石川博品『夜露死苦! 異世界音速騎士団"羅愚奈落"』と『海辺の病院で彼女と話した幾つかのこと』

 同人誌として発表された長篇。いってみれば異世界チート主人公の帰還後からはじまる物語。受験前にトラックに轢かれて異世界行ってた主人公が半年後に目覚めて、渋々入った不良高校で暴走族に絡まれるんだけどその連中もじつは異世界に行けるっていう、異世界チートと現実世界の往還を軸にしている。

異世界ではチートだけどリアルでは「ダサ坊」な主人公が、不良暴走族の世界に巻きこまれ、あれよという間にチームに加入させられて、というギャグが前半を占める。現実側の登場人物のほとんどが「……!?」をつけなきゃ喋れないような独特の語彙を使いこなす不良連中で、やりすごすための主人公の行動が逆に「ビッ」としたやつだと賞賛されるという勘違いコメディの日常を送りつつ、その主人公に惚れたヒロインによる語りがあまりに乙女チックに美化されている、という二段階のギャグが面白い。破天荒な文体とヴァンサマ、メロリリでも使われてたエモーショナルな男女相互視点がここでは徹底してギャグに使われてるのもなかなか卑怯に面白いんだけど、このなかに、現実では無力の自分と周囲の期待のギャップっていう悩みや、厄介ごとに巻きこまれていく怖ろしさがあったりする。

地縁血縁のヤンキー人間関係に絡め取られていく空恐ろしさとともに、じつは不良連中の倫理的ポイントを主人公が感じ取っていくところもあり、異世界で暴走族が正義の味方として敵と戦う中盤戦あたりからは様相がやや変わっていく。主人公の苦悩を展開していく五章はやはりさすがで、不良の倫理を侮らないし、莉子の語りも裏切らない、その姿を通して、じつは主人公の語りこそ信頼できないのでは、という場所にまで持って行くのが良かった。やっていることは非常に格好いいんだけど、語りでそれを誤魔化すっていう、ポイント、耳刈りネルリを思い出すところがある。

異世界のみならず暴走族の世界と莉子の語りというそれぞれの別世界という三層構造を駆け抜ける主人公の姿よ。

同人紙版を買ったけど、小説家になろうで公開されてるしkindleでも買える。

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海辺の病院で彼女と話した幾つかのこと

海辺の病院で彼女と話した幾つかのこと

 

表題の大枠のなかで、その一年前、主人公の住む町に奇病が蔓延し家族や住人が死に至るなか、そのなかで生き残った少年少女は特殊能力に目覚め、宇宙から来たらしき異形の生物との戦いに身を投じることになる、という青春SFアクション小説。

夢が持てないこと、夢に憧れること、夢を叶えること、そして叶えられずに終わること、そういうこもごもが少年少女の殺し殺される敵との戦いで描かれ、夢に浮かされることを病と重ねながら、その夢=病に死んでいく者たちがあまりにも切ない。病にかかることでさまざまな能力を得て、異星人との殺伐バトルへと繰り出す子供達の姿は、『菊と力』系の殺伐殺し合いもので、ちょっと『明日の狩りの詞の』ぽいSF風味も感じた。青春の暗い情念のたぎる焦燥感は石川博品作品の重要な水脈のひとつになっていることがよくわかる作品。これはカクヨムで公開されている。イラストレーターはキズナイーバーのキャラクターデザインの人。