ発表の予定はないのですけれど、みなさんの応援次第というところもありますのでよろしくお願いします。

現在後藤明生をめぐる状況は大きく動き始めています。アーリーバードブックスによる電子書籍化は順調につづき、主要作品の多くはすでに安価で読めるようになりました。そして国書刊行会から選集の刊行が予告されており、紙媒体での再刊もはじまります。他にも、直接教えを受けた乾口達司さんらが企画している後藤明生論集の計画も具体化にむけて進んでいるようです。
後藤明生: 乾口達司の球面体日記
拙稿はそれらの動きとは特に関係なく進められたものですけれど、この思いがけない後藤明生ルネッサンスにおいて、なにがしかの貢献ができればと思っております。