第40回日本SF大賞候補作をいくつか読む

今年の候補作は以下。
第40回日本SF大賞・最終候補作が決定しました! - SFWJ:日本SF大賞

《天冥の標》全10巻 小川一水早川書房
『なめらかな世界と、その敵』 伴名練(早川書房
《年刊日本SF傑作選》全12巻 大森望日下三蔵編(東京創元社
『宿借りの星』 酉島伝法(東京創元社
『零號琴』 飛浩隆早川書房

一冊も読んでない状態から全部読むとすると32冊を読まなければならないというハードモードの今回。今年は全部読むのは最初から諦めた。年刊傑作選も四冊読み残しているし、『天冥の標』はまだ一冊も読んでいないからだ。というわけで天冥は読んでないので、その次のから。

伴名練『なめらかな世界と、その敵』

なめらかな世界と、その敵

なめらかな世界と、その敵

全六篇を収め、平行次元、改変歴史、別の自分、別の時間など、多彩なアイデアはいずれもがもう一つの・別の、という要素によって共通し、その「別の」ものとのすれ違いと交錯がしばしば少女らの百合をベースに描かれるSF作品集。表題作は人々が「乗覚」と呼ばれる複数の平行世界を自由に移動できる能力を持った世界のなかで、いまここにあるただ一つの世界の一人の人間と向き合う物語で、モーフィングするかのようなスムースな複数次元の移動を文章で描いていくところが印象的。「ゼロ年代の臨界点」はゼロ年代と言っても1900年代、三人の若い女性がSF草創期に時間SFで一世を風靡した、という評論形式の改変歴史百合SFメタフィクションで、歴史における女性の役割を再評価するフェミニズム的な文学史っぽくもある。ほかに伊藤計劃オマージュの人格、感情のコントロール技術をめぐるすれ違いの「美亜羽に贈る拳銃」や、改変歴史世界のなかでさらに改変歴史フィクションが語られてるディックネタもある「シンギュラリティ・ソヴィエト」など、どれも面白いし出来も良いと思うんだけれど、なぜか物足りない。好みとズレるといえばそれまでだけど、最初の一篇を読んだ時から感じたのは、巧みにSFアイデアを用いて「エモい百合」(男女関係もあるけど)に収斂するという印象で、なんというか、SF的アイデアがもつ現実への批評性や広がり(というと漠然としてるけど)が削がれている気がした。橋本輝幸氏が「SFが大好きな、優秀なSF職人の仕事が見られます。研鑽の成果が陳列されています」と、賞賛とも批判ともとれるやや突き放した言い方をしていて、この表現ちょっとわかる、と思った。書き下ろしの「ひかりより速く、ゆるやかに」がそうした関係や状況の「エモさ」の方向性を強めつつさらに突き抜けていて、一冊の読後感を爽やかにしているのが良かった。そして今作が、このブログの指摘のように物語を消費や逃避にではなく現実へ立ち向かうための想像力への転換を描いてるなら、私の違和感も織り込み済みかな、と。

大森望日下三蔵編『年刊日本SF傑作選』

虚構機関―年刊日本SF傑作選 (創元SF文庫)

虚構機関―年刊日本SF傑作選 (創元SF文庫)

今年で惜しくも終了となった日本SFの年刊アンソロジーで、第一巻の『虚構機関』で伊藤計劃円城塔を読んで驚愕した出会いは忘れがたい。読了後検索したら伊藤計劃の逝去を知った時の衝撃も。さまざまな制約もあり収録作品の面白さはわりとばらつきを感じるけど、創元SF短篇賞出身作家の活躍や、巻末の日本SF概観等の資料的価値もあるし、ジャンルSF以外からのセレクトや雑誌や同人誌からの採録など、ここ十数年の日本SFにおいて貴重で重要な企画なことは確かだと思う。ただ、既発表作品のアンソロジーという性格上、SF大賞としてこの候補作と並べると評価が難しいと思う。もし賞を与えるとしても特別賞とするほかない気がする。SF大賞は評論や企画の別枠を作った方がいいんじゃないか。

酉島伝法『宿借りの星』

宿借りの星 (創元日本SF叢書)

宿借りの星 (創元日本SF叢書)

造語とイラストで彩られた、外骨格の殺戮生物たちが滅ぼしたはずの人類の密かな謀略への抵抗を描くポストヒューマンSF大作。異種族コンビの道中記にしてその視点から描かれる日常生活誌でもあり、その一人称を読むうちに途中で現われる人間が異形に思えてしまう認識の変容を食らうまさに異形の小説。人間が「内骨格特有の動き」をしていると描写される部分は鮮烈で、なかなか凄いんだけれど個人的にはちょっと楽しみきれなかった印象がある。濃密な小説で物足りないっていうのも違うんだけど、うーん、なんだろう。マガンダラも当初の認識から変容していくし、食料でしかなかったマナーゾとその種族との交流もいいし、砲戴さまがナウシカ巨神兵としか思えなかったり、指輪を捨てる話がどうとかいう小ネタとかも面白いけれども。

飛浩隆『零號琴』

零號琴

零號琴

飛浩隆『零號琴』――物語としての生を描く物語としての - Close To The Wall
これは既に感想を書いた。2010年に連載が始まり七年近い改稿期間を経て刊行された大作。いろんなジャンル小説やアニメの物語をさまざまに取り込み、引用しつつ、物語によって生を受け、物語により生を更新し、物語によって消えゆく存在としての人間を描く、メタ物語としての構造が濃密な音楽SFとして展開される高密度なエンターテイメントでもある。既読の候補作のうちでは一番良かった。


既読作のなかでは『零號琴』が一番面白かった。ただ、受賞作の予想をするなら『天冥の標』でどうだろう。いや、読んでないからじっさいの作品の出来はわからないんだけども、小川一水が放つ全10巻計17冊の大作、これに与えないわけにはいかないんじゃないかな、と。複数作品受賞ありとするならわからないな。年刊傑作選やっぱ特別賞とかかなあ。でも『NOVA』もそれだったし、難しいな。