2018年に読んでいた本

今年は結構読めたので、ベストの10冊を選ぶのはなかなか難しかった。それぞれの本を扱った記事にリンクしてあるので詳しくはそっちで。

笙野頼子『ウラミズモ奴隷選挙』河出書房新社

ウラミズモ奴隷選挙

ウラミズモ奴隷選挙

『水晶内制度』、おんたこシリーズなど他作品ともリンクするSF的近未来小説ながら、この誇張されたディストピアのはずの描写が、現実と拮抗を見せている状況そのものに慄然とさせられる。
笙野頼子 - ウラミズモ奴隷選挙 - Close To The Wall

倉数茂『名もなき王国』ポプラ社

名もなき王国

名もなき王国

架空の幻想小説家という導入から、物語を書くことに憑かれることのテーマを多彩な中短篇を連繋させながら組み上げる大作。
『名もなき王国』「エヌ氏」『原色の想像力2』『妖精の墓標』『デュラスのいた風景』『反ヘイト・反新自由主義の批評精神』 - Close To The Wall

飛浩隆『零號琴』早川書房

零號琴

零號琴

物語としての生を、先行する多数の物語のパスティーシュとして取り込みながら音楽SFの形式に埋め込んだ、物語の物語を描く大作。
飛浩隆『零號琴』――物語としての生を描く物語としての - Close To The Wall

伊藤計劃円城塔屍者の帝国河出文庫

伊藤計劃の遺稿を円城塔が引き継いで完成させた、これもまたさまざまな先行フィクションを縦横に取り込んだパスティーシュによって、書くこと語ることを現実の伊藤・円城との関係をも取り込みながら書かれたSF大作。
最近読んだ最近の日本SF - Close To The Wall

津島佑子『ジャッカ・ドフニ』集英社文庫

北海道にかつてあったウィルタ民族の私設博物館の名前をタイトルに持つ、津島佑子最後の完結長篇。亡くなる直前の息子と博物館を訪れた記憶を導入に、話は近世日本のアイヌの血を引く少女がマカオやさらにその南への移動をたどり、迫害されるキリシタン少数民族の運命を現代の震災以後の状況をもダブらせながら描く大作。
津島佑子『ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語』 - Close To The Wall

石川博品『あたらしくうつくしいことば』同人誌

石川作品としては今年、商業では青春能力バトルものの『海辺の病院で彼女と話した幾つかのこと』と同人では異世界ものと暴走族ものの組み合わせの『夜露死苦! 異世界音速騎士団"羅愚奈落" ~Godspeed You! RAGNAROK the Midknights~』があったけれども、読んだということでは昨年末に紙版が刊行された本書を。手話を通じて言葉とは何かを問い返す百合小説の表題作が傑作で、併載の異世界転移した禅僧が軽妙な冒険をする中篇も良い。
石川博品『あたらしくうつくしいことば』 - Close To The Wall

ケイト・ウィルヘルム『クルーイストン実験』サンリオSF文庫

クルーイストン実験 (1980年) (サンリオSF文庫)

クルーイストン実験 (1980年) (サンリオSF文庫)

トーキングヘッズ叢書の特集のためにあらかた読んだウィルヘルム作品でも特に良かったのがこれ。詳細は75号に書いたのでそちらを参照して欲しいけど、女性ゆえに社会のなかで声を奪われていく状況を描く緊迫感ある長篇。四十年も前のSFながらまるで古びてはいない。
トーキングヘッズ叢書ケイト・ウィルヘルム追悼特集に『クルーイストン実験』のレビュー - Close To The Wall

ケン・リュウ『紙の動物園』&『もののあはれ』ハヤカワ文庫SF

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)

もののあはれ (ケン・リュウ短篇傑作集2)

もののあはれ (ケン・リュウ短篇傑作集2)

今更ってところだけれども著者の日本オリジナル短篇集の文庫分冊版、もとは一冊だったのでまあ上下巻扱いで。中国系移民を描く表題作その他、植民地、移民、少数民族といったコロニアルなテーマを扱った作品が多く、その面白さとともに中国系アメリカ人の著者の視点が興味深い。
四月に読んだある程度最近の海外SF - Close To The Wall

J・G・バラードJ・G・バラード短編全集』1.2巻 東京創元社

新訳を多数含む短篇全集、リアルタイムで買っていたのをようやく少しずつ読み始めた。年内に読んだのは二巻まで。時間、廃墟、鉱物、砂、宇宙、精神、等々のバラードランドは私のSF体験の出発点でもあるので。
四月に読んだある程度最近の海外SF - Close To The Wall
読んだ本・「文学+」 トゥルニエ 飛浩隆 山尾悠子 正宗白鳥 J・G・バラード - Close To The Wall

イヴォ・アンドリッチ『宰相の象の物語』松籟社

宰相の象の物語 (“東欧の想像力”)

宰相の象の物語 (“東欧の想像力”)

東欧の想像力シリーズ久しぶりの新刊。旧ユーゴスラヴィアノーベル文学賞作家アンドリッチの中短篇集。権力に抵抗する民衆の物語を描く表題作と、悪魔とみなされたカリスマ娼婦の時代を描く中篇の二つがことに印象的。
イヴォ・アンドリッチ『宰相の象の物語』 - Close To The Wall

以上10冊。

以下はその他にもう10冊。
岡和田晃『反ヘイト・反新自由主義の批評精神』寿郎社

これの私家版の原本は私の主宰する同人サークル幻視社から出しているので間接的な関係者でもあり別立てで。現在の政治状況をつねに視界に収めつつ文学の言葉を探っていく批評で、広いカバー範囲とその密度の高さにはいつも驚かされる。
『名もなき王国』「エヌ氏」『原色の想像力2』『妖精の墓標』『デュラスのいた風景』『反ヘイト・反新自由主義の批評精神』 - Close To The Wall

そしてそのほか九冊。
山尾悠子『増補 夢の遠近法』ちくま文庫
松本寛大『妖精の墓標』講談社
仁木稔『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』早川書房
宮内悠介『彼女がエスパーだったころ』講談社
ハーラン・エリスン『死の鳥』ハヤカワ文庫SF
アンナ・カヴァン『氷』ちくま文庫
アンディ・ウィアー『火星の人』ハヤカワ文庫SF
トーマス・ベルンハルト『原因』松籟社
ゴンチャロフオブローモフ岩波文庫