ゴーゴリ「ディカーニカ近郷夜話」

ディカーニカ近郷夜話 後篇 (岩波文庫 赤 605-8)

ディカーニカ近郷夜話 後篇 (岩波文庫 赤 605-8)

ディカーニカ近郷夜話 前篇 (岩波文庫 赤 605-7)

ディカーニカ近郷夜話 前篇 (岩波文庫 赤 605-7)

ゴーゴリの扱いがひどい。いや、ゴーゴリの「鼻」「外套」とかのペテルブルグものや「検察官」以外の作品の扱いがあまりよろしくないというべきか。この「ディカーニカ近郷夜話」なんかは、つい一二年前に重版されたのだけれど、戦前の訳で旧字旧かなの古い版。そりゃ読めなくはないが、言葉遣いが古めかし過ぎてて読みづらいし、これでは新しい読者はつかめないだろう。

作品数が多くはないのだから、どっかでまとめて文庫で選集でも編んでくれれば良いのにと思う。ちくまあたりが考えられるがロシア文学は弱い感じがするし、講談社文芸はつまみ食いで終わるし、岩波は新版にする気がなさそうだ。

まあ、それは良いとして、この作品集はゴーゴリの小説のなかでも特に初期に当たる。小説作品としては最初のものだと思われる。ウクライナの民衆生活を基盤に、悪魔や魔法使い、妖女などの伝承を織り交ぜていて、牧歌的あるいは呪術的でファンタジックな彩りをもつ。作品の傾向としてはふたつあり、民衆生活をユーモラスに描き出す道具立てとして、民間伝承を効果的に用いたものと、悪魔や妖女が実際に存在し人に危害を加える陰惨な怪奇譚とに分けられる。後者は「ヴィイ」あたりを思い浮かべる作風だ。

悪魔が滑稽な存在としてユーモラスに描かれたかと思えば、次の話では陰惨な惨殺劇が語られたりしてなかなか気の抜けない作品集だ。さすがに後のゴーゴリの代表作と比べられば落ちるが、ゴーゴリの資質のいくつかは良く出ていると思う。

ナボコフなどはこれらの作品群をほとんど評価していない。これ以前にはフィクションの領域ではプーシキンのものをのぞいてなにひとつ価値あるものはなかったことを考えれば、評価に値するが、のちのゴーゴリの資質の開花に比べれば、さほどのものでもないといっている。

まあ、ナボコフ的にはそうだろうけれど、私はこの種の民衆生活をユーモラスに描いたような牧歌的な作品群や、わざとらしい陰惨な怪奇譚も嫌いではない。個人的には後篇の作品が面白かったかな。