ステファンヌ・マンフレド - フランス流SF入門

La Science―fiction フランス流SF入門

La Science―fiction フランス流SF入門

SF評論賞で第六回の選考委員特別賞受賞の藤元登四郎さんの訳書。氏に雑誌「幻視社」を既刊在庫分贈呈したところ、いくつか本をいただいたうえに、さらには今回の訳書を恵贈頂き、たいへんありがたいことでございます。藤元さんは既にいくつも精神医学系のわりあい専門的な本を訳していたり、評論もあったりしますけど、SF関係の訳書としてはこれが初のはず。というわけで早速読んでみました。


本書はフランス流、ということでフランス人によるSF入門として、SFに向けられる疑問をいくつか並べて、それに対するSF側からの解答を寄せることで、SFとは何か、ということを述べていくスタイルになっている。SFのFAQというところか。訳出にあたり、見なれぬ人名が頻出することから詳細な人名註と用語解説が付けられており、本文150ページほどの小著にもかかわらず索引があるあたり、本としてきちんと作られているのがわかる。

で、肝はやはり「フランス流」というところにある。書かれている内容は基礎的なことながらも、視点がフランスに置かれていることから、ずいぶん違った印象を与えている。SFの起源としてヴェルヌ、ウェルズに言及しているけれども、項目としてはヴェルヌがSFの父なのか? という形でたてられている。これはフランスの読者の思いこみを想定して書かれているからだろう。オールディスの『十億年の宴』では先駆的な作家としてメアリ・シェリーを挙げているところは同様なのだけれど、ウェルズは目次に名前があるがヴェルヌはない。本書では職業的SF作家としては確かにヴェルヌが父ではあるとしている。

そして歴史的な作品を列挙する際にも、英語圏の重要作品の次にはフランス語作家の作品が例示される。これはフランス語によるSF解説として、フランス語読者においては違和感のない、そして身近な作品が例示されているのだろうけれども、日本語読者からすると、耳慣れない名前が頻出し、なかなか新鮮な響きが残る。

フランスSF小説といえば、ヴェルヌを除くと、一気に知名度が下がり、私としてもミシェル・ジュリの『不安定な時間』を読んだことがある程度だ。一般に知られているのだと、『蟻』のウェルベルだろうけれど、未読だ。『猿の惑星』も原作はフランスSFだったりする。しかし、フランスで評価の高いらしいルネ・バルジャベルなどは世界SF全集や過去いくつか訳されている程度だし、あとはサンリオSFに訳されている作家の名前に見覚えがある程度だ。

ただ、映画ならばトリュフォーゴダールのSF作品があり、本書でも言及されている。他に、日本でも知名度があるフランスSFといえば、エンキ・ビラルその他のバンド・デシネだろう。私はこのほうは全く知らないけれど、メビウスは有名で、集英社文庫の昔のヴェルヌ・コレクションの装画はこの人だった。

海底二万里 (集英社文庫―ジュール・ヴェルヌ・コレクション)

海底二万里 (集英社文庫―ジュール・ヴェルヌ・コレクション)

エンキ・ビラルといえば、二瓶勉の『BLAME!』を見た友人がこれエンキ・ビラルじゃねーか、と言っていたのを覚えているけれど、本書では、その『BLAME!』を含む、日本の漫画について一項目を割いて解説を加えており、フランスSFにおいて日本の漫画が幾ばくかの存在感を与えている様子がうかがえる。しかし、本書には他に日本SF(宮崎駿作品を除く)についての言及はみられない。この辺は日仏お互い様、という感もある。

読んでいると、SF小説の世間的なポジションが日本と似ているところも多く、意外に他人の感じがしない。SFと文学の関係に触れた章で、有名なSF作家はいつしか一般文学の作家としてカテゴライズされ、SFの名前は忘れられる現象について述べられていたりするところは、見なれた風景だろう。同時にSFと文学の越境現象にも触れられており、「トランスフィクション」として呼ばれているのは、日本ではスリップストリームやアヴァンポップ等として呼ばれている潮流とも通じるものだろう。

ヴァン・ヴォクトの翻訳をしたボリス・ヴィアン、SF評論を書いたミシェル・ビュトールレーモン・クノーらヌーヴォーロマンの作家がSF愛好家として言及されたりするところもあるけれど、註釈部分においてのみ二度ほどレーモン・ルーセルが言及されているのに気づいた。そういえばルーセルの『ロクス・ソルス』はきわめて奇妙なフランスSFだと言えるかも知れない。ルーセルはまたヴェルヌの熱烈な愛好家で、他にもピエール・ロチやコナン・ドイル等を好み、つまり未知の場所への憧れが強い人だった。同時に、ルーセルといえばロブ=グリエが影響を受け(『覗くひと』)、評論を書いてもいるし、その他ヌーヴォーロマンの作家らにもルーセルは影響を与えているという。ルーセルからはヴェルヌ、ヌーヴォーロマンにも繋がる点で、フランスSFの文学との関わりにおいては非常に面白い題材なのではないだろうか。まあ、本文には出てこないんだけど。

ロクス・ソルス (平凡社ライブラリー)

ロクス・ソルス (平凡社ライブラリー)

ルーセルは個人的に非常に興味ある作家なので、以前旧ブログで延々書いていた記事の目次と、ルーセルの影響関係について書いた記事をリンクしておく。
レーモン・ルーセル - Close to the Wall
レーモン・ルーセルと愉快な奇書

ただ、バラードがニューウェーブに属さず、と書かれているところは意外に思った。ニューウェーブSFといえばバラード、ムアコックあたりを先導としていたように思うのだけれど、本書でNWとして挙げられているのはムアコックハーラン・エリスンで、バラードはディック、シルヴァーバーグらとともに一匹狼の作家として分類されている。ムアコック編集長の「ニュー・ワールズ」誌と、そこに掲載されたバラード、さらにはニューウェーブを代表するバラードの評論「内宇宙への道はどれか?」を考えると不思議だけれど、フランスではそういう分類になっているのだろうか。これは国による受容史の違いに起因するのかも。

まあそれはいいとして、非英語圏のSFという点では日本とも通ずるものをもつ視点から語られたSF入門として、SFの主流を占める四億近い人口を擁する英語圏に対するオルタナティブとしても興味深い本と言える。ウェルベル、バルジャベルその他、フランスSFは何かしら読んでみようと思う。本書をきっかけにして何かしらフランスSFの翻訳でも出ないだろうか。

ちょっと面白かったのは、最近人気の潮流としてスチームパンクの作品が列挙されている中にあった、『阿片吸引ロボットの告白』というタイトル。下らないジョークみたいなタイトルなんだけどそれ故に不意打ち気味に笑わされてしまった。

阿片常用者の告白 (岩波文庫)

阿片常用者の告白 (岩波文庫)