2021年に読んだ本

今年読んだ本のベスト10、的なものを。

ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』

今年年始に読んだ大作はこれ。途中これ選んだのは失敗だったか、と思った瞬間もあったけど、さすがに面白かった。中世、山上の修道院をバスカヴィルのウィリアムと見習修道士のアドソが訪れ、皇帝と教皇の対立にからむキリストの清貧論争という異端問題を背景に、次々起こる殺人事件に翻弄されながら書物の迷宮のなかで言語、書物、記号、徴の読解を問う、メタミステリ長篇。

梁英聖『レイシズムとは何か』

レイシズムを人種化して殺す権力と定義し、近代の植民地と資本主義によるレイシズムの成り立ちをたどりつつ、米欧と比した日本社会の特徴を反差別ブレーキの欠落、つまり「差別はいけない」とみんなが「差別者」に言わず、被害者に寄り添うことに偏る問題を指摘する。レイシズムとは何か、どのような歴史をたどったか、偏見がジェノサイドにいたるメカニズムとは何か、どのような反レイシズムが必要なのか、戦後日本の朝鮮人差別体制の歴史、日本でレイシズムの暴力がいかに行なわれたか、そしてナショナリズムレイシズム・資本主義との関わりを論じる一冊。

パヴェウ・ヒュレ『ヴァイゼル・ダヴィデク』

〈東欧の想像力〉第19弾はポーランドで1987年に発表された長篇。23年前の夏、「僕」が、不思議な能力を持つユダヤ人の少年ヴァイゼルとの日々を回想し、彼が一体何者で、何故突然失踪したのかを考え続けながら、決して解答に至ることのない「美化なしに語っている物語」を描く。

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』

サーシャ・フィリペンコ『理不尽ゲーム』の書評を書く際に読んだ一冊。著者の第一作、大祖国戦争独ソ戦)従軍女性数百人の聞き取りで構成された大著で、女でも国民の一人として前線で戦いたいと志望し、しかし戦後戦地の女として蔑まれたりもした女性たちの、歴史の影に埋もれた語りを書き留める。

高原英理『観念結晶体系』

ビンゲンのヒルデガルトからノヴァーリスニーチェユングなど鉱物志向の系譜を独自の人物も交えて点描する第一部、ヴンダーヴェルトという鉱物でできた異世界を描く第二部、現実で人が結晶化するSF的な第三部を通して真理、永遠彼方への憧れを結晶化させた幻想小説

アレクサンダル・ヘモン『私の人生の本』

〈東欧の想像力〉のおそらくはノンフィクションを扱うスピンオフシリーズ〈東欧の想像力エクストラ〉第一弾はヘモンの自伝的エッセイ集。母国語と英語、戦争の前と後、サラエヴォとシカゴなど幾つもの分裂において、それでも物語ることを選ぶ「人生」の諸相。本書原題はThe Book of My Livesとあり、所収エッセイの半分ほどにLife、Lives、人生、生活と言う言葉が表題に入っている。

エリザベス・ハンド『過ぎにし夏、マーズ・ヒルで』

ネビュラ賞世界幻想文学大賞を受賞した四つの中短篇が収められており、妖精の伝説、双子の子供とおもちゃの人形劇、通信が途絶えた外界、ライト兄弟以前の飛行機の映像といったものを題材にしたファンタジックで叙情的な物語でかなり良い。

ミルチャ・エリアーデ『ムントゥリャサ通りで』

ルーマニア出身の宗教学者にして小説家による中篇小説、一読しただけだけどこれは相当の傑作でしょう。思い出すのはカダレ『誰がドルンチナを連れ戻したか?』で、東欧の伝説と政治劇を推理小説的な枠組みで語った幻想的な中篇という点でも似ている。

酉島伝法『るん(笑)』

「群像」に発表した「三十八度通り」とそれに続ける形で「小説すばる」に発表した二篇を加えた中篇集。これは怖い。疑似科学やスピリチュアルと科学の立ち位置が逆転した世界で、癌を「蟠り」や果ては「るん(笑)」と言い換える精神論や素手のトイレ掃除、マコモ風呂など怖気を振るう風習が日常となり、著者お得意の人外譚を描く造語技術が異形の日常にも活用されていて鮮烈。

ミロラド・パヴィッチ『十六の夢の物語』

『ハザール事典』など様々な仕掛けを施した作品で知られるセルビアの作家による幻想短篇集で、そうした実験的作風以前の単発の短篇を日本独自に編んだもの。一篇十頁ほどのなかに、東欧、セルビアの歴史を背景にした時空を越える夢の物語が展開される。

その他、五冊を挙げておく。
石黒達昌冬至草』
藤元登四郎祇園「よし屋」の女医者』
友田とん『『百年の孤独』を代わりに読む』
倉数茂『忘れられたその場所で、』
宇佐見りん『推し、燃ゆ』

百合ラノベではガールズラブコメを快調に描くみかみ作と百合がまさに革命になる鴉作の二作が印象的。どちらも三巻まで読んだ。
みかみてれん『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』
ぴえろ『転生王女と天才令嬢の魔法革命』

ライター仕事

closetothewall.hatenablog.com
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ライター仕事は12月に二つ締め切りがありましたので、来年の早い時期に活字になるのではないかと思います。